極東の騎士と乙女   作:SIS

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code:29 蜘蛛の糸を編む者

 

 

 

 中国の行政機能の完全停止と解体、それに変わるIS委員会傘下の臨時政府による統治。

 

 事実上の、国家解体。

 

 国連傘下の、それも主要国家に起きたその珍事は、世界を文字通り揺るがせた。

 

 その驚愕の結果に至るまで、たった数日の間に起きた出来事もまた、驚天動地のものだった。

 

 

 

 

 突然の、中国国家代表によるクーデター。

 

 予定されていた機体のオーバーホール終了後、突如として同胞への攻撃を慣行した彼女に対し、中国は直ちに候補生含む全IS勢力を差し向けた。まるで彼女の反乱を予期していたかのように迅速な対応、しかしそれは一切の戦果を生み出さなかった。

 

 中国国家代表と、その候補生の戦い。数の上では圧倒的だった政府側は、しかし中国代表の単一仕様能力”天砺五残”の前に一方的に駆逐された。効果範囲内の分子結合を弱めるというその能力と、炎熱兵器を満載した中国国家代表機”揺池金母”の組み合わせは凶悪という言葉も生ぬるく、自身の近辺の大気をプラズマ化させての範囲攻撃の前に、準第三世代も含んでいたはずの討伐部隊は文字通り鎧袖一触の有様だった。

 

 そして揺池金母はその勢いのまま、中国各地の軍事施設を強襲。迎撃を者ともせず、その全てを文字通り塵も残さず焼き払う。その破壊は一時的に中国の空路、陸路を完全に遮断、空を舞う巨大な蝶にも見える単一仕様能力発動時の本機の姿に市民はあちらこちらでパニックをおこし、もはや国そのものが瓦解を起こしはじめていた。

 

 そしてそれを納めるべき政府はすでに事態の鎮圧を諦め、多くが国外脱出を計る始末。状況の発生から僅か半日で、諸外国は対応する暇もないままに戦後を見据えて動き出さざるを得なかった。

 

 そう、戦後だ。もはや、リミッターも無しに暴れ回るかの仙機をどうする力は中国になく、また諸外国も、明らかになったその機体の驚異的戦闘力に二の足を踏み、自国に混乱が伝わらぬよう苦心するのが精一杯だったのだ。

 

 そんな中、敢然と動き出したのがIS委員会だった。

 

 委員会は、兼ねてから中国の犯していた無尽蔵のアラスカ条約違反を理由に中国への極秘調査を行っていた事を報道。今回の事件が、あくまで中国政府の人権無視にある事をふまえた上で、条約に準じて委員会が事態の鎮圧を行う事を宣言。

 

 条約に署名した誰もが現実に起こるまいと侮ったその例文を錦の旗として、各国家に対し戦力の抽出と委員会旗下での中国代表戦を提示したのである。

 

 無論、各国家も自国が矢面に立たないのなら、と参加を表明。直ちにIS委員会本部に各国のIS乗りが収集される事になる。

 

 そして、大気圏から再突入し中国に乗り込んだ彼女たちは、暴虐を振るう揺池金母と戦闘に突入。数時間に渡る激闘の末、インド代表の機体がかの仙機の撃破に成功する。しかし中国国家代表は虜囚の身になる事をよしとせず、自身の能力を暴走させ、自分自身の分子結合を崩壊させての自爆を発動。戦闘に参加していた全ての機体は無事離脱に成功するが、結果として戦地となった九龍には衛星軌道から目視できるほどの巨大なクレーターという傷跡が残る事となった。また各地で燃えさかる真火はいつまでたっても消える様子を見せず、中国各地の軍事機能の復旧は敢然に不可能な状態が続く。それは即ち、中国が国内を管理する手段を失ったに等しかった。忽ちに始まる、大規模な暴動。

 

 そして数日が経過し。政府機能が敢然に停止し、各地で暴動が起きるがままの中国を放置しておく訳にもいかず、IS委員会が臨時政府を発足、治安の回復と国家機能の再起動に取り組む事になったのである。

 

 この時点で中国株価は軒並み失墜、あちこちで発生した暴動により外国企業はほぼ撤退。委員会は大量のスーパーコンピューターを用い、行政機能を代理させているものの仮初めの安定を取り戻すのも先行きが見えない状態であった。

 

 

 

 

「と、いうのが表向きの発表になります」

 

「そう。よろしいわ」

 

 IS委員会本部、委員長私室。

 

 そこで、二人の女性が書類を手に会話を交わしていた。

 

 一人は、委員長代理の立場を示す札を下げた金髪の女性。

 

 もう一人は、眼鏡をかけたモンゴロイド系の女性だった。

 

「基本的には、以上のシナリオで政府との調整は済んでいます。”亡命者”も、こちら側の中国政府要人とのすりあわせも完了。問題はありません」

 

「そう、それなら良いわ。全てはこちらのシナリオ通りに、ね」

 

 金髪の女性は満足そうに頷き、手元のタブレットに目を落とす。そこには、死亡したはずの中国国家代表と、その息子がベッドの上で一緒になって寝ている様子が映し出されている。記録映像ではない証拠に、右上には中継を示すマークが点滅している。目元を緩め、その映像に微笑を浮かべる金髪の美女。

 

「正直、こちらの想定通りに進みすぎて怖いぐらいね。全てを知っているのは、私たちだけ」

 

「そのようです。こちらに最初に話を持ちかけたと思っている中国政府要人達は、この展開に戸惑いを隠せていないようですが」

 

「所詮は売国奴。ほおっておきなさい……といいたいけど、今回の件、彼らなりに国を思っての事でもありますしね。ある程度は内情を示してあげてもいいわ」

 

「その裁量は私にまかせて頂いても?」

 

「自由にするといいわ。貴女の手腕は心得ている」

 

 恐縮です、と頭を下げる眼鏡の女性。金髪の女性はあくまで優雅に、鷹揚にうなずいた。

 

 そう。

 

 全ては茶番。

 

 中国国家代表の反乱、それを討った被支配国の勇者、それに伴う国家の崩壊とその解体……。

 

 その全ては、IS委員会の……旧中国政府要人が望んだことだった。

 

 そもそも、中国という国家は既に限界を迎えて等しい。無計画な開発と産業は、国そのものを深刻に汚染していた。それを解決する為の無理矢理な諸外国への圧力は、IS世界大会における惨敗によって大きく衰えた。もはや中国そのものに自身を改善する能力はなく、だが巨大国家であるが故にすぐに崩れる事はなく。取り返しのつかない猛毒が、じわじわと国を蝕んでいる現状を分かっていても、どうしようもない現実。

 

 それを解消する方法の一つが、国そのものを一度解体し、やり直す事だ。つまり、革命だ。中国の歴史上何度も行われていたそれではあったが、しかしそれはもはや一時的なものにもならない。もはや毒はどうしようもないほど回っていたのもあるが、結局、中国を中国内部から切り崩した所で歴史にあるように同じ事をぐるぐる繰り返すだけに終わるのは目に見えていたからだ。たとえどんな清廉な革命家であっても、権力に座したが最後それに溺れ、自らも革命に討たれる。その繰り返しが、中国という大地の上で飽きる事なく繰り返されてきたという歴史があるのだから。 

 

 もし終わらせるという手段を取るならば、それは外部からの刺激でなくてはならない。侵略者という敵がなければ、もはや醜く肥え太った巨大国家をまとめ上げる事は不可能。

 

 そういった考えを持った中国政府の要人が、IS委員会に接触した。そしてその要請を受け、委員会が各国家との調整をこなしてでっちあげた茶番が、今回の事変の正体だった。

 

「しかし……正直、いまだに震えを押さえられません。まさか、国家の解体に立ち会う事になるなんて」

 

「IS委員会の設立目的からすれば、遠からず直面していた事態よ。ISの乱用による地球環境、文明の崩壊を阻止する……その理念に従えば、どのみち遠い将来、中国と私たちは敵対していたでしょう。今回は、自国の完全な滅亡を阻止したいという彼らの考えと、委員会の理念を確固として呈示する機会を求めていた私たちの利益が一致しただけのこと。これはあくまでビジネスよ」

 

「しかし、私たちの介入により、中国の資源はより効率的に、よる世界の為に運用されるでしょう。腐敗と横領にまみれた中国政府によって失われていた余りにも多い損失は、IS委員会の行政用プログラムによって円滑に運用される事になるはずです。今は市民も混乱していますが、システムは二十年後には中国がより確立された近代国家として再生する事を予測しています」

 

「理想通りにいけば、ね」

 

「それでも過去の行政システムよりはよい未来がまっているはずです。地球に、人類国家全てにとって」

 

 熱弁する眼鏡の女性。金髪の女性はそんな彼女の熱意に苦笑しながらも、どこか冷めた態度で頷いた。

 

 彼女は分かっている。中国政府要人の本当の思惑も、委員会が名乗り出るまで消極的だった国家の思惑も。結局、この世界は、弱いものをすりつぶして潤滑油にして回り続ける、狂った永久機関なのだという事を。

 

 とはいえ、それをバカ正直に口にして、秘書の眉を曇らせる事もない。眼鏡の女性もまた、守るべき人間である。

 

「その話はまた今度にしましょう。中国に派遣した臨時政府の人員から、早速悲鳴が届いてるわ。融通をはかってくれっていう賄賂が大量に送られてきて対処に困ってるそうよ」

 

「……了解しました。本議会で対策を考慮します」

 

「お願いするわね」

 

 ぴっ、と敬礼を掲げて眼鏡の女性が退出していく。その気合いの入りすぎた様子に、金髪の女性はふと、彼女が香港出身だった事を思い出した。意図しての人選ではなかったが、結果としてそうなった事に妙な納得を感じる。これが運命というものなのだろうか。

 

「でも、そうね。そういうものなのかもしれないね、運命っていうのは」

 

 手の中のタブレットを机に戻し、彼女は窓の近くに歩み寄ると、カーテンを寄せた。たちまち、太陽の燦々とした光と、IS委員会本部の広大な敷地が目に入ってくる。

 

 その、直後。

 

 陽光を切り裂いて、何かが飛来した。

 

 タングステン鋼と劣化ウランで構成された円錐。音速を超過して飛来したそれは、防弾仕様の窓ガラスごと対象を粉砕せんとし。

 

 次の瞬間、黄金の炎によって塵も残さず消滅した。

 

「……」

 

 目の前で蒸発したライフル弾に目もくれず、美女の視線が遠いビルの屋上を見やる。直後、そのビルの最上階から上が一瞬で燃え上がり、綺麗さっぱり”消失”した。まるで空間ごと抉り抜かれたか、最初からそういう風に設計してたかのような奇妙な形状となったビルにそれきり興味を失って、彼女はあてがわれた席にどっかと腰をおろした。

 

 脳裏に、先ほどの会話がリフレインする。

 

 二十年後。

 

 国を動かす妖怪の思惑。

 

 戦後を見据えた、大国の動き。

 

 

 

 まったくもって、くだらない。

 

 

 

「……老人どもの思惑も、世間の世論もしった事ではないわ。二十年? 馬鹿言わないで、この世界はあと一年もつかどうかも怪しいのに」

 

 IS委員会でもない。国家でもない。

 

 己だけが知る、己だけの計画を口にする。

 

 そう、全ては。ありとあらゆる全ては、その為に。

 

「でも下準備はできた。文明と人口の巨大空白地帯……来るべき時への備えは出来た。あとは、戦力の調整とイレギュラーの排除だけ」

 

 手元のタブレットではなく、胸元にしまった写真を取り出す。アナクロな方式ではあるが、実体に記載された情報はネット社会においては逆に鉄壁だ。特に、ありとあらゆる場所にスパイが隠れ潜んでいるこの委員会本部では。

 

 だからこそ。もっとも注意すべき資料は、紙と写真に記載する。それが彼女なりの拘りである。

 

「織斑一夏。……まさか、単一仕様能力の発言にこぎ着けるなんてね。放っておいてあげるべきだと思っていたけど、こうもイレギュラー要素を頻発させられてはそうもいかないわ。……一度さぐりをいれるべきか」

 

 手にした写真。

 

 そこには、白い炎を纏い夜天を駆ける白式の姿が写されていた。

 

 

 

 

 

 


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