極東の騎士と乙女   作:SIS

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これにて、セシリア・ウォルコット編終了。


code:18 極東の兄妹

 

 

 

 

 クラス代表決定戦は終了した。

 

 参加した四人の戦士によるタッグマッチを制したのは、イギリスからやってきた代表候補生であるセシリア・オルコット。

 

 決して番狂わせではない。それこそ対戦が発表されたときから予想されていた、その一点においてのみは予定調和といってもいい結果だ。だが、彼女が勝者に至るまでに繰り広げられた戦いは、決して予定調和などではない。四人の戦士が己の持ちうるすべてを吐き出した、まさに決戦。その熾烈な戦いにおいて、劣るものなど誰もいなかった。予想を超えて大健闘を見せつけた箒、慣性支配機動という国家代表レベルの超絶義を見せつけた響子、歴戦の戦士すら戦慄する閃きを見せた織斑一夏。そのすべてを越えて勝者となったセシリアを、予定調和と呼ぶものなどいない。呼べるはずもない。彼女は、己の実力で、信念で、勝者という杯をつかみ取った、祝福されるべき戦士だ。

 

 だから生徒達は戦いに望んだ四人の名を称え、大会が終わってもなおさめやらぬ熱を持て余し、互いの熱を交換しあっていた。いずれは私も、と。

 

「セシリアさんすごかったねー」

 

「響子さんも負けてなかったわよ」

 

「織斑さんもなかなかだったと思うよー」

 

 そこにあるのは、純粋な賞賛。いずれ戦いの場にたつものとして、彼女たちにとってあの戦いは、目指すべき、神聖で尊いもの。いずれは自らの足で立つべき華やかなる舞台に、少女達は思いを寄せる。

 

 そこに、不純な感情の入り込む余地などない。あの四人の、削れ飛び散った魂の輝きを疑うものなどいない。同じ戦いの痛み、高見を目指す畏怖と苦痛を知る者だからこそ。

 

 

 

 

 

 だから。

 

 何時の世も、戦士の誇りと輝きを汚すのは、痛みを知らぬ者である。

 

 

 

 

 

「セシリア・オルコットの国家代表候補の取り消しを要求する!」

 

 英国IS円卓会議。

 

 IS技術が流出した後に、女王によって極秘裏に開催されたISに関する事項を決定する秘密会議。

 

 その場では、先の代表決定戦の内容について、ある意見が飛び交っていた。

 

 すなわり。セシリア・オルコットの代表候補生という肩書きを継続するか、否かである。

 

 そして否定派を主導する、中年の男性議員はいかめしい顔を子供が泣きそうな感じにゆがめて、怒鳴るわけではないが場によく通る低い声で主張を続ける。

 

「先のIS学園における代表決定戦における、セシリア・オルコット女子の戦い、及び戦果は醜態にすぎる。代表候補生が、たかが二年生と、まだISに乗って数ヶ月も立たない素人に追いつめられるなどあってはならないことだ! 我が国の沽券に関わる!」

 

 つまりはそういうことだ。

 

 セシリア・オルコットは先の模擬戦に勝利した。だが、模擬戦前に一夏がいっていたように、彼女は勝利して当然、苦戦すら論外の立場である。故に、模擬戦において素人とたかが二年生相手に苦戦を強いられ、辛勝をかろうじてもぎとった形になったことについて、批判が飛ぶのもある意味当然だった。

 

 だが、それは結果のみをみたのなら、の話である。その戦いの課程に目をむけたのならば、否定ばかりが出てくるはずもない。中年議員に反論するように、円卓を囲む銀色の髪をもった初老の女性が挙手をした。

 

「いささか、それは極端な意見ではないでしょうか、ミスター・オセロット」

 

「極端とは何かね、ミス・テレジア」

 

「あの戦闘は、ミス・オルコットにとって、余りにもアンフェアであったと私には考えられるのですが。むしろ、彼女は国家代表候補生の肩書きに恥じぬ働きをしたと思いますが?」

 

「あんなボロボロのうす汚れた機体を全国にさらしておいてかね? ブルー・ティアーズの名が聞いてあきれる。あれではまるでシンデレラ(灰かぶり姫)ではないかね」

 

 女性議員の反論を、鼻で笑う中年議員。その挑発的な態度に、ざわ、と円卓を囲む議員達がざわめく。中年議員もそうだが、初老の女性議員もまた、大きな派閥のトップに近い立場におり、そして二つの派閥はいうなれば対立する立場にある。突如始まった二つの派閥の論争に、戸惑ったように議員達は自らの囲む円卓、その一角に目を向ける。

 

 その視線の先。

 

 そこには、明らかな異空間が広がっていた。

 

 

 

 

 

 純金を溶かし込んだような金色の髪。絹のような輝きを持った白い肌。瞳は宝石をはめ込んだかのような透き通る碧眼。どこか表情に乏しい口元に、ついと浮かぶつまらなさそうな、しかし蠱惑的な笑み。纏う白い礼服は彼女をぶかぶかと包み込んでいるようで、その実、まるで着慣れたジャケットのように着こなされている。無垢な少女の純粋さと、策謀に微笑む魔性の同居した、危険な香りのする少女が、そこにいた。ただ座るだけで、周囲の空気は浄化され、光は透き通り、そして相対する者に強烈な”ここにいてはいけない”という恐怖を呼び起こすような、そんな絶対的なオーラ。そんな化け物が、円卓の一角に座っている。

 

 円卓とは、本来参加する者が皆平等であることを示すためのものである。だが、そこに座る人物は、そのまとうオーラ、内に透けて見える覇気ともよべるものが、明らかに別格だった。まるで、兎の群の中に佇む獅子の如く。平等を示すはずの円卓が、かの存在を飾りたてる為にあるようだ。

 

 それも、当然かもしれない。

 

 彼女の名は、テレサ。エリザベス四世第一王女の名を持つ……イギリスの、現王女である。僅か齢14にして、両親から直々に政治の場にたつ権利を譲られ一つの国を支配し、臣下に”上”であると知らしめる、確実に歴史に名を残すだろうといわれる傑物。

 

 おそらくは、この場で起きているであろうもめ事など、彼女が一言口を開けば霧散してしまうだろう。議員達も、それを期待して彼女に視線を寄せる。その中には、本来この場をとりまとめるべき首相の顔すらもある。

 

 だが、しかし。

 

「…………」

 

 臣下の視線を一切かまうことなく、テレサはつまらなさそうに視線を泳がせた。その視線とかち合うことをおそれた議員達が自分から目をそらし、ややあって王女への視線の集中は霧散した。どうやら、王女はこの場の諍いに介入するつもりはなく、その間にも二つの陣営の討論は過激かしていった。

 

「そもそもだね。BTミサイルはまだ国際発表もしていない秘匿兵器だ。その虎の子を、たかが模擬戦で使ってしまったことはどう弁明するのかね?」

 

「あらあら。その模擬戦にそなえて実弾兵器の搭載を申請してきたセシリア・オルコットの意見を封じたのはどこのどなたでしたかしら?」

 

「ふん。にも関わらず勝手に実弾兵器を搭載していたではないか。たかが家柄だけの小娘が国家代表候補生など語るのなら、たかがレーザー対策程度」

 

「兵器の相性もわからない人間が、国防に携わるなどおかしな話。たまには本を開いて勉強なさっては?」

 

「貴様……」

 

 中年議員が、唸るような声をもらして女性議員をにらみつける。それを涼しい顔で受け流す女性議員。円卓会議の場に、似つかわしくない空気が流れる。

 

 そこにきて、ようやく王女が動いた。

 

「……遅い」

 

 つぶやいたのは一言だけ。それも、意味もとれない発言に、その場にいた議員達がそろって目を向ける。それは、言い争っていた二人も同じ。

 

 その言葉の意味がわかったのは、その直後のこと。

 

 ばあん、と扉をこじ開けて、颯爽と会議室に入ってくる何者か。円卓会議の最中に乱入してくるという珍事に加え、ここは地下数百メートルの地下シェルターでもある。そんな場所に突如現れた人影に、そろって議員達が目を丸くする。

 

 集中する視線。それをその人物は全く意に介することなく、つかつかと円卓へと歩み寄る。そして、自らにあてがわれた席……13番目の空白の席に躊躇なく腰をおろした。

 

「はあい、お待たせ」

 

 そして肩にかかった金の髪を払い、彼女……シェリー・アビントンは不適に微笑んで見せた。その余裕綽々の態度、悪くいえば傲岸不遜な登場に、会議の場がざわめく。

 

 イギリス現国家代表の出現に、初老の女性は薄くほほえみ、中年議員は親の敵を目の当たりにしたように眉をよせた。一目でわかる反応の違いだが、シェリーにとってはその実、どちらもどうでもよい存在だ。結局、他人を食い物にして自分の欲求を満たすことしか考えていない。

 

 さっそく、中年議員がかみつくようにして敵意を飛ばしてくる。それを、シェリーは舌なめずりするような心境で受けて立った。実のところ、今の彼女はとてつもなく、機嫌が悪い。それを知らずに、威圧するように中年議員は口を開いた。

 

「……会議に遅れてくるとは、常識知らずにもほどがないかね、アビントン君」

 

「あら、失礼しました。ちょっと制圧に時間がかかりましたもので……まあ、元々間に合うはずのなかったスケジュール、間に合っただけでもよろしいと思わなくて?」

 

 手を優雅に組み、目を細めて中年議員を見つめるシェリー。その視線は、どちらかというと獲物に狙いを定め、どうやって刈り取ってやろうかと考える狩猟者の目だ。当然、殺す殺したに縁のない中年議員は、その”本物”の敵意に、ひるんだようにたたずまいをなおした。その向かい、シェリーに好意的な態度をみせていた女性議員も、おそれるようにして背をただす。

 

 所詮、奸計を巡らすことしかできない者達。後ろで考えを巡らす事はできても、こうして直接意志をぶつけ合う事になれていない者達。彼らは思っている、戦うことしかできないものなど、自分たちの操り人形でしかないのだと。

 

 シェリーは笑う。

 

 侮り、結構な事だ。侮蔑、結構な事だ。

 

 その緩慢、果たして頚に牙を突き立てられてもなお、抱えていられるものか、見物だ。

 

「まあ、なかなか面白いイベントではありましたよ。反IS体勢気質のテログループの殲滅、それもIS抜きでなんて、そうそう体験できるものじゃない」

 

「そ、それは当然だろう……ISは、軍事転用が国際IS管理法によって決定されて……」

 

「おまけに、ねらったように狙撃手が盛りだくさん。いやあ、まるで、誰かを狙い撃ちにしたかったみたいですよねえ、本当。ま、練度はそこそこでしたがまあ一線を越えてないのばっかりでしたけどね」

 

「…………ふ、ふん。おまえ相手に狙撃戦を挑もうなど、そいつらも酔狂なことだったな」

 

「ええ。本当に、酔狂なことで」

 

 にたり、と微笑む。血の滴るような笑みを浮かべて、シェリーは意気揚々と”狩り”を始めた。

 

 何せ、わざわざ会議に遅れるのを覚悟で、各所から情報を回収してきたのだ。結局感情論でしかないセシリア排斥論など、どうともできる。どうともできる、が今後同じような不愉快な事がおきないよう、徹底的に見せしめにする必要はある。

 

 この後、哀れな中年議員がどんな目にあったか、それを描写する必要性はおそらくない。

 

 ただ、王女がこっそりと「ほどほどにしておきなさいよ」とでも言いたげにため息をついた事には、その場ではシェリーの他には気がつくことのない出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 一方、IS学園。

 

 本国で行われていた会議はあくまで極秘。自信の進退の行く末を知ることができないセシリアは、あえて今はその事を頭から閉め出して振る舞っていた。

 

 なにせ、せっかく。

 

 そう、せっかく、同年代の少女達と、楽しい時間を過ごせるのだから。

 

「セシリアさん、クラス代表決定、おーめでとー!!」

 

「おめでとー!!」

 

 学園の第四食堂。決して狭くないその場所を借り切って、クラス全員によるパーティーが行われていた。

 

 名目は、「祝! セシリア・オルコットさんクラス代表決定!!」である。そもそもこのクラスのそれも必ず一人は選出すべき委員を、内輪もめみたいな形で決めたのだから祝うも何もないのだが、しかしそこは楽しいこと大好きな華の女子学生。こんな絶好の騒ぐネタを逃すはずもなかった。テーブルには所狭しとジュースとお菓子が並べられ、貸し切りの食堂にはきゃいきゃいさわぐ女子生徒の列。本来ならたしなめる立場の千冬と山田もこれは黙認したのか、もはや女子生徒達の姦しさはリミッターなしに盛り上がり続けるばかりである。そして、セシリアはちょっとなじみのない空気に取り残されて戸惑うばかりだった。

 

「えー、それでは本日の勝利者、セシリアさん。ただいまの気分をどうぞー?」

 

「え? あ、ええと……その、どうしても?」

 

「どうしても!」

 

 マイクを押しつけてくるクラスメイトに、苦笑するセシリア。いわゆるお貴族様な生活をしていたセシリアには、この手の陽気なおしつけはちょっと縁がない。困り切って周囲を見渡しても、クラスメイトの期待する視線があるだけ。弱ったあげくに仕方なく、セシリアはマイクを手に取った。

 

 それに、悪い気はしない。そう、悪い気はしないのだ。

 

「……コホン。どうもみなさん、本日は私、セシリア・オルコットの為にこのような場を開いていただき、大変感謝しております。みなさまのご期待に答えられるよう、これからも粉骨砕身、精進していきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします」

 

「堅いよーセシリアさーん」

 

「そうそう、もちょっとフランクに!」

 

「そういわれましても……」

 

 割と思いつく限りフランクにふるまった挨拶に帰ってきた野次に、ちょっと困るセシリア。特に、悪意がこれっぽちもこもってない野次など、彼女の経験上初めてのことだ。

 

 困り切って、セシリアは視線を泳がせて救援を求めた。具体的にいえば、本日激闘を繰り広げた相棒の女剣士と、この学園唯一の男子生徒を。

 

「……あら?」

 

 しかし、女子生徒の群の中にその姿を見いだす事は出来ず。とまどったセシリアはそのまま、取り囲む女子生徒にしっちゃかめっちゃかな歓待を受ける事になったのだった。

 

 

 

 同時刻。

 

 食堂から繋がるベランダの一角にて。

 

 沈みゆく夕日。その黄昏の色に染まりながら、遠く海をみやる一夏の姿があった。

 

「……ふう、風が気持ちいい……」

 

 制服の胸元を開いて、海から吹き寄せる潮風を受ける一夏。その隣では、ぐってりとベランダに垂れ下がる箒と、彼女を介抱する簪の姿。

 

「…………た、体力には自信があったんだが……」

 

「燃料のある十代女子は危険。……私自身、十代だけど」

 

「ていうか、みんな俺が男だって事忘れてね? 遠慮容赦なくひっついてきやがって……これが女社会の恐怖という奴か……」

 

「不潔」

 

 

「不潔」

 

「なんでだよ!?」

 

 がーっ、と吠える一夏に、ぐってりとしたまま、しかしおかしそうにくすくすと笑う箒と簪。女子二人にやりこめられて、一夏は不機嫌そうにベランダの手すりに体を預けた。

 

 窓ガラスを挟んだ向こう側では、相も変わらず姦しいパーティー会場。こっちは潮風が吹き寄せ日の沈みかけたベランダ。ただし、一夏達がこっちにいるのはあくまでも自分の意志だ。テンションあがりきったクラスメイトの狂乱についてこれず、早々に撤退を決め込んだのである。バックれたともいう。無論、後に残されるセシリアがどうなるかわかりきっていたが、そこはそれ。誰しも自分はかわいいのである。

 

「……ま、オルコットさんだし、大丈夫だろ」

 

「だな、大丈夫だ」

 

「そうね、大丈夫よ」

 

 三人顔を見合わせて、へらへらと笑う。そこには、不思議な連帯感があった。

 

 思えば変な話ではある。箒と一夏は元々幼なじみだが、簪とはこの学園にきて二人とも初めてであった友人で、特に一夏は箒を間に挟んでの関係でしかない。それなのに、まるで何年もつきあった友人のような、一夏からすれば実家の近所の弾と蘭の兄妹や、中国に帰ってしまった鈴に感じていたような壁のない親近感を感じる。

 

 お互いに死力を尽くして戦いあった事で生まれた、一体感とでもいうべきものだろうか。簪とは直接顔を併せて刃をつきつけあった訳ではないが、それでも簪は箒の後ろで一夏と対峙し、一夏はそれを受けて立った。方法に違いはあれど、二人が信念をかけて戦ったという事実はゆるがない。

 

 どっちにしろ、悪くない。悪くはないと、一夏はさわやかな風に頬をゆるめながら思った。

 

「ま、これからはオルコットさんが代表な訳だし、がんばって盛り上げていこうぜ」

 

「うむ、そうだな」

 

「……私からみたら、結構な強敵なのだけど」

 

「ああ、そっか。更識さんって別のクラスだったけか。いやあ、つっかり馴染んじまったからつい」

 

「……まあ、いいけど」

 

 つい、と顔を背ける簪。やっちまったかと頭を所在なさげにかく一夏の後ろで、箒はくすくすと笑いを押し殺した。近いようで少し距離のある、ぎこちなくも穏やかな時間。箒は、こんな時間がある事が夢のように思えた。幼なじみと、友人と、みんなでそろって他愛もない話をする。それはずっと、夢見てしかしあきらめてきた幻想のはずだった。それが今、ここにある。それがなんだか、無性におかしかった。

 

「まあいいわ。箒さんを手助けするのはこれからも変わりないし」

 

「そうか。……その、なんだ。ありがとう、簪」

 

「……別に」

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私も助けてくださってもよかったのではないのかしら?」

 

 

 

 

 

 場が凍り付いた。

 

 ひきつった笑顔を浮かべて、ギギギッ、とさび付いた歯車のようなぎこちない動きで食堂の方へ振り返る一夏一行。

 

 果たして、振り返った先にいたのは、予想通りの人物だった。

 

「うふふふふ。みなさまのお気持ちはしっかりと聞かせていただきましたわ。……けど、ならばちょっとぐらい、手助けしてくださってもよかったのではないかしら?」

 

 うふ、と笑みを浮かべて小首を傾げるのは、金の髪と青い瞳、イギリス国家代表候補生にしてクラス代表委員のセシリア・オルコット。そのほほえみは、清楚でありながら華やか。しかしその裏に、凍り付くような意志の高ぶりを感じとって、その場にいる三人がじり、と足裏で足ずさった。

 

「あ。いや、その……なんだほら。クラス委員としての最初のお仕事をじゃましちゃ悪いだろう?」

 

「最初のお仕事?」

 

「クラスのみんなとの親睦というか……その、な?」

 

「…………うふふふ、一夏さん、腕もさることながら口も達者でいらっしゃいますのね?」

 

「いやその……おい、箒、更識さん、人を楯にするな」

 

「…………いや、その」

 

 

「な、なんだ一夏、男だろう!? こういう時は、前にたって楯になるのが仕事だろう!」

 

「こんな場合に男も女もあるかっ」

 

「…………ふぅ」

 

 ぎゃいぎゃいと気がつけば姦しく騒ぎ立てている三人。セシリアはそんな三人をしばらく凍てつくような視線で見つめていたが、そのうちばからしくなってきたのかため息一つで氷の笑顔を崩した。一転して、苦笑じみた笑みを浮かべて、一夏に語りかけた。

 

「まあ、それはともかく。試合での戦いぶり、お見事でした」

 

「あ、いや。結局負けちまったけどな」

 

 勝者であるセシリアにほめられて、一夏がどこか困ったように笑う。そんな彼にセシリアは柔らかいほほえみを向けて、窘めるように続けた。

 

「…………結果に勝る課程がある。あなたの戦いは、そういうものでした。誰ももはや、貴方を只のモルモットだの、レアケースだの、表立っていう事はないでしょう。もっと貴方は誇るべきです。貴方は言葉通りに、己の居場所、存在意義を、このIS学園に刻み込んだのですから」

 

「……オルコットさんにそういわれると、なんかくすぐったいな。でもありがとう、そういわれたからには、ちょっとは考えないとだめだな」

 

「セシリア」

 

「え?」

 

「セシリア、と呼んでくださいませ、織斑さん。貴方にはそう呼んでいただきたいと思いますわ」

 

「……その? どういう事でしょうか」

 

 何故か丁寧語っぽくなる一夏。後ろでぎりぎりと彼の腕を握りしめている箒の存在とか、絶対零度の半眼で見下してくる簪とか、気になる事はいっぱいあったがいくらなんでもセシリアの発言はいきなりすぎる。まさか、あの模擬戦での奮戦を称えて、という訳でもないだろう。

 

「おかしな話ではありませんわ。だって、兄妹の間でいつまでも、オルコット、だなんて他人行儀な呼び方をされるのは、少々堅苦しいですもの」

 

「は」

 

 今度こそ完全に思考の止まる一夏。そんな彼に、セシリアはここ一番で最高の笑みを浮かべて、囁くように爆弾を落とした。

 

「私の師は、イギリス国家代表シェリー・アビントン。つまり貴方と私は、兄妹弟子という事になりますわね」

 

「………………え? シェリー師匠の? え?」

 

「そういう訳ですから、これからよろしくお願いしますね。お・兄・様?」

 

 たん、と床を蹴るようにして、ターン&ステップ。

 

 硬直した三人組を背後に、そそくさと食堂にイン。まるで恥ずかしがって退避するようなセシリアらしくない落ち着きのない態度だったが、残念ながらそれを気にする余裕なんて爆弾を投下された側にはなく。

 

 

 

 直後、三者三様の混乱と驚愕を乗せた声が、IS学園に響きわたるのだった。

 


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