極東の騎士と乙女   作:SIS

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ドイツと日本、二大変態技術陣の夢の競演。


code:37 夢か現か

 IS学園標準時間、午前10時。

 

「あー、テステスーテステスー。こちら、IS学園放送部、柏木小梅ちゃんです! 本日は晴天なりー、本日は晴天なりー、撃ち合うには良い天気だーっと。皆さん、お元気ですかー! お元気ですねー!」

 

「ちょ、ちょっと部長?! これ全国放送されてるんですよ、もうちょっと、こう……」

 

「あ、ごめんごめん、テヘペロッ」

 

「…………」

 

「はい、ではウォーミングアップはこの程度にして、はい、皆さん! ついにこの日がやって参りました! IS学園、タッグトーナメント! 基本的なルール、流れについては皆さんご存じだとは思いますが、念のためもう一度説明いたしますね! 今回の大会は、一年二年問わず二人のIS乗りのタッグによって結成されたチームで行われる勝ち抜きトーナメントです! ここで大事なのが、バックスタッフつまりは整備担当の人間なども学園生徒でなければならないという事でして、まさに! IS学園における生徒各々のすべての力が試されるという訳です!」

 

「二年生以降では整備科に進む人もいますからね。そういった人も戦力として参加できるという訳ですね」

 

「その通り! 言葉通りの総力戦な訳です。そしてそんなトーナメントにおける第一試合は……なんと! いきなりの大本命大決戦! Aチームのメンバーは、ドイツからやってきた転入生! 数少ない実用レベルに到達したとされる第三世代機シュヴァルツェア・レーゲンを操り、自らも現役軍人であるラウラ・ボーデウィッヒ選手! そしてそんな彼女とタッグをくむのはあの篠ノ之束博士の実妹、篠ノ之箒選手! 以前に行われたタッグバトルにおいては、多くの予想を覆して超大健闘を見せた彼女にも要注目! だーが、その対戦相手も注目度では負けてない! Bチームのメンバーは、なんと二人とも男性! 一人はフランスからやってきた貴公子、シャルル・デュノア選手! 愛機は量産型ISの改造機ですが、それ故に安定した戦闘力が期待されます! そして最後の一人はー、確認された男性のIS乗りにしてISそのもののリバースコンバートの実例にして単一仕様能力の使い手にして世界最強のIS乗り織斑千冬先生の弟でもある、織斑一夏だー!」

 

「いやあ、一夏選手だけ偉い詰め込まれてますね。どんだけ」

 

「世界の中心にいるんだからこんなものでしょう。さあ、そんな四人が大会の初戦でいきなり大激突! 一体どんな展開になるのか、全く予想がつきません! 試合開始は30分後、TVの前の皆さんはお手洗いとポップコーンの準備を忘れずに!」

 

 

 

「……かっとばしてるなあ」

 

「向日葵のように明るいレディだね。ああいうのも悪くはないと思うよ?」

 

「ものは言いようだな」

 

 大会の控え室。出撃を前にした一夏とシャルルはリラックスした様子で中継を耳にしていた。

 

 無論油断している訳でもない。釣り糸を垂らすような、必要な脱力に留め、戦意そのものは灼熱の溶鉱炉のように煮えたぎっている。

 

「でも実際、どう来ると思う? あのレディ二人は」

 

「正攻法じゃまず来ねえだろ。まともにぶつかり合ったら純粋な戦力値じゃこっちの方が上回ってる」

 

「シュヴァルツェア・レーゲンはあの戦いじゃ本気の半分も出してなかったと見えるけど?」

 

「それはおまえも一緒だろ、シャルル。先輩相手に切れる切り札何枚か隠してたろ」

 

「それは秘密。でも、職業軍人と武術はともかくIS戦闘は素人の二人でそんな複雑な作戦は実行できないと思うけど」

 

「二人なら、な。あの二人の背後には簪がいる」

 

 そう。箒と戦うという事は、彼女を通して簪と戦うという意味でもある。その策略、知識は決して油断ならぬという事を、一夏はイヤと言うほど以前の大会で思い知った。

 

「少なくともこっちの予想できないびっくり箱みたいな戦術を仕掛けてくるもんだと思っておいた方がいいぜ。あー、砂漠の逃げ水、だったっけ? 状況に応じた適切な戦術選択が売りだって聞いてるが、あまり先入観、セオリーにこだわらない方をおすすめしとく」

 

「成る程。それを聞いて俄然楽しみになってきた」

 

「やる気だなあ」

 

 互いに軽く声を掛け合う。チームメイトの会話としては普通だが、その裏では見えないジャブが飛び交っているのはこの場にいる二人だけが理解している。

 

 織斑一夏はこの一戦を通してシャルルの事を知るつもりであり。

 

 シャルルはこの一戦を通して織斑一夏に隠し通さねばならぬ事がある。

 

「いくか」

 

「ああ、いこうか」

 

 

 

 戦いの舞台は、ハワイ沖数十キロ先の海域だ。周辺を立ち入り禁止区画とされた領域には、米軍の艦艇が監視のために待機している。まあ、そんなことは名目で、実際はIS同士の戦闘データの採取が目的なのは言うまでもない。

 

 本来のISの戦闘能力において、この程度のエリアは目と鼻の先でしかない。現代戦闘においても戦闘機の有効射程は十キロ程度で収まらないのだから、それを遙かに上回る観測能力をもったISならばこの距離でもつばぜり合いをしているのと同義だ。

 

 その事を踏まえ、今回は特にセンサー感度等に制限がかかっている。さらに言えば、今回はIS学園の領域から飛び出しても特に問題はなく、広さそのものもいつもより広い。センサー感度の鈍化も相まって、体感的な広さは相当なものになるだろう。ある程度の注意さえすれば、高機動型でも十分に動き回れると言っていい。

 

 白式とラファールにとっては言うまでもなく、極めて有利な条件だ。一方で、対する箒とラウラにとっては極めて不利な状況でもあるだろう。打鉄は決して機動力に優れた方ではないし、シュヴァアルツェア・レーゲンも機動力に特化した機体ではない。この広さでは噂の停止結界も十分にはその力を発揮できないだろう。

 

 それでも、一夏は微塵も油断するつもりはなかった。むしろ、この逆境をどう跳ね返してくるのか、その期待だけが高まっていく。

 

 その期待は、試合開始数秒後に最大限に高まることとなった。開始直後、フルブーストで進撃する白式が敵の機影を捕らえたのだ。

 

 補足した敵は一人。

 

 篠ノ之箒と、打鉄だ。

 

「……ラウラは?」

 

「近くにはいないね。後方5キロ以上で待機しているみたいだね」

 

「数キロ単位で前衛後衛を分けてるのか。……シャルル」

 

「うん。イギリスのIS戦闘ドクトリンみたいだね。意図したのかはわからないけど……でもあれは、前衛も長距離戦闘を前提にしているからね。一概に同じとはいえないと思う」

 

「……罠か、策か。踏み込むか」

 

「了解」

 

 打ち合わせは短く。一夏はシャルルのラファールと速度をあわせると、レーダーに移った箒めがけて一直線に突き進む。

 

 すぐに、箒の姿が見えてくる。目視で、ざっと装備を確認。

 

 基本的には、いつもの打鉄。だが、今回はアンロックユニットが実体シールドではなく、何らかのコンテナに変更されている。おそらく簪の仕業だろう。だが、それ以外に目立った特徴はない。武器を任意で量子転送できるISだから外見で武装は判別できないが、機体の仕様はそうもいかないことを考えれば本当にドノーマルの打鉄なのだろう。近接戦闘に持ち込まれればシャルルとの二人係でいけば数秒もたないだろう。

 

 ならば、後衛のラウラがとる手段はたった一つ。

 

「散れ!」

 

 はじかれるように左右に分かれる二人。その中央で、超音速で飛来した砲弾が炸裂、無数の小爆弾をばらまき空間そのものを粉砕した。

 

「クラスターシェルグレネード!?」

 

「超音速で飛ぶグレネードとか矛盾してねえかそれ!? 三式弾かよ!」

 

 無駄口を叩く暇もあればこそ。次々に、すさまじい精度で後方から爆撃に等しい砲撃がたたき込まれてくる。

 

 射手はラウラ、すなわちシュヴァルツェア・レーゲン以外にはあり得ない。だが、レーゲンのリボルバーカノンはこんな大質量の砲弾を、この連射速度で撃ち込めるようには出来ていない。

 

「パッケージを変更したんだろうね。シュヴァルツェア系列には、汎用装備、砲撃装備、高機動装備が確認されてる! 多分そのうちの砲撃装備をひっぱりだしてきたんだ!」

 

「だとしても何をどうやったらこんな大玉連続でたたき込めるんだよ! 何作りやがったドイツの技術者!?」

 

「知らないよ!」

 

 思わぬ攻撃に手間取る一夏とシャルル。余裕なさげに悪態を叩くが、逆に言えば無駄口を叩くだけの余裕が残されているということでもある。実際に、爆発から逃げまどうように見せて、二人は的確に箒との距離を詰めていた。

 

「……お先!」

 

 先に仕掛けたのはシャルルだった。ラウラの砲撃の爆発に併せて、スラスターを噴射、一瞬でマッハ3以上に加速する。突出した空間認識能力を持ち合わせていなければならない超テクニックだったが、元々砂漠の逃げ水などと呼ばれるだけの距離操作技術をもつシャルルにとっては容易い事。

 

 箒に接近するのに要する時間はコンマ秒以下。その間に、シャルルは手持ちの武器をショットガンに持ち替え、箒に照準をあわせた。

 

 対する箒に、動きはない。まるで瞑想するように目を閉じた様子からは、シャルルの接近に反応できているのかどうかも分からない。

 

 可憐な女子の顔をシールドごしとはいえ穿つ事に罪悪感を感じながらも、シャルルが引き金を引く。

 

 その、雲耀の狭間で。

 

 

 

 

「長の太刀、秋雨」

 

 

 

 

 ザン、と両のショットガンの銃身が切り落とされる。それと全く同時としか思えない間隔で、ラファールのスラスターユニットが斬撃によって損傷する。

 

 その全てを、シャルルの五感は結果をもってしか認識できなかった。

 

「な」

 

 超音速を一瞬だが制御しそこね、つんのめるようにシャルルが箒を通り過ぎる。そこへたたき込まれる、ラウラの狙撃。

 

 爆発に巻き込まれるオレンジの機影。直視すれば視力を失いかねないほどの爆発の閃光から、盾を構えたままのシャルルが弾かれたピンポン玉のようにはじき出された。そこへ、立て続けの追撃の砲撃。

 

「シャルル!!」

 

 一夏がそれに対し、割ってはいる。手に構えるのは、両手持ちの大太刀。それが一瞬、白い炎を纏って燃えさかった。

 

 その炎が煌めいたのは刹那の事。その間に、一夏は飛来した砲撃三つを斬り伏せて、そのすべての爆発を無に帰した。追撃はない。

 

「すまない、織斑君!」

 

「いいからさっさと復帰しろ!」

 

 背後で体勢を立て直すシャルル。だがそれに払う注意はもう一夏にはない。ただ、次から次に吹き出す脂汗と戦慄を押さえ込む事で必死だった。

 

 その眼前で、箒がゆらりと得物を構える。その両手に握られているのは、いつもの太刀ではなく、長大な薙刀。全体に電子的な装飾が施された、メカニカルな造形のそれは一般に流通している武器ではない。

 

「……箒。そいつは……」

 

「察しがいいな一夏。そうだ。この長刀は、徒者ではない」

 

 ひゅん、と軽く薙刀をふるって見せる箒。なんという事はない、ただの演舞。

 

 だが一夏は確かにみた。ふるった瞬間、薙刀の半ばから先が”完全にISのセンサーから消失した”のを。それはすなわち、センサーによって五感を強化して行われるIS戦闘においては、目視不可能の太刀筋に等しい。

 

 その意味、その驚異、語るまでも無かろう。ほかならぬ、同じく無影の機動によって遙か格上を打倒してみせた一夏なら、尚更のこと。

 

 戦慄に言葉を失う一夏に、箒は誇り高くその銘を明かした。

 

「これぞ、打鉄弐式に搭載予定の特殊武装……薙刀、”夢現”。一夏、シャルル、お前たちにこの太刀筋……見定められるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪が呟く。

 

「……イメージインターフェイスによって、展開したシールドバリアシステムの機構を攻撃に応用した特殊武装、それが夢現。本来の目的は攻撃対象に応じての破壊力の質の最適化だったけど、その副産物として任意にそのシールドバリアの性質を変化、本来戦闘起動と両立できないISのステルスモードと同じ効果を発揮し結果的に不可視と化す変幻自在の刃。それと箒の戦闘力が合わさった……さて」

 

 眼鏡の位置をくいと直し、簪は友人への信頼に輝く視線で、彼方の騎士を射抜いた。

 

「織斑一夏。貴方の誇りは、今の彼女に通じるかしら?」

 

 




打鉄二式の特殊装備は全部で三つ。
そのうちの一つを装備しているという事は、つまり……?

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