休みがつくづくほしいと思います。
「…本当にそれで影響はなくなるのか?」
「完璧にじゃないわ。でも80キロも離れてればまずここまで被害は来ることはない。それは確かよ」
「…」
「で、どうする?これはあなたの技量にすべてがかかってる。最悪あなたでも死んでしまうのだけど?」
「…構わない。それで穂香と嬉々が助かるのなら」
「分かったわ。じゃ、司令に言ってくる」
明季が部屋を出て、正影が1人部屋の中に残る。
明季が作戦を提示してから集まりはすぐに解散された。
理由は明季の提示した作戦は正直、ラグフィートでもあまり納得のいかないものだったからだ。
ラグフィートの耳元で話した作戦内容は他の人にはわからない。
そのあとラグフィートは「考える時間をくれ」と言って、その集まりを解散した。
考えるということは、それなりに筋の通った作戦ではあるのだろう。
何を提示したのか聞きに行こうとしたところ、明季から逆に呼び出された。
それを聞いて納得した。
確かに自分が死にかねないラグフィートにとっては嫌な作戦だ。
確実性のあるラグフィート自身が提示した作戦の方がいいと彼女は思っているに違いない。
だが、それでは正影は動いてくれない。
動いてくれなければロスの確保以前に死んでしまう。
「…」
命を奪われるというのは常に覚悟ができないものだと思っていた。
自分のことだ。
戦場で無理に強い敵と、或は何かしらの不測の事態に遭って死ぬのではと思っていた。
実際、オーロワームと遭遇した時もそうだった。
だが、こうして決まったわけではないが死ぬ覚悟ができる。
ある意味幸せ者かもしれないと思った。
本当に生き続けたいと思っている人から見れば酷い話以外の何物でもない。
でも、正影が生きている理由は穂香と嬉々にある。
2人が守れるのなら生き死になど大した問題ではない。
でも、会えなくなるのは少しつらい。
正影は部屋の戻り始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「パパ、おかえり」
「ああ、ただい―――」
部屋に戻ってきた正影。
部屋には穂香しかいないと思っていた(青羽がいてもおかしくはないが)。
しかし、嬉々がいた。
顔はどこか暗い。
「嬉々、穂香と俺は風邪気味だと―――」
「オクォロス」
出てきた単語に思わずたじろぐ。
知らないはずの単語だ。
穂香の方を見るが彼女が言うとは思えない。
「穂香ちゃんじゃないよ、美嘉と一緒に調べたの」
「…そうか」
釘をさしておくべきだっと後悔する。
「美嘉は?」
「いつも通り、食堂でバイトしてる。最初こそ青ざめてたけど今ではいつも通りだった」
さすが情報屋とでもいうべきだろう。
ショッキングな情報には慣れっこということだ。
ここまでショッキングなものが今まであったのかは不明だが。
「ねぇ正兄」
「なんだ?」
「また、いなくなったりしないよね?」
「…なんでそう思う?」
「オクォロスは強いって書いてあった、オーロワームより。となると戦える人は必然的に限られてくる。正兄は戦うんでしょ?」
「俺があいつに負けると思うのか?2度目だ、あいつと戦うことなるのは。多少、強くなっているのかもしれないが、今は穂香とメディアトールで繋がっているし穂香も強くなってる。本気を出せば―――」
「知らないとでも思ってるの!?」
突然声を荒らげた。
「私は…、私の友達には情報屋がいるんだよ?」
「…」
「E-23の存在くらい知ってる。オーロワームの体内で爆発させるって、最低100キロ圏内に何もないところで使うのを想定してるって書いてあった」
「それは放射能とかいう後で出る―――」
「またいなくなるの?」
反論できなくなるかもしれない問いにすぐには答えられなかった。
「10年間、寂しかった。もうあんな思いしたくない」
「帰ってくる」
「前もそう言って10年、帰ってこなかった」
「信用ならないか?」
「そういうわけじゃないよ。でも…、正兄は待っている人の気持ちを考えたことはある?」
あるはずがない。
常に戦ってきた。
そんな人が待つなんてことがあるはずがない。
「怖いんだよ、常に。正兄は強い、それは知ってる。でもそんなのは関係ない。正兄が戦場に出た時点でどれだけ小さくても死ぬ可能性がある。そして今回は進化したオス、E-23、10年間の空白、これだけそろってても怖いとおもっておかしい?」
目の周りを真っ赤にして涙を抑えている嬉々。
「私は、私は…!」
「嬉々」
嬉々を抱きしめる。
「大丈夫だ、俺は死なない」
これくらいしか思いつかない。
人のぬくもりは落ち着く。
「作戦には出る。だけど死なない」
「…本当?」
「穂香もお前もいる。ここでくたばるわけにはいかないだろ」
言ってはいるが変わらない。
自分を犠牲にして2人の命が助かるのなら問題ないというのは。
「お前も16だ。もう泣くな」
「絶対に帰ってきてくれる?」
「それでお前が笑顔を見せてくれるのなら」
「…分かった」
言葉で相手を安心させるのは簡単だ。
口だけなんていくらでもできるのだから。
悪いとは思いながらもこれしか言えなかった。
嬉々が涙をぬぐう。
そして笑った。
「お前は笑顔が一番だ」
「…うん!」
「パパが妹を口説いてる…」
「最初から最後まで見ていたはずなのにどうしてそう―――」
「ワァオ」
入口の方から声がした。
しまっていたはずのドアが開いていた。
いたのは明季と例の三姉妹。
エニスが口に手を当て驚いている。
「こ、これが近親相へぱっ!?」
「ま、正影さんがそんなことするわけないでしょ!(震え声)」
「私はこの展開、嫌いじゃない…!」
「絶賛誤解され中みたいだな」
「大丈夫よ、司令はそういうのには寛大だから」
「エスパー、お前ならどうしてこうなってるのか読み取れるだろ」
その言葉を無視しながら部屋へ入る明季。
嬉々は顔を赤くして離れてしまった。
申し訳ないことをしたなと頭を掻く。
「正影、作戦の決行日が決まったわ」
「…思った以上に早いな」
「ええ、司令の方でもいろいろあったみたいよ。決行は明日」
「それも急だな」
「覚悟をさせないためじゃないかしら?」
明季は見透かしている。
正影は身を投げてでも止める気だと。
だが、ラグフィートとしてはそれは許せない。
絶対に生かして帰したい。
そのために、1日という猶予すら与えるつもりがないらしい。
「だけど…美嘉には困ったものね」
「それは…!」
「安心しなさい。あいつには私もたまに世話になってる、今回のことは黙認しましょう」
「1週間ぐらい、懲罰房にぶち込めばいいのに」
「過保護な保護者は黙ってなさ―――」
「ただいまー」
そこへ青羽が帰ってき…入り込んできた。
部屋の女子率が高すぎる。
いや、人口密度が高すぎる。
「帰れ」
「えっ?なにその反応?!」
「あ、正影の部屋に同棲しているビッチな青羽さん」
「職権濫用うらやましなー」
「泥棒猫…!」
「あんたたち本当に懲罰房に入れるわよ?」
その言葉を無視して3人が青羽の前に立つ。
自分たちの体と見比べる。
胸、青羽の勝ち。
ウエスト、青羽の勝ち。
ヒップ、青羽の勝ち。
総合評価、青羽の勝ち。
顔は人それぞれだからあえて比べなかったが全体的に青羽の勝ち。
3人が青羽を睨みつける。
「な、なんか理不尽な恨みをかってる…?」
「うぅ~…、なんか1つも勝ててないような気がする」
「右に同じく」
「右に同じく…!」
さっきまでそこそこシリアスな雰囲気だったのに何をやってるんだと苦笑する正影。
まぁ、嫌いな空気じゃない。
和やかなのだ。
なんか勝ち負けがあるらしいがそれでも和やか。
この日常は好きだ。
嬉々だって穂香だって笑ってられるこの雰囲気。
「正影さん」
「なんだ?」
「私たち3人と寝れるのと青羽ビッチと寝れるのどっちがいい?」
「…選択肢はそれしかないのか」
「もはや私たちですら不満…?」
「なら私も混ぜてもらおうかしら」
「「「ファ!?」」」
予想もしない場所からの砲撃に思わず変な声が出る。
明季が微笑を浮かべながら壁にもたれかかっている。
「い、今のは明季さん?」
「ええ、面白そうだから入ってみたわ」
「…正影さん!」
「……………明季だな」
「「「ゴファ!?」」」
3人が床に倒れる。
3対1で負けた。
「あら、嬉しい」
「絶対そう思ってないだろ」
「そうね、一番何事もなく寝れそうだからなんて理由じゃちょっとアレね」
倒れていたエニスがすくっと立ち上がる。
「正影さん!なんでそこまで女性に興味ないの!?」
「興味がないわけじゃない、ただお前らはタイプじゃない」
「これだけ、女子が、豊富な、アルツェは他にないよ!?どれだけ理想が高いの!?」
「仕方ないよエニス、正兄は昔からこうだったから」
「おかしいわよ!1人もなかったの!?そういう話」
「私は聞いて覚え―――」
「隊長!」
突然恭二が部屋の前で叫ぶ。
いつの間に来たのかと驚くがそれ以上に部屋が開けっ放しだった。
叫んだ恭二は部屋の前で少し立ち止まる。
本来ならすぐに話したいところだか女子率の高さに少したじろいだ。
だがすぐに部屋に入る。
「…それだけ焦るってことはそれなりのことかしら?オクォロスが攻めてきた?」
「いいえ、むしろ朗報です」
「へぇ?」
「行方不明になっていた、凪が生還しました」
ピタリと行動を止める明季。
この答えは予想できなかったらしく珍しく驚いている。
第三班の中で監督の役をあずかった凪。
死体は見つかっていなかったが、誰も助かっていないだろうと考え捜索はしなかった。
「腕が片方なくなっていましたが命に別状はないそうです」
「腕1つで済んだのね。随分と運がいいわ、正影」
「分かってる」
阿吽の呼吸のごとく、正影が動く。
明季たちが部屋を後にする中、正影もわずかばかりの準備をする。
「正兄…?」
「安心しろ、別にもう行くわけじゃない。生還者からの情報を聞きに行くだけだ。すぐ戻る、それまで好きにしてろ」
「うん…」
準備を済ませ、急いで明季たちの後を追う。
しかし、部屋を出る前に
「…青羽、お前はさっさと風呂に入れ」
「君が帰るまで待ってるよ♪」
「鼻は敏感な方なんだ。分かったな」
それを言い残し出ていく。
しばらく止まる青羽。
自分の腕のにおいをかいでみる、が自分の体臭など分かるはずもない。
丸一日、同じ部屋でたくさんの人と仕事したが涼しい環境だったので汗をかくこともなかった。
だから1日くらいならと思っていたのだが、これはショックだった。
「そんなに…臭い?」
全員が首をかしげながら「さぁ…?」と言った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
恭二と明季が早歩きで廊下を歩いている。
正影はすぐに追いつくだろう。
「…恭二」
「なんですか?」
不意に明季が口を開く。
「やっぱりあの子を使わせてもらうわ」
「…大丈夫なのですか?」
「データはそう言ってる。あとは神のみぞ知るってやつね」
「俺は構わないのですが……正影がなんと言うか」
「知らせないわ」
答えに少し驚く。
いや、分かっていた。
こうなるのは。
「正影だけでうまくいけばこんなことしなくてもいいんだけど…」
「ですが、あれだけでオクォロスと渡り合えるようになるでしょうか?」
「なるわ。何せあの子は―――」
しゃべろうとして近くに足音を感じた。
走っているのだから正影とみて間違いない。
明季はそこで話を打ち切った。
明季
長い髪を持った女性。
鎌が武器になっている。
正影が来る前までは、このアルツェ内で一番強かった人材。
自分自身のことを話すことが滅多になく、メディアトールがいるのかも恭二ですら知らない。
常に合理主義で仲間の命も考えたりするが、作戦成功重視の人間。
たまに乗ってくる冗談に、正影と恭二以外はどう対応していいかわからず怖がったりする。