それではどうぞ‼︎
いつもの白夜叉の私室に行くと、白夜叉が上座に座って待っていた。
「よく来たの。辰巳はさっきぶりだが、いきなりの瞬間移動はビックリするので控えてくれ」
一回目はビックリしたのか、苦笑しながら注意してくる。
「招待状ありがとよ。ところで一つ聞きたいんだが、北側って具体的にどれくらいの距離なんだ?」
十六夜が白夜叉に質問する。ジンが秘密にしていたので行くことが困難なのかと思っていたのだ。
「やはり聞いておらんのか。ここからなら大体九八〇〇〇〇kmぐらいかの」
「「「「うわお」」」」
箱庭都市は恒星級の大きさを誇るこの世界最大の都市である。その距離ならば普通に行くのは困難どころか不可能だろう。
「九八〇〇〇〇kmってどれくらいだ?」
「ダァ?」
男鹿達には桁が違いすぎて分からなかったようなので古市が簡単に説明する。
「一〇〇mダッシュを九八〇〇〇〇〇回だ」
「多すぎだろ⁉︎」
流石に分かったようで男鹿も驚きの声を上げる。それと同時に古市は納得していた。
「それでわざわざ白夜叉さんは俺達に招待状を送ったんですね?遠い場所だから」
「そうじゃ。条件次第で路銀は私が支払ってやる。・・・秘密裏に話しておきたいこともあるしな」
白夜叉の言葉の最後だけ真剣な声音が宿ったので、問題児達は顔を見合わせて悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「場所は分かったから行こうと思えばアランドロンさんで行けると思うけど・・・それって楽しいこと?」
「さて、どうかの。まぁおんしら次第だな」
白夜叉は幼い顔に厳しい表情を浮かべ、本題に入る前に質問を投げかけてきた。
“ノーネーム”が魔王に関するトラブルを引き受けている噂のこと、そのリスクを理解しているかということだ。
それらをコミュニティの方針だとして告げると、白夜叉は納得して次の本題に入る。
北の“階層支配者”の一角が世代交代して、五桁・五四五四五外門のコミュニティ、“サラマンドラ”の新頭首にジンと同い年のサンドラが火龍として襲名して“階層支配者”になったこと。今回の誕生祭はそのお披露目も兼ねており、様々な事情から東の“階層支配者”である白夜叉に共同の主催者を依頼してきたこと。
さらに事情の具体的な内容を話そうとした白夜叉を、耀がハッとした仕草で制す。
「ちょっと待って。その話、あとどれくらいかかる?」
「ん?そうだな・・・短くともあと一時間ってところかの?」
「それって黒ウサギさんに追いつかれない?」
古市の言葉に他のみんなも気が付く。ちなみに遅れて合流した男鹿は何のことかさっぱり分かっていない。
「白夜叉‼︎ 今すぐ北側へ向かってくれ‼︎」
「む?別に構わんが、内容を聞かずに受諾してよいのか?」
「そっちの方が面白い‼︎ 俺が保証してやるしこっちの事情も追々話すから早くしてくれ‼︎」
十六夜の言い分を聞いた白夜叉は哄笑を上げて頷いた。
「そうか。面白いか。いやいや、それは大事だ‼︎ 娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからの‼︎」
白夜叉は両手を前に出し、パンパンと柏手を打つ。見た限り何も変化は訪れなかったが、五感に優れた耀がピクッと反応する。
「ーーーふむ、これでよし。お望み通りに北側に着いたぞ」
「「「ーーー・・・は?」」」
何となく気付いていた耀も含めて問題児三人は素っ頓狂な声を上げる。瞬間移動に慣れている男鹿達は特に驚きはしないが、次の瞬間には走り出していた三人に続いて店外へと向かうのだった。
★
東と北の境界壁。
七人が店から出ると熱い風が頬を撫でた。高台にある支店からは彼らの知らない眼下の街が一望できる。
「赤壁と炎と・・・ガラスの街・・・⁉︎」
「へぇ・・・‼︎ 東とは随分と文化様式が違うんだな」
「男鹿、あれ見ろ‼︎ キャンドルスタンドが歩いてるぞ‼︎」
「マジか。一つ取って来るか?」
「アイィィ‼︎」
ゴシック調で黄昏色の街並みに、巨大なペンダントランプと歩くキャンドルスタンドを見ながらそれぞれ声を上げる。
「ふふ。違うのは文化だけではないぞ。外門から外は雪の銀世界が広がっていてな。それを箱庭の都市の結界と灯火によって常秋の様相を保っているのだ」
白夜叉は小さな胸を自慢気に張っている。白夜叉は東側の“階層支配者”だが、純粋に箱庭のことで驚いてもらえるのが嬉しいのだろう。
「今すぐ降りましょう‼︎ あのガラスの歩廊に行ってみたいわ‼︎ いいでしょう白夜叉?」
「ああ、構わんよ。続きは夜にでもしよう。暇があればこのギフトゲームにも参加していけ」
白夜叉が取り出したギフトゲームのチラシをみんなで覗き込んでいると、
「見ぃつけたーーーのですよぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」
ズドォン‼︎ と怒りの絶叫と着地の爆音と共に黒いオーラを纏った黒ウサギが現れた。顔は笑顔だが、背後に般若が浮かんでいるような錯覚を思わせる笑顔である。
「ふ、ふふ、フフフフ・・・‼︎ よおぉぉぉやく見つけたのですよ、問題児様方・・・‼︎」
「・・・え?なんで黒ウサギはキレてんの?お前ら何したんだよ?」
淡い緋色の髪を戦慄かせている黒ウサギを見て男鹿が冷や汗を流しながら小声で他の四人に質問する。
しかし、危機を感じ取った彼らは男鹿の質問を無視してそれぞれ行動を起こしていた。
「逃げるぞッ‼︎」
「逃がすかッ‼︎」
「え、ちょっと、」
十六夜は隣にいた飛鳥を抱きかかえ、耀は旋風を巻き上げて逃走を試みる。古市は男鹿を盾にしようとして静かに立ち位置を微調整していた。
「耀さん、捕まえたのです‼︎ もう逃がしません‼︎」
「わ、わわ・・・‼︎」
一足遅れて空へ逃げた耀のブーツを黒ウサギは大ジャンプで捕まえ、
「二人目ーーー貴之さんデスッ‼︎」
「きゃ‼︎」
「グボハァ‼︎」
逃げなかったが動きを見せた古市を見て、男鹿より先に捕まえておこうと耀を投げつける。二人は悲鳴を上げて後ろに吹っ飛んでいった。
「さぁ、三人目は辰巳さんデスカ?」
「待て待て‼︎ だから俺は何も知らねーんだよ‼︎」
事情を全く理解していない男鹿が慌てて黒ウサギに止まるように言う。
今の黒ウサギはヤバイ。
そう思って知らないことを正直に言ったところ、
「だったら残りの御二人を捕まえるのを手伝ってください」
という条件付きで信じてもらえるようだった。いや、信じる信じないというよりも人手が欲しいといったところか。
「いや、だからってなんで俺がそんなことしなくちゃなんねぇんだよ」
・・・・・。
一瞬その場が沈黙に包まれたが、
「だったら残りの御二人を捕まえるのを手伝ってください」
「うおっ‼︎ リピート⁉︎ あぁもう、分かったよ‼︎ 手伝えばいいんだろ手伝えば‼︎」
このままではドラクエよろしく会話が無限ループしそうだったので、仕方なしに捕まえる手伝いをすることになった。
「ではレティシア様、ヒルダ様、後はお願いします‼︎」
は?と残りの二人を捕まえるべく走り去った黒ウサギを見ながら男鹿が疑問に思っていると、
「では私は古市と春日部に付いておこう」
「了解した。辰巳、いきなりで悪いが飛んでいくぞ」
黒い翼を生やして飛んできたレティシアが男鹿の後ろに張り付き、そのまま男鹿を抱えて飛び立つ。
「うおぉぉぉ⁉︎ レティシアか⁉︎ どっから出てきた⁉︎」
「空からだな。走っていくより飛んでいった方が効率的に探せるのでこのまま行くぞ」
確かに空からの方が探しやすいのは明白なので、休憩を挟みながら屋根の上を走っている黒ウサギと二人を探し回っていたのだが、突如として黒ウサギが走る方向を変えて速度を上げていく。
その先を視線で辿っていくと十六夜と飛鳥が龍のモニュメントの前で休憩している姿があった。
「やっと見つかったか」
「我々も行くぞ。二手に逃げた場合は私が飛鳥を、辰巳が十六夜を頼む。空中で離しても問題ないな?」
「ああ。さっさと捕まえて終わらせるぞ」
★
「「断る‼︎」」
近付いていくと十六夜と飛鳥の拒否する声が聞こえ、それぞれ別方向に逃げようとしていた。どうやら黒ウサギは説得に失敗したようだ。
男鹿とレティシアは予定通りに二手に分かれて追跡を始める。まぁ逃げられることを前提に動いていたレティシアは男鹿を落とすのではなく投げたと言ってもいいので、男鹿はちょうどスタートダッシュを決めた十六夜の前に落ちる形となった。
「おっと、危ねぇ危ねぇ‼︎」
ザザザァァ‼︎、と投げられた男鹿とダッシュを止めた十六夜の靴底が地面を滑っていく。黒ウサギと男鹿に挟まれる形になった十六夜はその場から跳躍して屋根に上り、二人も続いて跳躍する。
十六夜は距離を取って不敵に笑いながら二人と向かい合う。
「オイオイ、男鹿は俺達を裏切って鬼役をするのかよ?」
「ああ。逃げるのは趣味じゃないんでな」
「もう逃がしません‼︎ 黒ウサギは十六夜さんを捕まえてお説教します‼︎」
“ノーネーム”の戦闘力トップ3と言っても過言ではない三人がここに対峙する。しかしこの状況で十六夜が考えていたのは逃げることではなく、いかにしてこの状況を自分好みにしようかということであった。
「俺はただ捕まえられても説教なんて聞かないぜ?」
もちろんこれは嘘である。プライドが人一倍高い十六夜だからこそ、負ければ大人しく黒ウサギの説教を聞くだろう。この一言はあくまで話を誘導するための布石である。
「とはいえ質の悪い冗談に謝罪の気持ちがないとは言わない。そこで提案なんだが、俺達で短時間の別ゲームをしないか?」
「あ?ゲーム?」
「そうだなぁ。黒ウサギには審判をしてもらって俺と男鹿の二人で鬼ごっこを続けるってのはどうだ?謝罪代わりに、そっちのチップは無しでいい。こっちのチップはーーーうん、二人に一回分の命令権とかでどうだ?」
十六夜の提案に黒ウサギは息を飲んで驚きウサ耳を跳ねさせる。
「黒ウサギは構いませんが・・・しかし、ギフトゲームをするならば対等の条件でのみ行われるべきです」
つまり、自分が審判をするならば十六夜と男鹿だけで互いに一つずつ首輪を賭けるべきだというのだ。
「俺はなんでもいいぜ。お前とはガチでやってみたかったしな」
男鹿も異論はないようで、物騒に笑いながらすでに戦闘態勢に入っている。“鬼ごっこ”だということを理解しているのかは甚だ疑問である。そんな男鹿に釣られるように十六夜も笑う。
「いいぜ。ゲーム成立だ」
問題児と子連れ番長の出会いから約一ヶ月。
“火龍誕生祭”にてついに男鹿と十六夜、“ノーネーム”のトップ戦力である二人が激突する。
今回はここまでです。
ルール付きとはいえ、いよいよ男鹿VS十六夜‼︎
え?鬼ごっこで?と思った方もいるとは思いますが楽しみにしてて下さい‼︎