いや、続いてもらわなきゃおかしいか。
「クソクソクソクソ!あんな奴いるなんて聞いてないぞ!」
走りながら1人の青年が逃げる。
年は16。
つい最近討伐部隊に配属された新人。
討伐部隊に配属されただけあって彼自身の強さはそこそこある。
だが、今回の敵は無理だ。
彼1人では倒せない。
一緒に監督をしていた人は腕を持っていかれ、あまりのことに気絶。
それがその人にとっては幸だったのか彼は狙われなくなった。
だが青年が狙われた。
今も地響きがする。
数少ない建物をうまく使いたいところだがあれの前では無意味だ。
建物ごと持っていかれる。
つまり彼が振り切ることができなければ残っている選択肢は…死。
「(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!)」
彼自身、血のにじむような努力を経てようやくここまでこぎつけた。
まだ16歳。
死ぬなんて御免何は当然だろう。
音をできる限りたてないよう、建物の屋上を跳ぶようにして行動する。
地面から離れただけでかなり音は聞きづらくなったはず。
地面の中からならば間違いない。
そう考えながら必死に逃げた。
それを繰り返したこと10分。
音が遠のいていくのが分かった。
そして新しい音も聞こえてきた。
ヘリの飛ぶ音だ。
異変を感じて応援が来たのだろう。
その音を聞いてあいつが標的を変えたのだ。
ヘリの乗客には申し訳ないが自分が生き残れる。
今はそれで十分だ。
「ほ、報告を…」
さっきまで音を消そうと電源を消していた通信機。
電源を入れようとしたその時、周りが暗くなり彼はこの世を去った。
―――――――――――――――――――――――――――――
「ここらへんで間違いないのか?」
「ええ。確かに試験があったのはこの場所です」
ヘリに乗りながら下を眺める2人。
しかし、そこは見たこともないほど荒れていた。
地面はえぐれ、建物が倒壊し、大きな長い穴さえもある。
とてもここで試験を行っていたとは思えない。
戦闘にはあまりに不向きだ。
オスにとっても、人間にとっても。
「こんな場所じゃなかったはずです…。建物だってこんなに倒壊してなかったはずだし、そもそも何ですか、この直径20mはありそうな穴…」
「どうする?降りて確かめるか?」
「…正直怖いですね」
「同感だ。だが、ここにいても何もできないんじゃないか?」
「それはそうなのですが…」
人がいない。
1人も。
下の方には血すら見当たらない。
戦闘があったのならそこらじゅうが血で塗られててもおかしくはない。
なのに上空から確認できるような血痕は一切見当たらない。
おかしいのだ。
まるでその存在ごと持っていかれたような…。
そんな疑問を持っていると通信機が鳴った。
「こちら第2班。なにか―――」
『急いでそこを離れてください!』
大きな声で話さなくても聞こえるのに大声が聞こえる。
正影が指定したリムだ。
「も、もう少しボリュームを…。それにまだ人、1人見つけていませんよ?」
『見つかるわけないんです!相手はオーロワームです!』
「…え?」
恭二が言っている意味を理解できていないその時、少し離れたところで腹に響くような地響きが鳴る。
地に足をつけているわけではないのでバランスは崩さない。
だがその音がした方向を見たとき、だれもが目を丸くした。
先ほどまで建物があったと思われる場所から垂直にオーロワームが跳び出ている。
オーロワームは自分のテリトリーを持つオス。
そう位置づけられてきた。
オーロワームは全長が30~40m級。
そう言われていた。
オーロワームは全身に目がついている。
それは間違いなかった。
だが全員の目に入ったオーロワームはまるで違った。
自分のテリトリーを抜け出し、長さだけでも50mはかたい。
そして体中にったはずの目が多種多様になっている。
以前あったのは人間の眼球を埋め込んだような感じ。
しかし、今は猫のような目、赤い目、黒一色の目など使い分けるかのように数多くの目が埋め込まれている。
それを見た誰もが感じた感情。
それは恐怖。
正影でさえも背筋に悪寒が走った。
たった5秒ほど。
しっかりオーロワームが見えていたのはそれくらいの時間だった。
たったそれだけの時間で相手に恐怖を植え付けることができる。
やがて、オスが地面の中に戻っていく。
全員が声も発さずただ黙っていた。
だが、恭二が最初に動く。
「し…、至急撤退を!」
「はい!」
ヘリが急旋回するとき、ようやく正影たちの意識がオーロワームから戻る。
しかし、誰も今恭二たちがしていることに反論する者はいない。
生き残っている人がいるかもしれない?
あんなのがいて自分たちだけで助けられるわけがない。
倒していくべきだ?
いったいどうやって。
お前らはそれでもプロトとロスか?
プロトやロスだからって何でもできると思うなよ。
「…正影さん」
恭二が口を開く。
「倒せると思いますか?」
「…分からない」
あんなのを見た後ではプロディターなどただの雑魚だ。
ロスの成れの果てだとか何とか言っていたがくだらない。
プロディターがロスの成れの果てならオーロワームは悪魔の使いとでもいうべきだろう。
存在してはならないはずの生物だ。
穂香が恐怖に怯え近くの美鈴に寄りかかって震えてる。
最も死を間近に感じさせた最大の化け物がパワーアップして目の前に現れたのだ。
無理もないだろう。
「あれは…テリトリーを決めているんじゃなかったのか?」
「俺はあれをオーロワームと言っていいのかさえ分かりません。俺が司令なら新しく名前を付けます」
以前の状態のままなら本気を出せば倒せる。
そう思っていたのが一瞬にして崩された。
「ですが、名前を付ける時間も大してないはずです」
「なんで?」
「ここからアルツェまでは約20キロ。あの大きさならおそらくあいつがここをテリトリーの中心にした場合、アルツェも範囲内に入ります」
「つまり…、いつ寝首を掻かれてもおかしくないということか?」
頷く恭二。
全員も黙ってそれを聞く。
自分たちの安全地帯が一瞬にしてなくなってしまった瞬間だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「…」
「司令…」
あまりの事態に考えが思いつかず、ただ悩むラグフィート。
こうしている間にも自分たちの足元を蠢いているかもしれないと思うと気味が悪い。
今まではそのうち正影と何人か向かわせれば簡単に仕留められると思っていた。
だが、報告によれば相手の体長は一回り大きくなり、外見も変わったという。
確実に強くなったとみていい。
そしてあの正影さえも恐怖した。
「こんなところで死ぬわけにはいかない」
「その願いはみんな同じです。ですが…」
「手段がないというわけではない。そうだろ?」
「私としてはあれは使いたくありません」
「…そう言っている場合か?」
そう言われると何も言い返せず、黙る青羽。
「それにもともとの用途はオーロワームを殺すためだった。何の問題もない」
「ですがあれは半径100キロ圏内に人がいないことを想定して作られています。今発信機でとらえている場所はここから約30キロです。そんなところで使えば…」
「少なからずこちらにも被害が出る…か」
自分たちで作った兵器のデータを出して苦い顔をするラグフィート。
そこには『対オーロワームE-23』と出ている。
文字通り、オーロワームを殺すためにのみ作られた兵器。
この世界では人間が立ち入ることができる場所が限られている。
そのため資源不足はどこも同じ。
そんな中でも作られた兵器。
この世界では飛行機で空を飛んで違う国へレッツゴーなんて自殺行為である。
しかし、オゥステムにも適応しやすい環境としにくい環境があるらしい。
水中にすむオゥステムは数少ない。
そのためオーロワームが現れてすぐ、船を使った運搬で世界から材料を調達した。
資源が足りないのにもかかわらず世界が協力してくれた理由は単に脅威だからである。
水に住むオゥステムは少ないといったがいないとは言っていない。
もし進化して水に適応した場合、自国が危険になるのだ。
ほかの国が強い兵器を保有するかもしれない確立と比べてもオゥステムのほうが脅威と判断したのだ。
そうやってこの兵器はできた。
「しかし…、日本というのは本当に面倒ごとが集まる国だな」
「司令の権限があれば異動できたはずでは?」
「本来ならそうしているがな。ようやく活路が見えたのだ、ここで逃げ出すのは性に合わん」
「はぁ…?」
いまいちつじつまが合わない話に首をかしげる青羽。
しかし、ラグフィートはそれを分かっていながらも説明はしない。
「では私の指示があるまで情報はできる限り漏らさないように」
「はい…」
ここで話を打ち切るということは例の兵器を使うということ。
納得はいかないが権限を握っているのはラグフィートだし、なによりそれ以外に策がない。
青羽は顔には出さないが嫌な思いを抱えながらその場を後にした。
――――――――――――――――――――――――――――――
「うまくいったようだな」
「はい。オーロワームが攻め込むのも時間の問題です」
リレグが満足げに報告を聞いていた。
ここまで作戦通り。
うまく行き過ぎて怖いほどだ。
「118はどうだ?正影の監視を任せていたはずだが」
「それが…先ほどから連絡が取れず。こんな時こそ働いてほしいのですが」
「そうか。まぁいい、『イリュミタート』はどうなっている?」
「順調です」
その一言で十分だったのか頷くとキーボードをたたく。
出てきたのは『E-23』。
「どうにか排除できそうですね。この大量殺戮兵器」
「ああ…。私が死んではこの作戦は成功しないからな、私の命を狙えるこいつは厄介だった」
「しかし…使うでしょうか?」
「ラグフィートのことだ。すでに決断しているだろう。彼女は何事も即決できるできたやつだったからな」
フラテッドにラグフィートのことは分からない。
会ったことないし知っているのは性別と顔くらいだ。
だが、そこに疑問を挟むつもりなどない。
リレグが教えないということは彼には必要のない情報なのだ。
「それでは私はこれで」
「ああ。わざわざすまなかったな」
頭を下げると部屋を後にするフラテッド。
「高みの見物といこうか」
思わずつぶやいたリレグだった。
穂香
9歳とまだ少女。
戦闘能力も大して高くないはずなのだがメディアトールが正影ということがあり、飛躍的に向上している。
詳しく調べられていないので不明だがロストチルドレンと同じように武器を取り出せるようだ。
銃なのだが弾数に制限がなく、彼女が精神的に余裕があれば弾切れになることはない。
期待のプロト(新人)であるが、一歩間違えればただの実験体にされかねないのも事実。