司「…すまない」
嬉「…おじさんの馬鹿!」
嬉々が扉を閉め、司令のみが外に残る。
嬉々に兄の死を伝えたところだった。
正確には行方不明だったのだが、それで変な希望を持たせるのは悪いと思った。
正影は地点Aで行方不明。
のちに捜索隊を送ったが、正影の血痕一つ見つからなかった。
だから司令は少しだが思っていた。
まだ彼は生きているのではないかと。
だが、変な希望を持つのは自分一人でいい。
司令はぶつけようのない怒りを拳に込めていた。
「ここで待ってて。みんなに確認してくる」
「分かった。が、その前にこれ持ってけ」
イノシシの肉を差し出す。
3つほど、焼いたものだ。
「…」
「初めに言っておくがこれはおまえの分じゃない」
「え~…」
「十分食べたろ。これは子供にでもくれてやれ。そうすれば少しは警戒心が解けるんだろ?」
「正影さん、策士だね」
「誰でも分かることだ。ほら、さっさと行ってこい」
少女は走ってその場を後にする。
今、正影は少女の家の近辺であるであろう場所に来ている(確実ではない)。
周りは相変わらず荒廃した建物ばかり。
こんな場所に本当に家を構えることができるのかと正直信用していない。
オゥステムの気配もなく本当に静かだ。
少女が家に確認を取っているであろう間に考える。
正影が生きていた時代は2020年。
しかし今は少なくとも2023年以降。
いや、2023年にここを襲撃されたのならもっと経っている。
これはつまり…、
「タイムスリップ?」
ありえないとは思いながらもその考えに何度も至る。
情報がないからというのもあるがこれで合っているのだろうと思う。
しかし、おかしい。
正影はロスト・チルドレンの1人。
政府のかなり深層部にいる存在だ。
なのにそれらしきものができたなんて聞いたこともない。
「正影さーん」
と、穂香が戻ってきた。
「入れてもいいって」
「物分かりがよくていい子供達だな」
「お肉があったからよ。あれ見たせいでみんな眼の色変えた」
「イノシシには感謝しなくちゃな」
「こっちよ。みんな待ってる(イノシシ肉を)」
一つの建物に入っていく。
目の前の建物だ。
「…目の前ならここからさっきも入ればよかっただろ?」
「人は近くにあるものには案外目がいかないもの。レアさんに教わったの」
「ごもっともだな。俺も情報ついでに教鞭でも受けるかな」
「いいかもね。レアさん、物知りだから」
建物の中はそこらのと何ら変わらない。
急いで逃げたと思われる痕跡が残っている。
正影は一つ疑問があった。
ここに住んでいる人たちが全員、逃げ出してしまうほどの敵が来た。
その時、ロスがいたのかどうかは不明だが少なくともプロトチルドレンはいたはず。
撃退できたのか、あるいはオスがいなくなるのを待ったのかも不明だが建物が残りすぎだ。
巨大なオスが来たと考えるのが妥当なのだがそれならば建物がボロボロになっていてもおかしくない。
なのに建物は倒壊しているものもあるが、ほとんどがガラスが割れてるくらいの傷ですんでいる(中にはぽっかりとくり抜いたかのような穴がある建物もある)。
(いったいどんなオスが出たんだ?今までは大きさと強さが比例してきたけど…)
考えながら建物の中を進む。
拠点は正影の予想に反して地下だった。
「地下じゃオゥステムが出たとき危ないんじゃないのか?」
「上のほうだと建物に体当たりでもされたら倒れちゃうよ。地下でもがれきの山に出口が埋もれたらおしまいだけどね」
「ならなんで…?」
「…さっきは会わなかったけどここに住んでるのは私たちだけじゃないの」
「なに?」
「ここにはオゥステムの襲撃から逃げ遅れた人だけじゃなくて、社会から見捨てられた人や、犯罪者なんかもいるの。そんな人たちが私たち弱い存在を見たらどう思うと思う?」
「…」
「売られたり、食料をとられたり、殺されたり。もっとひどければ玩具として扱われて死ぬの」
「…なんで政府は何も手を打たない?」
「詳しいことはレアさんから聞いて。到着よ」
重そうな鉄の扉が不快音をたてながら開く。
「ようこそ、マイホームへ」
中は畳、20畳くらいの広さがある部屋が一つあるだけだった。
トイレも流しも部屋は区切られていない(水道は流れてないので結局使えない)。
家具といえるようなものは奥にあるテーブルが一つ。
あと無造作に布団が並べられている。
その近くに子供4人と車いすに乗った大人が一人。
警戒しているのか近づいてこない。
「…警戒心は解いてくれたんじゃないのか?」
「さすがに完璧には無理よ。むしろ家に上げてくれただけありがたく思いなさい」
「そうか、やっぱりこれ残しておいて正解だったな」
再び焼いた肉を取り出す。
「…まだあったの?」
「これくらいは食べきれる。途中でお前が来てなかったら全部食ってた」
奥にいた子供たちが反応する。
さっきは3つしか渡していないから、分けたならば少なかっただろうし塊で食べたのなら1人は食べれてない。
「…」
「…」
反応するだけで近づいてこない。
「…これは俺が近づいていいのか?」
「攻撃してくるかもよ?」
「ならお前が説得しろ。肉はくれてやるから」
「信用してないのよ、みんな」
「お前だけが簡単だったのか…」
「空腹には勝てないのよ。みんな」
と、1人が走ってきた。
正影の前までくると攻撃するわけでもなくただ、肉を見ている。
「ほら、どうぞ」
差し出すと礼儀正しく、奪い取るような形ではなくもらうような形でとる。
と、その場でガツガツと食べ始める。
後ろで我慢していた子供たちも耐え切れず正影に駆け寄り、肉をもらう。
「なんだ、いい子たちじゃないか」
「なんで悪い子だと思ってたの?」
「お前の警戒心と、態度を見てちょっとな」
「…まぁいいけど。で、あれがレアさんよ」
奥で子供たちの母親らしき女の人がほほえみながら車いすに座っている。
「…分かった。ありがとな」
まだ焼いていない大部分の肉を穂香に渡す。
「まだ話してないのにいいの?」
「あの人は話してくれる。なんとなくわかった」
「そう?ならいいけど」
「大切にしろよ。干しておくのが一番だからな」
「分かってるよ」
それを言うと、穂香はテーブルに向って行った。
正影はレアの前まで来た。
「あなたが、正影さん?」
「はい。レアさん、でいいんですね?」
「ええ。私がレア。この子たちの保護者です」
外見は欧米の人…だろう。
あまり見ない金髪に青い目。
やつれてはいるがきれいな人だった。
「貴重な食料を下さりありがとうございます」
「いえ、交換条件でしたから感謝なんて必要ありません」
「情報…でしたよね?おかしなことを言う人です」
「自分でもそう思います。が、本当に何も分からなくて…」
「私が知ってることならすべて話します。大したことは知りませんが」
「いえ、市民が知ってる範囲で十分です。とりあえず、今は何年ですか?」
一番知りたいことを聞く。
が、同時に知りたくないことでもある。
別に知ったからといって死ぬわけでもない。
だが、時代が飛ぶというのは恐ろしいことだ。
「…ほんとに聞きたいんですか?」
「あたりまえだ。あなたが信じているかわからないが俺は本当に知らない。この時代について。まず、何年たったか聞く必要がある」
「…これを」
腕時計を見せられる。
「こんな旧式な時計…。よく持ってますね」
「太陽電池が内蔵されてるんです。おかげでここまで長い間稼働しています。で、ここを」
指さされたところを見る。
そこには『2031,6,25』と記されている。
「これは…間違ってないのか?」
「たぶん。2017年から使ってたから、ずっと身に着けて。間違ってないと思う」
「…」
まだ10年しか経っていなかっただけマシだろうか?
いや、もともと飛ぶだけでもかなりおかしい。
「10年…か」
「質問は以上ですか?」
「なわけないだろ。少し考えてただけだ」
「時間はあまり残されていません。質問するなら早めのほうがいいですよ」
「どこか行く予定でもあるのか?」
「ええ、おそらく。近いうちに遠いところに行くと思います」
「おそらく?」
「予定が決まってないんです。ただ近いうちにということだけしか」
「そうですか。ならお邪魔にならないように早いうちに聞きます」
それからここがこうなった理由について詳しく聞いた。
聞いた情報を整理する。
まず2020年、正影が参加したロスが全員参加した作戦でロスが全滅。
詳しく言うと4名死亡、4名行方不明になった。
世界の主戦力であったロスの全滅により、プロトチルドレンはロスが戦うはずのオスとも戦うことになる。
死人が増えたため、研究に経費が注がれる。
そんな中、2023年人型のオゥステムが出現。
既存のオゥステムは強さと大きさが比例していたのでプロト(プロトチルドレンをこれ以降プロトと書きます)でも勝てると思い、普通に戦う。
しかし、異常なまでの強さにプロトを50名失う。
核を落とすという案も上がったが、人がそこから避難した後、人型のオゥステムは消滅。
それ以来、不定期にこの周辺に現れるのでここに帰ってくる人はいなくなった。
「逃げた人はどこへ?」
「地下よ。ある建物を中心として地下都市を作ってるの。もちろん、地上にも町はあるけど」
「他の国に逃げるってことはしなかったのか?」
「他の国にも時間は違えど人型のオゥステムが出現したの。全部大都市にね。初めて襲われたのは日本だったからある程度対策はしていたの。おかげで一部の人は助かった」
「一部?」
「この子たちみたいに逃げ遅れた人はオゥステムに対抗する手段を持たない。政府の人間だったなら知ってるでしょ?政府の拠点までは200キロ以上あるの。間違いなく殺されるわ」
確かに、訓練を受けていない10歳ぐらいの子供達では最弱のオゥステムを相手にしても勝つことはできない。
それでここにいる。
「でも先程場所を移すって」
「ええ。それで一つお願いがあるのですが…」
「?」
「あの子たちを…引き取っていただけないでしょうか?」
考えもしなかった質問に意味が理解できない。
「…え?」
「聞こえなかったはずはないでしょう。あの子たちの仲介者《メディアトール》になってほしいと言ってるんです」
「何を言って…、ていうかメディ…なんだ?」
「説明していませんでしたね。メディアトール、2028年にできた新しい戦い方です」
「新しい戦い方?」
「研究機関に経費を回したおかげで分かったことが一つあるんです」
「一つだけか」
「アクリス細胞にはタイプAとBがあるということです」
「?どういう意味だ」
「アクリス細胞を持っている人には必ずタイプがあるそうです。2種類。これは繋げることができるそうです」
「繋げる?」
「はい。詳しいことはわかりませんが、AとBの人を繋げることで身体能力の向上ができるそうです。ただ、タイプAは極端に少ないらしいですが」
「なら俺とあいつらが違うとは決まってないじゃないですか。それに確認する方法だって…」
「あの子たちはBと分かっています。確かめ方はいろいろありますが今はぶっつけ本番のみです」
…なんかやる方向に話が進んでる?
「…申し訳ないですがそれはお受けできません。あの子たちはあなたが育てるべきです」
「あなたはおそらく政府の拠点に向かうのでしょう?」
「はい、そのつもりです」
「あの子たちに…、いい生活を送ってほしいんです。ここはあまりに危険すぎる」
「ならメディアトールにならなくったって連れていけますよ」
「あなたは知らないからそんなことが言えるんです…」
レアが一枚の紙を取り出す。
地図だ。
「私たちが今いるのがここです」
一つの場所を指さす。
「政府の拠点はここ。つまり最短ならここを一直線に行けばいいのですが…」
「何か問題が?」
「直径10キロにもわたる穴ができています」
「穴?」
「人型のオゥステムが残した傷です。底はぎりぎり見えますが落ちればあなたでもおそらく助からない」
「…大したもんだな」
「だからこれを迂回しなければなりません。ですが一つ問題があります」
「それは?」
「ここ」
一つのところから円状に指を回す。
「だいたいこのあたりを通ると必ず、オゥステムが出現します」
「必ず?」
「例外はありません。必ずです」
「あいつらは不定期にいろいろな場所に出現するんじゃないのか?」
「そのはずなんだけど、ここは必ずなの」
「…強さは?」
「大きさだいたい40m級。強さは見た目通りだけど数もいる」
「…」
その条件となると確かに突破は難しい。
1人で逃げるだけならいくらでもできる自信はある。
だが、子供5人と車いすの大人1人。
1人も死なせずにやるのは難しい。
「難しいでしょ?だからあの子たちをあなたのメディアトールにしてほしいの。そうすればあなたも、あの子たちも強くなる。どのくらいかは未知数だけどそれでも可能性はあがるわ」
「あんたがなっちゃだめなのか?」
「私はタイプB。なりたくてもなれないの。それに私がなってもあの子たちの危険を増やすだけ」
「なぜ?」
「タイプAはメリットしかないけどBにはデメリットがあるの」
「デメリット?」
「つながってるAが死ぬとBも死ぬ」
「なっ!?」
「Bが死んでもAは死なない。だけど逆はダメなの。だから私はあなたに賭けたいの。あなたはきっとA。そのはずだから」
「極端に少ないんだろ、Aは。ならそうしてそこまで俺がAといえる?」
「占いに出てたから」
テーブルを指さす。
テーブルにはカードが置いてあった。
「タロットカード?」
「私はあれが得意なの」
「俺はそういうのは信じない。それにあの子たちがそれによって助かったとしても後が大変だ。俺はあの子たちにそんな思いはさせたくない」
「…いったいどういう―――」
突然地響きがする。
「こんなにも早いなんて…!」
まるで来るのが分かっていたのかのようなセリフ。
しかし、正影にそれを確認する時間はない。
子供たちがレアに駆け寄る。
「レアさん、怖いよ」
「大丈夫、あなたたちは死なないわ。占いが言ってたんだから」
「本当?」
「私の占いを信じなさい。だから安心―――」
真上で大きな音がしたのが分かる。
と、天井にヒビが入り始めた。
正「ここはやばいぞ!早く出るぞ」
鉄の扉を開け、全員が脱出する。
外に出て音の正体が判明する。
「こんな時に…!」
30m級のオスがいた。
ふむ、悪くはないのかなと自己評価。
読んでくれている人はいるようなので一安心です。
今回も説明回になってしまったような気がします。
これも改善しなければならない点の一つか…。
これからも書いていくのでよろしくでーす!