極東の騎士と乙女   作:SIS

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code:14 アフタヌーン・ティー

 

 

 

 その日、IS学園は陽気な活気に包まれていた。

 

 土曜日の午後という、本来は学生達が自由気ままに休日をいそしむ、あるいは訓練や勉強に励んでいる時間帯にも関わらず、殆どの生徒は繁華街や学生寮、学園の教室にはいなかった。代わりに、展望エリアや学内の映像室、あるいは大規模スクリーンを備えたレストランなどといった施設に大勢の生徒が押し寄せ、それぞれが盛んに時計を気にしながらそわそわと何かを待っていた。

 

 何かを待っているのは生徒達だけではない。IS学園の近海、まだ日本領海とされるその海域では、一定範囲を保って日本海上自衛隊のイージス鑑数隻が監視するように巡航し、その上空を無数の報道ヘリが飛び交っている。もっともそれらは招かれざる客のようで、時折海上自衛隊のヘリに追い回されて退散しているが、しばらく立つと押し寄せるように戻ってくる様子はどことなく蜂の群を思わせた。

 

 このように、喧噪に包まれたIS学園とその周辺ではあるが、しかし無理もない事だろう。なにせ、今日行われる戦いは、学園の一行事ではあっても世界の注目する戦いなのだから。

 

 世界にたった一人、ISという超兵器に登場する事を許された男であり織斑一夏、そしてその搭乗機であり世界で初めて”ISが自ら改修を行った”一次移行機体である打鉄の発展機。その情報は変質が起きた当日のうちに爆破テロの報道と共に世界を駆けめぐり、技術者達に大きな衝撃を与えた。男性がISに乗る可能性、ISの更なる自己進化の可能性、貴重なデータの塊ともいえるその存在は、もはや単なる参考物件の域を越えつつある。そんな織斑一夏の、初の公式戦。注目が集まるのも当然ではある。

 

 さらにその対戦相手も大物である。世界に先駆けて第三世代型の概念提唱を行い、技術漏洩によってそのアドバンテージを失いながらもBT兵器という新概念装備を繰り出しIS業界においてその存在を確固たる物とするイギリス。その国家代表候補生であり、これまで数々の公式戦において圧倒的な戦績を納める英国の蒼き滴、ブルー・ティアーズを駆るセシリア・オルコット。これまでの戦闘データの解析から機体そのものの性能は大したことはないと看破されており、その偏った性能からしばしば国際試合において狙われてはその悉くを返り討ちにしてきた、イギリスの若き英雄だ。一部では、あの生ける伝説、シェリー・アビントンの後継者とみる動きすらある。

 

 そんな二人が、それぞれのパートナーを伴ってぶつかり合う。そんな試合に、注目が集まらないはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、盛り上がる会場とは裏腹に、現在海上に進出した整備船の中で開始位置に移動し、準備を整える戦士達は、至って冷静で静かだった。

 

 まずは、東側。織斑一夏サイドの船内では、格納庫内で一夏と響子が最後の打ち合わせを行っているところだった。

 

 ホワイトボードを前に、熱のない声で淡々とマジックを使って連携の確認を行う響子に、それに相づちを打ちながら細部を煮詰めていく一夏。どちらも特別な緊張感はなく、リラックスしているようにさえ見える。

 

「……そういうことだから、BT兵器の切り替え時間はおそらく前回の戦闘時より早いはず。過去データは宛にならないわ」

 

「あっちも進化してるってことか……」

 

「噂だと、イギリス本国で設計中の完成型BT兵器搭載機、”サイレント・ゼフィルス”はそのあたりの問題を完全に克服するそうだから、もしかするとすでにそのデータがフィードバックされてるかもしれない。その場合はプランDをとらざるを得ないけど……まあ、セシリア・オルコットの性格からしていきなり切り札は切ってこないでしょうね。状況に応じて、という事になるかしら」

 

「プランD? そんなの聞いてないけど、具体的にはなにをするんだ?」

 

「特攻よ」

 

「…………りょうかい」

 

 たは、と苦笑いをする一夏に、響子はカチリ、とマジックのふたを閉じた。打ち合わせは終わった。後は試合に備えて精神を落ち着かせる時間だ。その前に、いくつか彼女は個人的に確認しておきたいことがあったが。

 

「ところで、少しいいかしら」

 

「えと。なんですか?」

 

「まず確認しておきたい事が一つ。貴方、その新しい機体……どれぐらい使いこなせる?」

 

 訪ねながら、響子はさっと一夏の纏う見知らぬISに眼を走らせた。基本的には打鉄のそれと似通っている。だが、全身装甲型といってもよいほどに装甲部分が増え、さらに機体各部に何らかの用途でもうけられたスリット……おそらくは補助推進装置か放熱ハッチ……がのぞくその姿は、シルエットだけなら原型機からはほど遠い。話に聞くに優にIS二機分の資材を、丸ごと一機の機体の構成に使っているらしいその姿は、極めてたかい防御力を伺わせる。だが全身装甲が廃れた理由は、その装甲が可動の邪魔になるからだ。さらに打鉄白式に備わっていたアンロック式のスラスターと元々の打鉄に備わっている実体シールドまで浮かせている姿から察するに、機動特性は大きく変化しているはず。さらに、これでもまだ一夏は全装甲を展開していない。今はやぼったいからという理由で格納しているが、この名前のない新しい打鉄はここからさらに上半身を鎧のような装甲で多い、巨大な盾まで装備するのだ。そんな変化した機体を一夏がかつてのように動かせるかどうか、響子には判断できない。

 

 だが、一夏の返事はいたって明るく気楽なものだ。

 

「いえ、問題はないです。むしろ、前より動かしやすくなったぐらいで」

 

「そうなの?」

 

「はい。俺の戦闘データから反映したんじゃないかって技術部の人はいってたんですけど、この装甲、間接の動きに併せて大きく動くんですよ。おかげで、むしろ生身に近い動きができるぐらいで。むしろ装甲は防御力の向上よりも、表面にあちこちくっついたフィンだかスラスターだかを使って機動補助するためにあるんじゃないかって」

 

「防御力重視なのは見た目だけって事?」

 

「んー。防御力も確かにあがっているんですけど……正しくいうなら、より機械的な信用性を重視した結果、アナクロな技術を利用した装備が多く発現した、って事らしいです。一般的なISがSFに出てくるぴっちりした薄い宇宙服なら、今のこいつは現実に使われてるモコモコした宇宙服みたいなもの、って事だ、っていう風に解説されました」

 

「……なるほど。それは頑丈そうね」

 

 うなずきながらも、響子は改めて驚きを感じ得なかった。状況から察するに今の打鉄の姿は、二次移行のようにISが自ら選択して得た姿という事になるらしいが、ISコアというのはそこまで考える事ができるものなのか。それとも今回があまりにも特別なケースなのか。二次移行という、I自身による進化現象は何件も報告されているが、その多くはより先鋭的、かつよくわからない基準を元にしたもので、射撃型が格闘型になったり支援型が攻撃型になったりとパイロットの性格、適正をガン無視したものも多い。それと比べると、今回の件はあまりにも、織斑一夏の事を考慮した変化というべきだが……。

 

 いや、と響子はそこで思考を打ち切った。そういう事を考えるのは学者の仕事であって、戦士である自分の仕事ではない。運用に問題ないのならそれでよいはずだ。

 

 そう判断し、響子は話を切り替えてもう一つの懸念事項について訪ねることにした。

 

「乗りこなせるならもういいわ。じゃあ、次。本日の対戦相手のパートナー、篠ノ之箒についてだけども。彼女、どれぐらいできるの? 貴方の話だと、昔一緒の剣道場に通っていたという話だけど」

 

「一緒って言うか、箒の実家が剣術家なんですよ。話によると、昔々戦国時代に忍者から武術を教わった侍の始祖が始めた、実戦的な剣術だそうで。実際、剣というより暗器とか素手とかの技術をねっちり仕込まれましたし」

 

「その技術のISへのフィードバックはどれぐらいになると思う?」

 

 響子の問いに、一夏も彼女の言いたいことを理解した。

 

 つまりは、響子は対戦において篠ノ之箒の潜在的なイレギュラー性を気にしているのだ。実力的に箒がIS乗りとして問題外なのは彼女も把握しているが、彼女の友人である葵は同じく問題外であったはずの一夏に敗北している。その一夏と同じ流派を学び、むしろその本流に近い位置にいる箒が、同じようなイレギュラー展開を招く可能性は十分にあり得る。

 

「んー。昔の話だしなんともいえないですけど、確かに篠ノ之流はISにおける近接戦闘とは相性がいいんですよね。馬上での剣を振る技術って、踏み込みとかできないから上半身の動きに限定されるって点でISのそれとにてるんですよ。ISってバランス制御用のスラスターとかPICの制御端末が脚部装甲に集中しがちな所があって下半身をうまく動かせないし。で、篠ノ之流では門下生は必ず、徒歩と馬上を想定した体の裁き方を必ず仕込まれるんです」

 

「なるほどね。ISは浮遊するものだから、歩行や脚部の可動といったものには無頓着だから、基本的にそうなるわね。葵も常々、もう少し足の可動範囲を確保してほしいとグチっていたし。となると、篠ノ之箒の近接戦闘力は高い水準にある、と考えてもいいのかしら」

 

「まあ、あくまで刀を振り回す点においては、といった感じですけどね。それだけで勝てるほどIS戦闘は甘くないってのは俺も通った道ですし。ただ……あいつは本家ですから」

 

「どういう事?」

 

「ただの部外者で門下生の俺と違って、本来なら篠ノ之箒は篠ノ之流をついでいた存在です。不知火、飛蝗の他にも、俺の知らない秘奥義みたいなのが、あいつにはある可能性もありますね。知ってる範囲でも篠ノ之流の”技”ってぶっとんだのが多いから、それをISのブーストを乗せて繰り出されたらちょっとまずいかも」

 

「……なるほど。考慮しておくわ」

 

 響子の脳裏によぎったのは、参考映像で見た、まっぷたつに裂けた鋼鉄の巨塊だった。第二回モンドグロッソにおいて、アメリカの繰り出した規格外の巨体を持つ戦艦を外部武装として搭載したIS”ジャガー・ノート”。まだ当時IS関係の法整備が進んでいなかったことの隙を突いての、IS本体の数十倍の質量を外付けの追加装甲呼ばわりして搭載していたあの機体は、モラル云々を気にしなければ最強クラスの火力と装甲を誇っていた。その分厚い装甲版を、たった一振りの刃で両断してのけた過去の織斑千冬。彼女があのとき使った技も、確か篠ノ之流の奥義の一つだったと聞いている。それを凌ぐ技を篠ノ之箒が保有している可能性がある……それは非常に貴重な情報だった。

 

「でも正直、俺は箒より気にしなくちゃいけない相手がいると思うんですけど……」

 

「セシリア・オルコットの事かしら」

 

「ええ。いくら対策をとったからって、国家代表候補生の肩書きはそんなに甘くないです。彼女自身、対策をとった機体との交戦経験は腐るほどあるでしょうし、油断していい相手ではないと思うんですが」

 

「大丈夫よ」

 

 一夏の危惧を、すっぱりと響子は一刀両断にして見せた。

 

「BT兵器は、今の私たちには通じない。私のブラック・ナイフと、貴方の打鉄に搭載された対BT兵器防御システム……イージス・ミストにはね。今日がタッグバトルであるという事の意味を、セシリア・オルコットには思い知ってもらう」

 

 そう告げて、響子は見る者が背筋を凍らせるような冷たい微笑を浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、西側の整備船。

 

 その内部では、奇妙な緊張感が漂っていた。

 

 装備した打鉄の中で縮こまるようにして隅っこのベンチに座っている篠ノ之箒。対してセシリア・オルコットは、すでにブルー・ティアーズを展開したまま、部屋の中央に居座って優雅に紅茶など嗜んでいる。だが弛緩した空気とは完全に無縁であり、今も箒の目にはセシリアから戦意が湯気のように立ち上るのを幻視できるような気がした。

 

 そんな空気が、それこそ出航後ずっと続いている。息苦しい事この上ない。

 

 しかしだからといっていつまでも黙っている訳にもまあ、いかない。箒は意を決して、セシリアに話しかける事にした。

 

「あの……オルコットさん」

 

「…………何かしら、篠ノ之さん」

 

「あ、いえ……」

 

 そういえば何をはなせばいいのだろう、と箒は早くも後悔する。この空気をどうにかしたくて口を開いたものの、言葉が続かなければどうしようもない。

 

 そんな彼女に、ここにきて初めてセシリアは表情を緊張のそれから崩すと、くすりと柔らかくほほえんだ。

 

 その仕草があまりにも様になっていてモデルのように見えたものだから、箒はますます縮こまって言葉を失う。

 

 この試合に及ぶ前に、当然箒はセシリア・オルコットの経歴を調べた。過去の悲劇の事も知っている。にも関わらず、今、セシリア・オルコットはこうして、自信を漲らせた国家代表候補生として揺るがずにこの場に立っている。同じ不幸な境遇を経験している者でありながら、姉に振り回され、国に振り回され、運命に振り回されたあげくこの場にかろうじてたっている、そう思いこんでいる箒にはまるで別の世界の人のようにすら思える。

 

 どんどん考えが後ろ向きになっていく箒。だが、彼女はここでふるふると首を振った。

 

「(ここでおれるな! いまここで折れるという事は、私の為にがんばってくれた簪の志まで折るという事だ! 私一人ならともかく、友の分まで無駄にはできん!)」

 

 彼女が思い返すのは、簪との特訓と研究の日々だ。ISの基礎のきすらできない箒のために、簪は多忙な国家代表候補生としての訓練と未完成の機体の開発時間をぬうようにして彼女なりのISのイロハを箒にたたき込んでくれた。それだけでなく、貴重な打鉄弐式のデータをフィードバックしてまで、箒の操る打鉄の性能向上とマッチングに協力してくれた。この戦いはもはや箒一人のものではなく、簪の戦いでもあるのだと、自分自身に言い聞かせる。

 

 ふんむ、と眼に力を取り戻して、箒は真正面からセシリアを見た。その瞳に挑戦的な輝きを見いだして、戦意を高ぶらせる。

 

 そう、これは戦いだ。この協力無比なパートナーに、自分を認めさせるための。

 

「そ、そのっ……私たち一応協力して戦うわけですしっ! 今更ながらですが最低限のフォーメーション談義とかしてはどうでしょうかっ」

 

「あら。思っていたより積極的ですわね」

 

 くすり、とセシリアはほほえむと、飲み終えた紅茶をことんとテーブルに戻す。そのカップが量子変換の輝きに包まれて消失した。

 

 紅茶カップをISに常備!?と驚愕する箒をよそに、セシリアは今度はスターライトMk-Ⅲを実体化させながら言葉を続けた。

 

「今日まで一切連絡してこなかったから、てっきりそういう事なのかと思ってましたわ」

 

「あ、それはその、最低限戦えるようになろうと訓練していたからであって、別に他意は」

 

「わかっていますわ。ちょっといじわるをしてみたかったの。ごめん遊ばせ」

 

「い、いぢわる……」

 

「だって篠ノ之さんったら、せっかくのパートナーである私よりも別のクラスの女子にべったりなんですもの。ちょっと妬けましたわ」

 

「そ、それはすまない。彼女とは入学式のいざこざで仲良くなったのだが、不幸にも別のクラスになってしまってな。それで仕方なく……」

 

「私だって頼んでくだされば色々と手ほどきいたしましたのに。つれないお方」

 

「す、すまない……」

 

 気がつけば頭を下げている箒。あれ、なんでこんな流れに、と今更のように思い当たって愕然とする箒。そんな彼女に、セシリアはつん、とそっぽを向いていたが、やがて絶えきれないといった風に吹き出すと、そのままクスクスと笑う。よっぽどおかしかったのか、お腹を押さえて口に手をあてたまま、そのままクスクス。ここにきてようやくからかわれたという事に思い当たった箒は、思い切り口を尖らせた。

 

「ひ、ひどいぞ……!」

 

「うふふ。ごめんなさい、篠ノ之さんって、純粋なのね。私ときたら、ついつい」

 

「わ、私はまじめにはなしてるのにっ……!」

 

「わかっています、わかっています。私が悪かったですから、そろそろ本題に戻りましょうか」

 

「う~……」

 

「くす。まあ、フォーメーションについてなのですが……まあ、細かい事は決めなくてよいかと思いますわ」

 

「え? なんでだ?」

 

「だって、かえって危ないですもの」

 

 セシリアがそう告げた瞬間。四つの閃光が、箒の周囲を舞った。一瞬遅れて反応した箒が目の当たりにしたのは、自分の周囲をぐるぐると旋回する、よっつのビットの姿。

 

 箒がそれに視線をあわせると、ビットはそれぞれ思い思いにあっちへこっちへ飛び回り一定しない。これを全てセシリアの意志で行っているとしたら、彼女の頭の中身はどうなってるんだろうとまじめに箒は思った。

 

「え、えっと、これが何なんだ……?」

 

「私のブルー・ティーアズの基本戦術は、このレーザーガン搭載型ブルー・ティアーズを展開しての包囲殲滅が基本。つまり、広範囲に同時攻撃する事が前提ですわ。ここでまずお聞きしますが、箒さんは全方向視界をものにしています?」

 

「い、いや。恥ずかしい話だが完全には無理だ。せいぜい、前を向いたまま後ろをみれるぐらいで。……ああ、つまり、そういう事か」

 

「そういう事です。貴女の打鉄と私のブルー・ティアーズがフォーメーションをくむ場合、貴女が前衛、私が後衛が前提。ですが、貴女が前にでる限り、私のブルー・ティアーズはその能力を最大に発揮できない。下手をすれば貴女を打ち抜いてしまいますから」

 

「そして私は最低限、ブルー・ティアーズの射戦と移動先を予想してじゃまにならないようにするのが必要。だが私にそんな技量はない……」

 

「そういう事ですわ」

 

 それはいってみれば、ブルー・ティアーズという機体の運用上の問題だった。ブルー・ティアーズは一対多数を想定して設計されている。それは遠隔操作可能な機動砲台を複数搭載している事からも明らかだ。だが逆に、多数対多数の運用、正確には前衛後衛というポジションをとっての戦闘を想定していない事の現れでもある。

 

 仕方ないといえば仕方ない。かのシェリー・アビントン以来イギリスは徹底して遠距離戦闘に特化したコンセプトでISを設計し続けている。複数で戦闘に及ぶとしても、僚機との間隔は最低でも数十キロ以上という広範囲をあけての狙撃戦闘が、イギリスのもっとも得意とする団体戦のありようなのだ。

 

「だ、だがそれでは貴女一人で一夏と村上響子と戦うといっているようなものではないか! わ、私にも……何か……」

 

「篠ノ之さん」

 

「……なんだ」

 

「聞いて起きたかった事が一つあるのです。貴女に協力した女子生徒……彼女、業界ではちょっとした有名人なのですよ」

 

「有名人……?」

 

 つぶやいて、箒はふと思い出す。そういえば、彼女も優れた姉がいると聞いていた。調べてみたところ、IS学園の生徒会長なるものをしているらしく、実力主義のIS学園でトップにたっている、という事はつまりそういう事だ。有名というのはそういう事なのか。簪本人は、その事をひどく気にしているらしかったが……。

 

「それは、お姉さんがどうこうという……?」

 

「? ああ、いえ。違いますわ。本人から聞いてませんの?」

 

「あ、いえ。ただ、どうやっても越えられそうにないお姉さんがいる、みたいな話は聞いているのですが」

 

「……知らぬは当人ばかりなり、という事かしら。その様子だと」

 

「?」

 

「彼女、IS業界でいくつも特許をとっていますのよ。特にプログラム関係で。打鉄弐式が今の仕様になったのも、彼女が開発に関わった事が大きいと私は聞いていますわ。少なくとも、実際にISに乗り、戦う者達の中で、彼女以上にプログラミングに優れた人間を私は聞いたことがないですわね。私とて、BT兵器の制御プログラムを完全に把握し切れている訳ではないのに、彼女ときたら弐式の基礎プログラムから組んでいるという話ですもの。搭載予定の特殊兵器ときたら、さっぱり何をどうしようというのか予想もつきませんわ」

 

 それは事実だ。少なくともセシリアが聞いている打鉄弐式の特集兵器の仕様……”状況に応じて複数の特殊兵器を切り替える”仕様は、正直話に聞いた時は眉唾物と思ったものだ。各国がたった一つの特殊兵器の搭載に四苦八苦しているなかで、それを複数搭載し、それをなおかつ使い分ける。そんな芸当ができるとは思えなかった。

 

 だが、現実として打鉄弐式は未完成であるが現実に存在し、このIS学園で日々開発が続けられている。その事実を、軽視するほどセシリアは愚かではない。完成の見込みがない物に大量の予算と人員を回すほど、日本に余裕はないはずだ。

 

 つまり、あの年若い日本代表候補生が、打鉄弐式という規格外兵器を完成できると、日本国政府は見ているのだ。

 

 それは、警戒すべき事実である。

 

「え……?!」

 

 そんな事全然聞いてないぞ!? と驚愕する箒。

 

「簪、そんな事は一つも……」

 

「……よっぽどそのお姉さんに対するコンプレックスが強いのでしょうね。その様子だと。自己の過小評価もすぎればただの毒なのですけど……まあ、その話は試合後にじっくりとしましょう。で、私がいいたいのは一つ。そんなプログラムの申し子である彼女が、貴女をこんな試合に送り出すにいたって、何の策もとっておきも託していないはずがない、そう思いますの。もし差し支えなければ教えていただけます?」

 

 その言葉に、箒は当然、とうなずき、語った。

 

 自分が簪から託された、とっておきの秘策を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、お互いの陣営が秘めたる秘策に勝利の確信を抱き。

 

 戦いの時は、やってきたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園標準時刻13:30。

 

 クラス代表決定戦、織斑一夏&村上響子VSセシリア・オルコット&篠ノ之箒によるタッグバトル……開幕。

 


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