魔槍の姫   作:旅のマテリア売り

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12話 隠密への処置

 

「さて、どうしたものでしょうねえ……」

 

 日曜の昼下がり。とある喫茶店の中で、甘粕は悩んでいた。それはもう、こんな彼を見る事はこれ以降ないのでは、と言う程に悩んでいた。外観からはいつもの様にだらしない格好で、柔和な笑みを浮かべているのでそうは見えないが。

 彼が悩んでいる理由は単純である。先日、上司である馨から「和泉咲月に接触せよ」と言う命令を受けたからだ。実際には接触ではなく、監視その他をしろと命令されたのだが、あまり変わりはないだろう。

 監視の対象が唯の呪術師や、一般人なら良かった。給料分は働く甘粕である。そこそこに働きながら、十分すぎるほどの情報を得て報告するだろう。普段からだらしない恰好をしているためにそうは見えないが、これで優秀なのである。

 だが、今回の仕事はある意味、最悪だった。

 監視の対象が、よりにもよって神殺しの魔王カンピオーネなのだ。しかも彼の見た感じでは、東欧の暴君ヴォバン侯爵に近い性格を持っているだろう魔王だ。

 これが草薙護堂ならまだ良かった。彼も魔王ではあるが、何処か甘い感じのする少年だ。年頃の男子と言う事もあって、近い年齢の女子や年上の女性が色仕掛けでもかければ、簡単に堕ちるかもしれない。不思議と相性がいい様に感じると言う万里谷祐理に迫って貰うのも選択としてはアリだろう。側に居たイタリア人女子――赤銅黒十字の大騎士でもある魔術師、『紅き悪魔』の名を持つエリカ・ブランデッリが少々厄介ではあるが。

 だが今回の対象、和泉咲月は女性の魔王である。草薙護堂にする様な色仕掛けは通じまい。年頃の男性を向かわせると言う手段はあるが、下手をすれば殺されるだろう。ざっと見た感じではあるが、彼女は草薙護堂と違って甘くはない様に感じた。必要とあらば、一切の容赦なく他者の命を奪うだろう。余り血を流したくはない。

 調べた情報では、彼女は学年こそ違うが、草薙護堂や万里谷祐理と同じ学校に通っている。草薙護堂に至っては、僅かに面識があるようだ。

 彼等に仲介を頼むか。そうも思ったが、すぐに却下した。

 万里谷祐理は先のアテナと咲月の戦いで霊視を行い、彼女の権能の一つである狼の権能の情報を得たがそれを奪い取られ、さらにトラウマまで刺激されたのだ。咲月の権能の影響なのかその記憶を彼女は失っているが、接触すれば再びトラウマが蘇る可能性がある。

 草薙護堂はそう言った事はないだろう。しかし話した時間は少ないが、あの少年は他のカンピオーネと自分は違うと考えている節があるように感じられた。港の被害の事や万里谷祐理に対して使った権能の件で彼女を一方的に非難しそうな感じがする。それに対して彼女が怒りを覚えれば、首都圏のど真ん中で魔王同士の戦闘と言う緊急事態に発展しかねない。そんな危険を冒す事は出来ない。

 虎穴に入らずんば虎児を得ずとは言うが、今回は虎穴どころの問題ではない。さらには入っても、虎児を得られるかどうか非常に疑わしい。

 割に合わない仕事にも程がある。そう思いながら、甘粕はコーヒーを飲んだ。舌に感じる苦みが、一層苦く感じられた。

 その苦みに僅かに顔を顰めながら、甘粕はなんとはなしに窓の外に目を向けた。

 

「おや……」

 

 窓を通して見る景色の中。その視線の先に、自分をここまで悩ませている件の人物――和泉咲月その人が居た。何やら、微妙に呪力を感じさせる子犬を連れて歩いている。

 彼女の姿を見て、甘粕は考える。危険ではあるが、上手く行動すれば直接接触せずにある程度とは言え彼女の情報を得る事が出来るので、ある意味ではチャンスでもある。

 さっさとこの仕事を終わらせよう。そう思い、彼はコーヒーを飲み干し、代金を置いて喫茶店を出た。

 

 ●

 

 アテナとの戦闘から一日と数時間経った日曜の昼下がりである現在。咲月は水色のシャツと黒いチェック模様のスカートを着て街中を歩いていた。散歩も兼ねているのだろう、彼女のすぐ傍にはマーナがついて歩いていた。

 子犬サイズの神獣を連れて街中を歩きながら、咲月は今後どうするかを考える。

 草薙護堂と一緒にアテナとの戦いの場に現れた三人。万里谷祐理以外名前も顔も知らない女子と男性だったが、二人とも、まず間違いなく魔術師だろう。カンピオーネと行動を共にしていた事もそうだが、彼等からはそれなりに強い呪力を感じ取れた。それなりに高い地位と実力を持っているのだろう。何らかの組織にも所属しているかも知れない。

 だが、だとすれば厄介である。草薙護堂と万里谷祐理もそうだが、彼等はアテナから自分の名を聞き、顔を見た。権能の情報は奪い取り、偽りの情報で上書きしたので知られる事はないだろうが、自分の存在と名前、顔が知られてしまった。

 カンピオーネは魔術師達にとって王である。その血は王族同然の価値を持ち、取り入ろうとする輩も、庇護を得ようとする魔術組織も多く存在する。魔王を戴いた組織は、魔術界で発言力や影響力が強くなるからだ。

 彼等から情報が拡散すれば、まず間違いなく咲月の元にもそう言った輩が群がって来るだろう。文字通り、砂糖菓子に群がる蟻の様に。

 その様な事は、咲月は望まない。彼女の望みはただ、身の周りの静寂と平穏のみだからだ。

 だが平穏を望むその心とは別に、咲月には闘争を望む強烈な心も存在していた。神殺しとなったからこの心を持ったのか、それともこの心が最初から存在したからこそ神殺しになってしまったのかは分からない。分からないが、平穏と同じくらいに闘争も好きなのだ。

 平穏が好きだが、戦いも好きと言う矛盾した感情。それは咲月自身も理解している。だからこそ、神と戦う場合は嬉々として応戦するのだが、基本は平穏をこそ望んでいるのだ。

 そんなに平穏を望んでいるのなら人間社会から離れ、仙人の様に何処か遠い、辺鄙な山奥にでも籠ればいいと思うだろう。実際、咲月もそれは考えた。

 だが、4年前の当時は義務教育機関と言う事もあってその選択は取れず、また、両親と過ごしたこの土地から離れる事も何となくだが気が引けた。

 それから4年間、ずるずると過ごして来て現在に至り、今では引っ越すと言う考えは完全に無くなってしまっていた。

 

(まあ、それは別として。どうしようかしら。探し出して「余計な干渉はするな」とでも言えばそれで良いとは思うけど、彼達の住所は知らないし、名前すら知らない人も居たし……考えてみれば、個人に言っても組織が止まるかどうか分からないのよね。実際に組織に属しているかどうかも分からないし。面倒だわ……)

 

 ――最悪の場合、下手に干渉して来ればどうなるか分からせる為に、見せしめとして殺す事も選択肢に入れておいた方がいいか。

 そんな物騒極まる思考が咲月の脳裏を掠めるが、すぐにその考えを振り払った。殺す事自体は簡単だが、それはあまりに短絡的に過ぎるからだ。

 草薙護堂と魔術師三人が一緒になって現れたのは、あの三人が彼の庇護下にある為かも知れない。実際に庇護下にあるかは分からないが、もしその考えが当たっているのなら、確実に草薙護堂と戦闘になるだろう。

 別に彼と戦う事は構わない。あの少年には厄介事――アテナをこの国に呼び寄せ、自分の平穏を崩された恨みと戦いの決着を邪魔された怒りが僅かだが残っている。ゲイボルグが修復中の現在は無理だが、喧嘩を吹っかけてくるのなら、神と戦う時と同じく応戦しよう。

 だが、あの少年からは何か妙な感じがした。斃した神はまだ一柱の筈だろうに、嘗めてかかると痛い目を見る様な、そんな感じを直感で受けたのだ。

 何かに化身する神格を斃し神殺しとなっただろう事は、以前ちらっと見た時に得た情報から察してはいるが、それがどう言った能力かまでは分からなかったのだ。

 先日のアテナの言葉から、能力の一つが蘇生系だろうと言う事は分かったが、それだけだ。他の能力はどんなものか、どんな神を殺したのか、まだ分からない。

 神託の権能を使えば情報は得られるかもしれないが、まだ呼び水とする為の情報が少なすぎる。自分に神託を齎す為には、ある程度とは言え相手の神格や権能の情報が呼び水として必要なのだ。せめてあと一つか二つ、欲を言えば三つ彼の力を知る事が出来れば、問題なくオネイロスの力を発動できるとは思うのだが……。現時点で無い情報を考えても仕方がない。

 四年とは言え、自身は先に魔王と化した身だ。権能の数も戦闘経験も彼より多い。魔王になってまだ数ヶ月の後輩に、先達として負けるつもりはない。草薙護堂に対しては、それでいいだろう。今は術師たちへの対応が先だ。

 まずは軽く脅しをかけて、暫く様子を見よう。それで動こうとする輩が居れば順次脅しを掛けて行き、変に干渉される事を防ごう。

 命を奪う事は、本当の意味での最終手段にしようと、そう思った。

 

(そうと決まれば話は早いわね。眼鏡の男性と金髪の女子はともかく、草薙護堂と万里谷祐理は同じ学校に通っているから、そこで話せば良いでしょう。問題は残りの二人だけど……?)

 

 考えを纏め、どのように行動するかをある程度とは言え決めた所で、咲月は僅かに違和感を覚えた。先程までは感じられなかった視線を感じたのだ。

 だがそこまで強い訳ではなく、寧ろ弱いと言って良いだろう。注意して視線を探らなければ分からない程に、向けられている視線に乗せられた意思の色は薄い。神託の権能の影響で引き延ばされ鋭くなった第六感があるからこそ感じ取る事が出来た。

 視線を下にずらして見れば、マーナもその視線を感じていたのか、唸り声こそ上げていないが僅かに毛を逆立てて警戒心を表している。

 

(……敵意や害意は感じられない。欲得じみた視線でもないけれど、友好的な視線と言う訳でもない……)

 

 微かに感じられる視線に宿った感情を読み取りながら、どのような手合いがこの視線を自分に向けているのかを分析する。

 この視線に乗せられた感情は友好的ではないが、非友好的と言う訳でもない。ならば興味か何かで見ているのかとも思ったが、すぐに違うと判断した。

 4年前の時点から学校や街で大勢の人に見られ続けた事から、咲月は自分の容姿や髪色がそれなりに人目を引く事を自覚している。家族が死んでしまった事や髪の色が変色してしまった事で向けられた感情は興味や憐憫など様々だったが、その経験から人の視線に乗せられた感情にも敏感になり、読み取れるようになったのだ。

 しかし今向けられている視線に、そう言った感情はあまり見られない。寧ろ監視か、観察のそれに似ていると言った方が良いだろう。

 

(……早速来た、と言う事かしら)

 

 魔術組織に属しているかいないかは分からないが、おそらくこの視線の主は「こちら側」に関わりを持つ者だろう。

 自分がカンピオーネだと知っているのは、現時点でまだ草薙護堂を始めとした4人のみの筈だが……当人達の誰かか、それとも彼等から広がった情報を知った術師だろうか?

 

(いえ、そう言えばもう一人居たわね)

 

 思い出すのは2年前。ギリシアでオネイロスを殺して神託を簒奪し、帰国する前に出会った老魔術師だ。どう言った手法で知ったのかは分からなかったが、彼が最初に自分が魔王と見破ったのだ。

 あの好々爺然とした老人から情報が漏れたのか? とも思ったが、すぐに否定した。

 彼には王として「自分の名を漏らすな、記録するな」と、強く命令したのだ。

 諫言をする事はあるが、基本的に魔術師は王たるカンピオーネに逆らえない。いくら自分が組織や魔術師に関わりを持とうとせず、当時の時点で知るものが居なかった魔王とは言え、その命令は絶対だ。

 他の王に脅されたら情報を漏らす事は有るかもしれないが、魔術師に対してはたとえ相手が賢人議会のプリンセスであっても漏らすなと、魔槍と神獣の権能まで使って脅しを掛けて命令したのだ。命が惜しいのなら、反するとは思えない。

 

(さて、どうしようかしら……)

 

 視線を向けてくる何者かに、どう行動するか考える。

 おそらく、自分が本当に魔王たる存在なのか、確認しに来たのだろう。だが、それならこうして普通に歩いているだけでは分からない筈だ。マーナを見て判断する事も難しいだろう。神獣ではあるが、現在は名を奪って力を使い魔レベルにまで抑えているのだから。

 ならばどう来るか。考えられるのは二つ。一つは馬鹿正直に、真正面から来て確認する方法。もう一つは見えない場所から、何らかの呪術を放って来ると言う物だ。

 この二つの中で取るとするなら、普通なら前者だろう。確実に魔王だと確認する事は出来ないかもしれないが身に降りかかる危険は比較的少なく、間違えていたら単純に笑い話や冗談で済ませられるからだ。

 だが、それなら今すぐにでも来ていい筈。その様子がない事を考えると、今回は後者か。カンピオーネに、外からの魔術は一切と言って良い程効果はない。全て弾いてしまうからだ。

 誰が放ったのかを気付かれた時の危険性は前者の比ではないが、確実にカンピオーネかどうかを調べる事が出来る。そう言う見方で見れば、前者よりも有効な手だろう。

 しかし、そんな事を許す咲月ではない。自分と関係ない他人がどうなろうが知った事ではないが、こと自分の平穏に関する事に限り、一切の情けや容赦が無くなるのだ。

 

「マーナ、吠えたりしちゃダメよ。気付いてるのに気付かれるから」

 

 何かをされる前に、こちらから仕掛ける。そう決めた。

 まだ雷速や必中、毒槍として使う事は出来ないが、通常の武器としてなら普通に使える程度にはゲイボルグは修復されている。呼び出しの術で短剣等を召喚する事も、ルーン魔術を使う事も出来る。武装に困りはしない。

 殺しはしない。一番楽で手っ取り早い選択だが、誰かに見られれば厄介な事になるからだ。だが、脅迫ぐらいはさせてもらう。

 声には出さず、心でそう思い、咲月はマーナを連れて歩きだした。

 

 ●

 

 街中で、偶然とは言え咲月の姿を見つけた甘粕は隠密としての技量を使い、足音を立てずに彼女を追っていた。

 ざっと見で50mは離れている彼女を、彼は人混みの中から目敏く見つけ出し追跡する。服装はともかく、日本人には普通見られない薄亜麻色の髪と側に居る白灰色の子犬が目印になる為、追跡自体は割と容易い。

 つかず離れず。そんな距離を保ちながら甘粕は咲月を尾行する。街中だけでなく、住宅街や公園付近等を歩く。当ても無く散歩でもしているのだろうか、何処かを目指していると言う風には見られない。

 しかしある程度尾行した所で、甘粕は違和感を覚えた。別に歩く場所が可笑しいのではない。街中を歩いたり公園を歩いたり、散歩として見るなら普通だ。

 だが、人が居ないのだ。尾行を始めた時はそれなりに居た筈が、徐々に少なくなっていき、今居る場所――公園だが――には、子供さえ一人も居ない。

 甘粕は優秀である。すぐにこの状況が危険であると判断した。どうやったのかは分からないが、どうも自分の尾行は気付かれていたらしい。いつの間にか、50mほど先に居た筈の咲月もその姿を消しており、先程まで感じなかった呪力を感じる。

 何故と思い呪力を感じる場所に目を向ければ、木の幹や小石の表面に赤い何かで小さく記号の様な文字――ルーン文字が書かれていた。しかも正位置ではなく、逆位置で書かれた物だ。この形で書かれたルーンは、正位置のそれとは逆の効果が現れる。

 拙い。即座に判断し、甘粕は自分の全速で以て、全力で逃走しようとし――

 

「――動くな」

 

 出来なかった。氷の様に冷たい声音で、ハッキリとそう命令される。かなりの呪力を孕んだその命令が、甘粕の動きを縛り上げる。ナイフか何かだろうか、背中の一部――心臓の位置に硬く冷たい、尖った何かを感じる。

 僅かに顔を動かして背後を見ると、気配すら感じさせずにどうやって移動したのか、そこには見失った筈の咲月が居た。微かに見えたその瞳は琥珀色だったが、祐理に権能を使った時の様に鮮やかな翡翠色に輝いている様にも見えた。

 

「貴方、確か草薙護堂と一緒に来た呪術師の一人だったわね……一応聞くけど、私に何の用かしら。ああ、変に誤魔化そうとしたり、逃げる為に術を使おうとしない事ね。まだ眠りたくないでしょう?」

 

 咲月は言外に「死にたくないのなら正直に話せ」と冷たく、感情を感じさせない声で甘粕に言う。

 流石に死ぬのは勘弁である。そう思った甘粕はまず自分がどう言った存在かから話し始めた。

 

「初めましてと言いましょうか、それとも別の言葉を言うべきでしょうか? 正史編纂委員会所属、甘粕冬馬と申します。王よ」

「委員会、ね……目的は私の持つ権能の情報かしら? それとも委員会に抱き込もうとでも言うのかしら……」

「いえいえ、そんなつもりは。ただ、真の七人目の王たる御身に御挨拶をと――」

 

 相変わらずの飄々とした口調で自己紹介する甘粕に、咲月は何の感情も抱いてない様な声で目的を問うてくる。それに対して甘粕は「挨拶に来た」と言うが、背中に感じる硬い感触がほんの僅かだが押し込まれたのを感じ取った。これ以上はぐらかそうとすれば、問答無用で心臓に何かを突き込まれるだろう。

 さらにいつの間にか、足元に咲月が連れていた白灰色の子犬も居た。呪力を感じさせる犬は、心なしか先程見たときよりも多少大きくなっている様にも見えた。低く唸り声を上げ、異様なまでの威圧を感じさせる。

 言わねば死ぬ。本能的にも理性的にも、甘粕はそう確信した。

 

「……はい、その通りです。まあ、正確に言うのでしたら権能の情報の他に、性格等の調査も命じられていまして……」

「誰に命じられたのかしら? 言いなさい」

「それは……」

「聞こえなかったのかしら? 言いなさい。王として命じるわ。貴方も呪術師の端くれなら、逆らえばどうなるか分かっているわよね」

 

 硬い感触と冷たい言葉に、威圧が追加された。足元の子犬の物と合わせ、全身から冷や汗が噴き出るのを感じる。

 間違いない。この姫王はヴォバン侯爵と似たような性格の持ち主だ。しかもこの子犬。まさかとは思うが、あの狼の神獣か?

 

「四家のお一つ。沙耶宮家の馨と言う方です。私の直接の上司に当たります……」

「ふぅん。沙耶宮馨……ね」

 

 甘粕の口から出た名前を、咲月は特に興味も無さそうに反芻する。

 

「……そうね、じゃあその分室長の女にこう伝えなさい。『変に嗅ぎまわったり、干渉しようとしたりするな』って」

 

 言われると同時に、甘粕の背中から硬い感触が無くなった。その事と咲月の言葉に甘粕は表情に出さず驚いていたが、すぐにその心は別の感情に取って代わられた。彼女が甘粕の背側から、前面に歩いて来たからだ。その目は完全に、翡翠色に変色し輝いている。

 その目を見た瞬間、甘粕は自分の中の情報が別の物に上書きされ、消されて行くのを感じた。同時に、意識が遠くなる。

 

「戦いも好きだけど、私は基本的に平穏が好きなの。生活を乱されれば、私は容赦なく貴方達に槍を向けるわ……その事を肝に銘じなさい」

 

 咲月のその言葉を最後に、甘粕は意識を失った。

 


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