極東の騎士と乙女   作:SIS

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 唐突な話だが、IS学園は日本時間で運営が行われている。

 

 主な出資者が日本なのだからある意味当然なのだが、IS学園がぷかぷかと浮いているのは日本から遠く離れた太平洋沖合である事が多い。よって、その状況で日本時間を貫こうとするといろいろと不具合があったりするものなのだが、それでも一日24時間、月火水木金土日のサイクルは決して崩れることはない。

 

 つまりは、日曜日があれば、必ずその翌日に月曜日がやってくるのである。

 

 そして、IS学園はあくまで学園。清く正しい学生生活を送る多くの女子達は、時間にあわせてきっちりと学園に登校を開始していた。

 

「おはよー」

 

「おっはよー」

 

「おはこんにちばんわ」

 

「○×△◇」

 

「☆◇◎♪」

 

「ザキバズゲゲル」

 

 主に日本語でかわされる挨拶の中に、それぞれ出身国のものと思わしき挨拶がまじる、国際色豊かなIS学園の朝。その中に、この学園唯一の男である織斑一夏と、その友人一同の姿も当然のようにあった。

 

「……つっこみてえ。毎度毎度思うんだがすげーつっこみてえ」

 

「一夏、一夏。気持ちは分かるが、ちょっと落ち着け」

 

「だってよ、どうかんがえてもネット上の投稿者挨拶だとか、そもそもあいさつでもないのが混じってるだろあれ!? ていうか、なんでそんな言葉知ってるんだよ!? ここ、世界中から集められたISエリートが集まるんだろ、なあ?! なんであんなに日本のサブカルチャーに詳しいんだよ、毎朝の事だけど! そもそも最初の頃こんなんじゃなかったろう!?」

 

 一夏の言うとおりである。確かに、入学最初の頃、正確に言えば数週間ほど前まで、IS学園の朝は無数の国際言語が入り乱れる様はまさに言語サラダボウルで。耳を澄ませば、あらゆる言語が聞こえてくるその喧噪を、決して一夏は嫌いでは無かった。

 

 が、授業が進む中で、IS学園内部での共通言語である日本語になれてきたのか、授業の外でも段々と日本語での会話、挨拶が増えていき。気がつけばごらんの有様である。

 

「それはしょうがない。日本語と日本について学ぶ以上、日本のサブカルチャーについて詳しくなるのは当然の事。結果、純粋培養の女子生徒が汚染されるのもやむを得ない展開」

 

「汚染って、汚染っつったな簪」

 

「……日本のサブカルチャーは世界一。汚染ではなく感化。喜ぶべき事」

 

「…………」

 

 頭痛をこらえるように頭に手をあてる一夏。彼の記憶が正しければ、今隣を歩いているこの眼鏡の少女は日本代表候補生という人材だったはずなのだが、時折それがものすごく怪しくなる。というよりも、時折ちらちらとマニアックな話題を出してくるのだが、もしかして彼女はそういうアレなのだろうか、と一夏は判断しかねて頭痛を覚えた。

 

 ちなみに実際の所、だろうか、ではなく簪は日本のサブカルチャーにはどっぷり浸かっている人間である。そして、一夏と同じくそういったものに縁のなかったはずの箒が、簪とのつきあいを通してどんどんそっち側に染め上げられている事に、今現在一夏は気がついていなかった。もし自分が知らない間に幼なじみまでもがあっち側の人間になってしまっていた事に気がついたとき、果たして一夏はどういう反応をするのだろうか。

 

 と、そこで一夏はある重大な事に気がついた。気がついてしまった。

 

「……おいまて。もしかして、セシリアもそうだったりしないよな?」

 

「?」

 

 得体の知れない悪寒を覚えながらも問いかけた一夏の問いに、先を歩いていたブロンド美人……セシリアが首を傾げながら振り返る。そのいつもと変わらぬ優雅な態度にちょっと癒しを感じながら、一夏がおそるおそる訪ねる。

 

「いや、さ。セシリアも日本語ぺらぺらだけど、別に日本のサブカルチャーにどっぷり、って訳じゃ、ないよな?」

 

「どっぷりもなにも、私の日本語は全部本国にいた頃に習ったものですし……そもそもこっちに来てからもやる事がたくさんありまして。残念ながら、そういった事について学ぶ時間がなかなか」

 

「そ、そうか」

 

 なにが安心なのか自分でもよくわからないがとにかく安堵する一夏。そんな彼に、セシリアは悪戯っぽくほほえむとさらりと爆弾を投下する。

 

「ところで、日本ではお兄さまの呼び方がなんでも12通りあるそうですが、一夏さんはどれがお好みですか?」

 

「………………どこで?」

 

「教官から教えていただいたのです」

 

「さいですか」

 

 セシリア・オルコット、お前もか。とばかりにげっそりとうなだれる一夏。そんな彼を間に挟んで、三人の少女はきゃいきゃいと姦しい。

 

 その数歩後ろを、いつも通りにメイド服に身を包んだ響子と、その友人二人があきれたような、苦笑いのような笑みを張り付けて追従していた。

 

「……いやあ、なんかおもっきし身に覚えがあるなあ」

 

「そうですね。私も昔は清らかだったのを思い出します」

 

「一緒にしないで。私は今もあんな文化に興味はないわ。そもそもなによ、今年の一年はまじめだとちょっと感心してたのに」

 

 いらっとしたような響子。そんな彼女に苦笑しながらも、友人二人は諫めにかかる。はたからみれば短気にすぎる響子だが、友人から見ればそうでもないらしい。

 

「しょうがないって、入学時にテロがあって、その上IS学園の戦闘モードにそこから数週間の戒厳令だ。なれない緊張感で抑圧されてたのがようやく緩んできて、羽目をはずすのもしょうがないだろう?」

 

「私も同意見ですわ。響子さんはもう少しゆとりを持つべきかと存じます」

 

「……ふん」

 

「だいたいさあ。響子も人の事いえるわけ?」

 

「え?」

 

 全く想定していなかったつっこみを受けて、響子が珍しく、本当に珍しくきょとんと目を丸くする。そんな彼女に苦笑しながら、葵は彼女の着るエプロンドレスというか、メイド服を指さした。

 

「話題になっていますよ? 二年に、メイド服を常時装備している本物がいるって」

 

「……な」

 

 しばしの沈黙の後、響子の顔が真っ赤に染まった。羞恥ではなく、激怒に、だが。爆発の予兆を感じ取って距離をとる友人二人を凶悪な視線でにらみつけながら、響子は地獄のそこから絞り出した怨霊の呻き声のような口調で苦言を呈した。

 

「私だって好き好んでこんな服着てる訳じゃない……!!」

 

「わーってるって。けど、事情を知らない他人から見ればそう見えるってこった」

 

「ぎぎぎぎ……!」

 

「おー、怖。そいじゃ、私たちはここで失礼させてもらうよ。スタコラサッサ、と」

 

「あらほいさっさー、ですわ」

 

「おいこら、ちょっとまちなさい二人とも……」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぎを起こして走り去る二年生三人組。姦しい、というには、最後尾のメイドの放つオーラの尋常なさが凶悪ではあったが。しかし遠目からみればそんな彼女たちの姿は、やっぱり周囲とそんなに変わらないのだった。

 

 IS学園。非常時はともかく、平常時は割と普通、いやかなり緩めの、やっぱり学園なのだった。

 

 

 

 とはいえ。やはりその特殊性故、IS学園だからこそ、のイベントも目白押しな訳で。教室に一夏達がたどり着くと、そこはある話題で持ちきりだった。

 

 机の横に鞄をひっかけながら、中央掲示板にのっていたというその情報を、一夏はオウム返しのようにつぶやいた。

 

「……クラス対抗戦?」

 

「そ。クラス代表によるトーナメント戦。ついにこの時がやってきたという訳なのですよ」

 

 そういってにこにこ楽しそうに笑うクラスメイト。一夏はそんな彼女から視線をはずして、セシリアの方を見やる。

 

 早速、複数の女子生徒に囲まれていた。なんだか彼女たちにあがめられて決めポーズなんかしている。

 

 視線を戻し、クラスメイトと談話に戻る。なんか二人増えていた。

 

「つまりは、こないだ決めたクラス代表同士でやりあうって事か?」

 

「そうそう。それでね、ちょいと偵察してきたんだけど、やっぱうちのクラスが俄然有利だよね、って事なのさ、やっぱり! つまり、優勝者とそのクラスに与えられる特権は私たちのものって事なのさ! だからとりあえず織斑君はなにが欲しいかなって」

 

「いやいや、気が早いって。それに特権って?」

 

「いろいろあるのさー。学食のタダ食券にレジャー施設の無料券とか」

 

「食券で、頼む」

 

「え? で、でもほかにも最新ゲーム機の部屋への配備とか訓練施設優先使用権利とかいろいろ……」

 

「食券、で、頼む」

 

「わ、わかった……」

 

 妙な迫力を放つ一夏に、コクコク頷く女子生徒。織斑家の主夫として家計を管理していた一夏にとって、学食しか存在しないIS学園の食事環境は悩みの種だった。自炊しようにも、そもそも本国からヘリだのなんだので輸送しているIS学園内の物価は高いので、節約するならむしろ学食を利用しなければならないのだ。ちなみに、一夏はむしろ国からお金をもらっている立場だったりするのだが、その事に彼はまだ思い当たっていなかった。

 

 ただ、むきになっても仕方ないことであり。コホン、と咳をついて仕切り直した一夏は、だけどさ、と女子生徒に切り出した。

 

「だけどさ、今から優勝を前提に考えるのはおかしくないか? ほかのクラスの代表だって強敵だろうし……」

 

「ふっふーん。何か忘れてない、織斑君? 今年の一年でね、専用機もちで代表になったのはたったの二人! 一人はオルコットさん、もう一人は更識さん。で、どっちも織斑君の知り合いだけど、ならばわかるよね?」

 

「……あー。専用機っつっても、開発中だから使用できない……」

 

 そう。篠ノ之箒の友人、更識簪の愛機……となる予定の打鉄弐式は、現在開発途中の未完成品である。ちょこちょこと小耳に挟んだ感じでは、基本フレームは完成しスラスター類の取り付けと調整に入ってるらしいのだが、当然、戦闘に耐えられるレベルではない。よって、使用不可能。ならば当然、代用品の打鉄でトーナメントに出てくるのだろうけども、量産品、それも第二世代であのセシリア・オルコットのブルー・ティアーズに勝てるとは思えない。なんせ、あのクラス代表決定戦でのデータを元にさらに強化されたという話ではあるし、いくら簪の腕がよくても限度があるというものだろう。

 

「そう、そしてほかのクラス代表はみんなノン専用機! 打鉄とかラファール・リヴァイヴあたりをひっぱりだしてくるだろうけど、そんなのでセシリアさんとブルー・ティアーズに太刀打ちできないのは証明済みだもんね! なんせレーザー対策を万全にしてきた響子先輩を正面から撃破しちゃったんだもん!」

 

「そうそう。実際、ほかのクラスも一位じゃなくて、どうやって二位に収まるかの話をしているみたいだし。こりゃー、もう優勝はきまったようなものなのですよー」

 

「ふーん……」

 

 確かに、それなら気が早い、ともいえない話である。ここでセシリアがアドバンテージに油断するような事があれば話は別だが、相手が格下だからと油断するような人間ではない事は短いつきあいでもよくわかっている。それなら、確かに、このクラスの優勝は決まったようなものである。

 

 だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念。その情報、遅いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 その声。その響きに、一夏の思考が停止する。

 

 木偶のように振り返る。果たしてその視線の先、クラス入り口の扉に小さな人影がよりかかっていた。

 

 カスタムメイドされたIS学園の制服。黒いツインテールに、標準を下回る小柄な体。

 

 クラス中の視線が、彼女に集中する。その視線の熱量をものともせずに、彼女は悪戯っぽくほほえみながら、一夏に語りかけた。

 

「2クラスの代表はつい先日、私がつとめる事にかわったわ。この、中華人民共和国代表候補生、凰鈴音がね。……久しぶり、一夏」

 

「……鈴? 鈴なのか……?」

 

 強気の視線に、戸惑ったように問い返す一夏。二人の間に漂う妙な雰囲気に、クラスがざわめき出す。

 

 突然の再会。数年ぶりの幼なじみとの再会。

 

 確かに覚えている。確かに知っている。彼の知る、鈴音と同じ笑み、同じ声。年月のフィルターを重ねたらこうなるであろう、彼女の姿。

 

 それはうれしい事のはずだ。篠ノ之箒と同じく、再会をどこかあきらめていた友人との再会、分かちがたい血の絆にもにた友情の形が、思わぬ形で彼の前に再び現れたのだから。

 

 

 

 だが。

 

 織斑一夏の心に去来するのは、混乱と違和感ばかりだった。

 

 その意味もわからず、一夏はただ幼なじみの顔を見つめるばかり。鈴はそんな一夏の態度に不思議そうに首を傾げたが、始業五分前を告げるチャイムが鳴り響いた事でその時間も終わりを告げる。

 

「じゃあね、一夏。また、後で」

 

 華咲くような笑みを残して、黒い髪が尾を引いた。数年ぶりの再会、その情熱の残滓も感じさせない軽やかなステップで鈴が踵を返す。そんな彼女の背中に思わず一夏は手を延ばしかけ、しかし思いとどまったようにとりやめる。そんな彼を遠巻きにクラスメイトは不思議そうに見ていたが、やがてその疑問も授業を前にしたざわめきの中に消えていく。

 

 その流れの中に戻りながら、一夏は拭えない違和感に、喉を押さえて思い悩むのだった。

 

「…………鈴?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………なんだかやっかいなことになってる気がする」

 

「奇遇ですわね、私も同じ気持ちです」

 

 一方で。蚊帳の外に取り残された若干二名が、複雑な気持ちで事態を静観していたのだが、一夏はその事にさっぱり気がつかなかった。

 


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