極東の騎士と乙女   作:SIS

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code:04 蒼穹舞踏

 

 

 物事に、予期せぬ出来事はつきものだ。

 

 それを分かっていて尚、現実の展開に村上響子は舌打ちを禁じ得なかった。

 

 IS学園は、自分達の聖域だ。血のにじむような努力、等と言う言葉では生ぬるい、執念と果てに手に入れた、子の世界で最強の兵器を操る資格。誰にも自分を否定させない、誰にも自分を無視させない。この世界に、自分が自分たる絶対の証を刻む、その権利。

 

 それを、踏みにじった存在。織斑一夏という異分子を排除しようと思った。殺すわけにはいかないが、IS学園の現実を見せ付ければ、覚悟も何もないただ珍しいだけのモルモットなど自分から出ていくか、目の届かない処に隠れてしまうだろうと思ったのだ。

 

 だが、実際にしかけてみれば思わぬ抵抗。それでも、自分達にかなうレベルではなく、予定通りに叩きつぶしてやろうとしたときに、彼女は現れた。

 

「セシリア・オルコット………!」

 

 今年から入学予定だったはずの、イギリス国家代表候補生。BT兵器と呼ばれる特殊兵装の試験機体である第三世代型IS”ブルーティアーズ”を駆る若き才女。その名と機体名は、響子も良く知っていた。

 

 何せ、世界で最初に第三世代型の定義の提唱を行いどこよりも早くその実用化にこぎつけたのが欧州連合であり、彼らの発動した第二次ECTSF計画であり、そしてイギリスなのである。ISに乗り、その頂点を目指す者として彼女の名を知らないはずがなかった。ましてやそのイギリスの国家代表候補生の愛機という看板を背負った、ブルー・ティアーズという存在を。

 

 第三世代型の定義。それは、思考とIS,そして兵装の接続。完全な思考制御システムを搭載する事による、人機の完全な一体。そしてそれを利用した、特殊兵装の搭載である。そして、それに必要な神経と機械の接続技術を既にイギリスは準第二世代型であるプリンセス・オーダーで限定的に実現していた事により、その開発において大きなアドバンテージを持っていた。残念ながらそのアドバンテージはある愚かな出来事によって失われるのだが、それでもイギリスが最も長期間にわたって第三世代技術を研究してきた事に変わりは無い。つまりそのイギリスが送り出してきたブルー・ティアーズは、試験機でありながら第三世代型の生きた定義なのである。

 

 そんな大物が出てくるなど、響子どころか神にすら予想できなかったであろう。

 

 それに、と響子は思う。

 

 セシリア・オルコットは男嫌いでも名が通っている。そんな彼女にとって、織斑一夏に対するイメージは、同じはず。にも拘わらず、何故あの男を助けるのか。女性として戦地に立つと決めた戦士の誇りは、鍛錬の果てに立った頂を怪我される不快感は、彼女にはないのか。響子はそう考え、しかし答えが出ないままに銃を漠然とセシリアに向けたまま動けないでいた。

 

 響子は知らない。セシリア・オルコットと織斑一夏の共通点を。そしてセシリアが、少し前からずっと一夏の訓練を観察し、彼の能力を推し量っていた事を。決して織斑一夏が状況に流されるだけの愚物とは思わなかったからこそ、彼女が手を差し伸べに来た事を。

 

 睨みあったまま時間が流れる。お互いに引き金に指をかけたまま睨みあったままだが、時が流れれば頭も冷える。響子はようやく意識の切り替えに成功し、対面する蒼い機体を冷徹な視線でとらえた。

 

「………つまるところ、貴女は敵なのね。セシリア・オルコット」

 

「織斑さん」

 

 響子の言葉に答えず、セシリアは視線をむけぬままに一夏を呼んだ。え、となる彼に彼女は一言、

 

「二人は引き受けますわ」

 

 瞬間、閃光が縦横に走りぬけた。響子達と一夏がその光を見るのは二度目だが、しかしそれでも、彼らはその輝きに目を奪われた。

 

 彼女の周囲に滞空する三つの小型端末。その全てからレーザーが照射され大気を焼いた。立体的に交差する光の網に追い立てられ、響子達の陣形がズタズタに寸断される。だが陣形を崩されるよりも、そのレーザーへの被弾を恐れて彼女達はむしろ、自分から陣形を放棄、セシリアの意図にのって二人と独りに分かれていった。

 

 本来、レーザー等というものはシールドバリアに対して非常に弱い。純粋な光学レーザーなど、空間の屈折率を少し変えるなり熱量遮断なりを行えばそれで防げてしまうからだ。そもそも宇宙空間もしくは地球以外の惑星という温度差や気圧差環境の変化の激しい環境で活動する事を前提としたシールドバリアのシステムに光学レーザーでダメージを通そうと思えば、それこそ尋常でない出力のレーザーが必要となる。だがそんな規格外のレーザーを照射するには、エネルギー問題はともかく照射システムが現状おいついていない。その上環境の影響を大きく受けるレーザーを運用するとなるとシステム的にも大きな負担がかかる。結果、レーザーという兵器は武装としては発展しなかったのが現実だ。

 

 故に、ブルー・ティアーズの放つレーザーは唯のレーザーではない。

 

 ISエネルギー。ISコアの内部にのみ循環する形で存在するとされる、未知のエネルギー。武装もシールドバリアも何もかも、このエネルギーをコアが備える変電機能で電力に変える事で稼働している。そしてこのエネルギーは、コアから漏れ出した瞬間、霧散して消失する為に直接利用は長い間不可能とされていた。だが、それをブルー・ティアーズは取り出し、数%ではあるが照射したレーザーに残留させる事に成功している。

 

 これによる影響は計り知れない。例えば発現している範囲では、ISネルギーというISの根幹をなすエネルギーを持つ為か、ブルー・ティアーズの照射するレーザーはシールドバリアの防御スクリーンを透過する性質を得ている。つまり、第一の防壁による遮断が困難である為、他に備わった防御機能でその分を防御する必要が出てくる。そうなると、レーザーという兵器の特性が一気に利点となる。光速という圧倒的な照射速度と実体のない波長が本体であるレーザーは、ベクトル操作でも無効化が極めて困難だ。あくまでレーザーがISに通じないのは本来環境適応用に用意された防御スクリーンによる防御あっての事で、逆にいえばそれを透過されてしまうと防御には極めて多大なエネルギーのロスをもってあたるしかない。結果、ブルー・ティアーズの放つレーザーは、ISという兵器にとって極めて危険な攻撃と化したのだ。

 

 故に、響子達は分断されると分かっていて回避するしかなかった。もし陣形維持にこだわりあの掃射をまともに浴びる事があろうものなら、一瞬でシールドエネルギーを大量に減衰されてしまうがために。

 

 しかし彼女達にもはや当初の混乱は無い。その状況でも、是ととれる判断を咄嗟に下す。

 

「葵、奴は頼むわ」

 

「了解」

 

 響子は短髪の少女……周防時子と組みながら、長髪の打鉄乗り、向井坂葵に一夏の相手を任せた。響子自身と時子は、射撃戦闘にも対応できる中距離戦闘型なのに対し、葵はバリバリの前衛型だ。なので、ビットを従え協力無比なレーザーを放つブルー・ティアーズには二人で挑み、一夏の相手は葵に任せる。そう判断した彼女は、それきり一夏の存在を最低限の関心まで落とし、対面する敵へと集中する。

 

「……一年だからと油断はしない。……否。どこまで私の力が通用するか、挑ませてもらう、セシリア・オルコット!」

 

「やれやれ……これだから隠れ熱血はさぁ……」

 

「いいでしょう。このセシリア・オルコット、その決闘を受けて立ちましょう!」

 

 その言葉と共に、ビット達の動きが活性化する。セシリアの周辺を飛び交っていたそれが一気に加速、青い筋を引いて空域に飛び散った。直後、一度に三方向、人間の視野では絶対に全てをカバーできない位置から放たれるレーザー光。IS装着者は全方向視野を得るが、それを処理するのはあくまで人間の脳。慣れていても、ありえない角度まで視野を広げて動くのは難しいが、響子達は普段の鍛錬の甲斐あって有り得ざる角度の視野を使い、その攻撃を回避する。だが危うくかわした響子達を今度はセシリアの持つレーザーライフル、スターライトMk-Ⅲの放つ極太のレーザーが襲い、その装甲を掠めて深紅の傷跡を刻みつける。

 

「ぐ!?」

 

 本来、文字通りの光速であるレーザーを発射されてから回避するのは不可能。だから今、直撃しなかったのは響子達の技量あってこそ。だが、直撃を避けたにもかかわらずその熱量で装甲が融解された事は、響子達に戦慄を刻んだ。縦横無尽に飛びまわり致命的なレーザーを放ってくるビットばかり注目していたが、セシリア本人が撃つレーザーライフルの威力もまた尋常ではない。

 

「流石に、全方向視界を物にしているようですね……では、遠慮なくいきましょうか

 

 ギィン、と鈍い音を立てて、セシリアの額に装着されたヘッドギアが光を放った。それは機体全体の継ぎ目を這うようにして全身の隅々まで行きわたり、ブルー・ティアーズのシルエットを蒼く輝かせる。自らの意識が深くISと同調するのを感じ取りながら、セシリアは高ぶった感情のままに力を解き放った。

 

「教えてあげましょう。この機体が武装と同名のブルー・ティアーズと呼ばれているのは、あくまでこの機体がテスト機、BT兵器のキャリアーに過ぎないから。私の従えるこの子達こそが、真の”ブルー・ティアーズ”! さあ味わいなさい、踊りなさい! このステップについてこれるのなら!」

 

 直後。

 

 ミサイルもかくや、という速度で縦横無尽に飛びまわるブルー・ティアーズが、四方八方から二機の量産機へと光の豪雨を浴びせかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方。

 

 葵と一夏の戦いは、セシリアとは逆の意味で一方的なものとなっていた。

 

 空中を高速で移動し、すれ違い様に切り結ぶ二機。同じ機体に、同じ得物。にも拘わらず、切り結ぶたびにダメージを受けているのは、一夏だけだった。

 

 理由は簡単だ。実体シールドをうまく使い盾に武器に、そして視界を塞ぐ障害物として使いこなす葵に対し、それを使いこなせない一夏は己の剣一振りで切り結んでいる。とれる選択肢の数がそもそも桁違いなのだ。

 

「くっそぉ!」

 

 再びの接近。一夏は苦し紛れに片手で突撃砲を放ち、牽制の弾幕を展開する。だが、それは前方に並べられた実体シールドによって防がれ何の障害にもならずに火花となって散る。一夏はあきらめず、そこに突撃砲のアタッチメントからグレネードを放ち、その弾道の後を追う様に突撃をかける。実体シールドにグレネード弾が命中し、爆発を起こした瞬間、彼はそこで強く右足の踏みこみをイメージ。その場で右足だけを空間に固定したまま、斜めにドリフトターン。爆発を目くらましに、実体シールドを大きく回り込んで敵の斜め後ろからの全力の一撃。一夏が今取れる最高の一撃であり、さらには後方円錐領域、つまり生身の人間が絶対に認識不可能な角度からの攻撃だ。

 

 ブレードの切っ先が音速を超え、無防備に背を向ける葵の背に向かって走る。取った、そう思った瞬間。

 

 突如量子転送されてきた実体シールドが、その一撃を受け止めていた。

 

「!?」

 

「まだ正式な教育を受けていない貴女は知らないかもしれませんが、競技用ISの全装備は量子化できるように定められています。無論、付属品扱いである実体シールドも」

 

 全身を回転させての、強烈な切り上げ。一夏はそれをかろうじて受け止めるが、その重さに押されて背後へと吹き飛ばされる。体勢を立て直す一夏に、葵は見せつけるようにして長刀を正眼に構えた。

 

「……私もまた、武に生きる者。故に、認めましょう、貴方の力を。確かに、貴方は覚悟を持っている。ですが」

 

 一夏が気がついた時には遅かった。認識した時には、既にお互いの瞳を覗き込める距離。咄嗟に差しだした左腕の甲を、長刀の切っ先が浅くえぐっていく。それを払って切り込んだ一夏だったが、その斬撃を葵は素手で刀身を横に殴りつけて払う。そのまま、零距離まで踏み込んで旋回、一夏の背へ実体シールドを楔のように叩きつけた。本来、シールドバリアを持つISにその手の打撃は通じない。だが一方で、無駄なエネルギー消費を避けるために”ダメージにはならない”衝撃なら通してしまう。熟練のIS乗りなら条件指定でそういった体勢崩しは防ぐ事が出来るのだが、まだISに乗って日の浅い一夏にそれは不可能だった。バランスを崩した彼に、葵はゆうゆうと刀を構え直し、一撃を見舞う。今度こそ防御もなにも間に合わなかった一撃に、シールドバリアが過負荷に悲鳴を上げ、六角形が重なったようなエフェクトを空間に刻み込む。その一撃で、一夏の打鉄のシールドエネルギーが一気に半分を割った。対してまだ八割以上を残す葵が、油断なく刀を構え直す。

 

「でも、貴方が優れているのは武だけ。IS乗りとしては、到底未熟」

 

「……」

 

 葵のその指摘に、一夏は言い返さない。あくまで、口では。

 

「(……だが、思っていたよりは、張り合えている)」

 

 一夏は、全く折れていなかった。むしろ圧倒的な実力の差を見せつけられながらも、闘志はぎゅるんぎゅるんみなぎっている。勝ち目も、僅かだが見えている。一対一だからこそ、見えた勝ち目が。

 

 確かに葵は強い。IS乗りとしては当然のように一夏の遥か上をいっている。

 

 だが、一夏と隔絶しているのはIS乗りとしての腕前ぐらいだ、とも彼は見ていた。確かに葵の武術はそれなりの腕前だが、今の一夏でも生身なら互角程度、数年前の直接篠ノ之道場で指導を受けていたころの一夏なら相手にならない。つまり、素養では互角のはずだ。それが一向に埋められないのは、ISという兵器への慣れだ。ISが人型といっても、バランスや稼働範囲では生身とは全然違う。一夏がそれを違和感としてとらえているのに対し、彼女はそれを利点として扱っている。その差なのだ。

 

 だから。

 

 何か、劣勢をひっくり返す何かがあれば、ペースをこちらに引き戻す事だって不可能ではないはずなのだ。

 

「せめて、もっと早ければ……」

 

 そう。せめて、もっと。もっと早ければ。

 

 ”敵”がもっと早く飛べるのなら、やりようはあるのに。

 

 思い出すのは、あの忘れもしない模擬戦会場に闖入してしまった時の事。あの時一夏は、瞬時加速で突っ込んできた相手に、全速で踏みこんでカウンターを見舞った。いくらISのハイパーセンサーが五感を加速するといっても高速巡航形態でもない限り瞬時加速レベルの速度は手に余る。ましてやそこに高速で踏み込めば、相対速度は軽く人間の限界を超える。そこに一撃を叩きこめば、速度差からその威力は計り知れないものとなる。それによって、一夏は超絶的な実力差を覆したのだ。当然のようにカウンターに失敗する可能性もあり、むしろ失敗する可能性の方が遥かに高いが勝利の為ならそれぐらいのリスクは許容すべきだ、と一夏は考えている。

 

 だが、その手は使えない。

 

 遅すぎるのだ。

 

 葵は確かに早く動くが、到底ISの稼働限界、人間の反射限界に達するほどではない。それにカウンターを見舞った処で、反応されておしまいだ。そして、逆に一夏もまた葵に反応限界を強いるほどの機動性は発揮できない。そもそもの下駄が違う、同じ打鉄でも、現状の戦力差はロバとバイクぐらいの差があるといっていい。速力差は圧倒的だ。それでは葵に、自分自身で制御できないほどの反射を強要する事はできない。

 

「何もないのか……いや、違う。そう考えるんじゃない」

 

 こちらに相手を上回る点はないのか、そう考えようとした一夏は頭を振ってその考えを振り払った。

 

 それでは、善戦はできても必勝は引き寄せられない。

 

 シェリー・アビントンは言っていた「相手に勝る処を探すのではなく、何が自分にできるのかを常に考え続けろ」と。どうすれば勝てるのか。その為に自分は何ができるのか。それを考えろと。

 

 例えとして彼女はいっていた。広い砂漠で、今自分は対物狙撃砲に狙われている。手元には拳銃一つ。そんな状態で、相手に勝る点があったとして何の役に立つ? 弾数に勝っていても、機動性で勝っていても、だからどうした、と言わざるを得ない。そんなの考えている暇があったら動け。撃ち返せ。砂丘を駆けろ。

 

 勝つために、何をすべきか。

 

 自分にできるのは、届かない刃を振るう事と、当たらない銃を放つ事。そして、唯飛ぶ事。

 

 どうすればいい? どうすれば、自分は敵に勝つことができる?

 

 いや。

 

 違う。別に一夏が勝つ必要はないのだ。どう動けば、”相手は敗れる”?

 

 その閃きが、一筋の活路を一夏に示した。

 

「………見えた!」

 

 

 

 

 

 

 

「ブルー・ティアーズ……対多数戦に特化した第三世代……なるほど。こういう事」

 

 一方。

 

 セシリアと響子・時子の戦いは変わらず、セシリア優位に進んでいるように見えた。

 

 縦横無尽に飛びまわり、全方位からレーザーを放ってくるビットに、一撃で大量のエネルギーを奪い去るセシリア本人の狙撃。さらに圧倒的な基本スペックの差の前では、二対一という数上のハンデなど気休めにもなっていなかった。

 

 そして響子の言うとおり、ブルー・ティアーズは対多数戦闘を想定しているのだ。

 

 その驚異を前に、むしろ響子は感嘆に近いものを覚えていた。目の当たりにする最新鋭ISの持つ力、そしてそれを使いこなすセシリア・オルコットの力量。世界に挑む者達の立つ場所を目の当たりにして、戦士としての彼女は悦びを覚えていた。私達はここまで行ける、ここまで強くなる事がきっとできるのだと。

 

「ずっと勘違いしていた……その機体が対多数向きなのは砲門が多いからじゃない」

 

「あら。では、何故貴女はこの子が対多数向けだと思いますの?」

 

 セシリアがスターライトMk-Ⅲを構えたまま、試すように響子に問いかける。それに響子は息を切らしたまま、ビットの動きを目で追いながら答えた。

 

「……つまり。その機体は、たった一機で敵を”包囲”できる。相手が何機いようと、展開したビットはそれを囲み、一方的な十字砲火を強いる事が出来る。正確には対多数向けなんじゃなくて、そもそも”敵の数が関係ない”」

 

 そう。

 

 高速飛行するビットは、相手が何機であろうとその周囲に展開し、包囲網を即座に展開する事ができる。相手がセシリアを狙う限り、ビットはその外側に展開しセシリアそのものを囮に巨大な檻を形成する。敵は、セシリアと戦っている限り、ビットの包囲を抜け出す事は絶対にできない。そして敵がどれだけいようと、セシリア・オルコットを狙う限り、意識の外から襲ってくるビットの餌食になるだけだ。そしてビットに意識を向ければ、セシリア本人がその隙をついてくる。完璧な、単独で完結した相互互換のフォーメーション。

 

 それを、淡々と語る響子に、むしろセシリアは困惑を覚えた。警戒を強め、センサーの感度を上げる。

 

「何が言いたいのですか?」

 

「……なあ、気がつかないか、セシリア・オルコット。私達は最初、貴女に圧倒された。ほんのわずかな間に、大量のシールドエネルギーを削られ、反撃もままならず。一方的だった」

 

 響子はビットの動きを観察しながら、ほくそ笑んだ。

 

 

 

「だが先ほどからこちらのエネルギーは、少しも削られていないって、気がついてる?」

 

 

 

 

「!」

 

 その言葉に、セシリアが眉を寄せた。ただちにビットが押し寄せ二人に十字砲火を見舞い、動きが止まった処へレーザーライフルを叩きこむ。

 

 一切の容赦のない連撃。だがその一撃を、今の二人はまるで予期していたようにあっさりと回避して見せた。あまつさえ、反撃の銃撃が火を噴き、ブルー・ティアーズのシールドを僅かばかり削り取る。

 

 シールドバリアに阻まれて失速、転げ落ちる銃弾を片手ではらいながら、セシリアは目を細めて響子達に向かい合う。

 

「……そう。どうやら気がついたみたいですね」

 

「ああ。貴女はビットの操作をする際、前後に一定時間、本体側のFCSの機能が低下する。逆に言うと、本体側の武装を起動するとビット側の制御がワンパターンになる……つまり、ビットか本体の装備、どちらか一系統しか操作できないんじゃない?」

 

「正解ですわ」

 

 確信を持っての問いかけ。それに、セシリアはやれやれですわ、と髪を後ろに流しながら苦笑してみせた。あきらあに致命的な欠点をつかれた事に動揺したという訳ではないが、それでもここにきて初めて、余裕綽綽だった彼女の態度が崩れたのは事実だ。

 

「否定しないのね」

 

「してどうにかなります? 攻撃を回避されたのは事実ですし。それにしてもよく気がつきましたね。こちらとしても気がつかれないよう、攻撃前後の時間間隔には気を使っていたのですけども」

 

「その時点で既に不審。貴女ほどの腕前がビット攻撃の最中に追撃してこない訳がない」

 

「……まあ、確かに。できたら絶対にやりますわね、私も」

 

 仰るとおりですわ、と苦笑するセシリアに、しかし響子は違和感を覚えた。

 

 なんていうか、あっさり認めすぎる。ビット攻撃は、ブルー・ティアーズの生命線だったはずだ。それを封じられてしまえば、ブルー・ティアーズは第二世代程度の基本能力しかもたず、武装は大味すぎるレーザーライフルのみ、と非常に戦闘力に乏しい機体になってしまう。にも関わらず、まだ余裕があるとすら見えるこの態度。不審に思うには十分だ。

 

「……何をたくらんでいるの? 救援ならこない、あの男に葵は倒せない。時間をかけても二対一が三対一になるだけ」

 

「あら」

 

 脅し文句のような響子のセリフに、しかしセシリアは笑顔を見せて、

 

「じゃあ言質とりましたし、遠慮なく」

 

「は?」

 

 一見意味の分からない答えに響子が眉を顰める。が、セシリアはそれに構わず、スターライトMk-Ⅲを構えた。響子達はそれに反応し、即座に射線上から退避、レーザーの予測線から逃れる。にも関わらず、セシリアは引き金を引いた。青色の高エネルギーレーザーが、空に一筋の線を引く。だが、いくら強烈でも当たらなければ意味がない。

 

「何のつもり? 威嚇射撃のつもりかしら?」

 

「いいえ、そういう訳じゃないのですけど、いいのかしら?」

 

「何が」

 

「だってこれ、三対二、なんですわよね? 相方さんに警告しなくて?」

 

「な」

 

 直後、無線を通して遠方で戦っている葵の悲鳴が、響子と時子の耳に響いた。

 

 慌てて振り返った彼女達が見たのは、流れ玉ならぬ流れレーザーで体勢を崩し、織斑一夏の打鉄の一撃をその胴にまともに受けた葵の姿だった。信じられない、といった顔の葵に、一夏は悪いな、とでも言いたげな不敵な笑みを反し、返す刃でさらに一撃。そしてその一撃と、先のレーザーで限界を迎えた葵の打鉄が紫電を放って量子化され、ISスーツ姿に戻った彼女はそのまま海へと堕ちていった。 

 

「葵っ! あのくそガキ……」

 

「まって、時子!」

 

 相棒を撃破された怒りに、時子がナイフを両手に一夏の方へと飛び出そうとする。その瞬間、対峙していたセシリア・オルコットの存在を忘我したうえで。それに気がついた響子が止めにかかるが、それよりも早く、蒼い閃光が時子を包囲していた。

 

「……あ」

 

「そういう訳ですので。所謂、win-win的な取引、という事ですわね」

 

 ビット三機の、一斉射撃。怒りでその存在を忘れ去っていた時子は、もはやビットの行動タイミングなどはかりようもなかった。成す術もなくレーザーに撃ち抜かれ、墜落していく。

 

 それを横目で見送りながら、響子はセシリアを怒りと納得の混じった複雑な視線で睨んだ。

 

「……そうだったわね。これはもとより、あの男と私達の戦闘に貴女が乱入した、三対二。一対一と二対一、じゃない」

 

「先ほどから織斑さんから申し出を受けてましてね。一発撃ってくれれば、引き換えに貴女達に隙を造る、と。貴女達も三対二、という前提のようでしたから遠慮なく利用させていただきましたわ」

 

 つまりは、そういう事。

 

 織斑一夏は、葵に勝つために彼我の戦力にないイレギュラーを期待し。セシリアは、完璧な二人のフォーメーションを砕くためのトラブルを要求した。その二つがかみ合った結果が、今の一幕。

 

 響子とて、訓練を受けた戦士だ。織斑一夏の取った手段を、卑怯とは責められない。むしろ褒めるべきだ。あの男は、自らの置かれた状況をこれ以上ないほど正しく認識し、最適の手段をとった。

 

 責められるべきは、自分達だ。うかつにもお互いのお存在を別の戦いと勝手に区別し、個々の戦いに没入してしまった。少し考えればこのセシリア・オルコットという強敵相手に、三人で連携を取るべきだったのだ。もしくは、こちらの乱戦に葵と一夏を引き込み、三対二の状況でなおかつセシリアに織斑一夏というお荷物を押し付けるやり方もあった。

 

 だが、もはや後の祭り。

 

 今は動かない織斑一夏も、少し休憩を入れればこちらに向かってくるだろう。もはや、数の上では響子側が不利。ならば、一対一の内に。

 

「……いくわセシリア・オルコット。織斑一夏が動けない今のうちに、貴女を倒す」

 

「大きく出ましたわね、でも良いのかしら? 淑女は守りも硬くてよ?」

 

「ならば、その上から……削り倒すだけ!」

 

 その叫びを口火に、ビットが火を噴いた。だがその挙動を観察していた響子は一歩早くブースターで踏み込み、セシリアに放たれた矢のように襲いかかる。ビットでの再包囲は困難と判断したセシリアが、レーザーライフルを構え狙いを定めた。ビットの維持を完全に放棄し、射撃管制システムを最大で駆動する。今まであえて使わなかったFCSの最大補正が、響子の未来位置を完全に予測し、セシリアの網膜に移しこんだ。レーザーの予測線が、未来のブラックナイフの胸部をしかと撃ち抜いた。

 

「頂きます」

 

 レーザーライフルが、閃光を放つ。コンマ数秒の準備照射の後に、致命的な熱量を叩きこむ本照射が開始される。

 

 その、僅かな照射の隙に。

 

 響子はブラックナイフの主兵装である両腕の突撃砲を、己の未来位置へと投げ込んだ。

 

「舐めるなっ!!」

 

 吠えた響子の目の前で、レーザーによって一瞬で突撃砲のフレームが融解、内部の弾薬に派手に誘爆した。機関銃の爆煙はささやかなものだったが、一方でサブ砲門に装填されていたグレネード弾は光も爆音も大規模で、ISのセンサーさえも一瞬ノイズに埋め尽くされて情報をロストする。

 

 その有り合わせの煙幕の中を、爆発に自らも巻き込まれながらも響子は直進する。それを分かっていて、セシリアは撃てない。スターライトMk-Ⅲは、連射が効かないのだ。だからこその、ビットとの連携。

 

 ビット達が一歩遅れて支援射撃を行う。だが、セシリアの動揺が伝わったのかその狙いは先ほどまでの精密性を失っていた。驚異の衰えたそれを完全に無視し、数発の被弾すら許容して……ついに、響子はセシリア・オルコットの懐に飛び込んだ。

 

「その首……頂く!」

 

 叫んだ黒いISの両腕の装甲が、スライド、展開。まるでジャマダハルを思わせる形状となったそれを水平に構え、響子は煙を引いたまま神速の手刀をセシリアに見舞った。それを受け止めたレーザーライフルが両断され爆発する。

 

「……っ! インターセプター!」

 

「コールか! 訓練不足よ、代表候補生!」

 

 セシリアが顔色を変えて、名を叫んで呼び出した近接戦闘用ブレードらしきそれを、響子は右の手刀でカチあげた。セシリアとて代表候補生、不慣れなはずの近接戦闘も様にはなっていたが、響子はその上をいく。さらに腕を振るった勢いのままに半回転、左の手刀を逆袈裟に切り上げる。武器も何ももたないセシリアは、それを素手で受け止めるしかない。装甲エッジによる手刀とはいえ速力の乗った近接武器の一撃、無理やり引きはがされるかのようにシールドバリアのエネルギー残量が一気に低下する。超近接戦闘は、ブラックナイフの独壇場。続く追撃にも、セシリアのブルー・ティアーズは凌ぐので精いっぱいだ。

 

 押し切れる。

 

 そう判断し、響子が止めの一撃を見舞おうとした、まさにその瞬間。

 

「では質問です」

 

 猛攻に押されるばかりのセシリア。

 

 その彼女が、響子の見下ろす先で、やんわりと微笑む。その笑みを隠すように風圧に、黄金の髪が棚引いた。

 

「FCSはビットと本体、今どちらを操作しているでしょう?」

 

 風圧に靡く髪。

 

 おかしい、と響子の理性が緊急を告げた。

 

 IS搭乗者は、風圧等に対し最低限の防護を得る。学園の生徒が自由な髪形でいられるのは、その防護のおかげでなびく髪を気にしなくてよく、また髪が傷まないからだ。なのに、そんなに髪が風で散り散りになるはずがない。

 

 可能性としては、防護をセシリア本人の意思で切ったか、あるいは。

 

 

 

 

 髪を隠れ蓑に、何かがいるからだ。

 

 

 

 

 

「正解は、ビット操作モードですわ」

 

 未回答は不正解ですわよね、と嘲笑ったその横顔を、蒼い閃光が奔りぬけた。

 

 菱形の小型機動砲台、セシリア本人を隠れ蓑にずっと待機していた”四つ目”のビットは、その全エネルギーを砲口に収束させながら響子のブラックナイフめがけて突っ込む。その砲口を加速された意識で茫然と覗き込みながら、響子は己の敗北を悟った。

 

「……畜生」

 

 直後。

 

 衝撃と熱、そして視界を埋め尽くす閃光を最後に、響子の意識は断絶した。

 

 


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