唸りをあげる漆黒の砲身。
シュヴァルツェア・レーゲンの主砲、リボルバーカノンが火を吹く。
言葉通り、リボルバーをそのまま大型化したような外見のそのカノン砲は、複数のモードを持つ事が特徴。今使っているのは、みた目通りの単純構造で、故に信頼性にきわめて優れる通常射撃モードだ。
ICの制御をうけた砲撃は、ソニックブームだけでもビルをなぎ倒すほどの破壊力をもって、敵対者を襲った。その射撃は針の穴を通すように正確で、狼のように容赦がなかった。
だがその牙は、一つたりとて獲物に届かない。
なぜならば、対する獲物もまた、狩猟者なのだから。
「聖剣を受けよっ!!」
蒼き滴……ブルー・ティアーズを操るセシリアが、リボルバーカノンの砲撃から反転倒立で回避しながら右腕をかかげる。それに呼応して、彼女の周りにビットモードで浮遊していた四本のスターライトMkーⅢが一斉に動いた。その銃口から輝くのは、無限に延びるレーザーの刃だ。
「ちっ!」
それに刹那で対応し、予想される攻撃範囲から離脱するラウラ。ほぼ同時に、四本のレーザーがなぎはらうようにアリーナを蹂躙した。軌道上の物質が一斉に沸騰、爆発を起こしてアリーナを熱波で蹂躙する。
ラウラが忌々しげにセシリアを睨む。
「BT兵器の応用、熱光線による致命の斬撃……すでに正式な攻撃手段として!」
「イギリスの技術力を甘くみないでくださいまし!」
「ならばドイツの技術力を見せてやろう!!」
ガキン、と音をたてて、シュバルツェア・レーゲンのアンロックユニットから複数の突起物が生える。
「遠隔操作できる武器が貴様だけのものだと思うなよ……アンカー! いけ!!」
ラウラの雄叫びに併せて、突起物……六本のロケットアンカーがワイヤーをひいて射出された。それらは、先端に備え付けられた小型ロケットモーターによって不規則な軌道を描いてセシリアに襲いかかる。それを回避しようと動く彼女だったが、アンカーそのものを回避したもののそれが引き連れるワイヤーに取り囲まれてしまう。そのワイヤーに接触したスターライトの一つが、まっぷたつに両断されて爆発した。
「ワイヤーカッター!」
「このまま締め刻む!」
ラウラがつきだした左手を握りしめ、それに呼応するようにワイヤーが引き絞られる。そのまま、セシリアがワイヤーに巻き上げられ切り刻まれる……その寸前に、赤の龍が割って入った。
鈴と甲龍だ。
「双天!! がっげつぅぅう!!」
振りかざされる、熱単分子ブレード。それは同じく対物破砕特化のワイヤーカッターとぶつかり合い、一瞬の後に一方的に破壊した。断ち切られるワイヤー達に、ラウラが目をむく。
ワイヤーは、すべて炭素分子をつなぎ合わせて作った、カーボンナノフィラメントを主素材としている。唯の力押しで破砕できるようなやわな代物ではない。それを可能にしたのは、一重に甲龍の出力……ICによるベクトル制御能力が尋常ではないという事の証明だ。
だが、ワイヤーを失っただけで先端のロケットアンカーは健在だ。ラウラの意志に応じて、それらは個別に軌道変更し、甲龍めがけて四方から襲いかかる。
その全てが、見えない圧力に砕かれた。漆黒の楔が、粉みじんになってグランドに降り注ぐ。
その向こうで、爛々と双眸を輝かせる、龍の姿。
「殺ァア!!」
手早く両手のブレードを合体させ、それを投擲。唸りをあげる破壊の刃を、ラウラは咄嗟にその機動を見切って体を屈める。本来なら、それで回避できるはずだった。
そこに延びる一本の鎖。甲龍の腕から射出されたそれは、回転するブレードの柄にがっちりと食いつくと、鈴の腕の動きに併せてその軌道を強制的にねじ曲げた。
「なに!?」
ラウラが目を剥く。避けられないと判断した彼女は、咄嗟に両手の装甲に搭載されたプラズマジェットカッターを展開する。超高圧・超高熱でプラズマジェットが噴射され、双天牙月の刃と競り合う。
それを見て、上手い攻撃だとセシリアは感心する。
双天牙月は今、鎖を通じて甲龍とつながっている。そして、敵の熱量攻撃を認識した鈴が手早く熱遮断フィールドをブレードに展開した。IS本体ののIC能力の前に、熱量兵器は通じない。でなければBT兵器なんてものが存在しない。
なぜドイツが熱量兵器を採用していたのかしらないが、プラズマジェットカッターの圧力だけでは甲龍の規格外の出力に勝てるはずもない。
だが。
その確信は、回転する熱単分子ブレードと一緒に、シュヴァルツェア・レーゲンによって両断された。
柄の半ばで断ち切られたブレードが、左右に分かれて飛んでいってアリーナの壁に突き刺さる。さらに、つながっていたものを失ってたるんだ鎖を素早くラウラは握りしめると、有無をいわさずその繰り手をたぐり寄せた。
甲龍の巨体が、弾かれたように引っ張られる。瞠目する鈴。
とっさに反応して電撃を流すが、その時にはラウラは鎖を手放している。引っ張られて体勢を崩していた甲龍に、破城槌のようなラウラの膝蹴りがたたき込まれ、引っ張ったときの数倍の勢いで甲龍のボディを反対側のアリーナの壁に埋め込んだ。
「鈴さん!?」
「うぐぐぐ……っしゃー! んなろー!!」
沈黙は一瞬。直後に壁を粉砕して姿を見せる鈴に、目立ったダメージはない。一方、一撃を決めたはずのラウラは忌々しそうに舌をならした。
「あの状況でガードするか。野生の本能でももっているのか、忌々しい」
「はっはっはー! 健康優良児なめんなってのよ!」
「…………フッ」
「ちょ、今あんた私のどこ見てあざ笑った! オイコラ! そっちだってにたようなものじゃないのよ!」
「私のこれは遺伝子デザインの結果だ。貴様とは違う。……ふふっ」
「ムキー!!」
地団駄を踏む鈴。一見コントのようなやりとりだが……それを横でみるセシリアには、しっかりと鈴から秘匿通信が届いていた。
『セシリア、今の絡繰りわかる?』
『……冷静ですのね。私からすると、芸人のやりとりに見えますのに』
『形だけよ形。ラウラもそれはわかってて乗ってる。余裕なんだわ』
『ええ。おそらく今のは、ドイツの特殊兵装……アクティヴ・イナーシャル・キャンセラーによるものだと思われます。話には聞いていましたが、本当に実現していたなんて』
『アクティブ・イナーシャル? なにそれ、ふつうのIC能力となにが違うの?』
鈴も、IS学園に入るにあたって基本的なことは勉強している。それで、ISが超兵器である根元の一つに、イナーシャル・コントロールがある事もしっている。故に、特殊装備として別枠に分類される、アクティヴ・イナーシャル・キャンセラー……AICがピンとこなかったのだろう。
『原理的には、通常のICと同じですわ。ただし、決定的に違う事が一つ。あれは、”イナーシャル・コントロールの原理を完全解析した産物”です』
その言葉の意味を理解するのに、鈴は数秒を有した。
『……………………は?』
思わずこぼれる、惚けた声。
それは、同時に鈴がISについてよく理解しているという事であり、セシリアは内心、彼女の成長に微笑を浮かべた。
『ご存じであると思いますが、人類はいまだ、ISの機能全てを把握したとはいえませんでした。特にエネルギー制御技術においては、膨大な数の反復実験において、”どんな端末を用意すれば””どの条件で””どのように動くのか”がわかっているだけです。言うなれば、複雑怪奇な数式の中身がわからないが答えがわかっている状態で、とりあえず数式を理解できないまま当てはめているのが現状でした。それは勿論、貴方の甲龍もその域をでていません。甲龍の天候操作能力や運動エネルギーの再構成能力……ベクトルとスカラーの相互変換技術も、行われている計算は、あくまで基準の物理学の延長線上にあるもので、IC能力まわりの物理的システムは既存のISと同じ。すなわち、よくわからないまま使っているという点では全く一緒です。ただ、その数式の組み合わせが、どこの誰にもできなかったという話です』
『その数式を、ドイツは解き明かしたっていうの……?!』
『おそらく限定に、でしょうが。そしてそれは同時に、相手のIC制御に干渉できるという事を示しています』
おそらくは、それが先ほどの聞かないはずの熱量攻撃でISの制御下にあるものを破壊した攻撃の正体。
おそらく、レーゲンはブレードを守っていたはずの甲龍のベクトル制御をクラッキングして無力化したのだ。
そしてそれは同時に、”機体のバリアシステムを無力化できるという可能性”すら示している。
そんなの、現状のルール下では圧倒的すぎる。
「どうした? こないのならこちらからいくぞ」
「なんのっ!!」
瓦礫を吹き飛ばして、甲龍が突進する。その動きには、AICをおそれているような様子は見られない。
『セッシー、私が試す! 見切って、援護を!』
『わかりました……!』
ブレードを振りかぶって突進する甲龍を、シュヴァルツェア・レーゲンは正面から迎え撃った。さすがに、直接IS本体が握っているブレードを一撃溶断なんて事にはならなかったが、打ち合う度にブレードに溶解跡がきざまれる。一方でシュヴァルツェア・レーゲンのプラズマ手刀と呼ぶべき武装のほうも、吹き出すプラズマが吹き散らされており、到底優位にたっているとは言い切れない状況。
お互いに一歩も譲らず、仁王立ちで武器をぶつけ合う両者。その最中、セシリアには何度も甲龍が衝撃砲を発動している記録が届けられるが、一度としてラウラが不可思議な衝撃に見回れる事はなかった。
(AICで、衝撃砲を無効化している? いや違う、衝撃砲を無力化させる事だけにAICをつかわせて、甲龍本体への干渉を妨害しているのですか。……これが、素人の動き?)
セシリアの目の前で、鈴はラウラと渡り合っている。いくら甲龍が基本性能において突出した機体であっても、本当にただの女学生だった女子が、現役軍人と互角。さらに、AICに対して少ない情報から、場当たり的ではあるが対抗策を構築。
織斑一夏も、篠ノ之箒もそうだったが……彼らの周辺の人間は皆、こうなのだろうか? だとしたら日本という国への認識を改めなければならない。
セシリアはそんな想像にひきつりながらも、支援を行うためにレーザーライフルを構える。眼帯で覆われたラウラの視覚をついて射撃するが、それを漆黒の機体は器用に鈴と打ち合いながらよけて見せた。
「! 見えているのですか」
「悪いが、本当に見えないわけではないのでな! 全方位視界は問題なく機能している!」
「なら、これはどう!?」
甲龍が、四肢から鎖を打ち出した。それはラウラと、鈴本人を取り囲むように延長され、直後締まり始める。自分もろとも、ラウラを捕縛する覚悟だ。
「む」
それに対して、ラウラは即座に武装を解除。ISスーツだけの身軽な姿になって鎖をかいくぐり、バク転しながら再びレーゲンを展開。自分の鎖で自分を拘束する形になった鈴に、容赦なく砲撃を加えた。
「きゃあっ!?」
「鈴さん!」
柔軟な対応。ISを使って戦う事だけを考えている、IS学園の操縦者にはできないに動きだ。
即座に、セシリアが狙撃してラウラを追い払う。幸い甲龍の防御力の前にリボルバーカノンはさしたる痛撃にはならなかったようで、砕けた鎖を振り払いながら立つ鈴に損害は認められない。
それでも、被弾の衝撃で鈴は苦しそうにあえぐ。彼女はまだ入学してわずか、長期間の監禁生活で体力もない。このままでは甲龍がなんともなくても、先に中の鈴がへばってしまう。
「助かったわ、セッシー。でも手強いわね、アイツ」
「ええ……。ですが鈴さん、貴方もしかしてIS、慣れてますか?」
「え? いや、そんな事は……。なんていうか、私が考えて、行動を移すまえにISが動いてくれてるっていうか、甲龍がこっちの考えを読みとってくれてるというか」
「ふむ……」
そんな話はセシリアも聞いたことがない。とはいえ、甲龍は謎の多い機体だ。そういう機能が、あるのかもしれない。
とはいえそれはそれでこの状況に置いてはよい話だ。鈴の戦闘力が想定よりも大幅に高い。時間制限はあるがこれならやれるかもしれない、とラウラは対面する漆黒の機体に視線を向けた。
「やれやれ、コイツは……なかなか」
一方、ラウラのほうはというと、正直せっぱ詰まっていた。
護衛対象の能力把握という目的はすでに果たしている。だが、一度始めた以上勝って終わらせたい。終わらせたいのだが……そうもいかない状況になってきた。
セシリアは問題ない。隊員が仕上げてくれた対セシリア用プログラムは問題なく機能しており、ビットの攻撃もレーザーソードの攻撃も完全に予測済みだ。一対一なら問題なく撃破できる。
だから想定外は、鈴と甲龍だ。あの機体の性能の高さは把握していたが、乗り手がそれを生かしきれるほどの人物だとは思っていなかった。
(情報部の怠慢……ではないな。間違いなく、鳳鈴音本人はド素人だ。動きも洗練されてないし、遊びや無駄が多い。だが……)
こちらの攻撃に対する反応が機敏すぎる。才能、とでもいうべきなのか。本能的に、正しい答えを選ぶ能力に長けているという表現が適切だろう。
「生来のセンス、という奴か。あとそれだけじゃないな。IS側に乗り手をサポートするシステムでも備わっているのか……?」
だとすると実にやっかいだ。負けるつもりはないが、しかし気合いでどうにかなる問題ではない。
では、どうするか。現状では、戦力の不足が否めない。
「……外すか」
右目を覆う眼帯に、手をかける。
現状、リミッターを外す事における不利要素は少ない。リミッターの存在はことさら隠していないので、IS学園に攻め込んでくるような連中は当然その存在を把握しているはずだ。むしろ、隠しすぎるのは護衛対象との関係を悪化させる可能性すらある。故に、適度なところでリミッターを外す機会を作ろうと考えていたが、まさかこうも早く外す事になるとは。
嬉しいイレギュラーといえば、そうなのかもしれない。護衛対象が強ければ、それだけ守れる可能性があがる。
そう考えながら、眼帯を……外付けのナノマシン制御デバイスを外そうとした、まさにそのとき。
「やあ。手を貸そうかい?」
薫風が、アリーナに吹いた。
爽やかな風に香る、柑橘系の甘い香り。夏の訪れのような香気を引き連れて、ステップを刻むようにそれは現れた。
オレンジ色の翼を広げる、妖精の如き一機のIS。
その乗り手である金髪の少年が、ラウラに華やかな笑顔を向けた。
彼を、ラウラはある意味よく知っていた。苦々しい感情を隠そうともせず、頭上に漂うその笑顔を睨みつける。
「シャルル・デュノアか」
「うん。それで、どうだい? 同じ転校生のよしみだ、手を貸そうかい?」
「……」
結構だ、と断ろうとして、そこでラウラは口を閉じた。現状、もっとも怪しい人間が、ほかならぬシャルルである。その手札や能力を把握しておくことは、決して悪くはない。ちらりと目を向ければ、鈴とセシリアもあっけにとられてはいるが、ちらちらとこちらに目線で合図を送ってきている。
どうやら、意見は同じらしい。
「いいだろう。手を貸せ」
「おおせのままに、お姫様」
恭しく一礼をして、シャルルはゆっくりと着地する。
その掲げた手、なにも持たず開かれた手に、気がつけばアサルトライフルが握られていてラウラは目を見開いた。
悪趣味な、深紅に金が映える塗装の施されたライフルだ。だが、それもシャルルが手にすると、成金の悪趣味よりも優雅な貴族のたしなみにみえてきてしまうから不思議だ。
「さて。お嬢様方。どうか私と踊ってくださいませんか?」
ラファール・リヴァイブカスタムⅡ。疾風の名を持つISを纏った貴公子は、婦人に捧げる薔薇のごとく、深紅のライフルを恭しく掲げた。
その様子を、観客室から一夏は見つめていた。
彼の頬を一筋の汗が伝う。
「アイツ……」
乱入者、シャルル・デュノア。ISを纏い、戦闘態勢に入った今、ようやく一夏は彼の力量を推し量る事ができていた。
一夏は、ISそのものの操作はまだ未熟者だ。量子転送も、機体制御もまだまだ発達の余地がある。だからこそわかるのだ。
相手が、どれほどの高見にいるのかという事が。
大型のウィングやサブアームを複数備えているにも関わらず、その全てを有機的に操作し窮屈さを感じさせない動き。注目していた一夏にもその瞬間が見切れなかったほどの、超高速の量子転送技術。
「強い。俺が今まで戦った誰よりも……!」
機体性能は大したことはない。おそらく、純粋な性能では打鉄白式以下。あの場のおいては、戦力に数えるのも難しいほどに引き離されている。だが、それを操るもの……シャルルの純粋な技量が、凄まじいまでに突出している。
あの、磁場を操る絡繰人形や、鳳鈴音を名乗っていたあの少女よりも。
何故、世界で二番目の男子生徒がそれほどの技術を備えているのか。いや、むしろ、”何故彼が二番目の男子なのか”。
それを見切るために、一夏は全てを見届けるために目を細くした。