「はい、おそらくプロディターと遭遇したかと…」
リレグが思わず口角を上げる。
予想もしていなかった事態。
だが、ありがたい。
「捕まえてくる指示は?」
「すでに出ています。ただ勝てるかどうか…。ほかにも制限時間が」
「構わん。失敗しても一度遭遇したのだ。すぐに見つけられる」
リレグは目の前にある大きな物体を見ながら言った。
周りはちょっとした砂漠地帯。
遠くではあるが建物が見えるので範囲はそう広くない。
正影があるオスと対峙している。
目の前にいるのは光り輝く人型のオス。
プロディターだ。
「…ようやくか。呼んでおいて歩かせるとは、礼儀がなってないな」
オスはその言葉に反応しない。
正影がプロディターと対峙したのはたった今のことだ。
ついさっきまでは歩いていた。
落ちたところにはもちろんオスはおらず正影が最初どうしようかと悩んだ。
だが、自分を落とした張本人である触手の切れ端が案内してくれたのだ。
斬りおとされたはずなのに自分の主の場所が分かるなんてすごいなと思った。
プロディターは本当に人の形をしていた。
目も口も鼻もない。
呼吸をしているのか、血が通っているのかだって一切不明のランク8のオス。
よくよく考えたらどうやって攻撃してくるのかも知らない。
「……ロ…」
「ん?」
「ロス…ト、チル……ド、レン………?」
「話せるのか。そうだ、ロストチルドレンの正影だ」
「…」
口がないはずなのにしっかり声が聞こえる。
頭の中に響いてくるとかそういうのじゃない。
しっかり、耳でとらえることができた声。
「ロ…ス、ロス、トチ……ロスト……」
「…」
正影が構える。
最初から話し合いで解決できるはずなんてないというのは分かっている。
「ロ、ロロロロロロロロロス!ロスロスロスロスロス」
ここでプロディターに変化が出始める。
顔の下あたりに切れ込みが入り始める。
口ができ始めているのだ。
だが、その口には唇なんて存在しないしできた口の周りはひび割れている。
「オァアアアアアアアアァァァァァァアァァァ!」
さっきまでの言葉は消え、ただの雄たけびが響く。
と同時にプロディターが動いた。
正影に向かってとびかかる。
割れた口が開かれ正影をかみ砕こうとする。
正影は驚いた。
速さや、雄たけびにではない。
その古典的な攻撃方法についてだ。
とびかかってきたプロディターの首を的確に掴む。
「ゴァァ、ギィ!??」
常人なら首を的確につかむなんて不可能だ。
だが、正影にはできる。
相手がプロディターとあって最初から本気だ。
しかし、実力がこの程度ならば正影は本気を出す必要がない。
だが、相手はいくつものアルツェを崩壊させてきた化け物。
油断は死を招く。
正影は掴んだ首をそのままに頭を斬りおとす。
「ゴァッ、ゴオオオオァ!!ギャィィ??!」
しかし、体だけでなく斬りおとされた頭さえも元気に転げまわっている。
これを見て気分が悪くならない人はいないだろう。
正影が体をさらに斬りおとそうとする。
しかし、その時正影が刀を入れる前にプロディターの体にひびが入る。
そのヒビは1秒かからず広がりすぐにそのヒビが大きな口へと変貌する。
「!?」
近くにいる正影を食い殺そうと正影に噛みつこうとする。
それに対し正影が体を斬りおとすという最初の行動で対応する。
口は上顎と下顎があって初めて噛みつけるのだ。
下顎がない口で噛みつくなど不可能。
横に力任せに刀を振る。
が、予想外の事態が発生する。
斬りおとせない。
「なっ!?」
すぐに思考を切り替え、体を投げ捨て自分は後ろに後退する。
大きな口は何もかむことなく閉じられ威嚇するかの如く再び開かれる。
さらに離れてすぐ、離れていた頭の根元から触手のようなものが延び始め体と再びくっつく。
振出しに戻ってしまった。
「さすがはオスの親玉?か。一筋縄ではいかないか」
するとプロディターが縮こまった。
頭をお腹にくっつけ、背中を正影の方に向けている。
背中から触手が延び始める。
だが、これに対応できない正影ではない。
数は5つ。
無数にないのであればこれくらいはどうということはない。
一番最初に近づいてきた触手を斬りおとす。
斬りおとされた触手には痛覚があるのか痛いかのようにのたうち回る。
しかし、残りの4本が残っているのでそいつは後回し。
2本が同時に攻めてくる。
さらにかわすのが難しくなる時間差を交えて1本が攻める準備をしている。
周りから攻めてきた2本を斬りおとす…ことはやめた。
正影といえど一瞬で体を複雑に動かし、触手を2本斬りおとした後よけるのは不可能だ。
何度も言うが正影はロスなので確かに速いが決して足のスピードに特化しているわけではない。
左右から攻撃してきたので後ろに後退することでそれを避ける。
「ァアアアアァァ!」
頭をうずくめながらも叫ぶプロディター。
目がどこについているのかは知らないが感覚でも正影をとらえていないことは分かるはず。
斬りおとされた触手は再生していた。
「…」
一方、正影はこんなものかと少し落胆していた。
相手が弱いことは普通ならば嬉しいことのはずだ。
だが、正影は違った。
少し期待していた。
自分が負けるはずはないと思ってはいたが、ここまでとは思ってもいなかった。
避けに徹すればまず当たらない自信がある。
攻撃は少し面倒かもしれないが相手の攻撃が当たらなけれればこちらの負けはあり得ない。
別に正影は戦闘狂というわけではない。
だが、強い者は必然的に敵に強さを求めるものだ。
負ける気はない、だが自分を超えるものがいるのではないか。
そうやって心のどこかでは戦いを求める。
正影が動いた。
5本ある触手の間を走って駆け抜ける。
プロディターは反応できていない。
距離が10mほどまで縮まったところで近づいてきているのを理解する。
が、そこまでくれば相手が頭で理解していようと遅い。
触手を戻そうとするが方向転換するころには正影がプロディターの目の前に来ていた。
触手では間に合わないとプロディターの手が正影を捕らえようとする。
正影はそれを見切ると刀ではなく膝蹴りを食らわせる。
それにより、後ろに飛んでいくプロディターの触手を斬りおとすという追撃を加える。
ただの人間なら正影が膝蹴りをした時点で体が痛みに耐えかね意識が切れてもおかしくない。
だが、相手は人間ではないオスの類だ。
プロディターは人間らしい受け身を取り体勢を立て直す。
斬りおとされたはずの触手が一瞬で再生し、正影に襲い掛かる。
しかし、すべて真正面からの単調な攻撃。
正影は斜め前に移動してかわすついでに攻撃を加えようとする。
しかし、ここで予想外の事態がおこる。
触手が一瞬で進む向きを変え、正影に襲い掛かっていた。
これは、触手を本当に自由に操れることと、正影の動きにプロディターの頭がついてきていることを意味している。
油断していたこともあり、回避が少し遅れた。
背中に痛みが走る。
幸い貫いたわけではないが、背中に傷ができる。
この時代に来て初めてまともな傷といえるものを負ったような気がする。
プロディターは攻撃の手をやめ、正影の血がついた触手をまじまじと見つめる。
いや、本来ならば目がある顔の目の前に触手を持ってきただけかもしれない。
さっきまでの攻撃や雄たけびが嘘のように黙り込むプロディター。
その静けさが逆に気味を悪くさせる。
「……アゥ…オ………オ…ギィ!?」
突如プロディターが悲鳴らしき声を上げた。
――――――――――――――――――――――――――――――
「これで全員?」
「間違いないと思いますよ」
嬉々がエリア22のほぼ全壊しているアルツェの中で救助活動を行っている。
本来これは彼女たちの役目ではないのだが今はそんなことを言っている場合ではない。
さっき合流したリリィと生きている人の確認をしている。
確認といっても簡易的なことしかできていないのだが。
「地下がほとんど被害がなかったのが不幸中の幸いね…」
「何言ってるんですか。不幸そのものだよ」
予想もしない答えに嬉々が「え?」といいながらリリィを見る。
一緒にいた連や太郎、心愛も同様に。
「何そんな分からないような顔してるんですか?」
「助かったのが不幸って言ったわよね、あなた」
「間違ったことは言ってません。ここで収容していた民間人は300人弱、少ないほうとはいえこれを収容してくれるアルツェはそうそうない」
「でも助かった」
「生き地獄です。それにもっと言うなら…」
「言うなら?」
「…すみません。これ以上は言ってもあなた方をイラつかせるだけだと思うので」
こんなことを話して亀裂を生んでいる場合ではないと思いリリィが話を中断する。
しかし、連も嬉々もここにいる全員が言いたいことを何となく理解していた。
「…あなた―――」
嬉々が何かを言おうとしたとき、嬉々の通信機が鳴った。
「こちら嬉『嬉々、今まで何やってたの!?』真理奈?」
いつもは聞くことのない荒げた真理奈の声が嬉々の耳に入る。
「よくこの通信機の周波数が分かったわね?」
『苦労したわよ!帰ってきたら思いっきりハグするからね、馬鹿野郎!』
「そ、それは勘弁してほしいわね。体の骨が砕けるわ…」
嬉々が苦笑いをしながら友の声を聞く。
もともと心配性なのは知っていた。
それに知り合いを失うと人の何倍も悲しむ人だということも。
「それより、あれから動きは?」
『ヘリが向かったわよ。もうすぐそっちに着くんじゃないかしら?』
「何台?」
『5台よ』
「足りないわ。ありったけの乗り物持ってきて頂戴。民間人が300人以上生きてるの」
『…それは奇跡ね』
民間人という言葉を聞いて、リリィが一瞬しかめっ面をした。
「急いでお願い、いつここに新しいオスが来るか分からないわ」
『プロディターはどうしたの?』
「…退いていったわ。何人かが一応捜索している、正兄とか」
『…分かったわ』
真理奈は嬉々の言いたいことを理解したのだろう。
リリィという部外者がいる以上、今は正影がロスだということは知られてはならない。
『応援はこっちからも送ったから。誰も死なないで帰ってきてよ?』
「こんなところで死ねるほど私の命は安くないわ。じゃ、また後で」
ちょうどヘリの音が聞こえ始めた。
「さぁ、みんな。まずは女性と子供を優先的に乗せるわよ。誘導お願い」
「分かったぁ」
「女性のエスコートなら任せてくれ」
「俺はヘリの誘導をする」
全員が自分の役割を確認し、すぐに散らばっていった。
リリィが黙ってがれきの上に座っている。
「あなたと仲間にも手伝ってもらいたいのだけど?」
「…ボランティアは好きじゃないんですけどね」
「プロトでしょう?それに元気な」
「それを言われると、少なくとも今の俺に反論する余地はありませんね」
そう言うとリリィも動き出した。
嬉々は遠くを見つめる。
正影がどこにいるかは分からない。
だが、戦っているのは分かる。
「…」
嬉々も動き始めた。
そういえばそろそろ30話目だなと思いました。
当初は50話で終わる予定だったのにもうどのくらい続くか分かりません。
温かい目で見守っていただければ幸いです。