極東の騎士と乙女   作:SIS

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code:00 避け得ぬ運命への警鐘(3)

「すごい……」

 

 頬を撫でる、どころではなく全身の隅々まで、それこそ指先や首元を這う冷たい風の風圧。

 

 全身の細胞が浮かび上がってるかのような、水中で泳ぐのにもにた浮遊感。

 

 そして車なんかでは絶対に見られない速度で流れていく風景と空気の色彩。

 

 生身で空を飛ぶという、有史以来人があこがれ続けてきた体験を今、一夏は味わっていた。

 

 自信の力ではなく他者の翼を借りたものであるとはいえ、それが刺激的で想像を絶する体験である事に変わりは無い。

 

 翼の名はイギリス代表、狙撃型ISプリンセス・オーダー。

 

 機動力は平均クラスといえど、それでもIS。ISが最強の現代兵器である根拠ともいえる飛行能力と超音速巡航能力はしっかりと備えている。例え、同行者を気づかい低速でのホバリングであっても、それは一夏にとって未知の世界だった。

 

「凄い!」

 

 悦びを満面に浮かべて、一夏は自らを抱く鋼鉄の人影に振り返った。

 

 キラキラと輝く少年の笑顔に、Porは能面のように表情の無い視線を向ける。常人ならひるんでしまいそうな無機質な視線だったが、一夏はその奥でシェリーが「そう、良かったわね」と微笑むのが見えた気がした。

 

 似たような姉をもっているから良くわかる。

 

 故に、一夏は何の不安も抱かずに、空の旅を楽しんでいた。

 

 翼を担う女王の、内心に押し隠した不安も知らないままに。

 

 

 

(やはり来た……!)

 

 この時ほど、Porが全体装甲型である事に感謝した事は無い。そう思うシェリーの表情は、焦りに歪んでいた。

 

 Porに搭載された広域レーダー。陸戦兵器どころか航空兵器としても広大な探索範囲を持つその鷹の目に、ひっかかる影があった。

 

 当然だろう、とシェリーの理性は冷徹に判断する。

 

 あのトラックを追いかけようとスタッフに連絡した直後、かかってきた制止の声。

 

 それは表向きシェリーの身と大会の威信を案じるものではあったが、長年磨かれてきたシェリーの直感はその裏にあるすえた腐臭を嗅ぎ分けていた。それは制止でもなんでもない、計画を妨げようとするイレギュラーに対する妨害であった。

 

 とはいえ、相手は大会運営委員会。無視する訳にもいかず正論を山ほど積み上げて論破するに至ったが、その間に失われた数十分は取り返しのつかない事態を招こうとしていた。トラックは既に遠くへ逃げ去り、何の目印もない状態から行方を捜すのにさらに多くの時間を費やした。恐らくはシェリーに対する対抗手段も動き始めたであろう。なんとか効率無視の超音速巡航で最悪の展開だけは防いだが、追手がかかる事はもはや確定事項だった。

 

 追跡者の反応が加速する。

 

 早い。だが遠すぎて、対象の識別ができない。Porは光学観測能力こそずば抜けているが、レーダーの識別能力はそう高くない。確認次第目視で再確認する事が前提だからだ。そしてそれを相手も分かっているのだろう、Porから見て観測しづらい低高度を維持している事からもそれがわかる。これでは背面カメラだけでは詳細が確認できない。

 

 いっそ最大速度で振り切ってしまいたいが、それをすれば一夏が大変なことになる。ISの慣性制御機能は、同時に二人の人間を保護できる程完ぺきではないのだ。噂に聞くオリジナル……白騎士なら、どうとでもなるのだろうが。

 

 ……無論。

 

 最善の手はある。

 

 一夏に、この事を伝える事だ。そして、彼を一時的に下ろし、敵を迎撃する。

 

 それが最善だ。

 

 それをシェリーがしなかったのは、単純な話……恐ろしかったからだ。

 

 追撃者が何か分からないが、恐らく確実にシェリーことPorへの対策を行っている筈。勝てる保証もないのに、このタイミングで追撃してくる筈もないからだ。シェリーは自身を無敵だとは欠片も思っていない。確かにPorは世界大会準決勝まで駒を進めた高性能なISだが、それはあくまで競技の世界での話だ。

 

 ISが世界最強たる理由は、その個として圧倒的な機動力と耐久性能にこそある。火力はその次に過ぎない。戦艦や戦略爆撃機にISが戦略兵器として勝っているのはその全領域展開能力といわば”当たり判定”の小ささとそれに不釣り合いな圧倒的な防御力あって事なのだ。だが競技用に開発されたPorは、その耐久性能が損なわれている。通常ならほぼ際限なしに回復し続けるシールドバリアのエネルギーに、システム側でリミッターがかけられているからだ。これがいわゆる競技で言うシールドエネルギーの値なのだが、当然それは厳重にロックされており、現場の判断で解除できるほど生易しいものではない。そしてその状態のISの戦闘能力は、機動性なら戦闘ヘリと音速戦闘機以上、火力ならガンシップを超越し、しかし耐久性能だけは戦艦の正面装甲のそれに近いものとなる。頑丈なのは頑丈なのだが、破壊されれば回復しない。そして、ISはもとよりその技術的フィードバックを受けた現用兵器は、それを貫けるだけの火力を有している。

 

 いくらPorが優れたISであっても、競技用である限り本当の戦闘を前提とした相手に、必勝を確信できるほどの存在ではない。もしシェリーが負けたら……それを考えると、追撃に応じるのは躊躇われた。

 

 そして何よりも、織斑一夏。

 

 彼を、一人にしておく事はできない。

 

 織斑一夏は善良な少年だ。おそらく唯一の肉親であるという姉の教育が相当に良かったのだろう。純朴で、素直で、正義を信じる、唯の子供。

 

 だからこそ。だからこそ、彼の秘める修羅を見たシェリーは、彼を置いておく、という手段が取れなかった。

 

 この少年は、間違いなく、天才だ。状況を理性や感情とは別の処で判断し、己の目的にそって最善かつ最高の手段を自動的に実行できる、先天的ともいえる戦闘の才能を持っている。織斑千冬という人類の生みだした修羅と肌でふれあったシェリーは、それと全く同じ臭いを一夏から嗅ぎ取っていた。

 

 そしてタチの悪い事に、この天才は善人なのだ。守られるだけを良しとしない、他者に押しつけるのを良しとしない。ならば、何かの行動を起こすだろう。

 先のように。

 

 自分自身を人質とさせないために無謀にも武装した兵士に立ち向かった、先のように。

 

(冗談じゃない……!)

 

 子供が死ぬのなど、見たくない。

 

 それがシェリーの思いだった。子供は子供らしくしていればよい。修羅だろうが、鬼神だろうが、子供は子供なのだから。その為に、自分達は銃を剣を手にとったのだから。

 

 だが、現実はそんなシェリーの決意を嘲笑う。

 

 レーダーに捉えていた反応が、急加速を始める。

 

 超音速飛行。

 

 そして、その戦闘機ですらあり得ない短すぎる音速までの加速時間は。

 

 

 

 

 

 間違いない。

 

 ISだ。

 

 

 

 

 

 

 馬鹿な、とは言わない。

 

 確かに、ISの絶対数は決まっていて、それは全て国家によって管理されているというのが定説だ。よって、テロリストや秘密結社に流れ出ているコアはないはず。そもそも、現在の国防の中心はISだ。それを失う事など、国家の威信すら損ないかねない。

 

 だが。

 

 シェリーの出撃を妨害した委員。国家の威信に関わる事なら抹消して見せる政治家達の策謀。何より、この第二回モンドグロッソにおいてこのような事が起きているという現実。

 

 それを省みれば、ありえて当然の話だった。

 

「………お姉さん?」

 

 風にかき消えてしまいそうな声。はっと我に返ったシェリーが目の当たりにしたのは、不安そうに自分を見上げてくる少年の瞳だった。

 

 シェリーを信頼しきった、純粋な瞳。

 

 まだ少年の殻を剥がし切れていない、無垢な輝きの残る色彩。

 

 それを見て、シェリーは覚悟を決めた。

 

『一夏君、しっかりつかまってて』

 

「え?」

 

 戸惑う一夏にはもはや目もくれず。シェリーは己の視界内に表示させたコントロールパネルを視線で操作。

 

 より高速に、より安定に。Porの飛行姿勢の制御をおこなう。

 

 エネルギーはスラスターと斥力制御に全てつぎ込む。燃料推進の放つ閃光と熱、補助用のアークスラスターの白煙がPorの背面、推進機構から流星の尾のように噴出し、空に飛行機雲を描いた。さながらそれは燃え落ちる星のように。

 

 それに合わせて、加速によるGが今までとは桁違いに増大する。それに対し、シェリーは自分自身への慣性緩和を極限まで落とし、その代わりに手の中の一夏への保護を一層分厚くした。当然、保護が切れた事により圧倒的な加重が全身を圧迫する。全身の血液が、指先や脚先においやられたような感覚に意識が少し遠のくが、それを気合で飲み下してシェリーは尚も加速した。

 

 だが。

 

 現実は無情だった。

 

 Porは間違いなく全速だ。なのに、追跡者との距離は離れるどころか、だんだんと埋められつつすらある。

 

 尋常な速度ではない。いくらPorが速度を重視した機体ではないとはいえ、それでもISがISたる超音速巡航機能は備えているうえ、信頼性を最優先したPorは基本推進機構に最新型の燃料機関を取り入れている。燃料機関による推進は技術的に劣っていても最高速度と安定性能では準第二世代型からようやく実用域に入りつつあったレベルのアークスラスターなど比ではなく、なにより連続稼働時間では圧倒的と言ってもよい。故にどんな機体も超音速巡航モードでそう大差がでるはずはないのだ。に拘らず、これほどの速度差が出るというのは……。

 

 恐らくは、完全な第二世代型。

 

 ……ISには世代がある。

 

 世界初のISにして絶対的な性能を誇るオーパーツの塊、白騎士を第零世代とすれば、それを解析しISがISたる必要最低限の能力を確保し、兵器としての体裁を整えたのが第一世代型。それをもとに、拡張機能を強化し対応能力を底上げして兵器としての応用力と発展性をもたせたのが第二世代型とされる。現状で実用化されているのはあくまで準第二世代型までとされており、その理由は単純に全体的な技術不足であるとされる。推進システムひとつとっても現状の技術では白騎士のそれを満足に解析する事もできず、稚拙な模倣ばかりでは第二世代には届かないとされていた。

 

 しかし皆無ではない。一部の大国が限定的に白騎士の制御系の解析に成功し、独自の基幹システムを開発し実験しているという噂そのものはあった。安定性、もしくは超弩級の国家機密であるが為か第二回モンドグロッソにはでてこなかったそれらは、しかし確かな存在感を世界の裏で放っていた。

 

『……ちっ』

 

 どうするべきか。シェリーが選択肢すら思いつかず、こうなれば一夏を下ろすべきだったと舌打ちを鳴らした、その時。

 

「お姉さん……」

 

 腕の中から、一夏がシェリーを見上げていた。その瞳は、混乱に揺れつつも、現状を把握しようと努める者の目だった。

 

 不味い、とシェリーは思考を巡らせる。早く打開策を考えないと、この本能を理屈で御しできてしまう子供は、最善で最悪の手段を取りかねない。例えば、腕の中から飛び降りる、とか。確かにそうすればシェリーは荷物を手放して全力戦闘を行う事が出来るが、一方でそれはつまり、超音速で飛行しているISから地上数十メートルへ落下する、という事でもある。いくら下が森でもそれでは確実に死んでしまう。

 

 そういう意味ではまだ子供なのだ、一夏は。一つの目的しか見えていないのでは、どんな最善も無意味に終わる。それを分かっていないから、子供なのだ。

 

「一夏君」

 

 だから、シェリーは語りかけた。

 

 現状で取るべき、最善より優れた次善を伝えるために。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 高速で飛行するターゲット。それを、追跡者はようやく視界にとらえた。

 

 当然と言えば、当然の話。追跡者の纏うISは、ターゲットの纏うISとは規格が違う。いくらターゲットが凄腕であろうと、同じ最善、最短のコースを通る限りそこに技量差は発生しない。ならば勝負を決めるのは機体性能の差だ。

 

 ならば、お荷物を抱え、基本性能でも劣るターゲットに追跡者が劣るはずもない。

 

 そう思って、さらに加速した追撃者は。

 

 コンマ数ミリで目の前に迫ってきたターゲットに、目をむく事になった。

 

「なんだと……?!」

 

 人間の知覚能力を数倍に高めるハイパーセンサーとはいえ、万能ではない。超高速で迫るターゲットと己の相対速度の差は、ハイパーセンサーの許容範囲をはるかに超えていた。かろうじて回避に成功した追跡者は、にやりと笑うターゲットの視線を仮面越しに感じ取った気がした。

 

 一瞬の交差の後、逆転して背後にとったターゲットが叫ぶ。

 

『一夏君!』

 

「はい!」

 

 覚悟を決めるかのような答え。そして、ターゲットはあろうことか……腕に抱えていた少年を、ためらう事なく大地へと放り出した。これまで後生大事にまもりぬき、そもそも彼女が戦う理由そのものであった少年を、確実に死しかないはずの高空へ放り出す。

 

 訳が、分からない。

 

 そんな意識の空白こそを、ターゲットは狙っていた。

 

 ……ISの姿勢制御は主に、PICによる慣性制御によって行われている。詳しい原理をはぶけば物体が常に影響を受けている運動エネルギーや位置エネルギーを自在に操作する技術であり、勘違いされがちだがこれは何も全てIS本体にのみ作用している訳ではない。高速移動するISにとって、下手をすれば待機中の塵やゴミですらシールドに負担をかける障害物であり、そういったものに対してもPICは作用している。つまり、本体から有る程度までなら離れた物体に対してもPICは作用できるのだ。

 

 例えば、今のように。

 

 ターゲットの動きが、急激に鈍る。まるで燃料の切れたヘリのような、緩慢な動き。対して、落下する少年の速度が、急激に低下する。それは落下速度であり、移動速度でもある。ほぼ時速0kmの状態で、水中を下降するような緩やかな速度で少年は眼下に広がる樹林に飛び込んでいく。それを見届けたターゲットは機体を翻し、追跡者へと機敏に戦闘機動をとった。

 

 全ては一瞬の出来事。

 

 ターゲットが超高速で交差するという危険な手段をとったのは、この一瞬の為だった。機体の制御につかっているPICを全力で外部に作用させる事で、空中から高速で放り出した少年が無事に着陸できるレベルまで運動エネルギーを奪う事で戦場から離脱させる。その為に、僅かな時間ターゲットの機動性が損なわれるが、完全に高速ですれ違った追跡者が立ち直るまでの時間でそれはカバーできる。

 

 そして少年が手元から離れた事により、ターゲットは完全に戦闘能力を取り戻した。もはや、人質ともいえる存在だった少年に構う必要がなくなった以上、逃げ回る理由はどこにもない。

 

 ほんの一瞬でいいように状況を操作された事に気がついた追跡者が、怒りに顔をゆがめる。

 

 今の戦術は、一見合理的なようでいくつもの穴がある。いうなれば、追跡者が急激な交差に対応できずターゲットを見失い、なおかつ少年を離脱するまで状況を把握できず追撃できない事を前提にしている事、など。

 

 舐められている。そう追跡者が考えるのも、無理はない。

 

 逆にいえば、そんな穴だらけの戦術を駆使しなければいけないほどターゲット達は追い詰められていたのだが、追跡者はそこには気がつかず。代わりに、荒々しい怒気を伴ってターゲットに襲いかかった。

 

 

 この時点で、ある意味両者の差は歴然であった。

 

 完全に自己を律し、現状の最善を選び結果をつかみ取る事の出来たシェリーと、己の制御もままならず感情のままに当たり散らす追跡者。

 

 どちらが優れているかは言うまでもなく。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 追跡者の怒りが、嗜虐的な愉悦をともなった笑みに変わるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 自分は追い詰められている。

 

 シェリーは冷徹に状況をそう分析した。

 

 既にシールドエネルギーは50%を切った。機体の使用できるエネルギー総量も60%を切っている。

 

 Porのシールド制御能力はそう高くない。何か重い攻撃をまともに受けてしまえば、一気に危険域に達しかねない……そんな、土壇場手前の状態と言ってもよい。

 

 それに対し、敵は解析する限りまだほとんど無傷。おそらく、何の不具合も生じていないだろう。

 

「………っ!」

 

 Porからの警告が伝わるよりも早く、瞬時加速でその場を離脱する。刹那遅れて、Porの残像を無数の機関砲の掃射が穿った。

 

 通常兵器なら主力戦車すら正面から蜂の巣にするその一撃、いくらISといえどまともに浴びれば痛打は免れられない。だが、シェリーが苦戦しているのはそんな理由ではなかった。攻撃力だけで見れば、それを遥かに超える一撃を大会で幾度も潜り抜けてきた。いまさら機関砲の百発や千発、恐れる者ではない。

 

 だから、シェリーが苦戦しているのは攻撃力等ではなく。

 

 敵の、圧倒的な総合性能だ。

 

 蒼穹に浮かび上がる、異形のシルエット。少なくとも、シェリーはそのような機体を見たことがない。

 

 基本的な構造は、極めてシンプル。第二回モンドグロッソで遭遇してきた機体達のように、特化しすぎた機能故に全身になんらかの異形がはみ出しているような、そんな不細工な構造ではない。あくまでISとしての基本に立ち返った、シンプルな空気抵抗を加味したアーマー類。

 

 だからその機体を異形たらしめているのは、その外装。八つの、放射状に延びたフレキシブル・アームだ。

 

 通常、副腕というのはISにとってなじみ深いシステムだ。ISの使う装備は、大型で取り回しの悪い物が多い。主力戦車をも上回る防御力のシールドを吹っ飛ばそうというのだからそれは仕方ないのかもしれないが、そんなものをいちいち超高速戦闘で振りまわすのは都合が悪い。なので、そういった射撃型の機体はほぼ必ず、副腕を持ちそれによって射撃をサポートしている。無論、射撃型でなくても副腕はあれば便利だ。盾をもたせて装甲にしてもよいし、スラスターを備えて機体制御につかってもいい。ISの補助装備の操作は脳波による制御が中心だがISそのものも独自のAIで稼働している。経験さえ積めば、人間が意識しなくてもIS側で的確に副腕を動かし、滑らかな動きが可能となる。つけない事によるメリットは皆無だ。

 

 とはいえ、八つは流石に多すぎる。いくらISのAIが優秀でも、あんなに多数の副腕を、それもそれぞれが独自に武装を装備し稼働して対象を攻撃する、なんてものが、搭乗者の意思と干渉し合わないとは思えない。だが実際に、敵は八つの腕をそれこを蜘蛛が巣の上を這いまわるかのように滑らかに動かし、的確な機動でPorを誘い込み、致命的な掃射を浴びせてくる。

 

 最初から、そういう目的で作られた機体であるのは間違いなかった。

 

 極めて高度な機体管理システム。そしてそのせいで機能のいくつかが犠牲になっているという事もなく、全ての性能がまとまって落ち着いている。あくまであの機体は、高い汎用性を誇る機体に新しいシステムを上乗せしたものなのだ。

 

 そしてPorを上回る、圧倒的な加速性能。こうして対峙していても分かる、照準補正機能や機動制御システムの圧倒的な差。

 

 間違いない。この敵は。

 

「やはり完全な第二世代型……!」

 

 噂でしかきいたことのない、次世代型。

 

 それが今、シェリーの目の前にいる。

 

 それもよりによって、正体不明のテロリストの機体として。

 

「オマケに、実戦仕様とはね」

 

 Porの鷹の目が、敵機を補足する。

 

 観測できる機体表面のエネルギー流動、運動エネルギーの作用方向、敵パイロットの視線や意思、風圧、気圧、その他もろもろのあらゆる情報を、シェリーの経験という空前絶後の計算式が一瞬にして裁いていく。

 

 その計算式が叩きだした答えにそって、Porの腕が動く。縦横無尽に駆け巡る戦闘機動の中にあって、その銃身はブレず、揺るがず。撃ちつけられた一本の軸のように、敵の未来位置へ向かってその敵意を放った。それを避けるように、敵が複雑に回避機動をとる。しかし、その機動すら予測済み。シェリーの眼は、敵の機動を追うような動きを見せない。

 

 天地をさかさまに捉えたPorの眼が未来を捉え、一撃が放たれる。

 

 それはいかなる魔技か。

 

 何もない中空に放たれた魔弾に、回避機動をとり避けようとしていた筈の敵機が衝突する。横から見れば、まるで敵が自分から撃たれにいったように見えるその光景。

 

 シェリーが放ったのは唯の一撃。だが、その一撃を敵は見きれなかった。Porの放つ幾重もの殺意、射線、ブラフであるそれに踊らされ、回避機動をとっていた筈がその実、シェリーの望む軌道におびき出されていただけの事。射線を読み回避機動をとる敵の腕も一流だが、予測射線だけで敵を躍らせ手の内に捉えるシェリーは超一流か。

 

 いかなAIにすら実現できない、人の可能性こそが持つ業。人こそが持つ、条理をこえた力だ。

 

 だが。

 

 技術の進歩は、人の可能性すら食い殺す。

 

「………!」

 

 間違いなく、Porの一撃は致命的な一撃であるはずだった。世界大会において数多の敵を打ち破ってきた魔弾……しかし、その一撃で与えた損傷、シールドエネルギーへの被害は。

 

 瞬く間に、埋め直されていた。

 

 競技用ISと戦闘用ISの決定的な差。

 

 それは、シールドエネルギーの総量が回復するか否だ。

 

 ISの防御の核となるシールド、それは見ての通り非実体であり、エネルギーが供給される限り稼働を続ける。そしてISの内抱するエネルギーは莫大であり、それがある限りISは無敵の盾で有り続ける。ISはISでしか倒せない……それはすなわち、ISのシールドを突破できるほどのエネルギーを持つ存在もまた、ISしか存在しない、そういう事なのだ。

 

 だが、競技用ISはそうではない。前述したようにシールドとして使用できるエネルギーに制限がかかっている。

 

 膨大なエネルギーを持つがその一部しか使えないPorに対して、そのエネルギーを好き放題仕える敵の機体。

 

 その差は、シェリーの技能をもってしても埋められないものだった。

 

 だが、そんな事はシェリーとて分かっている。

 

 分かっていて勝負を挑んだのは、勝機があるから。少なくとも、あったというべきか。

 

 常識的に考えて。

 

 現在二機が交戦しているのは、有る国の領域。いくらISのステルス性能が高いとはいえ、全力で戦闘機動しているのをレーダーが捉えないはずがない。ましてや、ISなのだ。今まで非公式にすらIS同士が”殺し”あった事はない。その、戦略級兵器が何のためらいもなく全力で殺意をかわしているのを知れば、国家なり大会委員なりなんなりがかけつけるはずだ。

 

 そう、常識的に考えればそのはずだ。

 

 なのに、異変は一向に現れない。

 

 ステルスどころか、Porは意図的にシグナルを発信してすらいる。にも関わらず、偵察機の一機も飛んでこないのはあり得ないことだった。

 

 信じられない。

 

 それがシェリーの迷う事なき本音だった。

 

 この不愉快な出来事に、国家が絡んでいるであろう事はわかっていた。

 

 わかっていた、が。しかし大会に関わる国家は多数で、その思惑も多数。中には、今回の事を知らない勢力もあるはずだと、そう思っていた。

 

 なのに、その複雑に絡み合っているはずの思惑達が、そろってこの異常事態を静観している。まるで、あらかじめ申し合わせていたようにすら思えるほど。そんな事あるはずがないのに、あってはいけないのに、シェリーの心は不安を叫ばずにはいられない。

 

 確かにシェリーは世界の裏を疑った。だけど、それは白もあって黒もあるだろう、という事で。

 

 世界が、黒一色である事など、望んでも思ってすらもいない。

 

 何故なら、もしそうなら。

 

 ……自分達は、何のために戦っていたのだ。

 

『っ!』

 

 敵機が、八つのアームを大きく広げる。

 

 まるで獲物を抑え込む蜘蛛のように見えるそれにシェリーが驚異を感じ取るのと同時に、全てのアームから機関砲がばらまかれた。一切の照準をしていないとおもわしきそれは空間にまばらに散り、到底十分な攻撃効率をみこむべくもない。

 

 だがそれこそがPorの警戒していた攻撃だった。

 

 かんかん、とばらまかれた銃弾がシールドの上を叩く。

 

 そんなものでシールドは貫通できはしない。が、エネルギーは減る。敵と違って回復しないPorのシールドエネルギーは。

 

 戦闘中に余計な事を考えたか、とシェリーは自省しつつ距離をとろうとする。

 

 空間全体にばらまくように放たれた攻撃をPorではさばききれない。距離をとって被害を抑えるしかない。

 

 そこへ、敵が突っ込んでくる。敵の方が早い。距離を取れない。

 

 再び展開される弾幕。少しだけ、またシールドエネルギーが減少する。

 

『ジリ貧ね……!』

 

 

 

 

 

 シールドエネルギ-、残り20%。

 

 


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