極東の騎士と乙女   作:SIS

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code:12 それぞれの事情

 

 

 

 

 

 とあるクラスの代表決定戦。

 

 イギリス代表候補生に、世界で唯一のISに乗れる男がそろって参加するというその試合の話は、瞬く間にIS学園を、そして世界を走り抜けた。

 

 未だその奥底を見せぬ、試作機でありながら破竹の快進撃を続ける新鋭機。それに対するのは、世界唯一の男性IS操縦者。研究データとしても非常に貴重な存在である彼が、さらにこの度与えられるやはり最新鋭の専用機に乗る。さらに彼のサポートとしてつくのは、IS学園一般入試者最強の呼び名も高い村上響子。専用機持ちには流石に戦績で大幅に劣るものの、高機動中の精密射撃能力には定評があり、IS学園でも数機分しかパーツが保管されていないアメリカ製第二世代型IS”ブラックナイフ”の使用を許可されている凄腕だ。相方である織斑一夏の実力は未知数ではあるが不確定情報ながら二年をタイマンで撃墜したという噂もあり、その織斑一夏と村上響子のタッグは総合力でセシリア・オルコットに匹敵しうる、というのが専門家の評価となっている。

 

 その二つが激突するとなっては、ISに少しでも興味のある者なら関心を抱かずに入られないのも仕方のない話といえよう。当然、IS学園にはTV局等から試合の撮影許可を求める連絡が連日山のように送りつけられ、職員達はその対処に追われる事になる。さらに期間中、IS学園領海に無断進入する船舶やヘリが急増し、その殆どがマスコミ関係であった為テロリストと同じように撃墜する訳にもいかなかったので最終的に日本の自衛隊に依頼して海上封鎖に踏み出す等の大騒ぎになる等、流石にそこまでは発案者すら予想だにしていなかったに違いない。ちなみに、その発案者である織斑千冬は職員室でプリントの山に判子をガンガン押しながら「いっそ撃墜して回ってくれようか……法的には何の問題もないな」と座った目で呟いては山田先生に仲裁されている光景がみられたという。

 

 そんな感じで盛り上がる模擬戦への期待。だが、一方で、セシリア側のタッグパートナー……篠ノ之箒については、逆に不気味なほど、話題にあがらない現実があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園、屋内運動場。

 

 唯一、現在一年生に自由訓練の場として提供されている、一般的な学園の体育館程度の広さのフロア。現状まだ一年生はISへの搭乗訓練すら行えていない為、バーチャル訓練施設すら使わせて貰えない状態にある。故に、彼女らにできるのはその時のために基礎体力をつける事ぐらいであり、この施設は基本的にはその為に解放されている施設である。

 

 その、文字通りの体育館である場所の隅っこで、向かい合ったまま座り込んでいる人影があった。

 

 箒と、その友人である簪である。

 

 議題は今回決まった、タッグバトルについてである。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………そろそろ、始めるね」

 

「…………ああ」

 

 何かの儀式なのか。数分間、じっと黙ったまま見つめ合っていた二人だが、簪の提案でようやく動き出す。実際はお互いに話を切り出しにくくて相手が話し出すのを待っていたのだが、口下手同士取り敢えずどちらかが言い出さねば膠着状態になってしまうらしい。

 

「まず確認する。篠ノ之さんは、織斑君と戦う事に何かためらいはある?」

 

 最初に確認したのは、まず意気込み。箒と一夏が幼なじみであり、それだけでなく箒が一夏に何らかの好意、いってしまえば慕情を抱いているのは簪の目にも明らかだった。その、好意を持つ相手に対し戦えるのかという疑問。クラス代表決定戦の結果が箒の未来を左右するとは言わないが、最初の試合で明らかに手を抜いたような事をされるのはよくない。

 

「……戸惑いがないといえば嘘になるが、ためらいはないな。そもそも、かつて道場にいた頃はよく互いに試合をしたものだ。その延長線にあると思えばなんともない」

 

「そう」

 

 だが簪の心配は杞憂だった。考えてみれば箒もいっぱしの剣士であるからして、命をかけた殺し合いでもない只の試合にそう私情を持ち込むはずもない。無論、口でいう以上の葛藤はあるだろうが、それは今回自分が踏み込むべき点ではないと簪は判断した。

 

「じゃあ、対策会議を始めよう」

 

 簪が手元の携帯端末をいじると、二人の間にホロディスプレイが展開される。簪が今も手に取り付けている、打鉄弐式の待機携帯であるブレスレットから照射されたものだ。そこには、セシリア・オルコット、及び織斑一夏・村上響子の能力が数値化、グラフで表示されている。

 

「最初にセシリア・オルコットの能力について。正直、圧倒的」

 

「それはグラフを見ればわかる」

 

「………………」

 

「………………すまん、続けてくれ」

 

「……うん」

 

 いきなり前途多難な感じである。お互いコミュニケーションが苦手なので、ついつい相手の話をぶった切ってしまったり言い悩んだり、とても円滑とは言えない感じでぶつぶつと情報提示と解説が行われていく。

 

 簪の話をまとめれば、セシリア・オルコットは総合的に極めて優れたIS操縦者だ。近接戦闘能力の低さが少々目立つものの、そもそも愛機であるブルー・ティアーズが近づかれたら終わりの機体であり、相手を近づかせない事を徹底しているのでそこは除外してしまっていい。基本的には、高機動時の機体制御能力、BT兵器という常にマルチタスクが要求される複雑怪奇な武装を使用しながらの機動戦闘が可能な情報処理能力、長距離での射撃戦能力に優れている、といった彼女特有の強みが目立つ。その全てが、射撃偏重思想の機体であるブルー・ティアーズの性能をフルに引き出す事のできる能力であるといっていい。データによれば彼女はイギリス有数の資産家の令嬢であるらしいが、そんなものは彼女がイギリス国家代表候補生足る事に微塵も関係なく、あくまで実力で彼女が現在の位置に立っている事がよくわかる。

 

 続けて、今度は敵対する織斑一夏・村上響子の能力だ。織斑一夏の能力は、訓練時のデータ等から察するに平均的な二学期終了時の一年生の能力を少し上回る程度。実際のところ二学期半ばからISへの本格的な搭乗訓練が始まる事と、彼が数週間にわたってヴァルキリー直々の訓練を施されていた事を考えると、そう突出した数値ではない。無論悪くもないが。また、数値の中では特に反応速度が突出しており、そこだけ異常といってもいい数値を示している。下手をすれば二年生にも匹敵する。一方で射撃能力が死んでいるといってもいい数値で、相当に残念である。あくまで武家の訓練しか積んでいない事を考えると仕方ないが、その数値から察するに近づかなければ話にならないが、近づければ相当に厄介な存在であると言ってしまえる。戦力としては低くない。安定性のないジョーカーというべきか。

 

 対して村上響子は、バリバリの射撃戦闘型だ。特に、ISの機動性をフルに発揮した高機動状態での射撃能力が凄まじいといってもいい数値を誇っている。高機動状態では機体のPICを始めとする制御システムが加速と慣性の相殺に使われ機体の安定性が大幅に低下し、当然射撃も安定しない。さらにお互いに高機動状態に入ればシステムの射撃補正も処理が追いつかなくなる事が多々あり、この状態での射撃命中率は完全に搭乗者の腕前、特に補足能力に依存する事になる。この数値が高い、という事はそれだけ村上響子が動態視力に優れた射手である事の証左だ。さらに、近接戦闘能力もかなり高い水準にあり、事実、実際にセシリア・オルコットをあと一歩のところで撃墜する所まで追い込んでいる。伊達に遠近両用に優れた機体であるブラックナイフを与えられた訳ではない、という事か。

 

 ここまで確認して、簪はふと箒を見た。

 

 彼女は興味深げに、三人のデータを見比べている。あくまで現状は単なる好奇心で見ているのだろうが……今から見せるデータを見せたら彼女はどう思うだろう、と思って簪は暗鬱にため息をはいた。

 

 できれば言いたくはない。でも、箒は友達だ。この学園に来て初めて出来た、何の柵もなく友愛だけでなりたった友人だ。本音も大事な友人ではあるが、やはり彼女には家の柵があったから、というのがどうしても意識の端に残ってしまう。簪が何のてらいもなく語れる友人は、今は箒だけだ。

 

 なら、誤魔化すべきではないだろう。例えどんな結果になっても、事実をありのままに伝えなくては。

 

 悲壮ともいえる決意を経て、簪はそのデータを提示した。

 

「……これが、篠ノ之箒のデータ」

 

「え、私のもあるのか?」

 

「うん。あくまで入学時の運動能力テストと実機搭乗時から採取したデータだけど」

 

「へぇ……。そういえば確かに、一度だけ乗ったな、打鉄だったか。さて、私のデータはどん……な………」

 

 尻すぼみに箒の言葉が消えていく。悪い意味で目を丸くする箒に、沈鬱な表情を浮かべて簪ははっきりと告げた。

 

「…………はっきり言う。論外」

 

 言葉の通りだった。

 

 正直、低すぎる。

 

 敢えて簪は比較データの表示を避けた(彼女なりの最後の誠意だったらしい)が、明らかに同年代、同時期の平均データよりも非常に低い。言うなれば、流石に長い間剣道をやっていただけあって反応速度、近接適正はそこそこだが、それをIS戦闘において生かす為の情報処理能力に難を抱えている。いくら感覚でPICを操作する事が大事だといっても、全てを直感と感覚で制御しきるのは凄腕の達人レベルの話であって、現状のレベルではその機能をよく理解し、理論立てて意識的に各種機能を運用する必要がある。例え箒が生身ではそれなりの腕前の剣術家だったとしても、それをIS戦闘において発揮するためのPICの効率的な制御やスラスター管理、高速戦闘時の距離計算が行えなければ意味がなのだ。逆に言えばその辺りがしっかりとしていれば、格闘が素人に毛が生えた程度でも戦えるのがISという平気なのである。何せ、ISのベクトル制御とパワーアシストによって上乗せする数値は、単純な力比べでなら生身のそれなど比較にすらならない。増幅、ではないのが味噌である。腰の入っていないへろへろパンチでも、ISに乗りシステムを把握した上でなら象でも一撃ダウンになるのだ。10に100を足しても、1000を足した1には勝てない。そういう事である。もっとも、熟練した使い手は、その追加された出力を自分の物としてさらにそこに”技”を加えることによって足し算を掛け算に変えているとしか思えないような破壊力を繰り出すのだが、その領域はあくまで国家代表クラスの話だ。今は関係ない。

 

 さらに箒の問題点は他にもあり、射撃能力やら高機動時に要求されるG耐性等、彼女が鍛えようがなかった点は言うまでもない。間違いなく、下手をすればIS学園歴代最低数値を更新してしまうかもしれない。

 

 箒の名誉の為に言っておくと、そもそも彼女は日本中を転校で引きずり回され、落ち着いて訓練をする暇もなかった上に、彼女が危険因子になる事を恐れた諸外国の圧力でIS搭乗者としての訓練や勉強も行わせて貰えなかった。理由は、開発者である篠ノ之束は当然データ採取を近親者で行っていたはずであり、血を分けた妹である篠ノ之箒に高いIS適正がある、あるいはIS側が彼女に適応するように設計されている可能性があるという懸念があった上に、それが実際に束の友人である事が発覚している織斑千冬が世界最強となった事から多くの国家にとってそれが確信となった事にある。実を言うと、今回のIS学園への入学へも一部から反発があった程だ。

 

 そんな訳で、他の生徒と違いロクな訓練環境も何もないまま、人質、あるいは重要参考人としてIS学園に引っ立てられた箒の能力が極めて低い水準なのは当たり前である。むしろこれでも高い方だと言ってしまっていい。

 

 しかし、理由は理由、現実は現実。この極めて低空飛行でグラフ化されたのが、篠ノ之箒の実力という現実なのだ。

 

「…………これは…………我ながら……」

 

「………………」

 

「い、いや、この程度最初からわかっていた事だ。うん。今更悲しんだり悔しがったりはしない……だが、分からないな。この数値を千冬さんは知っていたはずだろう? ならどうして私をオルコットさんの相棒に選んだんだ?」

 

 当然の、箒の疑問。

 

 それに、今度こそ簪は言葉に困った。それを言えというのか、と。確かにそれは当然の、当たり前の疑問であるが……友人に、自分の口から告げなくてはならないという事に、酷く簪は胸を痛めた。もし自分が言われたらとても立ち直れない、はっきりそう思う。

 

 だが、だが、言わなくてはならない。簪が、箒の友人……対等な人間である為に。

 

「…………だ、だから、そういう事なの」

 

「?」

 

「…………篠ノ之箒さんは、最弱で……居ても居なくても変わらない。だから、タッグバトルでの戦力調整という名目で……選ばれたの」

 

「……それは……どういう……?」

 

「数値で見れば、セシリアさんに対し織斑さんと村上先輩の総合力は大幅に上回っている。けど、当日織斑さんは専用機を……使いこなせるかどうかも分からない、慣熟期間もロクに取れなかった未知の機体を使わなければならないっていう、はっきり言ってハンデを背負って戦う事になる。無論、データの開示されていない専用機だからセシリアさんに情報的ハンデは生じるけど、実際の戦闘力の低下はすごい大きいと思う。その場合で考えれば……織斑・村上コンビの戦闘力は、セシリア・オルコットを微細に下回る」

 

「…………その穴埋めが……私だと……?」

 

「そういう事になる」

 

「つまりは……お飾りか」

 

 その言葉は、自嘲に満ちていた。

 

 言うんじゃなかった、と簪は自己嫌悪に顔を俯ける。そうだ、言うんじゃなかった。曖昧に誤魔化して、遠回しにこそこそと伝えるべきだった。そうすれば、箒を傷つける事になんて、ならなかったはずなのに。

 

 ああ、私の馬鹿。無能。でんでん虫。

 

 そんな風にどんどん落ち込んでいく簪。その肩に、ぽん、とおかれる手があった。反射的に簪は顔を上げ、あんぐりと口を小さく開いて唖然とした。

 

 確かに箒は落ち込んでいた。憂鬱そうに眉を潜めている。だけどその瞳は負けておらず、口元には困ったような微笑。

 

 絶望した人の顔ではなかった。

 

「…………」

 

「……ありがとう、さら……いや、簪。はっきりと言ってくれて」

 

 名前。名字ではなく、名前で箒は簪を呼んだ。驚きに、簪が喉をひきつらせる。意図せずに口が震え、弁解のようなものが勝手に滑り出た。

 

「…………わ、わたし、私は」

 

「気にするな。君は、はっきりと必要な事を言ってくれた。……まあ流石にちょっと、いやかなりショックだったが……まあ、現実は受け入れなければな。それに」

 

 ぱちん、と箒は、似合わない茶目っ気に満ちたウィンクをして見せた。その瞳には、簪への全幅の信頼。

 

「ただそれを言うだけの為に、私をここに呼んだ訳じゃないんだろう? 日本代表候補生サマの秘策、聞かせてもらおうじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、IS学園女子寮。

 

 その、ある一室で、昼からシャワーを浴びている女子生徒がいた。彼女の名は、セシリア・オルコット。先ほどまで訓練に励んでいた彼女は、今日は早々に切り上げて部屋に戻っていた。

 

「…………」

 

 シャワーのお湯を出しっぱなしにして、無言で鏡の中と視線を重ね合う。やがてふう、とため息をついて、彼女は自分に湯を振りかけるシャワーのヘッドに手をかけて、その先を湯船へと向けた。

 

 彼女の母国であるイギリスには、風呂の語原であるバース、歴史上重要な太古の集団浴場がある事から分かるようにもともと湯船につかる文化がある。日本人程ではないがセシリアも湯船に体をつける事を好み、シャワーだけでなく沐浴も毎日のように行っていた。そんな彼女にとって、学園にある巨大浴場はかの遺跡を思い起こさせる親しみやすい施設であり、出来れば毎日通いたかったがそうもいかない理由があった。

 

 ずきん、という疼痛が脳裏に響いた。

 

 覚悟し予想していても耐え難いその痛みにセシリアは体勢を崩し、バスの縁に手をついて湯船をのぞき込むようにして倒れ込んだ。耐え難い痛みはやがてゆっくりと引いていくが、しかし鈍痛そのものは消えず打撲の痛みのように頭の深いところでじくじくと痛み続ける。

 

「はぁ…………!」

 

 湿ったため息をついて、セシリアは湯を止める。そのまま滑り落ちるようにして湯船の中に落ち込むと、彼女は半ばにも達していない湯の中に体を沈み込ませて息を止め、目を閉じる。

 

 こうして、湯の中で頭痛に耐えるのは彼女がIS搭乗者になって、否、BT兵器の運用を初めてからの日課だった。

 

 頭痛の原因は、そのBT兵器の運用による脳への負荷だ。正しくは、BT兵器運用に必要な情報処理の一部をセシリアの生体脳で代替している事による脳の疲労。マン・マシン・インターフェイスシステムは、従来のそれよりも遙かに密接で高密度の情報交換を人間と機械の間に実現する。だがそれはつまり、お互いの処理しきれない情報を互いに補佐しあうという事でもあり、機械で処理しきれない情報の負荷は人間側に跳ね返ってくる。こればかりは、現状の技術ではカバーしきれない、言ってみれば構造的欠陥そのものといっていい。

 

 そして、BT兵器は非常に多数のハードルを、無理矢理に突破するような形で成り立っているデリケート極まりない装備だ。現場や開発を知らない本国の軍上層部は、ISに対し圧倒的な攻撃効率を誇るBT兵器を強力に推進しようとしているが、セシリアは果たして彼らはこの頭痛のつらさを分かっているのだろうか、と疑問に思うことがある。そもそも、BT兵器はまだまだ実用段階とは言い難いのだ。

 

 BT兵器の欠点は、あまりにも多い。いくらISのシールドバリアシステムのうち、熱・光学防御フィルターを貫通できるといっても、命中時の被弾熱量のいくらかはPICによる分子運動への干渉という形で軽減されてしまうし、電磁フィールドを最大出力で稼働させれば焦点を拡散されてしまい威力が激減する。おまけに、照射直後はレーザーの残留ISエネルギー率が低い。ISエネルギー残留率が一定を越えれば光学防御だけなら突き破るだけの出力はビットのレーザー照射システムに与えられているのだが、ダメージを与えられる熱量まで照射開始から僅かなタイムラグが発生するという欠点は解決できていない。先日の戦闘ではその隙に射線上から待避するという形でレーザーの本照射を尽く回避されるという事態に陥った。本来レーザーには反動も何も存在しないのだから、そういう機動をとられたところでそれに併せて射線を変更すればいいというのが道理なのだが、しかしBT兵器のレーザーには極秘にされているが反動が存在する、という事実が存在するためそれも不可能だ。これがなぜ発生するのかは未だに謎なのだが、最近の解析によるとこれはBT兵器の内包するISエネルギーの影響によるものであると判明している為改善のしようがない。将来的にはこれらの問題は解決できる可能性があるとはいえ、現状のBT兵器、及びブルー・ティアーズはどうしようもない欠陥機だ。本来なら、こうしてIS学園に派遣し、模擬戦に参加する等耐えられない機体だ。

 

 それでも、そうしなければならない理由があるのも、分かっていた。それはセシリア自信の問題でもあるし、イギリス政府の問題でもある。

 

 セシリア・オルコットにとっては、BT兵器という最新鋭の謎の技術を搭載した機体で勝ち続ける事は、国際社会へのこれ以上ない己の存在意義、利用価値のアピールになる。BT兵器そのものが実用段階ではないほど、その意味は大きくなる。そうして国そのものに貸しを作り、国際的な発言力を得ることは、今のセシリアにとって非常に重要なことだった。守るべき、自分の引き継いだオルコット家の財産と名誉を、他ならぬセシリア・オルコットの手で守るために。そして何よりも、師の名を汚さないためにも。

 

 セシリアの実家は、イギリスでも有数の資産家だった。母は今の女尊男卑の風潮に世界が染まる以前から無数の会社を経営し利益をあげていた女社長で、父はそんな母の所へ入り婿してきたおとなしい人物だった。母と違い、うだつのあがらない地味な存在であった父を、幼少時のセシリアはあまり好んではいなかったが、それでも三人家族はそれなりに家族をやっていた。今思えば、父は入り婿という立場故オルコット家に居場所がなかったのだろう、とセシリアは思う。後ろ盾のない人間が財政界で何が出来るか、という事を後にセシリアは実際に思い知った。そう考えると、当時の自分はなんと幼かったのだろう、と痛切に思う。

 

 それはさておき、資産家によくある家族間の不和に遠いとはいかないまでもそれなりにやれていたオルコット一家だったが、ある時、両親はそろってこの世を去る。鉄道事故だった。死者は数十名にも上る大きな事故で、その列車に普段別行動していた両親が同席していた事をセシリアは葬式の場で初めて知った。なぜ、普段別々に行動していた両親がその時二人一緒にいたのかは分からない。だが事実として、オルコット家はもはやセシリアを残すだけとなり、残されたのは彼女には大きすぎる財産と権利、それに群がる金の亡者ばかりだった。彼らはセシリアが幼いことを理由に、オルコット家の財産や資産を切り分け、持ち去ろうと画策した。セシリアはそれに当然反発したが、齢二十歳を生きてもいない小娘に財政界の悪鬼に逆らう事は困難で、少しずつ両親の遺産がむしばまれていくような現実に当時のセシリアは気が狂いそうだった。

 

 その状況を打開したのは、一人の女性の存在だった。

 

 イギリス国家代表にして、ビッグ5……世界最強の五人の一人と後に呼ばれるようになる、世界最強の狙撃手。

 

 シェリー・アビントン。

 

 生前の母親と友人関係であったという彼女は、そのコネと知恵を駆使してセシリアの、オルコット家の窮地を救った。さらに彼女がセシリアの後見人となった事で彼女の権利も国によって保証され、あれほど絶望的だった状況は見る間に好転した。さらに彼女はセシリアに射撃の才能をみいだし、その技術を彼女に伝えた。さらには、彼女を通じてセシリアのBT兵器への高い適性が発覚し、ついには最新鋭試作機を与えられ国家代表の肩書きを手に入れるまで至った。例えセシリアの努力が実を結んだ結果であったとしても、そこにシェリー・アビントンの存在がなければ今の彼女はなかった。

 

 だから彼女は戦うのだ。国家代表候補生として絶対的な地位を築き、師に守ってもらったオルコット家を自分の手でこれからも守っていくために。自分を戦士として鍛えたシェリーの名を汚さぬ為に。

 

 そして対するイギリス政府も、やはりBT兵器を売り出し続けなければならない理由がある。全ては、あの忌むべき事件にこそある。当初、唯一第三世代ISにつながる技術を保有していたイギリスは、しかし技術流出によってそのアドバンテージを失った。共同で第三世代型の開発を行っていたある国家の関係者が、あろう事かその技術情報を賄賂として他国に差し出したのだ。技術独占の為に特許申請をしていなかったのが仇となり、流出直後に中国、ロシア、アメリカといった第国家が第三世代型の発表と特許申請を行われてしまい事態は最悪の展開となってしまい、イギリスは膨大な資産と時間をかけて生んだ技術を失った。切り札にして唯一最大の手札を失ったイギリスがIS開発において生き延びるためには、まだ他国に実現化されていない技術の開発を押し進めるしか残されていない。BT兵器への異様な終着も、全てはそれが原因なのだ。

 

 しかしそれでも、セシリアは思う。

 

 最近の流れは、よくない。イギリス政府を疑う訳ではないが、彼らは少し、急ぎすぎではないか。まるで、見えない何かに追い立てられているようではないか……。

 

「…………いや、それこそ私の考えすぎですわね」

 

 ざばぁ、と湯船から身を起こして、額に手を当てて一人ごちる。湯船に全身でつかるのは好きだが、変なことまで考えが及ぶようでは考えものだ。

 

 そう思いつつ、セシリアは軽く体の水をはらってバスルームを出た。ルームメイトは今日も遅くまで帰ってこないと聞いているので、バスロープをまとったラフな格好で部屋まで戻り、ベッドの上にごろりと転がる。多少、いやかなりはしたないのは自覚しているが、誰も見ていないし何よりいい加減頭痛が限界だった。枕元に隠してあるピルケースを手探りでたぐり寄せ、蓋を開いて口の上でひっくり返す。中に入っていたのは薬……ではなく、ブドウ糖の結晶体だ。それを三つほど口に含んでガリゴリとかみ砕く。淡い甘みが染み渡る。すぐに頭痛は消えないが、頭痛の原因は脳疲労だから栄養補給してやれば時期に消えるのも道理だ。

 

 訓練を切り上げた以上、これ以上は特にやることもない。このまま昼寝してしまおうかしら、と彼女が想い至った所で、その放送が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『関係者各位に伝達。白鳩は舞い降りた。繰り返す、関係者各位に伝達。白鳩は舞い降りた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、分厚いコンテナに収納された状態で現れた。巨大なマシンアームがコンテナをつかんでベッドに固定すると、蒸気を噴出してベッドがゆっくりと起きあがる。やがて90度、垂直に起きあがった状態でベッドは再び固定され、目の前にはオベリスクのごとくたたずむ鋼鉄のコンテナの姿があった。

 

 その一連の様子を、織斑一夏はIS機密格納庫二階のウォークキャットから見つめていた。興奮に目を子供のように輝かせながら、作業員がとりついてコンテナの封印解放を進めていく様子を見つめる。その隣には、液晶パッドを手にした織斑千冬の姿もある。

 

「あれに…………入っているのか」

 

「そうだ」

 

 興奮を隠せないまま熱のこもった口調で呟く一夏に、隣の千冬が相づちをうつ。

 

「お前の存在が発覚してから急ピッチで倉持技研で製造が進められていた、お前専用の第三世代型IS。つい先ほど、超音速無人輸送機”アンバー・バード”で学園に到着した」

 

「第三世代型…………!?」

 

 驚く一夏。脳裏に思い返されるのは、先日の襲撃事件で圧倒的な戦闘力をふるったブルー・ティアーズの姿だ。あれと同じ、第三世代型。

 

 いや、そもそもと思い出す。

 

 倉持技研の名は一夏も知っていた。日本最大のIS関係企業で、かの打鉄の開発元。ついでに言えば、日本製第三世代型はまだ開発途中で、簪の操る打鉄弐式も未完成の状態なのではなかったのか。にも関わらず、専用機として第三世代型が配備されてきたという矛盾。

 

 それを口にせずとも読みとって、千冬は手にしたパッドに情報を表示しながら説明を続ける。

 

「国際的には確かに日本はまだ第三世代型の開発に成功していない。だが、それは開発途中で仕様変更があった事によるスケジュールの遅れが原因だ。その仕様変更の原因となった、試作モデルをベースに実戦的な改修を施した機体が、今回お前に与えられる機体の正体だ。故に、分類としては第三世代型となる」

 

「……聞いてて一気に不安になったんだけど。何があったんだよその試作機。方向転換ってよっぽどだろ」

 

「別に何か事故があったとかじゃない。それまで日本は打鉄の発展型である近接戦闘型でいくつもりだったのが、イギリスのBT兵器、ドイツで発表されたAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)の発表等を受けて、それらに試作型の性能では歯が立たないとして中~遠距離戦闘能力を充実させる方向に話が進み、お蔵入りになっただけだ。今回届いた機体はその試作機を徹底改修し、完成させたものだ。あくまで”日本代表の第三世代型”として力不足なだけで、IS学園の学生一人に任せられるにしては規格外の完成度を持つ高性能機である事は事実だ。もっとも、第三世代型の特徴の一つである特殊装備の搭載にはこぎつけていないがな」

 

「あー、そういえばここにきてる国家代表候補生の機体って、大抵試作機だったっけ……」

 

 納得した、と頷く一夏。

 

 そうこうする内に封印解除作業が終わり、コンテナが解放される。百桁のパスワード、対核複合装甲、炸裂ボルトによって封印されていたコンテナがその全てのくびきを解き放たれ、ゆっくりとジャッキによって開かれていく。その中から、無数の金属アームによって拘束されていた機体が、ついにその姿を見せた。

 

「…………真っ白……雪みたいだ……」

 

「……形式番号IS784-JX2、開発コードネーム”打鉄白式”……それが、あの機体の名だ」

 

「白式……」

 

 魅入られたように呟く一夏。

 

 その視線の先で、名の通り純白の機体が、作業員達によってロックを解除されていく。無骨な金属アームがはずされていくことで、その美術品といってもよい壮麗な機体シルエットが明らかになっていき、一夏は興奮と感動で息を飲んだ。

 

 確かになるほど、打鉄にどことなく雰囲気はにている。だが、打鉄が防御力重視で重装甲で無骨な感じだったのに比べると、白式は細身で身軽そうなイメージがある。肩まで装甲に覆われているので実際の物理防御力は上かもしれないが、打鉄にあったどことなくやぼったい印象は受けず、先細りの各部シルエットや大きく軽量化されたスカートアーマー等からはまるでアニメの中の主人公機のようなヒロイックさを感じ取れる。特に一番違うのは、そのオプションだ。打鉄ではアンロック型の実体シールドをオプションとして伴っていたが、この機体にはそれが見あたらず、鳥の翼を思わせる巨大なスラスターユニットが備わっているようだ。明らかに一夏の知る既存の機体より遙かに大きいそれは、秘めたる出力の高さを伺わせた。恐らく、あのスラスターから得られる大推力によって敵の懐に踏み込み、近接戦闘に持ち込むという設計思想なのだろう。接近までのダメージを押さえる目的で実体シールドを備えた打鉄とはなるほど受ける雰囲気が違うのも頷ける。同時に、その先述はかつて姉である千冬が暮桜でとっていた戦法と同じである事に気がついて、一夏は自分でもよく分からない誇らしげな気持ちになった。

 

 武装は分からない。別の場所に保管されているのか、コンテナ内部には見あたらなかったが、近接長刀は確定のはずだ。さらにそれだけではないだろう、ある程度の射撃武装やサブウェポンだってあるはずだ。打鉄だってあれだけの武装を使いこなせるのだから、試作とはいえその発展型である白式に使えないはずはない。

 

 あれが、自分の機体になる。唯一無二の相棒に。

 

 一夏はふと、自分の右手に目をやった。そこには、専用機が届くまでの代替機として預けられた打鉄、その待機形態である籠手がはめられている。打鉄も、よい機体だった。だけどあの機体は、もっとよい機体だろう。一時的とはいえ激戦をともにくぐり抜けた打鉄への愛着がないとは言わないが、新型機への憧憬はそれを上回った。

 

 もう、衝動を押さえる事は出来なかった。一夏はいてもたってもいられず、キャットウォークを走り抜け、一階につながる階段を駆け下り、コンテナへと向かう。千冬も止めない。苦笑じみた笑顔を浮かべて、そのはしゃぐ子供そのものの様相を見守る。

 

「全く、ガキだな」

 

 そうして弾む鞠のようにしてあわただしくコンテナの前にかけつけた一夏は、荒れた息を整えながら「すいません」と作業員に声をかけ、白式に近づく。

 

 近くでみる白式は、まさに白、としか言いようのない存在だった。装甲は滑らかでつややかで、真珠のような深い色合いを持っている。手触りはどうなんだろうと想い、一夏は思うまま手を延ばし、その装甲にそっと触れた。

 

 

 

「おはよう、白式」

 

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 それまで騒然としながらもある種の秩序に整理されていた格納庫が、混沌に満たされた。

 

 鳴り響くアラート。

 

 深紅に光り輝く照明。

 

 そして聞こえてくる、『爆発物感知』の放送。

 

 混乱に満たされた世界で、一夏は見た。目の前の白式の装甲の隙間から、何か大きな熱量が光になってあふれ出し、隙間からその機体を分解していくのを。それが、何らかの爆発物が炸裂した事による熱量の解放であり、その内圧によって白式と呼ばれた機体が破壊されていく光景である事に気がついても、しかし何もかもが遅かった。思考についてこれない肉体は、棒立ちしたままそれに正面から飲み込まれる。

 

 光に飲み込まれ、視界が白に塗りつぶされる。何も見えない。その、白盲に落ちた世界の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の姉と。

 

 

 誰か知らない女の子が、一夏の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だいじょぶ。いちか、わたしがまもるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、壮絶な爆音が一夏の耳から音を奪い、猛烈な衝撃が感覚を奪った。闇に満たされた世界の中で、何か分厚く、頼れる何かが、彼を包み込むのを感じ取りながら、一夏は意識を失った。

 

 


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