極東の騎士と乙女   作:SIS

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code:06 計画された不和

 IS学園の奥深く。

 

 地下、と形容しても良い深部にそこは存在した。それは学園の中枢、全システムへの制御権を持つ、総合システム管理室、またの名を第零艦橋という。そのあらゆる外部からの干渉を遮断する最奥で、密かに進められている事項があった。

 

「それで、事情聴取の結果はどうなった?」

 

「はい、その事はこちらの資料に」

 

 中央の席に座る千冬と、その隣にたち資料を手渡す山田。二人のほかに、管理室に人の姿は見当たらない。それだけ重要な案件であるらしい。山田から手渡された資料を目にした千冬は目を細め、そこに記載されている資料に目を通した。

 

 村上響子。周防時子。向井坂葵。

 

 いずれも二年屈指の凄腕達であり……前日、訓練中の一夏を襲撃した問題児達でもある。

 

「織斑先生の仰ったとおり、三人はいずれも数週間前、本島に帰省していました」

 

「……それで?」

 

「本人達の話によれば、その時、喫茶で見知らぬ女性と織斑一夏について会話をした、と……。どうにもそれが、今回の出来事につながったようです。本人達は否定していますが」

 

「プライドばかりの高い子供だからな。他人に踊らされた、という事が受け入れ難いのだろう」

 

「それじゃあ……やっぱり」

 

「どこの国か組織かしらんが、間違いない。謀略の類を仕掛けられたんだ」

 

 やれやれ世話の焼ける、といった風に溜息をついて、千冬は深く椅子に座りなおした。そのまま、天井を見上げる。

 

「……で。罰則はどうする?」

 

「IS委員会本部は、最低でも半年の停学か一年のIS搭乗禁止、あるいは退学と……でもそれは」

 

「論外だな」

 

 千冬は不愉快そうに吐き捨て、現実を未だに見据えられない老人達に怒りをあらわにする。

 

「それこそが首謀者の目的だと何故分からない。織斑一夏、新一年生、30のISコア、そして学園の機密データ。いくらIS学園の防衛設備が強固といっても限界がある。むしろ、これらの情報を守るには足りなさすぎる。そんな正念場で、二年の中でも腕ききを外す? あり得んな。そして、どう考えても謀略をしかけてきた奴の狙いはそれだ」

 

 そう。

 

 問題の三人組、特にリーダー格の響子の戦闘力は、二年の中でも上位に位置する。一年のセシリア・オルコットに負けたがそれは同時に、第二世代型量産機かつ一般生徒が、第三世代型かつ国家代表候補生に食い下がった事になる。戦闘中でも、光速のレーザーを予備照射を感知して回避するという高い技量を見せており、もし彼女が長期離脱するような事になればIS学園の防衛能力は著しく低下する。

 

 だからこその、このタイミングで。卑怯な謀略者は彼女達の耳に悪意を吹き込んだのだ。

 

「でも、罰を与えない事には対外的には……」

 

「無論、罰は与える。だが」

 

 千冬はどこか熱のこもった声で、山田を諭すように続けた。

「IS学園は武装し、兵器を扱っている。だが、あくまでここは学園であって、軍事施設であってはならんのだ。そして、少女たちは皆、軍人ではなく生徒としてここにいる。学生はな、間違う事もまた仕事なのだ。そしてそれを許すために、私達は先生なんていう面倒臭い物をやっている。……違うか?」

 

「いいえ、違いません」

 

「そうか。……さあ、忙しくなるぞ。何せ明日の入学式……トラブルが約束されているのだからな。頼りにしているぞ、山田先生」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本沖合、大西洋。

 

 既に日本の港は見えないが、とはいってもまだ日本の領海の端には程遠い、そんな中途半端な海域。

 

 そこを飛行する、飛行機械の一群があった。

 

 数は四つ。うち三つは、IS技術をフィードバックされた最新鋭戦闘ヘリTH-135S。そして一つは、非常に特徴的な構造をした、輸送ヘリだ。ヘリには珍しく双胴のボディを三つのユニットで繋ぎあわせ、四つのローターで飛行するそれは周囲を取り囲むヘリと比べても明らかに巨大で、異様な空気を放っていた。

 

 その輸送ヘリの名は、通称ペキンダック。公式な形式番号は存在せず、IS学園で独自に運用されている人員輸送ヘリである。普段は学園と都市部を行き来する人の為に使われているヘリの中には、いつもと違いその広大なペイロードをフルに使い、特別な人員を輸送していた。

 

 すなわち、この学園における新一年生たちである。

 

 彼女らは皆、日本から一般公募された人員たちだ。外国出身の、あるいは企業からの推薦で入学してきた者達は既に別ルートで学園にすでに入学している。それもあってか、ここにいる者達は皆、同類達と自らの夢の成就、そのきっかけを前にして興奮を隠せずにいた。

 

 皆が皆、指定された席を離れ、窓際に集まり。やれあれが見えたこれが見えた、等とはしゃぎ。あるいは学園に入学してからの事に思いをはせる。

 

 無理もない。IS学園への倍率はそこらの一流大学等比較にならないほど高く、どんな実力があったとしても確実に入学できるとは限らない。そんな凄まじい倍率を潜り抜けるには、しかしやはり確かな実力が必要であり、彼女達はその為に年若い命を捧げてきたといってもいい。ならば、多少は羽目が外れてしまってもしょうがないといえよう。

 

 そんな風に和気あいあいとした空気の中。

 

 ……一人。その空気に溶け込めない、否、溶け込んではならないと自省している少女がいた。

 

 背は性別と年頃を考えればそれなり。顔立ちは整っており、スタイルも良い。長い髪をポニーテイルにして揺らしているその姿は一般水準よりかなり高く、きりりと引き締められた表情が性格を無言のうちに語っている。総じて、非凡な素養を感じさせる少女ではあったが、彼女の心の中は陰鬱に沈んでいた。

 

 何故か。それは、今ここにきて、自分が場違いである事を思い知ったからだ。

 

 少女達の会話に混じる、高度な計算式や科学技術、あるいはここに至るまでの鍛錬と忍耐の日々の思い出。そのいずれもが、落ち込み少女にとっては遠い世界の事で、なおさら自分自身がはじき出されているような錯覚を感じる。

 

 それも、仕方ないのだろう。

 

 何故なら彼女は、この中にあって……唯一人、IS学園への入学を”強制”された存在だからだ。

 

 少女の名前は、篠ノ之箒。……ISの発明者である篠ノ之束博士の、実の妹である。

 

 箒の過去数年間は、何もかもが誰かの都合で振りまわされるものだった。姉の開発したISの存在から、危険人物、あるいは重要参考人物として、父と母、祖父からも引き離され、安全の為とひっきりなしに転校を繰り返させられ、誰にも手紙すら送る事のできない毎日。中にはそんな自分を気にかけてくれる友人も数名いたが、いずれも仲を深めた数日後には箒が転校し、すぐに疎遠となる。そして大多数の人間は、箒のような異物に関わろうともしなかった。それでも、彼女は彼女なりに努力を重ねていた。勉学に武芸、唯姉の妹としか見ない周りの視線を振り切ろうと努力し、己のアイデンティティを確保しようと躍起になった。ままならない現状への怒りを、剣に込めて剣道の道に突き進んだ事もある。

 

 だけど。

 

 そんな事は結局何の足しにもならず、彼女は政府の都合、国の都合で振りまわされた挙句、ここにいる。

 

 己の意思など関係ない。ただ、篠ノ之束の身内として、IS学園という世界で一番安全な監獄に、こうして”護送”されている。その事についても諦めはもうついていた。もう、好きにしろというやけっぱちな心境ではあったが。

 

 それでも、こうしていざ普通に入学しようという少女達に囲まれると、自分がひどく惨めに思えてきてしょうがない。入学の為の努力を何もしなかった、ただ国の都合で学園に入れてしまう自分を、周りの少女達が知ったらどう思われるか。そして、そんな輝ける少女達の中で、実力もないのに学園に放り込まれてしまった自分は果してやっていけるのか。そんなネガティブな感情が、箒の中にしとしとと沈殿していく。

 それでも。それでも、逃げ出せる場所なんてもうないのだ。

 

「…………一、夏」

 

 口からこぼれおちたのは、幼馴染の名前。幼いころに交流し、淡い思いを育てていた相手の名前。

 

 最近の彼が、どういう状況に立たされたかのは聞いている。世界で一人のIS操縦者として、IS学園にモルモット同然で放り込まれた彼の事は。

 

 最初は、暗い悦びを覚えた。自分だけじゃない、同じような存在が学園に少なくとも一人はいる。そして彼は、箒にとって特別な人間……初恋の人だった。もう会えない、そう諦めていた仲での再会の予感。そして、自分と同じように周囲に振り回され、場違いな環境で孤立する孤独感を共有できる人間の存在に、彼女は安堵さえ覚えていた。

 

 だけど、その思いはすぐに暗転する。自分にとっては大事な人でも、織斑一夏にとってはどうなのか。かつて、親しい友人であった事は確信できる。でも、それから何年もたった。友人の一人も作れなかった箒と違って、一夏は普通の環境で、たくさんの友人に囲まれてきたはずだ。なんだかんだで弟思いの姉や、一緒に馬鹿をする男友達……弾の事もある。そんな輝ける人生を送っていた一夏にとって、篠ノ之箒はただの幼馴染、過去の友人の一人なのではないか。いや、いっそ自分の事など忘れてしまったのではないのか。そういう暗い考えはふっと浮かび上がると、瞬く間に箒の意識を食いつぶした。

 

 会いたいとは思う。でも、会いたくもない。

 

 そんな相反する懊悩、現状への不安と絶望、それらを抱えて身動きできなくなった箒は、ただひたすら席で縮こまっているしかなかった。

 

 だから、だろうか。

 

 隣にそっとよりそってきた、一人の少女の存在に寸前まで気がつかなかったのは。

 

 

 

 

「その、ここ……いい、でしょうか?」

 

「え?」

 

 微かな、それでも鈴を鳴らすような響きの良い声に、箒ははじかれたように顔を上げた。

 

 いつからそこにいたのだろう。箒の斜め前に、一人の小柄な少女が立っていた。髪の色は、見た事のない淡い水色。目にはちょこんと眼鏡をかけている。どことなく博識そうにも見えるが、全体の気弱げな雰囲気がその眼鏡を自身の無さを強調するような印象へと変えてしまっている。背は、箒よりもあきらかに低い。

 

 だが箒にとってそんな印象より、何故少女が自分に話しかけてきたのか、そちらの方が気になった。

 

「……私の、隣に?」

 

「は、はい」

 

「すまないが……私の隣にいても何も面白くは無いぞ? それより、他の子と話に言ったらどうだ。そちらの方が話も弾むだろう」

 

 私の事は放っておいてくれ、そう暗に含めた箒の言葉だったが、それに少女は、ふるふると首を振る。

 

「騒がしいのは、苦手、で。……もし、迷惑じゃなかったら、隣にいても……?」

 

「……そうか。それなら、まあ。……私も、騒がしいのは、苦手でな」

 

 箒の言葉に、少女はほっとしたように溜息をつき、そそくさと隣の席に沈みこんだ。それが視線を避ける小動物の動きのように見えて、どうしようもなく、箒は自分自身の姿を重ねてみてしまう。

 

 もしかして、この娘も……何か、人に言う事の出来ない懊悩を抱えている。そんな風に感じ取り、どことなく、箒はこの少女に関心を抱き始めていた。

 

「私は、篠ノ之箒。君は?」

 

「更識簪」

 

「そうか。良い名だ」

 

 それきり沈黙。周囲が騒がしいので静寂、とまではいかなかったが、箒はその無言に居心地の良さを感じながら、ぼうっと時が流れるのを感じていた。

 

 ややあって、ぼそりとつぶやく。

 

「……気にしないんだな、私の名を」

 

「?」

 

「……篠ノ之、という名をだよ。IS開発者、篠ノ之束は私の姉だ。気がつかなかった訳ではあるまい」

 

「……」

 

 無言の肯定。それに、箒はどこか嬉しくなって頬を緩めた。

 

 今まで、箒の名、正確にはその名字を聞いて返される反応はだいたい決まっていた。最初に疑い、次に明らかな下心を見せて近づいてくるか、あるいは憎しみを見せるか。そのいずれもが、あくまで姉の篠ノ之束の存在を意識してのものであって、箒その人をみた反応であった事は一度もない。それ故に、箒には簪の反応が新しく見えた。そんな箒を見つめながら、簪はぼそり、とつぶやく。

 

「私にも……姉がいるから」

 

 言葉は一つ。

 

 それでも、箒は簪の瞳の中に、よく知った輝きを見出していた。毎朝、鏡の中で。ふとした時、窓ガラスの中で。

 

 一言ではとても言いつくせない、複雑な輝き。嫉妬と羨望、愛情と憎悪の入り混じったその色を、箒はよく知っていた。

 

「そうか……。なあ、もしよかったら……」

 

 おずおずと、手さぐりで会話を切りだす。

 

 久しぶりの感覚。なんだか懐かしくなって、箒は少しだけ苦笑した。

 

 そして。少しだけ、学園生活を楽しくするために、今ここで頑張ってみようとも思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけども。

 

 多くの人間達は気が付いていなかった。

 

 IS学園を取り巻く多くの悪意、策謀。IS学園の門をくぐる、その前から彼女達を襲う試練は始っていた事を。

 

 遠く、未だ見えぬIS学園。

 

 その防衛設備が、静かに動き始めている事を知っているものは、世界にそう、多くは無かった。

 

 

 

 

 

 

 宴が始まる。

 

 天を穿ち、海を割る、破壊の宴が。

 

 


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