極東の騎士と乙女   作:SIS

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code:00 避け得ぬ運命への警鐘(1)

 

 

 第二回、IS世界大会モンドグロッソ。

 

 その戦いは、ある意味人類の持つ”攻撃力”という概念への挑戦であったともいえる。

 

 第一回IS世界大会において、優勝をもぎ取った一機のIS。まだ世界がISの存在を理解しきれず、稚拙な模倣に過ぎない準第二世代が主力であったその時代、それでも戦略爆撃機や最新鋭戦闘機、原子力潜水艦すらも凌駕する戦略的価値を秘めたその兵器が凌ぎを削り合うという人類史上最大の闘争の渦で勝ち残ったその機体。

 

 名を暮桜と呼ぶその機体が最強の位置に立った最大の理由は、その機体が最強の攻撃力を秘めていたからだ。

 

 触れさえすれば、一撃であらゆる機体のシステムをダウンさせる特殊能力。

 

 触れるための、あらゆる防御をかなぐり捨てて手に入れた圧倒的機動性。

 

 まさしく自らを一振りの刃と変えて、あらゆる敵を両断せしめる。

 

 それこそが、暮桜と呼ばれたISの正体であった。

 

 故に。

 

 第二回世界大会では、あらゆる陣営が己の想像する攻撃力を顕現させ、その力の元に相手を下そうと試みた。

 

 ある者は、規格外の巨砲で持って。

 

 ある者は、ISという規格を逸脱する質量でもって。

 

 ある者は、禁じられた兵器を持って。

 

 それは正しく、人類の愚かさこそが形となった瞬間でもあった。闘わなければ生きていけない、悪意を持たなければ存在できない。自然という母親にすら刃を突き付け、欲望のままに同報を殺しつくしてきた人類というただの一種族が抱えてきた、非生産的な喜悦の発露だ。

 

 最初の一試合で会場が使い物にならなくなった。

 

 次の一試合で、臨時会場となった海上が汚染しつくされた。

 

 さらに次の一試合で、環境保護団体から苦情が送りつけられた。

 

 そんな、濃密に濃縮された闘争の時間、何重にも濾し取られた敵意と悪意の滴が数滴。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 その数滴のうち二つが今、太平洋上の臨時戦闘空域で睨みあっていた。

 

 第二回モンドグロッソ、準決勝戦。

 

 一機は、日本代表にして前大会優勝者、織斑千冬。

 

 装着ISは、世界最強の名を持つ準第二世代型IS、暮桜。

 

 対するは、イギリス代表にして今大会が初実戦となる、シェリー・アビントン。

 

 装着ISは、狙撃型と称される第二世代型ISプリンセス・オーダー、通称Por。

 

 かたや、世界最強の攻撃力を持つ暮桜。かたや、カタログスペック上は大した攻撃力も機動力も持たないはずの、遠距離攻撃特化とみなされる狙撃型。

 

 下馬評では圧倒的に暮桜が優位であり。試合開始前のこの睨みあいの間も、観客の間にはゆるい緊張感が漂っている筈であろう。

 

 だが、理解しているものもいた。

 

 この試合こそが、世界最強の一撃を決める一戦であると、理解していたのだ。

 

 当たれば世界最強の攻撃力を持つ暮桜。ならば、Porは。

 

 プリンセス・オーダー。王女の下命。その意味は、あらゆる状況において、オペレーターの指示を正確に実行する事。正確無比に、狂いなく。筋肉一本の乱れなく、モーターの1mmの狂いなく。かみ合う複合装甲とアクチュエーターは、想像の中ですら許されない精密作業を現実のものとする。

 

 そう。狙撃特化ではなく、操作特化。それこそがPorの真価。

 

 オペレーターであるシェリー・アビントンの力を、100%以上引き出すための。

 

 暮桜のオペレーターである織斑千冬は、剣術の達人である。極限まで鍛え上げ、実戦を経験した達人の業は、時に常識などという古い価値観を切り捨てていく。そんな彼女にとって、その太刀筋を知らぬ技術者が作り上げた暮桜はあくまで鎧でありIS以上の意味を持たない。むしろ太刀筋という一点においては、足手まといですらあるだろう。

 

 Porのオペレーターであるシェリーは、優れた狙撃手だ。それも、むしろ遠距離射撃よりも中距離での早撃ちを得意とするタイプ。織斑千冬と同じ努力した天才である彼女であるが、織斑千冬と違い彼女の機体は、彼女を良く知る者が手掛けた機体だ。そもそもPorは、彼女の能力、それを限界以上に引き出す為に作られた。

 

 振るわれる刃と、振らされる刃の違いともいえる。

 

 シェリー・アビントンの振るうPorは何ができるのか。

 

 必中。

 

 文字通りだ。相手がマッハ12で飛行していようと、分厚い複合装甲で全身を覆っていようと。超出力のプラズマを全身にまとっていようと。瞬時に相対速度と未来位置を予測し、数少ない稼働の為の隙間を見出し、磁場の干渉しあい弱まる部分を見抜き、手に取ったたった一挑のスナイパーライフルの一撃を敵の中枢に届かせる。

 

 決して、彼女の選んだ狙撃銃は最強の武器ではない。だが、IS用に開発されたそれは彼女の必要とする弾速と精度を持ち、大会基準で定められたシールドバリアエネルギーの容量をただしく削りきれる破壊力を持っていた。その前に、攻撃力だの機動力だの防御力だのは、飾りに過ぎない。

 

 冷徹な計算式である。絶対に当たる弾丸である以上、彼女が必要な回数引き金を引く、それだけで相手は倒れる。例外は無い。

 

 その事実を基にした時、この戦いは二つの絶対のぶつかり合いとなる。

 

 絶対に相手を切り裂く刃と。

 

 絶対に相手に当たる弾丸。

 

 そして暮桜の防御力は高くは無く、Porではなくハイパーセンサーの補助を受けたシェリーは自らを狙う狙撃銃の弾丸すら撃ち落とせる。下馬評は何も真実を語らない。

 

 世界最強のIS暮桜に新進気鋭のISプリンセス・オーダーが挑むのではない。

 

 イギリスの王女、シェリー・アビントンに織斑千冬が刀一振りにて挑むのだ。

 

 その事を、対峙する二人は分かっていた。理解していた。

 

 誰よりも。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「…………流石」

 

 視界を覆う、どころか完全に頭部そのものを覆い隠す、Porのヘッドギア。その中で、シェリーは唯一ISの動作と連結していない唇をちろりと舌でなめ、乾いたそれを潤した。

 

 外見からすると、Porはいわゆる全体装甲型だ。シールドバリアーがあるがゆえに実体装甲を軽視しがちな元々のISの設計概念と、実際機動力とシステム支配力に悪影響を与えるという理由から大抵のISは装甲をほとんど持たず、コアシステムと連動したパイロットスーツが真の装甲として機能しているのがほとんどだ。今、彼女が相対している暮桜こそ、その系統の筆頭だろう。

 

 無論、シェリーとしても全体装甲は流石に勘弁願いたいというのが本心である。

 

 故に、だ。

 

 これは全体”装甲”ではない。確かにある程度の物理防御を持ってはいるが、それはISのシステムやシェリーを守る為ではない。もっと別のものを守る為に与えられたものだ。

 

 装甲板の下には、無数の観測センサーとニードルが備わっており、太さ数マイクロのニードルはパイロットスーツを貫き、シェリーの神経間にその切っ先を届かせていた。それは脊髄や脳も同じで、装甲の下、シェリーのあらゆる神経系はそれらの端末によってISと同調しているといってよい。それらのシステムにより、シェリーの意識は直接Porを操作している。普通のISが腕を動かした結果各種装備が稼働するのに対し、Porの場合は本来の腕や足が、稼働した外装につられて動いているといっても良い。これがPorが全体装甲型である理由であり、超精密操作が可能な理由でもある。そして装甲部分の強度は、これらシステムの保護と同時に外骨格としてPorの全身を駆動させる為のものなのだ。

 

 そんなPorの指先が、しなやかに動く。まるで絹糸の束がしなるようにして全身をひねり、長大なスナイパーライフルを構え直す。そして指先からシグナルが発信され、それに答えたスナイパーライフルが火を噴いた。

 

 文字通りの爆炎。規格外の火薬量によって発生した超輝度のマズルフラッシュが、フィルタごしにシェリーの目に映り込む。

 

 凄まじい反動に、ライフル内部の衝撃緩和装置の容量が飽和し大量の気化した衝撃吸収剤が蒸気のように噴出し、それでも抑えきれなかった衝撃にPorの装甲板が互いに噛みあい、大きくしなった。ビリビリというより、ぐっ、という加速時のGにもにた圧力がシェリーの生身にのしかかる。

 

 同時に、対面する暮桜の方でも大きな閃光。

 

 暮桜に射撃装備はない。であるならば、それは超高速で飛翔した弾丸の着弾によるものであるとしか考えられない。事実、ハイパーセンサーとシェリーの直感は自信の放ったライフル弾が暮桜に命中したのを確信していた。

 

 だが。

 

 大会側から提供されている暮桜の機体データに、変化はない。暮桜のシールドエネルギーは一寸たりとも減少していなかった。

 

「そう来るのね」

 

 手早く次弾を装填し、再び構える。その間に、暮桜はゆっくりと彼我の距離を詰めていた。

 

 そう、ゆっくりとだ。超高速を誇る暮桜がそれを捨てて、ゆっくりと間合いを縮めていくその様子は、観客にはさぞ不気味に写っただろう。

 

 直前の絶技があるが故に、なお。

 

「まさか、抜刀で私の狙撃を切り落とす、なんてね。噂通り化け物じみた腕前な事」

 

 そしてその事実が、織斑千冬の戦術を物語っていた。

 

 暮桜がPorを倒す方法はたった一つ。狙撃を潜り抜けて、一撃をPorにいれる事だ。だが、ミサイルどころか銃撃すら撃ち落とすシェリーの超人的な技能は、これまでの試合において披露してしまっている。いくら暮桜が早くても、大型レールキャノンの弾体よりは早くはない。うかつに飛び込んでも、撃ち落とされるだけだ。

 

 故に織斑千冬は、防御を選んだ。飛来するスナイパーライフルの弾丸を抜刀術で切り落とすというとんでもない方法だが、それで防御できる事に変わりは無い。切り払いなどゲームやアニメの世界の話だとシェリーは思っていたが、織斑千冬の超人的な剣術と暮桜のパワーアシスト機能はそれを現実にしてしまったらしい。そして、今の絶技が偶然や奇跡等ではなく、例え二射目を放っても同じ結果になる事をシェリーは確信していた。

 

 こうなってしまうと、戦術も何もない。

 

 距離があれば、Porのライフル装填の隙は十分だが、暮桜も次の構えをとる時間がある。撃っても切り落とされるだけだ。一応Porが有利ともいえる間合いでもあるが、それは置いておく。

 

 だが距離が縮まってしまえば、Porは次弾を装填する間もなく、連続瞬時加速で距離を詰めてきた暮桜の刃の露と散るだろう。一度の踏みこみで間合いに入れる距離ならば、もはや暮桜がわざわざ居合いの構えをとる必要は何もないからだ。

 

 だからPorが勝利する方法はたった二つ。うち一つは、先ほど言ったように距離がある間にスナイパーライフルを撃ち続け、織斑千冬の対処能力が限界を迎えるまで攻撃を加える事。織斑千冬とて人間だ、永遠に超音速で飛来する狙撃を切り落とし続けるのは不可能だ。

 

 だが、この策は不可能。なぜならば。

 

「……偶然、それとも見抜いていた? とっておきの狙撃銃なのに……」

 

 今、Porに装備されているスナイパーライフル。それは外見こそシェリーが今まで使っていたものと同じだが、中身はまるで違う。より高出力の弾丸をより高精度で。調整に半年以上の時間をかけたそれは、今まで使っていたそれとはまるで別物だ。この銃ならば、暮桜程度の防御力なら一撃で仕留める事も可能。だが一方で、高火力の代償として銃身寿命が非常に短く、連射は到底不可能だ。それを承知で対暮桜用に秘密兵器として秘匿していたのだが……。今回はそれが逆に仇となる結果となったといえよう。

 

 もっとも、その事を警戒して秘匿していたはずなのだが。恐るべきは織斑千冬の直感か観察力か。

 

 こうなってしまうと、Porが勝つ唯一の方法。長距離と近距離の境目、暮桜が刃を構え直し居合いの構えを完成させるよりも早く、Porのスナイパーライフルの装填が終わる距離で、直撃を狙うしかない。

 

 だが、そんな事は暮桜も分かっている。あちらがゆっくりと動いているのは当然、その危険距離ギリギリまで近づいてから、急加速で突っ込む為の前準備に他ならない。故に、勝気は一瞬。刹那よりも短い瞬間を捉えられなければ、シェリーの敗北は決定される。

 

 プレッシャーがシェリーの心に重くのしかかる。だがそれをふっと笑い、あえて彼女はPorの全身にみなぎらせていた意思を穏やかに凪がせた。ISという器に意思という液体を満たしながらも、余分な揺れは沈めていく。

 

 距離系は見ない。ただ、己の感覚を信じて、その時を待つ。

 

 

 

 やがて。

 

 

 

 戦場に一発の銃声が轟き。

 

 

 

 そして、長い静寂が訪れた。

 

 

 

 




こちらでははじめまして。SISです。
Arcadiaおよびpixivで活動していましたが、今回からこちらにもお邪魔させていただく事にしました。
これからもよろしくお願いします。

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