極東の騎士と乙女   作:SIS

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これにてストックは全部です。
次回からは、理想郷と同時進行、かな。


code:23 虎は風を、竜は雲を

 

 

 

 

「……やっぱ、変な奴だよね。織斑一夏って」

 

 すっかり日の落ちたIS学園の特別室。そこに軟禁同様の状態で閉じこめられている少女は、ひっそりと呟いた。

 

 彼女以外に誰も声を聞くものなんていないはずなのに、まるで誰かに聞こえてしまうのをおそれているかのような、小さな響き。

 

「あーあ。怒られるか、憎まれるかすると思ってたんだけどなあ」

 

 ぼすん、とその小さな体を、ベッドに横たえる。ベッドはよく手入れされていて、彼女が軽く小柄である事を差し引いても弾力と反発は申し分ないものだった。

 

「……嫌ってくれたら、楽だったのに」

 

 少女……鈴は、手にした携帯電話をぎゅ、と胸元で握りしめて、壁際の時計を見上げた。

 

 携帯電話のディスプレイには、一通の着信が示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜のIS学園。

 

 基本的に、IS学園は夜になり、消灯されると保安の問題上、全ての通路、施設は閉鎖される。物理的な遮断こそされないものの、全ての通路は常にセンサーで監視されており、例え学園の教師であったとしても無断で行き来する事はできないようになっている。IS学園のたたされる立場を考えれば、教師とて油断できない存在である事に変わりはないからだ。

 

 そんなIS学園の夜の廊下を、物音一つたてずにあるく陰があった。

 

「…………」

 

 リノリウムの床面を、音一つたてずに滑るように歩く、何者か。道中には、それこそ蜘蛛の巣のようにセンサーの不可視な光源が存在するはずだが、しかし影はその全てをいっさい気にしないかのように早足で歩を進めていく。その堂々っぷりからは、まるでごく当然、とでもいうべき有り様が見て取れ、たまたまその影を目にした学生達は許可を受けているのだと思いこみ、気にする事無く部屋の中に戻る。だが、見る者が見ればわかるだろう。センサーは影を認識しつつも黙認しているのではなく、不可解にその認識をねじ曲げられていたという事に。

 

 影はやがて一切のトラブルに遭遇する事なく、その目的地にたどり着く。そこは、女子寮の一角にもうけられた特別区画。

 

 織斑一夏の、部屋。

 

 そっと影が扉に手をのばす。その指先が、合成樹脂で形作られたドアノブにふれるかふれないかの位置で、迷うようにしばし、止まる。

 

 これに触れれば、もう戻れない。彼ら彼女と、もう笑いあう事は許されない。

 

 だけど、それがどうしたというのだ。

 

 もとより、あの笑顔は、優しさは、自分にむけられるべきではなかった。

 

 そして、影はゆっくりと扉を押し開いた。

 

 織斑一夏の部屋には、今二人の人間が在籍しているはず。だがその一人は、事故による重傷で入院している。よって、今この部屋にいるのはたった一人。主である織斑一夏その人、そのはずである。

 

 そして影はみた。

 

 締め切られ、電気も消された室内。廊下から差し込む闇夜の薄明かりに、うっすらと浮かびあがる人影が部屋の中央にある事に。

 

 きぃ、とうっすらと音をたてて扉が開け放たれる。ゆらゆらと揺れる扉で蝋燭の火のように揺らめく差し込む光の中で、影と影が静かに見つめ合う。かたや燐光を背にして。かたや燐光に向かい合って。

 

 二人……鳳鈴音と、織斑一夏は、お互いの立つ世界に、毒づいた。

 

「結局、こうなるんだな」

 

「そう。結局、こうなるのよ」

 

 正座の状態で待ち受けていた一夏は、傍らにおいていた待機状態の打鉄・白式に手をのばす。向き合う鈴は、あきらめたように笑って待機状態の甲龍に撫でるように触れる。

 

「ねえ。いつから、気がついてたの? どうして気がついたの?」

 

「お前が……俺の知ってる鈴じゃないって気がついたのは、直感だ。理屈とかはそっから後付けで組み立てた。……お前が鈴じゃないなら、そういう事だろう?」

 

「何それ、根拠になってないじゃない。何それ、ほんと」

 

「……全くだよ」

 

 しばし、古くからの旧友とかわすように笑いあって。

 

 そして。

 

「じゃあ、いいよね。……アンタ、一緒に来てもらうわ。私のために、あの子のために」

 

「……先輩をやったのはその為か?」

 

「うん。あの人が張り付いてたら、どうしようもないからね。あ、でも殺そうと思ったわけじゃないよ? 本国からは隙を見て殺せ、って言われてたけど、殺すほどの相手じゃないでしょう? 手元狂って、ちょっと焦ったけど」

 

「なんで、こんな回りくどい手を使ったんだ」

 

「回りくどいも何も、貴方が昔誘拐されかけた事で、IS関係者への人権保護は徹底しててね。最低でも貴方の自主意識がないと、うちの国へ招けないもの。強奪なんかしてみなさいよ、数時間後には死肉に群がるハイエナの群れに骨まで貪られちゃうわ、本国が」

 

 それじゃさすがに困っちゃうわ、と笑う鈴は、歪んだ三日月のような笑みを浮かべていた。ひきつったような、肉を裂いたような、狂気すらまじる笑み。ここに来て、一夏もようやく、本当にようやく、事実を受け入れるに至った。

 

 そう。全ては茶番。

 

 何年も昔に離ればなれになった幼なじみが、国家代表候補生という立場になって学園にやってきて、二人は数年ぶりの再会と約束を果たす……そんなのは、誰かが意図した紙芝居。

 

 再会した幼なじみは唯の張りぼて。織斑一夏を郷愁と思い出で縛り、引きずりこむ為の蜘蛛の巣の糸。誰かが影から、一夏と鈴の思い出と約束を弄んで描き出した、悪意の物語。

 

 だが、それならそれで疑惑はある。

 

 気がついて、受け入れた今、あまりにも大きい違和感が疑問となって一夏の胸にあふれ出した。

 

「そっちの意味じゃない。なんで、鈴そっくりの偽物まで作って、それも国家代表候補生なんて怪しんでください、と言わんばかりの設定でお前を送り込んできたんだ。……いや、そもそもなんで、俺の友達に入り込むなんて真似を」

 

「こっちにも、いろんな考えがあったのよ。あんたを直接、なんてのは最終手段もよいところ。もっと、何段階も考えがあって、それらに備えた結果が、私っていう存在なのよ。最も、なんでそんな最終手段を、いきなり切ったかなんて、私なんかが知るよしもないけど」

 

「……そうか」

 

 そっけない一夏の口調。だが、それは秘めた激情の裏返し。解放すれば自らも焼き尽くしかねない激情を押さえ込んだ為の、冷静さだ。

 

「鈴は。本当の鈴は、どうしてる」

 

 そう。詰まるところ、一夏の最大の関心事は、その一つだ。中国政府が、あえて鈴本人ではなく、そのそっくりさんを送り込んできたのか。その最も明快な理由がある。

 

 つまり。鈴本人は既に亡く。だからこその、よくにた偽物を送り込んできたというもの……。

 

 もしそうならば、一夏はこれ以上自分を押さえておける自信がなかった。しかしそれは、あっさりと事の本人に否定される。

 

「それは保証するわ。今現在において、鳳鈴音の生命は完全に保証されているわ。少なくとも中国政府は、貴方が彼女に関心を持つ限り、その生命を保証する。……彼女は、うちの上にとってジョーカーであると同時に、アキレス腱でもあるからね。自覚してるか怪しいところだけど」

 

「そうか。それを聞いてちょっと安心した」

 

「安心されたら困るんだけどねー。いっておくけど、人質っぽい感じなのは変わらないんだけど? 貴方が来てくれないと、彼女ずっと今のままだから」

 

「うん、そりゃまあ、困るが……じゃあ、君は? 鈴そっくりの君は、なんなんだ?」

 

 当然といえば、当然の疑問。そして同時に、答えてもらえるとは思えない疑問ではあったが……しかし、一夏の前に立つ”鈴音”は、どちらかというと肯定的な苦笑を浮かべた。

 

「それを聞いちゃう? こっちも答える訳にはいかないの、わかってるでしょ?」

 

「そりゃあ、まあな」

 

 お互いに苦笑する。一夏は正座を解いてあぐらで楽な姿勢で居住まいを変え、鈴音もちょこん、と腰をおろしてそんな一夏と同じ目線の高さで苦笑する。そこに、身柄をねらわれている要人と、要人を脅しに来た脅迫者の関係は見て取れない。何故なのか。

 

 要人が、いまいち自分自身の重要性を理解していないのか。脅迫者が、フランクで明るく、要人の立場に理解を示しているからなのか。そうではない。

 

 二人は、理解しているのだ。どうしようもないという事を。要人と脅迫者の意志なんか置き去りにして、どこか遠くで動いている意志が、この場を作り出したことを。そしてきっと、自分たちはそんなものがなければ、わかりあえたであろう事を。

 

 だからこそ。二人は相容れない。お互いの望みではないにしろ、この場で、この瞬間、決断するのは自分自身だから。

 

 ひとしきり、笑いあって。

 

「来て貰うわ、織斑一夏」

 

「断固、お断りする」

 

 一筋の電光が、IS学園の一角で弾けた。

 

 

 

 

 

 

「何事だ」

 

 深夜のIS学園中央制御室。24時間、常にフル回転しているそこは、例え深夜であっても喧噪が絶えない。なにせこのIS学園の勤務者はほとんど女性、三人よれば姦しいというだけあって、学園のシステム管理の傍らつねにお喋りが繰り広げられているからだ。だとしても、今、この空間を満たしている喧噪は賑やかにすぎた。

 

 何故なら、今この瞬間、IS学園は始まって以来の異常事態に見回れていたのだから。

 

「駄目です、不正アクセス、遮断できません!!」

 

「学園の自動防御システムが勝手に立ち上げられてます……この設定だと、学園に対して自爆攻撃を行う可能性が!」

 

「アクセス元は特定できないのか!? 駄目なら物理的に基盤を破壊させろ! 夜番の教師を動かせ!」

 

「駄目です、学園のセーフティが勝手に動いて隔壁を……! ISの武装でもリミッターつきでは、核融合路三機からなる学園の電磁防御壁を破るのはたやすいことではありません!」

 

「今からリミッターオフ申請したところで明日になってしまう! くっそ! 何がどうなってる!!」

 

 オペレーター達の怒号が響きわたる中、その中央で腕を組んで状況を見渡す女傑が一人。学園の防衛を一手に担う、織斑千冬その人だ。彼女は顎に手をやってひとしきり塾考すると、手近にいたオペレーターに話しかけた。

 

「……つまり。どうなっている?」

 

「はっ。132秒前に、IS学園のシステムがハッキングを受け、一部の機能を掌握されました。アクセス元は現在不明ですが、どうやら外部からではなく内部から、直接基盤を通して接続されたようです。可能性としては、学園の設備に使われている基盤に物理的バックドアが存在していたものとして対応しています」

 

「つまり?」

 

「防御策及びハッキングの遮断は現在も行っていますが、根本的な対策としては該当する基盤そのものを破壊するほかありません。ですが、現在学園の防衛設備が最大レベルで暴走しており、通路に電磁障壁を展開した隔壁がおり、対空防御システムが学園の敷地内に攻撃を開始しています。幸い、生徒達は定時連絡で全員寮内に生命反応を確認していますので巻き込まれる危険性はありませんが、武装教師の対応に影響がでています」

 

「把握した。……IS学園防衛部隊総司令の名において、代表候補生どもへの強制的な出撃を命じる。総出で隔壁を突破、問題の基盤を破壊しろ。……東方!」

 

「はっ」

 

「物理的な基盤破壊はこちらで引き受ける。そちらはなんとかシステム的に事態の鎮静を試みろ」

 

「了解しました」

 

 千冬の指示に、オペレーター達が次々と己の仕事に没頭していく。例え千冬自信は電子戦に無知であっても、明確な指示を与えられたことでオオペレーター達の動きはにわかにまとまったものとなった。無秩序な騒乱が、制御されたものへと戻っていくのを見やって、千冬はなんでもない事かのように、傍らのオペレーターに訪ねる。

 

「……織斑一夏の状態は?」

 

「現在は確認がとれませんが、最終所在地は寮の自室です。彼は賢明な人柄ですから、この状況で外にでる愚は犯さないかと。また、この状況では襲撃者がいたとしても身動きはとれないかと」

 

「憶測は危険だ。可能な限り迅速に所在を確認しろ」

 

「はっ」

 

 頷いて、仕事に戻るオペレーター。そんな彼女を見やりながら、千冬はいらだったようにパンプスを慣らしながら、自らに与えられた席へと戻る。

 

 見上げた先、天井一面に敷き詰められたモニターは、いずれも砂嵐のようなノイズに覆われ、外界の状況を映し出してはいなかった。

 

「……っ!!」

 

 ぎり、と食いしばった歯が、硬質なひびきをあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 曳光弾の光が、シャワーのように舞い上がっている。

 

 その実体を知らなければ、見入ってしまいそうな幻想的な光景。だが、その輝きは数百発の弾丸の間に仕込まれているという事をしっていては、とても近づく気にはなれないだろう。

 

 そんな物騒なシャワーの下、荒れる海面を眼下に見下ろしながら、織斑一夏は空を舞う。夜天は暗雲に覆われ、月光ではなく雷鳴が照らし出す世界は、まるで悪夢の夜のように現実感がなかった。

 

「おいおい……今日は快晴じゃなかったのか」

 

 毒づいてみるが、いつもの調子がでない。それを自覚して滅入りそうになりながらも、一夏はセンサーの導きに従って、遙か上空を見上げた。

 

 その視線の先。雷鳴に一瞬だけ照らし出された機影が、残像のように眼にやきつく。

 

 曲面を帯びた装甲。球体を核とする特徴的なアンロックユニット。まるで中華の武将を思わせる、攻撃的かつ恣意的なデザインの装飾。そして最も印象に残るのは、その手に握られた巨大な刀。そして分厚い装甲に守られ、その中央で鋭い眼光を放つ少女の姿。

 

 中国代表候補生、鳳鈴音……を名乗る、何者か。その愛機にして、謎に満ちた第三世代型IS、甲龍。

 

「……全く。できすぎたシチュエーションだな。龍に暗雲か。これで虎がいたら完璧だったんだが」

 

「あら、中国のことわざなのによく知ってるわね」

 

「まあな。といっても知識の出典はゲームなんだが……竜虎って何かと比較されるし、サブカルチャーじゃその手の知識、意外とはいってくるんだぜ?」

 

「呆れた。なんでもかんでもモエだのなんだの取り込むのって、ほんと日本って変わってるのね」

 

「お褒めに与り光栄ってな」

 

「誉めてないわよ。で」

 

 じゃきん、と鈴の手の中で、刃渡り2mはあろうかという巨大な中華刀の形状をした熱単分子ブレード……双天牙月が軽やかにまわった。雷鳴を照り返して異様な輝きを帯びるそれを双翼の構えで広げ、鈴が一夏に微笑みかける。

 

 嘲りの嗤いだった。

 

「間合いの計りは、大丈夫?」

 

「っ!」

 

 言葉と同時に、一瞬で間合いを積めた鈴の連続切りが、一夏と打鉄に襲いかかった。

 

「く、うっ!?」

 

 とっさに背後に急加速……したいのを堪えて、上体を反らす。その鼻先を、唸りをあげて双天牙月の刃先がかすめて通り過ぎ……ついで、反対側の刃が飛び上がるようにして繰り出される。目測ではギリギリ届かない間合い、しかし鈴は巧みに手の中で柄を滑らせ、にわかにブレードの間合いをのばしてきた。トリッキーな攻撃の間合いの変化、されど予想していた一夏はブレードではじき返す。

 

 だがあまりに圧倒的なパワーの差に、機体が砲弾のように吹き飛ばされた。その打鉄に、驚異的な加速で一瞬にして背後に回り込んだ鈴の追撃を、スラスター全開の急制動で回避する。推進機関の凄まじい量の火花が甲龍に浴びせかけられるが、鈴はまったく意に介した様子もなく、感心したように眼を細めた。

 

「あら、よくよけるわね? あまりない形の武器だから、間合いを見切るのって難しいと思ったんだけど」

 

「柄を滑らせておいてよくいう……!」

 

 反論と同時に、ブレードで切りかかる。が、それを当然予想していた鈴は片手でその一撃をあっさりと受け止め……互いのブレードの交差地点を軸に一瞬で半歩踏み込んで旋回。一夏が反応する暇もあればこそ、鉄槌のようにたたき込まれる裏拳が強かに打鉄を打ちのめした。その破壊力に、一夏が予想外の衝撃と共に吹き飛ばされ、呼気を苦痛とともに漏らした。

 

「がっ!?」

 

「単純打撃だからって甘くみない方がいいわよ? 甲龍のパワーから繰り出される一撃一撃は、近接武器のそれと何ら変わらない。……シールドバリアの強度レベル、もっとあげた方がいいんじゃない? それだと、エネルギーは節約できるけど、先に中身がへばっちゃうわよ」

 

「く……!」

 

 まるで指導するかのように語りかけながら、容赦なく追撃を重ねる鈴。なんとか体勢を立て直し防御する一夏だったが、甲龍のパワーはあまりにも圧倒的で、打鉄ではとうてい対抗しきれない。

 

 それに、ここに来て一夏はある事を理解しつつあった。それはすなわち、甲龍の攻撃は、斬撃ではなく打撃に近いという事。それはすなわち、シールドバリアを抜けてくる衝撃の質が違うという事だ。

 

 これまでの戦いで学んだように、シールドバリアはいわゆる、無力化する攻撃のラインが存在する。それを通せば機体に致命的な損傷を与えるであろう攻撃は完全に防御するが、しかし一方でそうではない衝撃はほぼそのまま通してしまう。これはシールドバリアのエネルギーの無駄な浪費を避けるために必要な仕様で、ISオペレーターが肉体を鍛えるのも、この衝撃に耐えるため、という側面があるのは言うまでもない。だが、この素通りしてくる衝撃も一通りではない。

 

 一夏が今まで浴びてきた攻撃は、銃撃に斬撃が中心だった。それらは、速度に重きを置いた攻撃方法であり、分厚い装甲でカバーされている打鉄にとっては、抜けてくる衝撃もさらに装甲で緩和できるため大きな苦痛を感じることはなかった。レーザーにおいては言うまでもない。

 

 だが、この甲龍の繰り出す一撃一撃は、速度も凄まじいがそれ以上に、質量と出力にものを言わせたものだ。まるで体の芯に響くような重い衝撃の質は、コンピューターによって導き出された総運動エネルギー量が同じであっても、一夏の肉体への拡散の仕方、影響の及ぼし方がまるで違う。装甲があっても、それごと吹き飛ばすかのような重い打撃が、一夏から体力を奪いつつあった。

 

「簪からベクトル操作についてもっと学んでおけばよかったぜ……くそっ!」

 

 ISの本来のスペックを考えれば、打撃と斬撃の質の差も恐らくはカバー可能であり、あの技術者としての能力に恵まれた友人なら恐らく問題なく対応できた。その事に思い当たりつつも、しかし今の一夏には何もできない。

 

 ならば。

 

 この身に宿った、もはや陽炎のように薄らいでしまった武の覚え。それで対抗するしかない。だが、戦国時代を発祥とする篠ノ之流は、残念ながら鈍器への対抗策はほとんどない。そういった武器が、日本では発達しなかったからだ。あるとすれば、斬馬刀や、槍の振り下ろしといった長物への受け流し、その応用であたるしかない。

 

 手段に思い当たれば覚悟も決まる。一夏は順手に構えていたブレードを逆手に構え直し、眼前に迫る双天牙月へと刃を会わせた。衝撃を、刀身のしなりに併せて逃がすようにして受け流す、そのつもりだった。

 

「甘いよ!」

 

 そんな一夏を、あざ笑うような鈴の勝ち鬨。そして、会わせた刃に返ってきたのは、異様な感触だった。まるで、ハンドミキサーのふたを押さえ込んでいるかのような、小刻みな振動。眼を見開いた一夏は、二つの刃がかみ合ってる部分あら凄まじい火花が飛び散っているのを目の当たりにして、二重の意味で驚愕を新たにする。

 

 理由はすぐにわかった。巨大な相手の曲刀……その刃先が、細かくふるえているのだ。正しくは、その刃にそって配置された無数の細かいブレードが、高速で蠕動している。

 

 そう。双天牙月は、”単分子”ブレードだ。言葉通りに分子の振り分け作用によって万物を分解・切断するのではなく、あくまでチェーンソーのような刃によって対象を粉砕するものだが、それでも対物破壊効果は絶大。ただの超硬度ブレードが、真正面から打ち合えるはずもない。先ほどまでは、激突した瞬間に強烈な反作用で一瞬ではじかれていたが、今回はその衝撃を受け流して刃同士がかみ合ってしまっている。結果、無数の牙が、一夏のブレードをかみ砕かんと歯を噛み合わせたのだ。

 

「しま……っ」

 

 一夏が己の浅慮を後悔する暇もあればこそ。

 

 直後、これまで激戦を共にしてきたブレードは半ばからかみ砕かれ、飛び散る破片の向こう側から振り抜かれた大型ブレードの一撃が、強かに一夏と打鉄を捕らえ、打ちのめした。

 


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