極東の騎士と乙女   作:SIS

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というわけで、ついにストックつきたので書き下ろしの連載になります。これからはArcadiaと同時進行ですね。
甲龍がいささか凄まじい強さになっちゃいましたが……うん、レイヴン的にしょうがない。高汎用、省エネ、フリーハンドの衝撃武器に近接得意ときたら弱いはずがないもの。


code:24 風雲、緊急を告げる

 

 

 ISという存在がこの世に現れて数年が立つ。

 

 第二、第三世代の登場を例に挙げるまでもなく、その時間を用いて人類はかの超兵器を解析してきた。その結果、コアそのものはいまだ解明不可能なブラックボックスでこそあるものの、ベクトルコントロールをはじめとするいくつかの技術の解明、転用には成功している。

 

 そしてそれは当然、ISではないものにも利用されており、たとえばIS学園の防壁がそうである。

 

 通路を閉ざす鋼鉄の壁。それはただの質量防壁ではない。内部に無数の電磁コントロールシステムを有しており、まるでマンガのSFのように電磁障壁を展開する事が可能なのだ。その防御力は極めて高く、防壁そのものの強度と相まって例え戦車でも突破は不可能だ。もし強引に突破しようと思うのなら、それを越える力がいる。

 

 それ故に。圧倒的な力をもつ存在にとっては、それは障害足り得ない。

 

 電源の落とされた通路を、漆黒の影が走る。しなやかに駆けるその姿は、まるで黒豹のそれを思わせる。一方で、時速400kmを越えるその速度と、一足ごときに数メートルを跳躍するその圧倒的な脚力が、それが尋常でない存在である事を物語っている。

 

 そんな速度で動いていれば、当然その存在も周囲の知る事となる。防壁が接近する存在を感知し、スパーク音をたてて電磁防壁を展開する。複数の核融合路によって供給される超高電圧によって支えられるそれを突破する事は、たとえミサイルであっても不可能だ。

 

 最も。その”魔狼”をミサイル如きと比較するのは、はなはだ不敬も甚だしい話であったが。

 

「ははははは……っ!」

 

 ダリル・ケイシーと、その愛機、ヘル・ハウンド。

 

 柔らかな少女の貌に裂けた獣の笑みを浮かべた彼女は、狂喜じみた嗤いを吐き出しながら、さらに前傾姿勢へ。興奮に波打つ本能の訴えるまま、体を思い切り前に投げ出し、手で床を引き裂き、床を足でけり砕きながら獣そのものの四足歩行で疾駆する。ISのパーツによって変化したシルエットは、二足歩行に適応した人間にはもはや難しい獣の四足歩行を適切なものとし、彼女は身も心も獣とかして鋼鉄の回廊を駆け抜ける。

 

「やっちまいな、レフト! ライト!」

 

 ばちん、と彼女の背後でパージ音。鋼鉄のロックが炸薬で吹き飛ばされ、バラバラと拘束具の破片を遙か後方に置き去りながら、二つのユニットが振り落とされて床に転がる。

 

 そう。拘束具だ。それは比喩でもなんでもない、制御不可能な凶暴な獣をつなぎ止めていた鎖が、たった今解かれた。

 

 床に落とされたユニットが、ころり、と床を転がる。卵状の用途不明なユニット、それからは何らかの力を感じ取ることはできない。だが、静から動への転換はまさに一瞬。人間に認識できない速度でそれは跳ね起きると、装甲をギザギザに刻まれたラインにそって割り開き、スラスターを展開して主の元へと一瞬で舞い戻る。表面に備わった無数のセンサーを不規則に輝かせ、ふらふらと蛇行するような飛行姿勢は落ち着きが無く、ガチガチと牙のようにかみならされる装甲が、異様な攻撃性を物語る。

 

 そんな気の触れた獣を、視線で真実愛でながら、ダリルは彼らに命令を下した。

 

「今日は手加減なしで、遠慮もいらねえ! あの装甲板をケツまで全部、かじりとれ!」

 

 その指示を理解したのかしないのか……、ユニット達が異様な叫び声をあげた。とうてい制御しているとは思えないでたらめなスラスターの光尾をひいて、二つの狂犬がはじかれたように飛び出し、眼前に迫った防御壁にかじり付いた。

 

 そう、文字通りに、彼らはギザギザの装甲を歯のようにつかい、電磁障壁に食らいついたのだ。凄まじい反発と電圧に装甲と電子回路を焼かれているはずなのに、まるで躊躇う様子がない。それどころか、内蔵されているありったけの武装を、誘爆も自爆もかまうことなくぶちまけて、逆に電磁障壁を押し返さんばかりの勢いだ。そこには、最低限あらゆる知性がもつべき、自己保存本能のかけらも見受けられない。

 

 だが、彼らはれっきとした知性だ。

 

 アメリカ政府が、IS用の自律稼働端末を作り出す為に生み出された、動物の意識パターンを焼き付けたAI達。ISコアによる抑制を免れる為にアメリカは、知性と見なされるだけの能力を彼らに与えるのではなく、ISコアにすら制御不可能な独立システムとして彼らを利用した。火人道的な動物実験、飢えで正気を失う寸前の狼に餌を与えた瞬間、彼らが餌を口にし飢えが満たされる刹那手前のそのタイミングで、彼らの脳をスキャン装置にコピーし、焼き切る。そして狂気と狂喜が極限まで圧縮されたその状態の思考を、AIに転写する。

 

 それは正しく、まさにISコアにすら制御不可能な狂気の自律稼働兵器が誕生する事となった。だがそれは同時に、あらゆる存在に制御不可能な化け物を生み出したという事だ。結果はまさに自業自得。彼らの”主人”を除くあらゆる人間を稼働直後に皆殺し、その後も見境無く破壊と殺戮の限りをつくしここIS学園にあっても異端そのものの、まさにバーサーカー・ユニット。それが、レフト・ライトという存在だ。

 

 そしてそんな狂犬を、この世界でたった独り、まがりなりにも制御可能な唯一の存在。それが、彼らの生前からの主であり、唯一、意識転写実験に反対し続けた少女……ダリル・ケイシーなのである。

 

「はっはぁ!」

 

 二匹の愛犬によって切り開かれた電磁防壁の隙間……そこに、まさに猟犬さながらに少女が飛び込む。その両手の中で、転送の予兆である電子の灯りが煌めき、直後、それは巨大な杭として顕現した。無論、あの狂犬を従える魔狼の振りかざすソレが、唯の杭な訳がない。直径1m、ばかげたサイズのその巨大な釘は、それが根こそぎIC採用型指向性爆弾。悪夢じみた子供の悪戯書きを現実にしたようなそのデンジャラス・ウェポンを、ダリルは愛犬を思わせるいかれた笑みのままに、装甲板目がけて振り抜いた。

 

「いっちまいなぁああ!」

 

 爆音。

 

 メガトンどころの話ではない局所的破壊力が、装甲板を和紙のようにぶち抜く。直撃すれば第二世代型ISとてひとたまりもないそれが、二つ同時に炸裂したのだ。電磁防壁をぬかれた唯の装甲板等、一瞬で蒸発するに決まっている。その破壊力はとどまる事を知らず第二、第三防壁と続き、その破壊の間隙に、狂犬達が食らいつく。IS学園を解放するための、IS学園そのものを破壊しかねない暴虐が、彼女たちの行き先々でぶちまけられる。果たして、彼女たちの頭に、問題のハッキング元の基盤を破壊する、という任務が残っているのかいないのか、それはそれは疑問に思うほどの暴れっぷりだった。

 

 故に。

 

 ごく静かに繰り広げられていた、学園外の龍と騎士の激闘に気がつく者がいなかったのも、ある意味では当然の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嵐の夜。砕ける海。見えない月。どこまでも続く、闇色の平面の狭間。

 

 空と海の間で、二人の悲しい決闘は未だ続いていた。

 

「潰れろぉおおおっ!!」

 

「っ!!」

 

 嵐の風よりも強烈に、雷光よりも鮮烈に、甲龍のブレードが大上段から振り抜かれる。まともに受ければ吹き飛ばされ、食い止めれば刃を喰砕かれるその一撃を前に、一夏がとれる手段は数少ない。

 

 半ばから折れた長刀で、無駄と思っても正面から受け止める。逆手にして衝撃を殺したものの、それはさきほどの焼き直し。瞬く間に長刀が断ち切られるが、それで稼いだ一瞬のうちに一夏は体制を立て直して距離をとる。

 

「逃さない!」

 

 後ろに下がる一夏めがけて、鈴が甲龍の左腕を突き出す。その手には、ブレードが握られたままであり新しく得物を呼び出す様子もない。だが、だからといってそれが何の危険もない事を示すはずがない。そして実際、次の瞬間炸薬の閃光をきらめかせて、手首の部分から何かが一夏めがけて打ち出された。

 

「鎖!?」

 

 一夏の言葉通り、それは一本の鎖だった。先端に備わった小型ロケットアンカーによって高速で飛来するそれは、予想外の攻撃に対応の遅れた一夏の足をからめ取った。直後、衝突とは別の衝撃が一夏の全身を遅い、彼は苦痛に思わず長刀を取り落とした。

 

「が……っ!?」

 

「ボルテック・チェーン! 流石のシールドバリアシステムも、完全な零距離での超高圧電流の衝撃、防ぎきれるものではないわ!」

 

 さらに、鈴は甲龍持ち前の怪力で、鎖を思い切りたぐり寄せる。電撃の衝撃で制御を半ば失っていた一夏はそれに抵抗できず、無抵抗なまま再び鈴の間合いに引き込まれる事となる。そんな彼めがけて、再び甲龍のブレードが振りかざされる。一夏は咄嗟に盾を鎖めがけて振り下ろしそれを砕くが、すでに離脱できる猶予はない。そして、頼みの刀はすでに取り落として海面に没している。勝利の確信に、鈴が笑みを浮かべる。

 

「墜ちろっ!」

 

「冗談っ!」

 

 鈴の二刀斬撃。それへの返答は、一夏の両手にきらめいた量子転送の煌めき。それは一瞬で結実し、依然、ヘリ護衛で繰り出した大型カッターの形をとる。それをもって、一夏はブレードの重攻撃を受け止めた。

 

 とはいえ、ただのカッターナイフ如きが、甲龍の熱単分子ブレード”双天牙月”を受けきれるはずがない。圧倒的破壊力に、二振り重ねて一本のブレードを受け止めたにも関わらず、一瞬で刀身が破砕される。だが、重ねて繰り出された次の一撃が届く前に、カッターナイフは刀身をスライド。予備の刀身を展開して、甲龍の一撃を受け止め、砕ける。

 

 鈴の顔色が変わる。

 

「このっ……!」

 

 斬撃につぐ、斬撃。加速につぐ、加速。段々とつむじ風から嵐のように勢いを増す甲龍の猛攻を、しかし一夏とその手のカッターは次々と受け止める。受け止めてはくだけ、刀身を展開し、また受け止めて、砕ける。その繰り返し。

 

 まさに一進一退。さっきと違うのは、一撃ごとに一夏が吹き飛ばされてないということ。脆いカッターナイフの刀身は、確かにたやすく砕かれる。だがそれは同時に、甲龍の一撃の過剰な破壊力を、己の粉砕と引き替えに刀身が吸収してしまっているからだ。そして、取り回しでは圧倒的にカッターナイフが勝っている。奇妙な相性問題で、ここにきてついに、甲龍と打鉄の斬り合いが拮抗していた。

 

「く……たかが工作用ナイフの分際で……!」

 

 連続で炸裂音が響き、甲龍の両手、及び脚部からボルテック・チェーンが射出される。不意をうった攻撃は、しかし瞬時に切り払われて無力に終わる。砕け散る鎖と、カッターナイフの破片がキラキラと煌めき、その向こう側から一夏はここにきて、初めて攻勢に移った。

 

 ロケットエンジン点火。ベクトルドライバー最大出力。打鉄・白式の備えた巨大な十字盾を、攻城鎚のように打ち出す。咄嗟に鈴もブレードを重ねて迎え撃つが、ブレードを上回る超質量の一撃を、たやすく受けきれない。一瞬、動きが止まる。そしてそこを、一夏の闘争センスは逃さなかった。

 

「つぁあああっ!!」

 

 バク転にもにた動きで、甲龍から一瞬で距離を取る。そして、スラスターを全開。全速力で、盾めがけてつっこむ。そして、そこでさらに反転。全力の跳び蹴りを、自らの盾にたたき込む。射出時の加速に加え、ISそのものの突撃の勢いをのせた盾が、甲龍のブレードをきしませた。

 

「アイエスキーック、ってなっ!!」

 

「ぐ、この……っ!」

 

 お互いに、一歩も譲らない。ブレードと盾の間で、凄まじい火花が飛び散る。いくら甲龍のパワーが上とはいっても、腕力だけでIS一機分の総推力を受けきれるほどではない。ブレードご自慢の対物破砕能力も、相手がIC端末を内蔵した盾とあっては発揮しきれるとは言い難い。なによりも、あまりの高エネルギーの衝突にさらされたブレードの単分子破砕機構は過負荷で異常を着たし、バラバラと歯の脱落を始めていた。

 

 いける。一夏は確信する。このまま押し切って、甲龍の体勢を完全に崩す。そこに、再度長刀の予備を展開し直して追撃をしかければ、流れを取り戻すことも可能なはず。その確信をもって、スラスターの勢いをさらに強める。

 

「な……めるなぁっ!!」

 

 衝撃。

 

 一瞬で、一夏の視界が回転する。海面と暗雲が高速で入れ替わり、上下の感覚が消失する。ややあって自分が回転しているのだと自覚すると同時に自動的にISが体勢を建て直し、彼は再び空中に直立した。だが、混乱と動揺は静まらない。

 

 今、一体。なにをされた?

 

 混乱のまま、距離を置いて向かいあう甲龍に視線を向ける。そこではちょうど、壊れたブレードを投げ捨てた甲龍の手によって十字盾が文字通り鷲掴みにされ、滅茶苦茶にひねりつぶされる所だった。その両手には火器はなく、外見上どこかに内蔵火器があった様子もない。だが、しかし先ほどの状態、打鉄を吹き飛ばしたのは間違いなく近接武器ではない何かのはず。

 

 いや、そもそもだ、と一夏は考える。

 

 あの、密接したつばぜり合いの中。いくらなんでも、目の前で押し合っている相手が銃とかミサイルとか持ち出してきたらさすがに気がつく。それに、自分の吹き飛ばされかたからして、間違いなく正面から打たれたはずがない。例えるなら、急に下から持ち上げるように吹き飛ばされたような感覚だった。ならばブルー・ティアーズのような自律攻撃端末? 否、そんな反応はない。何かをしたのなら、それは甲龍本体から発射されたはずだ。

 

 そんな条件を満たせるとしたら、それは。

 

 不可視で。斜線の概念に捕らわれず。それでいてISに一定のダメージを与えうる、何か。

 

 ゾクリ、と。

 

 一夏の本能が戦慄に震える。

 

 知っている。確かにこれと同じものを知っている。映像の中だが、確かに一夏はこれと同じ現象を目撃したことがある。

 

 そう。ほかでもない、甲龍自身の入学試験における模擬戦闘。確かにあの中で、不可視で不可解な一撃が、対戦相手を翻弄していた。

 

「……参ったわね」

 

 小さな鈴のつぶやき。風の音にかき消されてしまう程度のそれに、ぞくり、と一夏の背筋が凍り付く。得体の知れない緊張が彼の全身をけだるく包み込んだ。

 

 それを振り払うように、一夏が刀を呼び出し、鈴めがけて突っ込む。対する鈴は、原型をとどめないほど滅茶苦茶に破壊した盾の残骸をほうりすてると、再び両手にブレードを展開した。ゆらりとした構えにどこか違和感を覚えながらも、一夏は長刀をかみ砕かれぬようコンパクトに振り抜こうとして……横殴りに吹き飛ばされた。

 

「!?」

 

「どうかしら、衝撃砲のお味は?」

 

 今度は全力で注意を払っていた。鈴からも甲龍からも視線は外していない。なのに、一切の予兆が感じ取れなかった。そしてこの破壊力。まるで、至近距離でミサイルが炸裂したかのようだ。

 

 衝撃砲。それが、この見えない攻撃だと鈴はいう。だが、名前を知ったところで打開策など思いつけそうにない。完全に不可視、完全に予測不可能、そして射線を無視してあらゆる方向から飛んでくるらしい、という滅入りそうな事実が明らかになっただけだ。

 

 いや、もう一つある。この衝撃の感じに、覚えがある。そう昔ではない、ちょっと前……ちょうど、IS学園にやってきた直後ぐらいの事だ。

 

「……爆発?! まさか、運動エネルギーを操作して爆発だけを直接再現してるのか!?」

 

 そう。衝撃砲のあの感じ。あれはまさしく、一夏が巻き込まれかけた、あの爆弾の爆発のそれににている気がするのだ。あのときは衝撃と閃光に気を失ってしまったが、それでもどこか通じるものを感じる。だが、どうやって? いくらなんでも、現状の制御技術では、どこからともなくありもしないエネルギーを直接もってきて組み替える、なんて出来はしない。いくらISがエネルギーを操る魔神といっても、その器を作る人間の技術では曲げるのが精一杯だ。

 

 混乱しつつもなんとか体勢を立て直す一夏に、鈴が容赦なく切りかかる。とっさに回避行動に移るが、場所が悪い。吹きすさぶ強風にコンマ数秒回避が遅れ、装甲の表面をいやな音をたててブレードが削り落とす。それでも直撃はさけて鈴の背後に回り込もうとした、その瞬間。暗雲が嫌な輝きを宿したのをみてとって、一夏は咄嗟に体を丸めた。

 

 直後、案の定雷鳴が轟き、至近距離を雷がかすめていくのを肌で感じる。雷の電圧はいうまでもなく超高圧であり、もしも直撃を受ければISでもダメージをさけられない。もっとも、あくまで当たれば、であり、ISのシールドバリアには雷の直撃を防ぐ程度の工夫は元々存在するのだが……それも健在な状態ならばの話だ。度重なるブレードの攻撃で、現在打鉄のシールドバリアは健全にはほど遠い。万が一の事故の可能性もある。だが、それは甲龍も同じであり、この文字通りの雷雨の中、仕切り直しかと一夏は判断し……だからこそ、雷をものともせずに突っ込んでくる甲龍の姿に目を見開いた。

 

「な……?!」

 

「お生憎様……! 龍が、雲の中で後れをとると思って?!」

 

 まるで嵐をものともせず、我がもので暴れ回る甲龍。その姿はまさに龍の化身そのもの。雷鳴を背にブレードを振りかざすその姿に正真正銘の畏怖すら覚えつつ、一夏は再び真正面からブレードを受け止めて吹き飛ばされた。その直後、上からたたきつけるように再び衝撃砲が炸裂し、海面めがけて吹き飛ばされる。激しくシェイクされるかのような上下左右への振動に若干意識が遠くなりかけながらも、必死に一夏は思考を回した。

 

「なんだ……この、甲龍のあり得ない強さ……?! いや、それだけじゃない、なんでこの嵐の中でこうも……っ」

 

 ISは確かに全領域対応型で、本来宇宙空間へ進出するだけのスペックを持つ。故に、嵐程度で性能が墜ちるわけではないが……かといって、常に嵐の中にいる事を想定している訳でもない。特に競技用ISは、一定の天候を想定して開発されているのが常であり、いくら優れた能力をもっていたとしてもこうも悪条件の中で縦横無尽に暴れ回るのはさすがに常軌を逸している。

 

 負け惜しみではないが、逆に言えばこの嵐さえなければもう少し一夏も善戦できているはずなのである。そう、この嵐さえなければ。

 

「……ん?」

 

 思い出す。確か、今日の天気は嵐なんかじゃなかった。それは間違いない。飛び出した時は天気予報のはずれを愚痴ったが、しかし考えてみればおかしい。いくらなんでも、こんな規模の嵐の発生を、今の技術が見逃すだろうか。

 

 それに甲龍だ。いくら嵐の中でも自由に動けると入っても、自由すぎだ。まるで、嵐の中で動くことを、あらかじめ今日が嵐である事を知っていたかのよう。天気予報が予想していなかった嵐をだ。

 

 一夏の頭で、何かがかみあって高速で回り始める。もうろうとした意識、霞がかった思考が、ちぐはぐに歯車を併せて無理矢理回る。

 

 嵐、嵐の原理は何か。甲龍。未知の特殊兵装、衝撃砲。衝撃。衝撃……運動エネルギーの転換。ISの能力。ベクトルドライバー。嵐。巨大なモーメントの集合体。渦。パッシブイナーシャルコントロール。不可視、自由自在、それは何故か。原因と結果。かつて、織斑千冬はなにをしたか。刀一振りで、天地を切り裂いた。そんな事ができたのは何故か。

 

 インフィニット・ストラトスとは何か。それは、運動エネルギーを操る魔神である。

 

 衝撃とは何か。それは運動エネルギーの発露である。

 

 嵐とは何か。それは巨大な運動エネルギーの固まりである。

 

「……おい、まさか。いや、でも、いくらなんでも、そんなの」

 

 カチカチとピースが当てはまっていく。甲龍の、能力の正体がおぼろげに見えてくる。だが、明らかになるにつれて、一夏の顔から血の気が引いていく。

 

 あり得ない。

 

 拡大解釈にもほどがある。

 

 だけど、これ以外にあり得ない。

 

 それは、正気であったならとうていたどり着けない、馬鹿馬鹿しい妄想。だが、戦闘のダメージでもうろうとした意識は、断片的な関係のないピースをふとしたきっかけでつなぎ合わせて形にした。してしまった。

 

「まさか、甲龍の特殊兵装って、まさか……?!」

 

 戦慄と共に、天上を見上げる。その先には、まさに一夏の予想を裏付けるかのような、悪夢じみた光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 闇色の天空。暗雲渦巻き、生き物のように雷撃が這い回る、嵐のまっただ中。世界に開いた穴のように渦巻く嵐の中央で、龍は佇んでいた。

 

 その全身に集う、無数の稲光。本来なら致命をもたらすだけの天の災威を、龍はまるで水を飲むかのように飲み下す。これまでの戦いで与えていた、わずかなシールドバリアのダメージが、みるみる回復していくのが見て取れる。

 

 信じ難い事に、甲龍は……嵐を喰っていた。

 

「……教えてあげるわ。衝撃砲なんてね、甲龍にとってはほんのお遊びみたいなもの。超広範囲に渡ってベクトルの流れを観測、干渉し、条件次第では嵐や竜巻すら引き起こし、そのすべてを演算、管理する”天候兵器”。それこそが、甲龍に与えられた特殊兵装、”龍咆”の神髄」

 

 そう。すべては偶然でもなんでもない、必然。

 

 突然の嵐も、甲龍が嵐の中で一切の不自由をしないのも、タイミングよく雷が降ってくるのも、全て、ほかならぬ甲龍そのものの意志だったのだから。

 

「……まじかよ……」

 

「ええ、まじよ。わかったら大人しく降参しなさい。そろそろ気がついていると思うけど、IS学園は本国の干渉で身動きがとれない。まあもってあと数分だけど……それまでまつほど、私も気が長くないし。それなら、無駄に痛い目をみる事も、ないでしょう?」

 

 それは、鈴を名乗る少女の本心だった。本当は、特殊装備すら持ち出すつもりはなかった。それは勿論、一夏をできるだけ無傷で捕らえたいというのもあったが、それ以上に、響子を傷つけた事が尾を引いていた。あの時、少なくとも彼女は響子を一夏からひきはがすだけの傷を与えるつもりだった。しかし重なるトラブルに手元が狂い、結果、彼女を死の寸前までおいやった。あのような事を、繰り返したくはない。それが少女の本心だった。

 

「……」

 

 一夏に言葉はない。だが、無言で長刀を構えなおしたのが、彼の答えだった。ため息をついて、鈴がブレードを構え直す。雷鳴が甲龍を守るように轟き、嵐の勢いが目に見えて増す。嵐の化身の正体をもはや隠す事のない龍を前に、一夏は怯むことなく向かい合う。

 

「叩き潰してあげる!!」

 

「……足掻くんだ。全力で、限界まで」

 

 

 

「くだらん」

 

 

 

 それは、遥か高見から撃ち下ろされた。荒れ狂う嵐を打ち抜いて、無数の質量弾が戦域一帯に降り注ぐ。虹色のエフェクトを纏って無数に降り注ぐ質量弾は、敵味方の区別無く、平等に破壊を振りまいた。海面が砕け、雲が吹き飛び、雷鳴が引きちぎられる。掃射が終わったとき、そこにあったはずの嵐は霧散して、唯の曇天が広がっていた。その中央に、食い破られたような夜天を除かせて。

 

「……っ……」

 

「鈴?! なんで、俺を……?!」

 

 その月光の下、鈴は、まるで一夏をかばうような姿勢で、ブレードを盾にして構えていた。甲龍には、無数の弾痕というよりも、食いちぎられたような破損個所が無数。瞬間的にシールドバリアの負荷を突破してきた威力の分だけで、重装甲のはずの甲龍の装甲はぼろぼろにされていた。だが、彼女は損傷にかまわず、背後にかばった一夏が無事なのを確認して息をはくと、きっと天空を見上げた。

 

 雲が消し去られた空は、闇一色。その中で、欠けた月が煌々と輝く。その黄金の輝きに、重なる陰が一つ。

 

 甲龍すら上回る、鈍重さすら感じる漆黒重装甲。まるで指のように束ねられた、両サイドの大口径連想砲に、全身に隈無く口開いたスラスターノズル。生身の部分をほとんど見せない、異形ともいえる全身装甲スタイル。

 

 生命をほとんど感じさせないその鉄の異形の中にあって、唯一除くのは、その中央部に露出した口元だけ。だが、鋼鉄の中にあって、そここそが非人間性を醸し出す。歪につり上げられた口元に重なる感情は、無関心、冷徹、侮蔑……そして、喜悦。

 

 それは、嘲笑だった。

 

 

 

 

 

 全ての信念を嘲笑する、絶望仕掛けの機械人形<ゴーレム>、襲来。

 

 




ちなみに作中のヘル・ハウンドさんは、名前ぐらいしか登場してなかった当時の状態でプロットを組んだのでこんな扱いになりました。なんていうか、アンカーフォース改二つぶら下げてるかんじです。危険物!
地味に彼女の存在、多数の陰謀に絡んでるんで変更きかなかったのですよねぇ……。それならいっそ別の完全オリジナルにすればよかったかもしれません。

地味なんて言わせないぐらい甲龍さんが相対的に強くなったらゴーレムさんはそれ以上でした、というオチ。

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