Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月7日⑩ 断たれた伝説

 宝具を開帳されたのだから、セイバーもライダーの真名を把握している。

 それでもセイバーには関係がない。相手が誰であろうと、セイバーは間違いなく日本最強であり、主の剣であり盾である。それが彼の誓い故に、セイバーは刹那も怯む間なくライダーと明を追った。

 

 景色が飛ぶように過ぎていく。眼下に見える街並みは、人がいないかのように静まり返って、暮らしの明かりもひそやかである。おかげで直ぐにライダーを乗せる白い鳥を捉えることができた。

 

 鳥は目的地があるのかないのか、美玖川周辺を旋回しているようだ。ライダーの舟はもっと早く飛べるのかもしれないが、生身の人間であるシグマと明を乗せているのだから速度には限度があるのだろう。

 セイバーには烏の背中に立つライダー、座るシグマと横になっている明の姿が視えた。

 

「マスター!!」

 

 明は気を失っているのか、セイバーの声に応えない。それと同じく、飛行艇の上に仁王立ちしているライダーと目があった。

 

「――来たか」

 

 ライダーの肩に留まっていた烏が俄かに姿を消して、ライダーの中に吸い込まれた。その直後、彼は自ら飛行艇の上から飛び立った。

 自律制御された剣がライダーに先んじて、セイバーを貫かんと突撃する。

 

 

「――!」

 

 剣の自律を承知しているセイバーは草薙剣でそれを弾き、火花を散らした。今セイバーの最優先目的はライダーを倒すことではなく、明を救出することだ。彼の目は神舟を追うが、白き帝はそれを許さない。

 ライダーが飛び立つと同時に振り下ろされた右腕と同期したかのように、弾かれた直刀は向きを変え、再びセイバー目がけて撃ちだされる。

 

「ふむ」

 

 シグマたちを運ぶことを舟に丸投げしたライダーは、剣を操り遠慮なく速度を増してセイバーを襲う。自由自在に操られる剣は、曲芸のごとく奔放にセイバーを四方八方から斬りつけようとするが、両腕の力で振るわれる剣の威力には敵わず、何度もあえなく弾き返される。

 だが攻撃力は脅威ではなくとも、一撃一撃はセイバーにとって煩わしくライダー本体を攻めづらい。魔力放出を駆使して全力で叩き落としているが、草薙と同じく、いや神そのものである剣神は決して折れない。

 

 夜空を舞台に二騎が走る姿は幻想じみて、神話の再現――いつしか二騎は美玖川を遥かに離れ、春日駅周辺のオフィス街上空へと場所を移していた。戦いながらである為音速には至らぬものの、その速さは常人には捉えがたい。ライダーは空を旋回して戻ってきた己の剣を肩に乗せ、笑った。

 

「さて、俺にはあの(おんな)をどうこうする気はないが――シグマに任せておいていいのか?あやつ、なかなかに愉快な嗜好持ちだぞ!」

 

 その時、ライダーは力任せに己が剣をセイバーに向けて投擲した。セイバーの眼は易々とその剣の軌道を捉えて、先ほどまでと同様に叩き落としたのだが――その瞬間、ライダーは妙な事を口走った。

 

開闢せし断絶の剣神(ふつのみたまのつるぎ)!」

「!?」

 

 勿論、その手に剣はない。セイバーを狙うにしても――そもそも剣の形をとる宝具でありながらその手に持たずして真名解放したところで何も起こらない――と、セイバーが思ったのも一瞬だった。

 遥か下方、先ほどライダーが剣を投げ、セイバーが叩き落として落下していた――つまりはセイバーの真下のビルとビルの隙間から、魔力の極光が放たれた。教会で解放されたときとまったく同種の光が夜の闇に迸る――!

 

「ッ!!」

 

 空中では足元の踏ん張りがきかない分、セイバー自身の機動にも鋭さが失われる。それでも彼は持ち前の俊敏で身を翻した。ただの人間であれば焼き果たされている熱量が、セイバーの約五メートルとなりを走り抜けていった。

 されど真下から猛烈な勢いで走り上がる光柱を回避できたのは、一瞬気づくのが早かったこと、そして大きくは手で振りぬいておらず狙いが正確に定まっていなかったため。宝具開放によって放出された濃い魔力の後を感じながら、セイバーは遥か下――春日のオフィス街を見下ろした。

 

 ここは春日の中心地だ。昨今の異常事態で、夜の春日は極めて人が少なくなっているとはいえ、全くの無人ではない。特に警邏中の警官などには、今の光は超常現象かと怪しまれてしまうだろう。神秘の秘匿にこだわる明のことを思い出し、セイバーは急いた。

 

 

「――貴様」

 

 いつの間にか宝具たる剣は再びライダーの手に収まっていた。今のあれは自分で振りぬいていないためか、威力は教会より控えめで狙いもぶれていたが、まごうことなき宝具の開帳だった。

 

「矢張り両手で振り抜かねば威力は落ちるな。……しかし何も驚くことではない。あれは今や(ワタシ)の宝具だが、元々は神霊であり公よりも高位のモノであったのだから」

「――経津主神(ふつぬし)か」

 

 

 布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)

 

 かつて建御雷神が葦原中国を平定する際に使用した剣。そしてナガスネヒコ討伐に失敗したライダー一向を熊野にて救った、魔を退ける剣。その剣は神である経津主神、剣の威力そのものである神を剣とした代物。

 それはセイバーの天叢雲のように「神が造った剣」ではないために、神造兵装ですらない。「剣の神」――神霊が剣の形をとっているに過ぎない、神象宝具。

 

「……神霊は聖杯によって呼ぶことはできないと聞いたが」

「だからこやつは神ではない。あくまでこやつは公の『宝具』として現界している。神霊としては人型もあるが、そういう制約でこいつは剣でしか現世にいられぬ」

 

 セイバーの認識通り、本来神霊をサーヴァントとして召喚することはできない。だが経津主神は神霊としてではなく、ライダーの宝具としてあることで現界を可能にしている。ゆえに神格自体は持ち合わせていない。

 

「とはいっても神霊は神霊。人格ある剣、意志ある宝具。今はおとなしくさせているが、公の真名開帳がなくとも自ずからその威力を振るうことができる」

「やはり、お前は――」

 

 今更確認の必要すらないが、セイバーはその真名を口にした。ライダーは面白くもない顔をして肯う。

 

「当然だ。公は秋津島における開闢の帝。集合より生まれた原初の人間。それ以外の何物でもない」

 

 

 ふん、とセイバーは鼻を鳴らした。もう驚くべきことではないが、奇妙なことがまだ一つある。このライダー、短時間に二度も宝具を解放している。

 おそらく今のも前回のも、本当の全力を尽くして放ったのではないにしても、今のライダーは余りにも変わらなさすぎる。汗ひとつかかず、顔色一つ変えず、悠々と構えてセイバーに対峙し続けている。

 一体魔力源たるマスターは、どのようなからくりをしているのか。まさか無尽蔵の魔力ではあるまいが、不可解な事がライダーに関しては多い。

 

 今やセイバーの視界に神舟の姿はない。そして明とのパスから伝わる感触では、彼女はまだあの船、美玖川周辺に留まっているのだろう。異状は感じられないが、あの得体のしれない女魔術師と一緒であるとすればゆっくりなどしていられない。

 

 ライダーは倒さねばならない。だが、それは今すぐなすべきことではない。セイバーは一度深呼吸すると、ライダーが追いかけてくることを承知で彼に背を向けた。

 

 セイバーは背後を気にしながらも、全速力で音速を超えオフィス街から美玖川へと急いだ。黒々とした川が流れるその上を、先ほど見た神舟が旋回していた。しかし、その上にはすでに明の姿も、シグマの姿もなかった。

 

 

「……どこへ」

 

 ぞわりと走る悪寒。背後に間違いなくライダーが接近してきている――後ろを振り向けば、迫るのはブーメランの如く飛来した剣。とっさに剣でわが身を庇うが、衝撃までは殺しきれず落下する。眼下には大橋のかかる美玖川が流れている。

 

 そして、セイバーの目は上空から落下してくるライダーの姿を捉えた。サーヴァントにとって空中からの落下は大げさに騒ぎ立てることでもない。そしてセイバーは、落下地点が川だろうと海だろうと恐れない。しかし、それはライダーも同じであろう。

 

 二騎は水しぶきを跳ね上げて、水上にて対峙する。海神の加護を受けた双方は自分が踏みしめているのがまるで大地であるかのように、川の上に立っていた。

 

「―――海神の娘の子であったな、ライダー」

「―――お前は、剣と――妻の命と引き換えに加護を得たのだったな」

 

 ライダーはセイバーの言葉を歯牙にもかけず、頭椎の太刀を向けて告げる。紅い目は細められ笑っている。

 

「……お前のこれまでの行いは、御雄からおおよそ聞き及んでいる。その上で問おう。お前の目的は何か?」

「……」

「『日本最強』が目的、というわりに、お前はマスターに気を使い過ぎている。お前の目的は、日本最強などではない」

 

 それは、セイバーとて自覚していた。かつ目の前のライダーは、会ってからほどないくせに、セイバーのことをセイバーよりもわかっているようにすら感じた。

 

「もしお前がその目的のために、赤心を以て公に嘆願するのであれば、聖杯を譲ってやらんこともない。答えよ?」

 

 ライダーが嘘をついているようには見えなかった。もし本当に願えば、聖杯を譲りそうな気がした。しかしセイバーは今も昔も、聖杯に興味はない。

 

 

 ――目的。そんなもの、こっちが聞きたい。

 

 皇子は人の気持ちがわからないと、言われてきた。しかし、人の気持ちをわかるようになるその前に、自分の気持ちがわからない。

 かつての仲間の願いたればと目指した日本最強となる目的が敗れても、今セイバーが剣を握る理由は何か。

 明を助けるために戦っていることに間違いはないのだが、ただ体を助けるだけでは駄目だとわかっている。

 

 ――そして、彼女には彼女自身のために生きてほしいと思っているのに、今の己は……

 

 

 思考に耽っていい相手ではない。セイバーは鋭く声を放った。

 

 

「……聖杯は要らない。明を返せ」

「……ふむ、結局道具の枠から出れぬのならそれもよい。それはそれで生き様であり、道具には道具の幸せがある」

 

 ライダーの纏う空気が、一気に氷点下にまで下がる。セイバーの体は万全の状態には遠く、今宝具を撃つことは叶わない。セイバーの構えた剣は既に蒸気を纏うことなく、天叢雲剣として蛇行したモノの姿を見せている。それでもセイバーは引かない。

 引くことはすなわち、むざむざとマスターを連れ去られることを意味する。

 

 

「エイ、シヤコシヤ!」

 

 ライダーの体が水上を疾走し、それより早く放たれた剣がセイバー目がけて突き刺さる。天叢雲剣で見事に弾き返すが素手のライダーが迫る。自律操作される剣が前後左右なく襲い掛かってくるのと同時に、正面よりライダー自身が迫る。

 

 弾かれた剣を曲芸師のごとくに受け止め、ライダーは正面から胴を狙い突き刺す。剣は鎧を掠め火花を散らし、双方は入れ違い立ち位置を変えた。先手必勝――セイバーはライダーに背を向けたまま両手で剣を握りしめ、気配を頼りに振り返り様に切りつける。

 

 鋭く金属がかち合う音が響き渡ったが、セイバーが目にしたものは断絶剣によって受け止められた。ライダーは背後を向けたまま――自律の剣がそれだけで斬撃を受け止めていた。

 

(……面倒な)

 

 戦闘技術的にはむしろセイバー自身の方が僅かに上ともいえる。だがそれ以上に意志を持つ剣の自在さが障害となっている。いや、ライダーは剣の操作を考慮して戦っているのだから、結局スタイルが違うだけで技術に差はないのだろう。

 

 剣が半飛び道具と化している同程度の敵との経験が乏しいだけで、目が慣れればどうにかなる自信はある。セイバーは剣を弾き、ライダーから距離を取った。

 

 景色は暗く、星の明かりはわずか。遠く離れて左手に見える大橋のライトが届くものの、それ以外に光源はない。細く長い息のあと、セイバーは水上を走った。

 

 目に映らない速度で上段から叩き付けられた剣は――当然のように断絶剣に止められるがセイバーは力任せにそれを弾き返すことをせずに、競り合った状態の断絶剣の柄を掴んだ。一瞬だけでいい、この邪魔な件の動きを止めて、右手だけで掲げた天叢雲剣をそのまま振り下ろす!

 

 空気は震え、静かな川面がさざめいた。ライダーの籠手が、神剣を防ぐ。剣は深く食い込んではいるものの、その腕を、骨を断つには至らない。片手だけではやはり力が乗り切らない――その時、ライダーの唇が動いた。

 

 

開闢せし(ふつのみたまの)――」

 

 その言の葉に応じ、断絶剣が光を帯びる。ほとんど反射でセイバーはその剣から手を離し着地すると、すぐさまライダーから距離を取る。やおら己の剣を手に取ったライダーは、汗ひとつ流さずに三度目の宝具開帳を行わんとしている。

 

 

 断絶剣を中心にして白い渦が激しく巻いていくのを見ながら、セイバーは確信する。このライダーの宝具は、セイバーの天叢雲ほどでなくても決して燃費のいい宝具ではない。明は神父を優れた魔術師だとは一言も言っていない。

 にもかかわらず彼が平然としていることには、絶対に理由がある。だが、最早セイバーに考察を許す時間はない。

 

 断絶剣・布都御魂。この国を開闢いた剣が、三度その威力を開帳する。対抗するには己も宝具で打ち消すしかない――セイバーも白銀の剣を振り上げる。

 神話の時代の英雄同士の激突は何度でも繰り返される。

 

 

断絶の剣神(つるぎ)!」

 

 セイバーは魔力が限界であることを承知で、ライダーに対抗すべくその真名を開帳する。

 

「全て翻し焔の――――」

 

 しかし鋭き声は途中で途切れた。彼の宝具、草薙剣が何の反応も示さない。常のように魔力を凝縮して白い光を放つこともなく、ただの剣のままである。

 それ以前に彼の剣は白銀の草薙剣ではなく、いつからかずっと――蛇行する天叢雲剣のカタチのままである。

 

 断絶剣が絶つモノは、かたちあるものにとどまらない。概念や因果の線をも切り裂く兵装。そして宝具というものは、伝説の武装のみで成り立たない。

 人々に語り継がれてきた伝説(幻想)とつながりがあってこそ――

 

「――あ」

 

 セイバーは原因に思い至るも、とにかく今は避けるしかない。だが全てが後手に回っている。教会で見た白い宝具の光が目前に迫り、激突してはじけ、全てを斬り裂いていく。

 

 白金でありながら昼よりもさらに強い日の光が世界を覆い尽くす。川の水は二騎を残して高く高く水柱となり噴き上げて、まるで津波の如く両岸へ押し流れていく。堤防を越えて波は溢れる。

 

 衝撃波によって天高く舞い上がった川の水がにわか雨となり、夜の四十万に降り注いだ後に川に残ったものは――。

 

 

「……ふむ」

 

 水に濡れている以外は全く変わらないライダーと、川の上に倒れているセイバーだった。

 

 セイバーは剣を放してはいないが、胴体からはおびただしい量の血が流れて川を染めている。宝具の一撃を防げなかった鎧は無残に砕け、編み直す魔力もなく破片を散らしていた。

 だが、セイバーは血の気を失った顔のまま剣を杖替わりに無理に立ち上がろうとした。

 

「ぐ……、」

「ほう、まだ息があったか。どうせこのまま消えるだろうが――」

 

 ライダーは半死半生のセイバーに興味がなさそうに、だが、何か糸があるかのように、人差し指の腹で空間を撫でている。そして輝きを失わない宝具を片手に、水の上を滑るようにセイバーに近寄った。

 

「おまえなりの解があるのだと思ったが、盛り上がらんな」

 

 そう吐き捨て、ライダーは剣を振り上げた。立ち上がろうにも、膝立ちの状態から動けないセイバーに向けて、それは無慈悲に振り下ろされる。


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