極東の騎士と乙女   作:SIS

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ちなみに、ブラックナイフのイメージ元は、マブラヴオルタネイティブに搭乗するアメリカ産戦術機F-18/E通称スーパーホーネットだったりします。
ご存知の方はちょっとイメージしていただけると脳内保管しやすいかもしれません。ただ、ISは一般的なアーマード少女と比較して装甲部分が極端に少ないので逆に駄目かもしれませんが……。あくまでああいう感じのイメージを受けるシルエットをもった機体、みたいに考慮していただけると助かります。


code:15 Burning your Heart!!

 

 

 

 

 そして、時は満ちた。

 

「さあ、いよいよこの時がやって参りました!! これより、IS学園主催特別イベント、クラス代表決定戦を開始しま~す! 実況はこの私、IS学園放送部部長、柏木小梅ちゃんが勤めさせていただきま~す!!」

 

 宣言とともに、学園中のスクリーンに映像がともる。

 

 映し出されたのは、どこかの会議室のような映像。そこには大きなテーブルと、ニコニコと笑顔のショートカットの少女に、その隣にむっつりと押し黙って席につく教師の姿。

 

「さらに、解説はなんと! 我が学園の誇る鋼鉄の鉄拳、織斑千冬先生と、五月雨吹雪先生が努めてくださいます! おそらくみなさまには説明の必要もないでしょうが、織斑先生は今回タッグバトルに参加するうちの一人、織斑一夏君の実姉でありまして、同時にISにおいては数少ないヴァルキリーの称号、『ブリュンヒルデ』を所有する世界最強の一人であります! また、五月雨先生もまた、かつて日本代表候補生として代表の座を織斑先生と競った中でありまして、やはり屈指の実力者! まずはお二人方、一言どうぞ!」

 

「一年の教師代表を勤めている織斑だ。今回はなにやら大げさな話になってしまったが……柏木。何故お前が実況をやってる。確か、山田先生がその役だったはずだが」

 

「譲っていただきました♪ いや、なんか顔真っ青でとても実況できそうな状態ではなかったですし。ドクターストップという事で」

 

「……これが一応、国際的な公式試合であるのをわかっているのかあいつは!」

 

「だからじゃないですかねえ。まあ、一応この放送は外には通信されてませんし、気軽にいきましょうよ気軽に」

 

「当たり前だ、これが外に放送されるようだったら世も末……こほん。まあその話はおいておくか」

 

「ですねー」

 

「……五月雨です。山田先生の事はまあ気の毒だとは思いますが。しかし、一年の最初にいきなり試合とは織斑先生も思い切った事をしますね。しかも、弟さんのお相手はあのセシリアさんでしょう? だいぶん、不利なのでは?」

 

「だからその隣に村上をつけた。奴の実力はよく知っているだろう?」

 

「ええ。無愛想で訓練バカですが、人間的にも能力的にも問題はないですね。彼女ならそのうち日本代表も夢ではないでしょう。まあ、そのためにはあと一皮剥ける必要がありそうですけども。まあ幸い、今回の試合はそのきっかけにはなりそうですね」

 

「ええとここで一年生の皆様方に解説いたしますと、村上響子は二年一般入試組のトップガンちゃんであります! 搭乗機はアメリカ製第二世代、ブラックナイフ。高級量産機とされ、IS学園では最強の量産機であるラファール・リヴァイブよりも配備数の少ないレア機体に優先的に乗る事を許された、エース中のエース! その実力は国家代表候補生にも勝るとも劣らない! そんな人とタッグをくんだ織斑君ですが……一方で、セシリアさんと組んでる篠ノ之箒……彼女はどんな人ですか?」

 

「それは私も興味がありますね。どうなのでしょう、織斑先生」

 

「まあ、ドのつく素人だな。実力的には、織斑一夏にもおよばんだろう。……一週間前のあいつならな」

 

「つまり、今は違うと?」

 

「さあ。それは試合が始まってみなければわからん」

 

「つまり期待のホープなのかジョーカーなのかまだ未定、と。これは試合が楽しみになってきました。いよいよあと数分で試合が始まります。その前に、学園内の部活から新入生へのCMをどうぞ!」

 

 

 

 

 

 

「好き勝手やってるなあ……」

 

「気にしない。どこも新入生確保に必死」

 

 放送を受信しながらぼやく一夏に、こちらも放送を聞いていたのか響子が三つ編みを風になびかせながら返す。だが彼女の興味はとっくに放送からそれていたようで、響子は念入りに空間ウィンドウを展開してのセルフチェックに余念がない。

 

「それよりも、システム確認はしっかりしておいて。試合でいざって時に動かなければ困る」

 

「それはわかってます。……にしても、いつの間に作ったんですか、こんな装備」

 

 そういって、一夏はその装備……打鉄の両肩と脚部、そして手にした盾に増設された装備を見下ろした。外見上はミサイルポッドのように見えるそれは、響子のブラックナイフにも搭載されている。これが言うなれば、響子の用意した対セシリア用の切り札、という事はさきほど聞かされていたが、しかしあくまでISパイロットとしての訓練が中心であるはずの彼女がいつの間にこんな物を作れるだけの技術を手に入れたのか。

 

「別に私で全部作った訳じゃない。整備課の友人に頼んだ」

 

「ああ、なるほど」

 

 当然といえば当然の簡潔な答えに、納得する一夏。そんな彼を横目でちらりとだけ見て、響子は船の出撃ハッチを解放させる。

 

 薄暗い庫内に、一筋の鮮烈な閃光が差す。やがて光は段々と光量をまし、やがてどこまでも広がる水平線と、無限に広がる蒼穹がその姿を見せた。久しぶりに嗅ぐ新鮮な空気の味、海の香りを吸い込んで、一夏は気分を切り替えた。

 

「……いきますか」

 

「ええ」

 

 短いやりとりを最後に、二人そろって宙に浮き上がる。そのまま高度をあげていくと、下で自分達を運んできた船がごぽごぽと海に沈んでいくのが見えた。見た目はふつうの船だったが潜水艦だったらしい。

 

 つくづくここってよくわからない物を配備してるよな、と一夏は嘆息した。

 

 その間にも体は勝手に空を移動し、やがて指定された空域にたどり着く。現在はISのシステムに大会運営側が介入して情報をシャットダウンしているが、この先、数キロ先の空域にもやはり同じようにして待機している存在があるはずである。

 

 対戦相手の、セシリアと箒が。

 

 それを意識して、ごくりと一夏は唾を飲み込んだ。

 

 セシリア・オルコットに宣言したこと。彼女が一夏に宣言したこと。それがどういう訳か、こうして予想よりも早く現実のものとなりつつある。システムデータに眼をやれば、開始まであと数秒といったところだった。

 

「……勝ちましょう」

 

「無論」

 

 そんなやりとりを最後に。

 

 戦いの幕が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 試合が開始した直後。

 

 真っ先に動いたのは、セシリアだった。当然である、彼女の武装、ブルー・ティアーズはまず敵を包囲してからが本番だ。敵が動き出すよりも早く、何より最初にビットを展開、包囲してプレッシャーをかけて動きを封じ、貧弱な本体に用意に近づかせないようにする。それが基本戦術なのだから。それに今回は、すでに奥の手である四つ目の隠しビットを身を持ってしっている人物が敵となる。出し惜しみはせず、最初からすべてのビットを展開する。

 

 対戦相手を探して視線をさまよわせる箒にかまわず、だいたいそのあたりと予想していた位置を取り囲むようにして真っ先にビットをとばす。刹那遅れて、索敵システムが標的の存在を伝えてきて、それを元に位置を再度調整。さらにその情報を僚機である篠ノ之箒に通達。

 

「箒さん!」

 

「あ、ああ。そっちか!」

 

 データで位置を把握したのだろう。あわてて箒が武器……やたらと長い仕様の長刀、特別製か……を構えてセシリアの前、ただし射線を意識してやや下方に陣取る。それを確認して、セシリアは続けて敵に目をやった。

 

 動きはない。ビットにすでに囲まれているにも関わらず、敵は高度を維持したまま滞空している。射撃型であるブラックナイフはもとより、近接型である打鉄もだ。

 

「何のつもりですの……?」

 

 その様子をいぶかしんでセシリアがつぶやく。

 

 予想では、敵チームの動き方を二つ、セシリアは予想していた。一つは、織斑一夏を前衛としてつっこませ、その後ろから村上響子が支援するというごくありきたりなフォーメーションで間合いをつめてくるというもの。この場合、こちらもふつうに箒を前衛に押し出しての戦闘になるが、箒と一夏の技量差を考えた場合やや不利ともいえる。その場合、戦闘の流れ次第では一瞬だけセシリアと箒の火力を弱戦力である一夏に集中させて脱落させ、ニ対一に持ち込む事で勝利するつもりでいた。

 

 もう一つは、逆に響子が突出し一夏がそれを支援するという形で、篠ノ之箒を真っ先に狙ってくるというパターンだ。この場合箒の脱落はほぼ回避不可能であるので、セシリアはビット攻撃で一夏をなんとしても箒の脱落前に撃墜し、続けて響子との一対一で勝利する必要がある。

 

 どちらかといえば明らかに後者の戦術をとられた方が厄介ではあるが、しかし現実はそのどちらでもない。これからどちらかに移行する可能性もあるが、現状では響子・一夏ペアは動かない。

 

 疑問ではあるが、しかし同時にこれはセシリアにとってはチャンスである。相手が動かなければビットによる攻撃もやりやすいし、不確定要素の塊である箒をできれば戦わせたくもないというのが彼女の本音だ。戦意のみなぎっている彼女には悪いが、早々に決着をつけられるならそれに越したことはない。

 

「いきなさい……!」

 

 セシリアの命令を受けて、ビット達が輝く。それらは四筋の閃光を引いて、響子と一夏の纏うISを、光のレイピアで串刺しにする、そのはずだった。

 

 だが。

 

「!?」

 

「レーザーが……!?」

 

 目を見開くセシリア。一瞬、見間違いかと思った思考を、同じくその光景を目の当たりにしたであろう箒の驚愕が打ち消す。ならば、今起きた事は紛れもなく現実だ。

 

 レーザーは確かに放たれた。だが、その交戦は二つのターゲットの数メートル前で、無数の細い閃光に拡散、歪曲を繰り返し、霧のような細い細い光のシャワー……もはや只のまぶしいフラッシュといってもいい物に変化し、ISのシールドバリアによって完全に無害化、防御されていた。

 

 電磁シールドを最大出力にしたとか、そういう次元ではない。レーザーは文字通り、”無力化”されたのだ。

 

「どういう事ですの……?!」

 

 驚愕に目を細めながらも、セシリアは再度、ビット達に攻撃を命じた。だが結果は同じだった。やはりレーザーは二人の前で霧散、無力化されてしまう。

 

 さらにその結果を確認してか、敵二人が動いた。一夏が前に、響子が後ろという前衛後衛のフォーメーションで、こちらに近づいてくる。背後から二機、左右から一機ずつ、ビットを張り付けさせて照射するが、やはり効かない。

 

 その時だった。箒からセシリアに通信が入る。

 

「オルコットさん、簪から解析結果が届いた。あれはレーザー攪乱幕だ!」

 

「アンチレーザー装備……?!」

 

「打鉄……なのか、よくわからんが一夏の機体とブラックナイフになんか増設されてる! あれがたぶん、レーザー着弾前に攪乱幕を展開してるんだ! 闇雲に撃っても通用しない」

 

 言葉を受けて、すぐさまビットのフォーメーションを変える。

 

 レーザー攪乱幕。それは知識にもあるし、実際に経験した事もあった。なにせレーザーは理論的に防御可能なのだから、国際試合で敵が対策してこない筈もない。そして無論、セシリアはその上から敵を破ったこともある。対策への対策も心得ている。

 

 それでも、セシリアは違和感を禁じ得なかった。最初の一撃、事前に蒔いているようには見えなかった。どうやってレーザーの光速に間に合わせたのか。レーザーの照射を確認してからでは遅いはずだ。

 

 疑問はおいておいて、セシリアはビットを操った。背後についていた二つを加速させて、敵の前につかせる。その二つのレーザー出力を調整、一時的にISエネルギーの付与をカット。

 

 レーザー攪乱幕の弱点、というより、BT兵器を相手にした場合の欠点は心得ている。攪乱幕は確かにレーザーを無力化できる……ただし、それがBT兵器か只のレーザー兵器かに関係なく。そして攪乱幕は消耗品だ。無数の金属片とガラス片を用いてレーザーを細かく拡散・分散するそれらは、同時にレーザーの熱量を受けて蒸発・気化し再利用は不可能となる。ならば、照射時間や最大熱量等に優れる通常レーザーをまず照射し、攪乱幕を焼き切ってから本命のBT兵器のレーザーをたたき込むまでの話だ。

 

「いきなさい!」

 

 二機のビットが唸る。照射されたレーザーは、様々な面倒な制約から放たれた超高熱量。それは、まだ残っていた先ほどの攪乱幕の残滓に反射されて無力化されるが、同時にそれを焼き切り、赤い霧に変える。瞬間、セシリアはビットの照射モードを切り替えた。直線のレーザーが広角、そしてその収束範囲を無限に拡大……あらゆるセンサーをつぶす、超高輝度のフラッシュとなった。そのタイミングを逃さず、残った二機のビットが今度は本命のBT兵器版レーザーを放った。

 

 それはかつて、国際試合でBT兵器対策をしてきた敵機を返り討ちにした、必殺のアンチレーザー攪乱幕コンボ。基本的に消耗品である攪乱幕を再展開するタイミングは、たいていの場合ISのセンサーがビットの予備照射を感知したタイミングで行われる。それをさせないために、攪乱幕を無力化するためにつかった通常レーザーの収束率を切り替えた高輝度の閃光で光学センサーを攪乱し、予備照射を感知させない事で再展開を防ぐ。それにより、万全の対策をしてきた筈の敵機は、あえなくブルー・ティアーズの前に撃墜された。

 

 故に、今回もそうなるであろうと、セシリアは信じていた。

 

 だからこそ。

 

 放った本命のレーザーがまたしても攪乱幕によって無効化された事に、驚愕を禁じ得なかった。

 

「うそでしょう……?!」

 

 あり得ない。確かにフラッシュは相手の光学センサーをつぶしていたはずで、そもそもあの輝度の中で微弱な予備照射の閃光を認識するなんて不可能だ。にも関わらず、敵機は本命レーザーの照射を感知してロケット弾を放ち、その爆発によって展開された攪乱幕で本命レーザーを完璧に防御しきっていた。

 

「く……!?」

 

 だが事実は事実。ビット攻撃は、あの二人には通用しない。

 

 とっさにセシリアはFCSを切り替えつつ、レーザーライフルを構える。切り替え完了とともに、それを先頭をいく一夏めがけて撃ちはなった。スターライトMK-Ⅲはビット達と違い、元々からブルー・ティアーズ直通の大容量エネルギーの供給を前提とされる構造を持っており、その解放出力は文字通り桁が違う。ビット数回の照射で焼ききれる程度の攪乱幕には、オーバーキルといってもいい高出力を誇っている。唸りをあげて解放される極太のレーザー……攪乱幕を通じてもなお威力のいくらかをとどめる筈の一撃は、しかし直前で立ちふさがった白い壁によって防がれた。

 

 一夏の打鉄。その機体が装備した巨大な盾だ。それがスターライトMK-Ⅲの膨大な熱量を秘めた一撃を防御している。基本的にシールドバリアによる防護を受けていない筈の実体シールド等、金属をたやすく切断する作業用レーザー以上の出力を持つレーザーライフルの一撃に耐えられるはずがない。だが、盾はレーザーの持つ熱量を受けきり、耐えて見せた。只の金属の固まりにできる芸当ではない、おそらく対レーザーコーティングに加え、あの盾自体に防御用のPIC端末が搭載されていると考えられた。そのPIC制御によって、装甲やレーザーコーティングそのものの分子活動に干渉し、状態変化を妨害したのだ。

 

 さらに、セシリアがレーザーライフルを放ったのを見て取って、一夏達は急速にセシリア陣営との距離を詰めてくる。再びビットに切り替えて包囲攻撃をするような余裕はなく、再びレーザーライフルの引き金を引くが、やはり今度もまた前衛の一夏に防がれてしまう。さらに気がついたこととして、やはり対応が早すぎる。こちらが引き金を引いた直後、レーザーが加速器を通り攻撃力として照射される、その瞬間にはもう相手が行動を起こしているように見える。

 

 さらにそこに、ブラックナイフからの支援射撃。通常のライフルによる射撃がセシリアを遅い、やむなく彼女は回避機動を余儀なくされた。

 

「どうなっていますの……!?」

 

 苛立ちに思わずグチる。確かにこれまでに、対レーザー対策をたててきた相手との経験はあるが、今回はそれとは事情が違いすぎる。相手の不可解な対処の早さ。そのカラクリを見抜かなければ、勝利はない。

 

 銃弾をかいくぐりながら、とにかく考える。だが、今度は一夏も加わっての分厚い弾幕を回避しつつでは、考えもまとまらない。そうこうするうちに、敵チームはまた距離を詰めてくる。やはり、早い。こちらがブルー・ティアーズに打鉄と加速性に特に優れていないコンビに対して、あちらはもともと超高速機動射撃戦を得意とするブラックナイフと、強化された打鉄だ。機動力で大幅に差をつけられているのなら近づかれるまえに可能な限り削っておくのが定石だが、それもままならない。

 

「ええい、面倒な……まだ、距離のあるうちになんとかしなければならないのに……」

 

「オルコットさん!」

 

 いらだつセシリア。そんな彼女を我に返らせたのは、切羽詰まった箒の叫びだった。何事かと彼女に意識を剥けようとしたセシリアも、すぐにその緊張の理由を知った。

 

 一夏の打鉄から、急激に上昇するエネルギー反応。その背中のスラスターが、この距離でもはっきりと見えるほどの光をおびる。直後、それまでとは比較にならない速度で、一気に白い機影がつっこんでくる。打鉄とはとても信じられない速度での強襲に、一瞬セシリアの反応が遅れる。対策が間に合わぬまま、一夏はブラックナイフの支援の元、一気にセシリアチームの懐に入り込み、長刀を閃かせた。

 

 閃光のような太刀筋。避けられない。

 

「くっ……!」

 

 目を見開き、迫り来る刃を見据えるセシリア。ブルー・ティアーズのシールドバリアの近接攻撃耐性は高くない。もともとまともな防御力を持たない試作機である以上、腰の入った長刀の一撃を食らえば最悪、一撃でシステムダウンしかねない。それでも、せめて最後まで目をそらすまい、と刃の太刀筋をにらみつけたセシリアは、しかし不意に割って入った影に視界を防がれた。

 

 金属音。

 

「なっ」

 

「ちっ!!」

 

 一夏が、鋭く舌打ちを鳴らす。すぐさま彼が刃を引き、疾風のような連続切りを放つ。だがそれを、”彼女”はセシリアに背を向けたまま、そのすべてに刃をあわせ、はじき返す。さらに傍らにともなっていた実体シールドがふわりと浮かび上がると、遠方からの支援射撃を的確に遮断した。驚きに目を見張り、長刀を下段に構え直す一夏の打鉄を前に、”彼女”……篠ノ之箒、誰もが戦力外と疑わなかった弱い少女は、不敵にほほえんで見せた。

 

「さあ、ここからは私の仕事だ。今日の私は、みなぎっているぞ!」

 

 

 

 

 どういう、ことだ。

 

 その言葉を脳裏だけで再度繰り返しながら、一夏は慎重に刀を下段……防御重視の構えで構え直すと、響子に通信をつないだ。コア・ネットワーク……量子通信を用いたISコア同士の直接通信回路により、たとえ戦闘時であっても明確でクリアな通信を可能とするISの超機能の一つ……を用いた通信にラグはなく、即座に同じく困惑した僚機の意識が伝わってくる。

 

「先輩、今の」

 

「本気で撃ったわ。手加減する理由もない」

 

「……急成長、とか」

 

「漫画やアニメの見過ぎよ。人間、そんな急には変われない。……理屈があるはず。とにかく攻撃を続けて。私はセシリア・オルコットの相手をして時間を稼ぐ」

 

 そこで通信が切れ、ビットの推進音とブラックナイフのスラスター音、そしてアサルトライフルの連続した銃撃音が実音として耳に飛び込んでくる。

 

 一瞬、戻るべきか、という判断が頭をよぎる。打鉄とブラックナイフに搭載された対レーザー防御システム、イージスミストは二機による相互観測が必要だ。あまりお互いが隔絶しているとセンサーが正確に情報を取得できず、防御に穴があく可能性がある。それを考えると、強襲に失敗したこの展開、一度下がるべきだが……。

 

 だが、その思考の一瞬。ほんの刹那、戦闘から一夏の思考がずれたその瞬間、箒の持つ異様な長さの長刀、かの伝説の剣豪のふるった物干し竿を思わせるそれが、盾の防御を抜けて一夏の首もとに延びてきていた。

 

「!!」

 

 とっさにのけぞって刃をかわす。だが箒は柄を握る手を素早く持ち替え、まるで棒術でそうするかのように刃を翻して追撃を放つ。それを今度は盾で受け止め、流し、一夏は反撃の為に踏み込んだ。

 

「悪いが箒、一日の長ありだ!」

 

 箒の持つ物干し竿はその長さ故、一夏の持つ標準サイズの刀ではまともに打ち合えない。だが逆に言えば、標準サイズの刀の間合いでは物干し竿は存分にふるえない。その定説に従い、一夏は物干し竿の間合いに飛び込んで必殺の突きを放った。

 

 だが。

 

「はっ!」

 

 箒の反応、そして対策は異様だった。

 

 物干し竿を握る右手。それとは別に左手をすぐさま柄から離すと、その長い刃の中程を指で挟むようにして持つ。そして手の中で刀を回転させ、一夏の突きに対して真横から打ち込む。

 

 篠ノ之流合戦礼法一の型が一つ、旋風。

 

「ばっ……!?」

 

 バカな、という言葉を叫ぶ無駄を飲み込んで、一夏は打ち込みをはじかれて崩された体勢をさらに崩した。そのまま体をひねるようにして、ねじ曲げられた太刀筋を螺旋状に回転させ、全身をつかった薙ぎを放つ。それは、攻撃をはじいた反動で自らも硬直していた箒には防げないはずの攻撃。だがそれも、寸前で割って入った実体シールドにはじかれて無力化される。

 

 何かがおかしい。

 

 箒が剣術の腕を磨き続けていれば、あの底のしれない篠ノ之流の事、今程度の芸当はしてみせるだろう。だから問題はそれではなく、この、驚異的な対応の早さだ。箒の動きはISにまだ習熟しているとはいいがたい。にも関わらず、この対応速度。まるで、こちらの動きを予想しているかのような……。

 

 その違和感を拭えぬまま、一夏は手にした十字盾をたたきつけ、それもあえなく防がれた。

 

 

 

 

 一方。

 

 一夏の攻撃を悉く防ぎながら、箒はその確かな感触に喜びと興奮を感じていた。

 

「いける! ……いけるぞ!!」

 

 歓喜の言葉を飲み込み、一夏の太刀筋に注目する。

 

 荒削りで力任せで、でも確かに、そこには己と同じ流派の理が流れている、剣術だ。だが理に従いつつも、そのあり方はあくまで本能的、野性的だ。科学と野生の融合、拙いながらもそれをなす太刀は、想像を越えた動きで箒を切り裂かんと迫り来る。

 

 その太刀筋に、重なるように浮かび上がる緑色のライン。現実にそういう物が映し出されているのではなく、あくまで箒の視界に重ねる形で映し出されたそれに従い、箒は刃を構えた。

 

 一太刀目は囮。それを、受けず一歩引いてかわす。

 

 本命はニ太刀目。避けられて泳いでいた太刀が跳ね上がるようにして一夏の元に戻り、体を一回転させての回転切り、と見せかけた盾による強打。それを、実体シールドを重ね合わせて受けきり、盾の後ろから隠れておそってきた太刀をついでにはじく。

 

 まるで、圧倒的な実力差で一夏をねじ伏せてるかのような、蠱惑的な誤解があふれ出しそうになる。そんなことはないのに。

 

「は、はは……なんていえばいいんだろうな、この気持ち……! 私は、私は一夏に勝ってる……!」

 

『落ち着いて、箒さん。気持ちはわからないでもないけど、今は戦って勝つ事だけを考えて。バイタルが乱れている』

 

「ああ……そうだな。今は、私の拘りは置いておく……そういう場面だ……!」

 

 通信で聞こえてきた、簪のなだめるような声。この世界で今は唯一、箒の心情を理解してくれているであろう友人の声に、箒は乱れた心に活をいれて再び正眼に刀を構えた。その視界に、再び表示されるいくつもの緑のライン。その中心には、困惑顔で盾を構える一夏の姿。

 

 実力的にも経験的にも圧倒的に一夏に劣っているはずの箒。その彼女が、一夏に対して圧倒的優位に戦いを運べている理由。それが、この視界に表示されたライン……未来予測線。

 

 それこそが、簪が己の特性をフルに発揮した、”切り札”である。

 

 いくら優れた素養を示したといっても、織斑一夏はまだニュービー、ノービス、素人の域をでない。故に、とれる選択肢やその行動展開は、達人のそれと比べれば予想や予備動作を読みとる事は可能だ。さらに、簪は過去の数回の戦闘記録に加え、箒の過去話、学園内での一夏の行動記録、そして実際に彼とはなしたデータから織斑一夏という個人の人間性をシュミレート、感情の動きまで加えた行動予測データを再現した。さらにそこに、自身の両面二重キーボードという奇っ怪な代物を完全に操る情報処理能力によってリアルタイム補正をかける事により、ほぼ完全に彼の行動を予測する事に成功していた。

 

 さらに予測しているのは一夏だけではない。先ほど支援射撃を防御してみせたように、村上響子の動きもまた、システムは把握している。特に彼女は実戦データが膨大だ。感情の動き、人間の思考という不確定要素を含む予想は確かに困難。だが直接交戦ですらなく、あくまで状況に応じて適切な対処をとる必要のある支援行動なら簡単に予想できる。何せ、相手は”正解”しか選ばないのだから、同じ支援を得意とする簪にとっては手に取るようにその思考が理解できる。

 

 だが、簪は油断しない。あくまで彼女が支配しているのは、織斑一夏の”過去”だ。追いつめられた人間は時に、想像を超えた成長を見せる事があると、簪は数々の参考物件からよく学んでいた。

 

 故に、油断せず彼女は淡々と箒に告げた。

 

『迅速に、的確に。絶対に彼を打ち取れる今この瞬間に……』

 

「ああ。満身も油断もしない。常に背水の覚悟でもって」

 

『「その首、もらい受ける」』

 

 直後。攻勢に回った箒の太刀筋が、一夏の盾と刀の間をすり抜けて、その肩部装甲に深い亀裂を穿った。

 

 

 

 

 

 

「いい言葉ですわね」

 

 その箒の奮戦を、音声だけで把握しながらセシリアはつぶやいた。

 

 先ほどまでの困惑と焦燥はない。その声音は、自室で紅茶をたしなんでいる時のように、至って平穏で静謐だ。

 

 だが、その身にまとう蒼い装甲は無惨なものだった。傷一つなく磨く抜かれていた装甲は所々弾痕を穿たれ、背後に浮かんでいたスラスター類はいくつか重大な損傷を受け、半分機能が停止していた。装甲表面に浮かび上がる電子回路の輝きも、どこか弱々しい。

 

 傷ついているのは、本体だけではなかった。その名の由来となったビット達も、すでに四機中二つが失われ、ビームの檻を形成する事もできず、敵の進行を押さえようと牙を剥くのが精一杯の状態。

 

 それに対して、ブラックナイフにはほとんど損傷がみられなかった。あえていうなら、全身に追加されたビーム攪乱幕搭載ロケットのランチャーが一つ、使い切ったことにより姿を消していることぐらいか。そしてそれは吉報ではない。現状のペースでは、使い切らせる前にブルー・ティアーズが墜ちる。

 

 だが。

 

 セシリア・オルコットが、イギリスの蒼き滴が、このままなにもできずに終わる。そんな事は、彼女の全存在にかけて、あり得なかった。

 

「大体、わかりましたわ。そのカラクリ」

 

 手にしたレーザーライフルをもてあそびながら、く、と体を傾ける。その肌スレスレをかすめていくライフル弾に目もくれず、彼女は少しの距離をおいてにらみ合う黒い猛禽とにらみ合った。

 

 ブラックナイフ……否。真の狩猟者は、その奥に潜む眼孔の主だ。村上響子、IS学園二年におけるトップガンの一人。その真の実力を、セシリアはここにきてようやく把握しつつあった。

 

 思えば、一度倒した相手という事から、無意識に油断していたのかもしれない。その認識が、致命的な隙を生んだ……そう考えることもできる。だがそれ以上に、今の村上響子は、明らかにあの時戦った人物とは様変わりしていた。

 

 当然か、とセシリアは頭を振った。

 

 あの時とは相手の心意気が違う。ただ、納得のいかないもの、気に入らぬものを己の優位を笠に着て弱者を叩き潰す、そんな心づもりのあの時と。己の誇りと矜持を掲げ、力と力の交流に望む戦士の覚悟を刻み込んだ今と。同じであるはずがない。同じであってはならない。

 

 ならば。

 

 このセシリア・オルコットも同じであってはならない。

 

 相手が己のすべてを燃やして挑むのなら。

 

 自らもまた、すべてを燃やして応えるべきだろう。それが、戦いの礼儀というもの。

 

「そのレーザー対策、なるほど。織斑さんとの二機がかりで同期観測する事でセンサー系の感度を強化しているのですね。そして感知しているのは……ISエネルギーそのもの」

 

「…………」

 

 蒼穹にたたずむ猛禽が、ぴくりと銃口をふるわせた。バイザーの奥から照射される敵意の視線が、その鋭さを増す。

 

「もう隠す必要もないですけど。BT兵器はレーザー照射開始からISエネルギーの付与に時間がかかります。……でも、それはISエネルギーの付与の開始がレーザー照射よりも遅いという事ではない。むしろ、限界ぎりぎりまで早くからISエネルギーの充填は始まっている。それに気がついた貴女達は、そのレーザー照射に先行して始まるエネルギー収束を二機がかりで感知、対策する方法を見いだした。それが、貴女達のこの戦いにおける切り札、そして熱意」

 

「……ご明察の通りね。その通り、あの戦闘データを徹底的に解析して、私はBT兵器のその欠点を見いだした。……渡りに船だったわ、今回のタッグバトルは。本来ならその欠点は欠点にならない、あんな微弱なエネルギー反応なんてそれこそ、ガルとサーラ先輩ぐらいしか気がつけないわ。けど、タッグで二機がかりで精密観測を行えば、なんとかなる。それが私達の作り出した、対レーザー防御システム……いや、対ブルー・テイアーズ封殺システム、”イージス・ミスト”」

 

「絶対防御の霧、ですか。大きくでましたわね」

 

「事実よ」

 

 切り捨てるように断言して、響子は己の両手にアサルトライフルを量子変換で出現させた。黒光りするアサルトライフルを両手に広くスタンスをとる姿は、まさに翼を広げた猛禽のようだった。

 

「この霧は、貴女の勝機を塞ぐ霧。明日を奪う帳。この白霧に迷い、私の爪に引き裂かれて……墜ちろ! 蒼き滴!」

 

 ブラックナイフがそのバイザーを銀色に輝かせる。同時に全身の装甲に、夜天の星空のようにきらめく電子の輝き。高稼働モードに移ったブラックナイフを従えて、響子はアサルトライフルを手にセシリアに牙を剥いた。互いの距離は依然遠く、だが射撃戦を得意とする響子には剣の届く間合い。ナイフを剣をふるうように、銃の引き金を鋭く引く。

 

「霧、ですか。うふふ、詩的な例えですわね」

 

 それに対し、セシリアは。

 

 微笑んでいた。場違いとも見える、穏やかな笑み。だが、それをみた響子は得体の知れない怖気に、引ききる寸前の指先を止めていた。恐怖にもにた、寒気。

 

 覚悟、決意、そして敵意。

 

 そう、敵意だ。それは、つまり。セシリア・オルコットというその強大な力を持つ存在が、なりふり構わず、己の存在をかけて村上響子という一個人を抹消にかかったという、その証。

 

「では、私は光となりましょう。深い濃霧を切り裂いて、迷い人に道を示す、灯台の光に」

 

 ふぉん、と光の粉が舞う。大規模な量子変換による大質量物質出現の前兆。今まで一度たりとも見せたことのなに、それこそ国際試合ですら見せなかった札に、響子が目を見開く。その硬直の前に、光を伴ってそれらは姿を表した。

 

 それは、三つの構造体だった。右からみて一つ目は、コード類や放熱システムとおぼしき無数に重なったフィンがむき出しの円筒。二つ目は、むき出しだった配線等をカバーでしっかりと覆いつつも、大型のレンズ型センサー等がゴテゴテと取り付けられ、上部には大型の冷却フィンが大量に取り付けられた銃のようなもの。そして最後は、無地の金属で構成され、スマートな外見を持つもその各部に明確なスラスターノズルらしきものが複数散見される、用途不明の円筒。

 

 一見、使用目的のはっきりしないそれら三つの物体。だが、響子はすぐに気がついた。似ているのだ、それらは。今、セシリア・オルコットの手の中にあるレーザーライフル、スターライトMk-Ⅲに。

 

「……Mk-Ⅲ?」

 

 ぼそり、とつぶやく。

 

 まさか。まさか、あの、浮遊を続ける円筒の正体は、まさか。

 

「以前お話しましたよね、村上さん。この機体……ブルー・ティアーズと名付けられた機体は、新型兵器BT兵器のキャリアーにすぎないと。そして、BT兵器そのものがまだ開発中故、多数のアプローチが行われているという事も。なら」

 

 語るセシリアの手の中、長大なレーザーライフルがふわり、と浮かび上がった。それはまるで見えない糸でつり下げられたかのようにして自律して動き、セシリアの周囲を漂う三つの物体に並んだ。

 

 そう。浮遊している物体は、そのすべてが”スターライト”。試作型のMK-0、実戦を想定して改良を加えたmk-Ⅰ、自律稼働能力を高めて開発されたmk-Ⅱ。そして、全ての結晶たるmk-Ⅲ。

 

 そして、セシリアがいうように。その全ては同時に。

 

「包囲殲滅を至上とするレーザーガン型の欠点である、単発火力の低さ。それをカバーすべく開発が進められていた、レーザーライフル……否、レーザーキャノン型ブルー・ティアーズ。それこそがスターライトシリーズの本当の存在意義。……使用者に負担が大きすぎる故封印していましたが……貴女を倒すには、どうやら私も身を削る必要があるようです」

 

「セシリア・オルコット、貴様……!」

 

「これが私の覚悟! 征きなさい、スターライト!」

 

 セシリアの声に応え、四つの巨大レーザー発振端末が稼働を始める。ゆっくりとその長大な砲身を傾かせ、彼方のブラックナイフをその虚ろな銃口でとらえる。すぐさまその銃口からエネルギーを感知したイージス・ミストが対レーザー攪乱幕を展開すべく、ロケットを射出。ブラックナイフの周囲が細やかな金属質の霧に覆われるが……。

 

「っ!」

 

 とっさに、緊急回避。左半身のスラスターを最大出力で噴射、制御を投げ出しての高出力に殴られたように黒い機影が直角に吹き飛ばされる。その動きを補正しきれず、PICで保持されているはずの霧が機体から剥がれて漂った。

 

 その霧を、何の停滞もなく打ち抜く、レーザーライフルの閃光。まるで薄い和紙を引き裂くように、圧倒的熱量は攪乱幕の許容量をあっという間に飽和させ、蒸気に変えて無力化した。そして急な回避で体勢を崩した響子を狙う、二つ目のレーザー。既に本照射に入っていたそれを、ただでさえ動けない状態のブラックナイフが回避できる道理はない。為すすべもないままにレーザーが放射され、それは攪乱幕ごとブラックナイフの肩部装甲を溶解させた。

 

 直撃ではない。甚大なダメージを受けたが、即死を覚悟した一撃は、しかしブラックナイフを落とすには至らなかった。

 

「……そうか、おまえもか」

 

 拡大された視野の中で、セシリアの瞳を響子はみた。おそらく、あの大型レーザーライフル四機を同時に操作するのは相当な負担がかかるのだろう。彼女は精神集中のあまり目を見開き、眼窩からは血涙がうっすらと筋を描いているのが見える。文字通り、身を削っての攻勢。ならば、それに応えねばならないだろう。

 

 一気に思考が冷却される。状況を、冷静に判断。レーザー攪乱幕はもはや通じない。だが同時に、敵のビットは残り二機、既に包囲攻撃は不可能な状態。敵の新たな武装であるレーザーライフルは、滞空展開しているものの結局は一方向からの射撃。攪乱幕を貫通してくるとはいっても、レーザーの予備照射時間が存在するという欠点はそのままであるし、数も四機とビットより多いわけではない。単に、レーザー攪乱幕が通じなくなっただけで状況はそう変化しているわけではない。むしろ、一方向からしかレーザーが飛んでこないという点では初めて戦ったときより有利な状況だ。

 

 臆する理由は、なにもない。

 

「勝つ……! 絶対に、私は……ブラックナイフと共に!」

 

 失速しかけていた機体全体の運動エネルギーを、PICで丸ごと掌握して制御する。さらに、もはや不要となったイージス・ミストのランチャーを排除、さらに被弾した装甲、レーザー防御を考慮して増設していた追加装甲も全て排除。増設スラスターだけはそのまま残し、本来の機体重量に近い状態まで軽量化。そして、フルブースト。限界以上の速度で加速して、一気にセシリアまで近づく。その間に照射されたレーザーを、一瞬のサイドブースターで回避。

 

 ビットなら追従してくる程度のわずかな軌道変更。だが、大型であるが故かレーザーライフルはその動きに全く対応できない。放たれた二発目ははずれてただ空気を焦がした。さらに試作だからか、放熱フィンから異常な量の蒸気を噴出して動きを止める。どうやら連射もできないらしい。

 

 だが、直撃すれば一撃。いくら操作に異常な負担をかけられているとはいえ、まっすぐつっこんでくる相手を打ち損ねるほどセシリア・オルコットも劣ってはいない。

 

 ならば。

 

「……いくよ」

 

 PICへのエネルギー供給増大。イマジネーションによるPIC制御システムの操作開始。空気対流へ干渉、スラスター最大出力。ISとしてのあらゆる超能力を掌握できる限界まで向上させる。そのブラックナイフの動きに気がついたのか、一気に稼働状態のライフル三機が狙いを定めてくる。レーザー攪乱幕がなくとも、システムが伝えてくるエネルギー反応向上の警報。だが、すぐさま回避機動をとらず、タイミングをはかる。

 

「…………!」

 

 今だ。

 

 瞬間、全スラスターを最大出力。瞬間発生した膨大な量の運動エネルギーを丸ごと掌握し、”その方向をねじ曲げる”。結果、一瞬の停滞もなく、ブラックナイフの機体は直進姿勢のまま、直角にスライドした。そしてその瞬間、1kjの運動エネルギー損失もなく、再び本来の形に運動エネルギーのあり方を戻す。サイドブーストによる機動変更とは違う、一瞬たりともタイムラグのない、完全なる高速で直進しながらの平行移動。ISがISたる慣性制御能力を最大限に発揮した、”慣性支配”。

 

 たかが一学生に使えるはずのない超高等技術。その代償は、鳴り響く頭痛とカバーしきれなかった無茶苦茶なGによる全身の鈍痛。だが、それによってセシリアは完全に出し抜かれた。レーザーライフルはどうみても方向修正の間に合わない明後日を狙い、セシリアも響子の見せた絶技に目を見開いたまま硬直している。その額に輝くセンサーめがけて、響子はアサルトライフルの引き金に手をかけた。

 

 これで。

 

 これで。

 

「終わり……!」

 

 刹那。いくつかの出来事が起きた。

 

 まず、標的を見失っていたはずのレーザーライフルの一つ、MK-Ⅲががすさまじい量の光線を放った。レーザーというよりもその光量はビームといってもよいレベルで、間違いなく本体を使い捨てにする最大出力。

 

 続けて、その隣のMK-Ⅱが、各部に取り付けられたスラスターからガスを噴出し、急旋回を行った。当然、その長大な銃身故回転しきれず、その銃床で隣に浮いていたMk-Ⅲの銃身を強くたたく。それによって、はじかれたようにスターライトMk-Ⅲの銃身が、大きく半回転した。レーザーを最大出力で照射したままで。

 

 手応えも、切られた感覚もなかった。

 

 ただ、静かに。無限に延びる刃となったレーザーは銃身の回転に併せて振り抜かれ、響子のブラックナイフの機体を斜めに横切った。

 

「……え?」

 

 ぽつりとつぶやいた響子の胸元、ISスーツと装甲に赤い線が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間、絶対防御発動を示す紫色のスパークがその視界と、意識を塞いだ。

 

 その最後の瞬間、どこか呆然としたセシリアの顔を目にして、響子は消えゆく意識の中で、最低の負け方ね、と自嘲するように笑った。

 

 

 

 

 

 村上響子、脱落。

 

 




オリジナル登場機体

ブラックナイフ
分類:射撃型
世代:第二世代型
製造元:ノースロック・グラナン
詳細:アメリカが世界に正式に公開した第二世代型にして量産型IS。第一回世界大会からアメリカは射撃性能に特化する事による戦域制圧を思想としたISを製造しており、本機は培ってきたその戦術概念の結晶ともいえる。
後発のラファール・リヴァイヴに総合性能で負けているとはいえ、射撃管制能力はそれを上回っており中距離戦闘においては最強に近い戦闘力を発揮し、エアカウリング装甲をカーボンブレードで縁取る事で装甲自体を近接武器として運用できる事からも近接戦闘でも高い能力を発揮し、どの距離でも高い攻撃力を発揮する。さらに装甲が射撃反動を軽減するアブソーバとしての働きを持つ為、ISのPICに依存する事なく長距離精密射撃も可能であり、大容量の拡張領域を生かして単体で支援射撃から制圧射撃に切り替える事が出来る等と射撃戦闘に関してはほぼ最高の能力を持っている。
だが実際のところ、本気は強奪された真のアメリカ製第二世代”アラクネ”の本体部分を改修したにすぎない機体であり、大容量の拡張領域には本来サブアームとその制御システムが治まっている事を考えれば、到底本来想定されていたスペックを発揮しているともいい難い真実がある。にも関わらずこの姿で公開に踏み切ったのは、すでにアラクネが多数のIS犯罪において目撃されてしまったため、公開する訳にはいかなくなったからである。
流通してる第二世代はラファール・リヴァイヴといい打鉄といい手放しでほめられないのばっかりである。

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