極東の騎士と乙女   作:SIS

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久しぶりの投稿です。
私的な作品に集中してたらもうこんな時期に。
ちょっと間をあけすぎて変な感じかもしれません。


code:35 そして火は集う

 

 

 突如発表された、一年二年合同のタッグバトル大会。

 前例がなく、また唐突な発表に、多くの生徒は驚き戸惑った。

 特に困惑したのが一年生である。彼女らの多くは、いまだISへの搭乗訓練を開始したばかり。まともに戦闘行動すらとれない彼女ら雛に、苛烈な戦いの場はあまりにも唐突すぎた。

 一方、困惑を隠せないのは二年生も同じ。一年二年を混ぜたところで、ほとんどすべての一年生は戦う相手ですらなく、ごく一部の専用機もちだけが生き残ってくるのは目に見えている。そんな事に一体何の意味があるのか。

 困惑にざわめく学園。それを沈めたのは、ある二年女子の発言だった。

「この間の代表決定戦、忘れたの?」

 その一言が、雷鳴の如く学園に響く。

 そう、記憶もまだ新しいクラス代表決定戦、その場において、二年生は一人だった。四人の戦士のうち三人までは一年生で、さらにその一人は専用機ももたぬ一般生徒。本来ならば消化試合にすぎないその戦いで、各々がみせた苛烈なまでの魂の輝き。

 試されているのだと、全ての少女が理解する。

 「おまえの魂に、輝きうる何かはあるのか」と、あの世界最強に訪ねられているのだと。

 それからの学園の動きは、整然としていながらも濁流のようだった。多くの一年女子はIS搭乗訓練以外の時間はシュミレーターで血眼になって汗を流し、二年女子は実技に進んだ者は整備課に、整備課に進んだ者は実技に進んだものとそれぞれコンタクトをとり互いの技量を補い合い、そして一年と二年が互いにこれはと思う人材をスカウトしあう。

 俄に、IS学園は合戦前の城内もかくやという熱気に溢れ始めていた。

 

 そんな、まさに嵐のIS学園。その渦中に存在しているといっても過言ではない織斑一同が何をしていたか、というと。

「…………」

 IS学園の第一校舎の屋上。水平線を沈む夕日を見つめながら海風に髪を揺らす少年が一人。

 織斑一夏である。

 彼は何事かを考え込むように、先ほどからずっと沈む夕日を見つめ続けている。まるでその輝きの中に望む真実があるかのように。

 いつも一緒の少女達の姿は、横にはない。彼女らは彼の背後、屋上に続く出入り口の陰で、こっそりと一夏を見守っていた。

「……そもそも、なんで私ら隠れてる訳?」

「しょうがないでしょう。一夏さんがちょっと一人にしてくれとおっしゃったのですから」

「……その論法だと、ここで隠れ潜んでいるのもよろしくない気がするんだが、どうだろうか」

「同意」

「しょうがないだろう。彼の護衛を外すわけにもいかないしな。そのあたりは彼も理解しているし問題ないだろう」

 ひそひそひそひそ。

 本人達は隠れているつもりなのだろうが、しかしぶっちゃけ丸聞こえである。聞こえてしまった一夏が苦笑いを浮かべた。

「そもそも、なんで一夏は一人にしてほしいなんて話に?」

「呼んできたらしいですわ、パートナーに希望した人」

「な……何!?」

 ガッタン、ドタバタ。

「私たちのうちの誰かではないのか!?」

「だったら私たちはここで隠れていないと考慮」

「なんでだ!? 私はそんなに頼りな……かったか、うぐぐぐ」

「まあ、不公平といえば不公平ですしね。お友達ごっこではないのだし、いつも組んでる相手と組む、なんていうのは思考停止ですわ」

「かといって実は悔しいセシリアでした」

「うぐっ……」

 ワイワイガヤガヤ。三人よれば姦しい、ならば五人もいればなおさらの事である。

 が、不意に階下から響いてきた足音に一斉に五人が静まりかえった。足音は一定の間隔で硬質な響きをたてながら、段々近づいてくる。

 そして数秒後に足音の主は、屋上に続く扉を開いてその姿を魅せた。

 金色の髪に、長ズボンの制服。柔らかなその横顔は、しかしはっきりとした意志によってきらめいている。

 シャルル・デュノア。

「ごめん、またせたかな」

「いいや。時間ぴったしだな」

 夕日を背景に、貴公子と騎士が視線をかわす。

 数秒か、それとも数分か。

 しばしの沈黙の後に、一夏がシャルルに語りかける。

「ここに来たと言うことは、俺の提案を受け入れた……そうとっていいのか?」

「ああ、もちろんさ。願ってもない事さ。なにせ、周りがフロイラインばかりで目が眩みそうだったものでね」

「へいへい」

 従来の友人のように語り合う一夏とシャルル。だが、物陰からその様子を見守っている五人娘は気が気ではなかった。

 シャルル・デュノアは裏をとれてはいないがまちがいなく黒であり、本来ならば敵対すべき相手である。それと手を組むなど、一夏は一体何を考えているのか。

「それじゃあ、よろしく」

「ああ、よろしく」

 困惑する物陰の五人娘をよそに、シャルルと一夏は握手をかわす。その様子は、友人同士が友情を交わすようにも見えた。

 

 

「どーいう事なのよ!!」

 鈴が声をあらげた。それに対して、一夏は猛牛をなだめるように「どうどう、どうどう」と宥める。

「おちつけって、鈴」

「こーれが落ち着いていられますかっての! アイツが真っ黒けっけなのは一夏だってわかってんでしょーが! なんでそんな奴とタッグを組んでるのよ、アンタ!」

「……真っ黒だとわかってるから、かな?」

「はぁ?」

 肩をいからせたまま困惑に眉をよせる鈴。その隣で、ラウラがふむ、と納得がいった、とでもいう風にうなずいた。

「成る程。そういう事か」

「……一人で納得してないで、わかるように説明してほしーんですけど」

「いや、すまんすまん。つまりな、シャルル・デュノアが真っ黒である以上、放置して泳がせておくよりも、中に引き入れて監視しようという腹だ、という事なのだろう。違うか?」

「まあ、そんなところだ」

 一夏とラウラのやりとりに、ようやく事態においていかれていたメンバーも理解する。

「納得。それなら理解できる」

「理解できるって……危険すぎるだろう!? 一夏は本当にそれでいいのか!?」

「それなんだがな。考えて見ろよ、具体的に何がどう危険なんだ?」

「……え?」

 斜め上の一夏の問い返しに、箒が固まる。

「考えて見ろよ。シャルルの目的がどうだか知らないが、それが俺を害する、って確率はぶっちゃけ、あり得ないぐらい低い。なんでかわかるか? ほい、鈴」

「えっ? え、ええと……十中八九、狙いは一夏の生体データ……男であるにも関わらずISに乗れるところとか、早すぎる単一仕様能力の発動とか、そんな所?」

「ほい、正解だ。飴ちゃんをあげよう」

「わーい! って、いらんわっ!」

 がぉん、と一夏に手渡されたあめ玉を全力で顔面に投げ返す鈴。それをひょい、とかわした一夏の横っ面を、重ねて投げられていた待機形態の甲龍が打ち据えた。

 流石にこのコンボは予想外だったのか顔を押さえてかがみこむ一夏に、跳ね返ってきた甲龍を受け止めた鈴は勝ち誇ったように胸をそらす。その胸は平坦であった。その横で、箒は器用に飴を床に転がる前に拾い上げている。

「いつつつ……」

「大丈夫ですか、一夏さん。でも、中国の時のような可能性もあるのではないでしょうか?」

「それについては、私がいる、というのが答えだ。最も、先ほどの模擬戦で醜態をさらしてしまったし、信用は足りぬか?」

「ああ、いえ。そんな事は」

 肩を竦めるラウラに、セシリアが鈴と顔を見合わせて苦笑い。なにせ、決着はつかなかった上に押され気味だったとはいえ、同じ第三世代同士でニ対一のハンディキャップマッチだったのだ。さらに言えば、謎の勢力によって開発された甲龍は実質3、5世代と呼んでも過言ではない超性能機であり、それに未だ調整中のシュヴァルツェア・レーゲンで互角以上に渡り合ったことがそのオペレーターであるラウラの卓越した技量を物語っている。

 何より、ラウラは本職の軍人だ。防諜、及び護衛においては、あくまで技術者よりのセシリアと簪、素人の鈴に箒より役に立つのは間違いない。響子については、まあ、なんていうか……正直、本人に一夏一派の自覚があるのか、少し怪しい。

「まあ、うむ。ちゃんと考えてのはなしなら私にはこれ以上言うことはないかな……」

「となると、私たちはどういう組み合わせにするか」

「「あ」」

 鈴と箒のつぶやきが重なった。それにセシリアがうふふと微笑んで、簪がため息をつく。

「じゃあ、我らの騎士様のタッグ相手も決まったことだし、私たちは私たちで組み合わせを考えましょうか」

「セシリアせんせー、どうしても一人あまるんですがー」

「その時はがんばってくださいね」

「ちょっと!? それひどくないー!?」

 五人そろえば姦しい、を通り越してやかましくすらある。そんな彼女達に、もう遅いから静かにしろよー、とだけ言い残して、一夏は溜まり場とかした食堂を後にした。

 

 食堂を出た一夏が向かったのは、学園の一角。第一校舎内の仮装シュミレーター室だった。

 何か考えがあった訳ではない。ただ、専用機をもっているという事もあり普段利用する事の少ないその施設を、大会を前にしてふと見たくなったというのがあるだろう。

 無論、先ほどの会議の結果もあるし、十分に身辺には注意を払っている。当然、黙ってきた訳でもなく、ラウラには携帯で一報いれた上で許可をもらっているし、意識して監視カメラの前を歩くように工夫もしている。断じて、無神経にうろうろしているわけではない。

「……流石に、この時間に人はいないか」

 ガラス越しに、訓練室をのぞき込む。訓練室には、全高3mの巨大なリング状の機械が一定間隔で並べられている。妙な光景にみえるが、それがISシュミレーターの本体だ。このリングの内側から展開されたアームに、四肢を固定し宙づりになる事で、IS装着時のマニューバを疑似的に体感する事ができる仕組みになっている。それに、特殊スーツとHMDを使うことで、本物さながらのGと映像によって、空を飛ぶ感覚を実感できるという話だった。残念ながら、一夏はここで訓練するときも打鉄・白式のセンサーを直接つなぐ事で訓練に参加していた為、一度も利用したことがないのでどのぐらい再現されているのかはわからない。普段は人でごったがえしているのだから、それなりに意味のある訓練なのだろうが。

 とはいえ、今は利用時間外だ。いくら熱心でも使用禁止ではどうしようも無いわけで、がらんとした空間が広がっている。

「…………ま、流石に誰もいないよな」

「そんな事はないんじゃがの?」

「?!」

 ばっ、と一夏が振り返る。軸足を踏んでの、武術的な反転。その右手の下には、油断なく長刀が転送され、鞘の中で刃を研ぎ澄ましている。その一学生とは思えぬ反応の機敏さに、声の主は満足したようにうんうん、と満足そうに頷いた。

「話に聞いたとおりですね。なかなか出きるようじゃの」

 声の主は、うら若い乙女。浅黒い肌に学園の制服を纏い、金の髪を頭の後ろでお団子のように纏めた、国際色豊かなIS学園ならではの容貌。

 だが、それとは別に、一夏は彼女の顔に覚えがあった。クラスメイトだとか、部活の先輩だとか、そういう尋常の世界ではなく。銃弾と剣戟の飛び交う、火花香る戦場の世界で。

 そう。あの時。映像の中で、世界を覆う炎の蝶をただ一撃にて引き裂いた神鳥の爪を、一夏は見ていた。

「……サーラ・ラオ先輩……?!」

「いえす、大正解なのじゃ。ふむ。それにしても、以外と早くやってきたの。感覚は聞いていたとおり鋭いようじゃ」

「何を……?」

「疑問に思わぬか? なぜ自分が、こんな人気のない、誰もいない場所にやってきたのか。特に目的もなく、理由もなく。ましてや、身近に厄を抱え込んだ身で」

「っ!!!??」

 サーラの言うとおりである。冷静になって考え直せば、一夏がここに来る理由は何もない。いや、来てはならないとすら言える。それを、無意識のうちに自己肯定し、目的もないのにまっすぐにここに向かった理由。

 それがあるとしたら。眼前の少女の他にあり得ない。

 ぞっ、と。

 寒気にもにた戦慄が、一夏の背筋を凍らせた。目の前でニコニコと笑っている少女が、得体の知れない化け物のように感じる。ビッグ・ファイブという名の、理解不能の怪物に。

「そう身構えなくてもいいじゃろ。ちょっと用事があって呼び出しただけじゃからの」

「どうやって……」

「ふむん。超音波ってあるじゃろ。あれをな、こう、うまいこと流すと、敏感な人はこう無意識のうちにそれを避けるように動くというかの……ようは、”なんとなくこっちにいきたい””なんとなくこっちにはいきたくない”というのを、関知されない程度の微細なアレコレで誘導した、ってところかのぅ」

「な……?!」

「驚く事はないじゃろー。私のガル・スレーンジドラジッドは本来偵察特化型、多数のセンサーを搭載しており、同時に無数の干渉機器も備えておる。それを応用すればお茶の子さいさい」

 まるで子供がとっておきを自慢するかのようなサーラの口調。だが、その内容を理解した一夏は戦慄に青ざめた。

 今まで彼が触れ合ったビッグ・ファイブは、千冬といい、シェリーといい、数値化できないといっていいほどの超感覚からくる圧倒的な戦闘力がその特徴だった。だが、サーラ・ラオは違う。単純な強さとは違う、得体の知れなさ。比較はできない、だが間違いなく、千冬やシェリーと同じ、常人に理解できない理屈で結果を叩き出す人種である事は間違いない。恐ろしいのは、それがどれほど凄まじいのかが、一夏には理解できない事だ。

「……そんな訳の分からない芸当まで駆使しして、俺を呼び出したのは何でですか、先輩」

「そう、それじゃ!」

「?」

「いやほらのう、私って先輩じゃし? せっかくだから、たまにはそれっぽい事もしたいのーと思ってな? そこで、いろいろややこしい事に囲まれておるお前さんにサービスしてやろうと頼ま……思いついたのじゃ!」

「へ? ??」

「ほら、お前さん今いろいろな奴に目をつけられていて、思うように自分の時間をもつ事もできんじゃろ。何をどう鍛えたとか、何を拾得したとか全部もうボロバレな訳で、そんなんじゃつまらんじゃろ。せっかくの戦いも」

「つまらない……?」

 きょとんとする一夏。サーラ・ラオとの遭遇以後、意表を突かれてばかりの彼だったが、今度はとびきりの困惑だった。

「そうじゃ、そうじゃ。せっかく戦うんじゃ、楽しまないとソンソン♪」

 戦いを、楽しむ。

 確かに、一夏はその闘争本能に任せて、刃を交える事を好ましく思っている。だが、今まで彼の切り抜けてきた戦いは必然にして、敗北によって何かを失うあまりに重いものだった。そこに、アドレナリンの高ぶりはあっても、戦いを楽しむ、といった感情を挟む余地など存在しなかった。

 改めて、己に問う。

 自分は、戦いを好ましいものと受け止めている。ならば、それを楽しむ事は、是が否か。

「そう複雑に考える事はないと思うんじゃがのう。おんしはちょーーっと、いろいろ考えすぎじゃ。たまにはこう、やりたいようにやればいい。そして、やりたいように目指せばいい。それだけじゃ。そして私は、その手助けをしようと思う。たとえば、完全に一人になれる時間と空間を提供してやる、とかの」

 サーラがパチン、と指をならすと、ヴオン、という無数の電子音が重なり合ってそれに答えた。

 無人のシュミレーション室が、一斉に起動した機器の光によって照らし出される。洪水のようにあふれ出した光を背に、サーラ・ラオは底の知れない瞳に一夏の戸惑う姿を写しながら、いたずらっぽく微笑んだ。

「さて、秘密の特訓としゃれこもうではないか」




ある意味三人目の師匠。
彼女が誰に頼まれてこんな事してるのかは、おいおい外伝あたりで明らかにできたらなと思っております。
必殺技の特訓とかさ。お約束だけど監視されまくってるなかだと痛いだけだよね、という話。

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