Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月7日② 土御門の家

 昨日は本格的に明が寝込んでおり、かつ一成自身も戦闘の後遺症で這う這うの体だったために何も言わず、かつ言えなかった。しかし大西山での戦いについては、魔術師としては後塵を拝してばかりでも何か言わねばならないと思っていた。

 

 セイバーが怒るのも、今回ばかりはよくわかる。

 

「しっかし、言いたいことはわかるけどセイバーのやつ、言葉の選択ヘタクソすぎだろ」

 

 無暗やたらと「殺す」など物騒な言葉のばかり言い過ぎているせいで、普通のコミュニケーションに支障をきたしているのかと疑いたくなる。明も明で、相当頭に血が上っている。あれだけ不機嫌なのは体の状態、朝だったこともあるだろうがそれだけとは思えない。

 

 ただそれを差し引いても、売り言葉に買い言葉にしても、明はセイバーの地雷を踏んだも同然である。

 

 一成はぶつくさ文句を言いながら、階段を上ってホールを挟んだ真正面にある、明の部屋へと突進した。

 

「クッソこーゆー仲立ち?取り持ち?みたいなのはニガテなんだっつの……おい!碓氷!入るぞ!!」

 

 勢いのまま古い金属製のノブを掴もうとしたその時――一成がノブに触れるよりも、内側から扉を押す方が早く、彼は思いっきり扉に顔面を強打した。

 

「あでっ!!」

「はい?一成!?」

 

 驚いたのは明も同様で、一成の様子をしげしげと眺めた。「ご、ごめん。大丈夫?」

「……まあな……つかお前その恰好。どこ行こうとしてんだよ」

 

 頭をさする一成がそう言うことも然り。明は薄いピンクのブラウスに深いワインレッドのスカート、黒タイツといういつもの恰好だったのだ。セイバーの剣を体に入れている為傷の悪化はないが、彼女はまだまだ安静が必要だ。

 

「昨日は俺もあれだったけど、俺の陰陽術ならお前にも効くかもしれないしせめて治癒でもかけてから……って待て!!」

 

 一成は、話も早々に横切っていこうとする明の腕を掴んだ。彼女は容易く歩みを止められたが、勢いよく振り返り矢継ぎ早に言った。

 

「セ、セイバーがいなくなっちゃったから探しに行かないと」

「?いなくなったって?」

「屋敷の中にいないんだよ、さっきから念話で呼びかけてるけど全然返事してくれないし、多分駅の方にいる感じなんだけど、」

 

 本調子ではないせいか、一成を振り払おうとする力も大したことはない。それよりも明は一見して度を失っている。親からはぐれて途方に暮れる子供のようであり、大事なものを落として慌てている姿にも似ている。

 

「お、おい落ち着けよ」

「謝らないと、いくらなんでも言い過ぎた、セイバー冗談通じないって知ってたのに、離して」

「だから落ち着けっつの!!テンパったまんまだとまとまるもんもまとまんねー!!お前がセイバーの地雷ブチ抜いてきたことは間違いねーけど、お前、セイバーの言わんとしたことわかってんのか?」

「魔術師の役目なんてやめちまえでしょ!?」

「~~っ、なんで「やめちまえ」って言ったかって話だ、このバカ女!」

 

 明は明でセイバーに対しての失言で頭がいっぱいになっていたのだろう。セイバーの真意にまるで気づいていなかった。

 セイバーの発言もよくなかったが、コミュ障コミュ障言う割に明も絶対に人づきあいに長けてはいない。というより、ケンカに慣れていないというのか。

 とにもかくにも一成は頭を抱えて絶叫したい気持ちだったが、大きくため息をついてから明の両肩を掴んだ。

 

 

「お前がどうして自分を粗末にするようになったのかは知らねー。だけど、それをセイバーはイヤだって思ってんだよ。自分を擲ってまでもしなければならない役目なんてしなくていいから、もっと自分を大事にしろって言ってんだ!」

「自分を大事にって、そんなのセイバーの方が」

 

 明にあの夢が、蘇る。誰かの願いを叶えたいと思って叶えられず、いまだ大和の国へと帰ることすらしない。マスターの願いが「根源」と聞いて、最後には殺されると思いながらも、正しくサーヴァントであろうとする者に「自分を大事に」云々言われたところで説得力がない。

 一成は呑み込みの悪い明にしびれを切らし、一気呵成に結論をぶつけた。

 

「だから、お前らはお互いに自分はどうでもいいけど、自分をないがしろにする相手に怒ってるんだっつの!いい加減わかれ!バカ!」

 

 しん、と静まり返った。下の階にはアサシンや悟もいるはずなのに、誰もいないところへ放り込まれたような静寂のあとに、明は静かに息を漏らした。

 

「……あ、そっか……」

「そっかじゃねえよバカ碓氷」

「そりゃあ、お互いに「何言ってんだ」ってなるよね……」

 

 挙動が落ち着き、いつもの明の様子に近くなってきたのを確認して、一成は内心胸を撫で下ろした。

 

 

「ありがとう一成、ちょっとまともにセイバーと話せる気がしてきた。いってくるよ」

 

 まだ気は急いているようだが、明は礼を言うと不調を圧して素早く階段を下りていった。

 

「気を付けろよ!」

 

 とりあえずやれるだけのことはやったが、あとはセイバーたちの問題である。サーヴァントとマスターという繋がりゆえに、彼らには彼らにしかわからない過去や思いがある。セイバーなら明が今の状態になった理由もわかり、明ならセイバーが今の状態になった理由もわかる可能性がある。

 

 

「……ん?なんか忘れてるような」

 

 すっかり一仕事終えた気分になっていた一成だが、何か頭にひっかかっている。かなり大切なことだった気はするのだが、と思い至ったところで手を打った。

 

「!!天眼通の相談だ!! 」

 

 昨夜キリエに「眼の話は明日にしましょう」と言われており、明を連れてキリエの部屋へ行こうとしていたのだった。一成は困ったように頭を掻いた。

 

「……まあ、碓氷にはあとにするか……」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 大西山において、キリエはハルカによって気絶されられていたため、キャスター消滅の姿を目撃していない。それでも、マスターとサーヴァントとのつながりが切れる刹那に、音は不鮮明ながらも彼女はその光景を夢の形で幻視した。

 

 かつて、鬼たちの楽園は人間によって打ち滅ぼされた。頼光四天王に斬られながら、自分たちを欺いた人間たちに怨嗟の念を吐きながらも、彼女が思ったのは一人の仲間の無事。

 

 その名を茨木童子。仲間はいないと、死ぬまで一人きりだと思った自分を変えた、一人の仲間の無事を――今わの際で酒呑童子は願った。

 そしてその願いどおり、茨木童子は一人落ち延びた。

 

 ただ、一つ酒呑童子が心配していたのは――仲間がいなくなって、彼は一人ぼっちで耐えられるのかということだった。

 一方では彼がきっと、また自分のような者を見つけて異形で仲良く楽しく暮らすと信じ。また、もし一人の孤独があまりにも耐えがたかったなら――

 

 私たちのことなど忘れろと、思っていた。

 

 過去の幸福な時間が、これからの茨木童子を苦しめるだけならば忘れればよい。彼が忘れても、この酒呑童子は覚えている。その時に討たれた鬼たちも覚えている。

 

 しかし、現世において再開した茨木童子は酒呑童子の思いすべてを裏切っていた。彼はあの後楽しく生を謳歌することもなく、大江山を忘れることなく、大江山が壊滅した時を止めたままだった。それを、現界して茨木童子を召喚してから確信してしまった。

 

 だから理想郷を作らなければならない。そうすれば全員幸せに痛みなく生きていける。それだけを願っていたキャスターは、望みを果たすことなく、慟哭の中で消滅した。

 

 

 キリエはキャスターを望んでいたのではなかった。寧ろキャスターの召喚は失敗であった。何故聖杯はキリエとキャスターを引き合わせたのか、キリエ自身もわかっていない。

 

 そのくせ、キャスターの心は良くわかった。人間たちに悪鬼と蔑まれる彼らは、実際人間たちから見ればその通りの悪鬼である。

 

 だが彼らの中では、仲間の間においてキャスターたちは途方もないほど純粋であった。人間を食べるのも、理由なんて「おいしいから」「楽しいから」の簡単なものである。激しい暴力と包み隠さない力そのものである彼らは、仲間内でも争いを厭わない代わりに、欺くと言うことを知らなかった。

 ある意味純粋であり過ぎたために、彼らは人間に謀られ殺された。

 

 一般人の中に置いて、魔術師は異質、その中でもキリエはさらに異質である。聖杯を手に入れるためだけに製造されたホムンクルス。

 

 人とも合わず三十年に渡り深窓の城にて暮らし続けた雪の令嬢。聖杯の娘。

 

 ゆえに、人が死ぬことも躊躇わず聖杯の身を純粋に欲した彼女に、キャスターが似通うのは道理である。キリエの最高といえるマスターの資質と、その心が――本当は何も召喚されず終わるはずの召喚で――残酷でもありながら、偽らぬ鬼であるキャスターを呼んだ。

 

 

 ――彼女は、決して失敗してはいなかった。

 キャスターを呼び出したことも、本来の召喚も。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 明の父の部屋であったモノは、キリエの魔改造により別物と成り果てていた。というかキリエは着の身着のままでここに来たようなものなのに、なぜこれほど部屋が改編されているのか摩訶不思議である。

 

(いや、そんなに着の身着のままでもねーか)

 

 昨日、一成はキリエに頼まれて大西山に向かった。屋敷に置いてきたものを回収したいと彼女は言った。しかし、大西山はセイバーの宝具によって大方破壊されている。もう屋敷も跡形もないのではと一成は思った。

 それでも彼女曰く「屋敷は壊れても、大切な礼装は何重の守りを掛けてあるから大丈夫よ。屋敷は宝具が直撃したわけではないし。探せばあるはず」とのことだった。

 

 果たしてキリエの言葉通り、彼女の言う礼装は確かに大西山に残っていた。だが屋敷は激流で破壊・押し流されていたため、それらも山のふもとあちこちに散ってしまっていた。

 アサシン含め三人で捜索を行い、概ね回収できたが日が暮れてしまったため、ふてくされるキリエを連れて捜索を切り上げ、碓氷邸に戻ったのだ。

 

 つまり、様々な礼装とやらでこの部屋は魔改造されてしまったわけである。

 

 クローゼットの脇には男モノの服が積まれている。元はそれがクローゼットの中にあったのだろうが、無残にも引き出され放置されている。今やその中にはキリエの服型の礼装が入っているのだろう。

 何故か本棚と机の位置も派手に配置転換がなされ、机の上には試験管やらビーカーは山と積まれている。というか自分で動かせたのだろうか。明が見たら絶句するに違いない。

 

 その魔改造された部屋にて、キリエが家主の如くロッキングチェアに腰かけ、一成は絨毯のに座っている。そしてキリエは正座する一成を見やり、一言告げた。

 

「――千里天眼通(せんりてんげんつう)。大本は安倍晴明の竜宮伝説っていうことはあなたも知っているでしょう」

 

 安倍晴明が幼少時、安倍野で暮らしていた時のことだ。神社の祭礼に行く途中で、子供たちがよってたかって一匹の白い蛇をいじめていた。

 晴明はそれを見かねて蛇を助けてあげたところ、なんとその蛇は竜宮の乙姫の化身であった。助けてもらったお礼に晴明は竜宮に招待された。

 そこで彼は乙姫から感謝の気持ちとして、竜宮の秘宝『竜宮の秘符』と『青眼』を受け取った。もとの世界に戻った晴明は、目と耳に入れた「青眼」のおかげで、人間の過去、未来や鳥獣の声が理解できるようになった。

 その力を利用し、彼は当時の帝の奇病をも治癒させたという。

 

「秘符の方がこれで修行すれば天地全てを見通せるってやつなんだけど、そっちは置いとくぞ。とにかく、俺にはその『青眼』の力――千里天眼通がある……んだよな?」

「何であなたが一番半信半疑なのかしら?ヘタレでも陰陽道の基礎は叩き込まれていると思っているのだけれど」

「俺だってそれが安倍晴明以来、我が家に十数代に一度発露する体質ってのは知ってるぞ。俺の前はもうめっちゃ前で、南北朝時代の先祖だけど――つか俺、今の今までそんなの全然使えなかったんだぜ」

 

 小学校の時は、まだ一成に希望をかけていた祖父によってみっちり術は教えられてきていた。だが、一度もこんな力は発露したことはなく、もししていたら祖父は黙っていなかった。

 

 一時的に視得ぬはずのものを見て、未来さえも予知したこと。モノに触れた時に、おそらくはその物にまつわる映像を見たこと。

 

「あなたの話を聞いただけでも未来視に透視、もしかしたら過去視……なのに、今までずっと使えなかった。あなた、自分の家のことくらいわかるでしょう?過去にこの力を発現した者たちの共通点はないかしら」

 

 キリエは顎に手を当てて、鋭いまなざしで一成を睨んだ。何故か若干怒っているようにも見える。しかしそういわれても、一成と彼らに共通することは同じ一族であることくらいしかない。

 

「――わかんね。つーかそんな体質持って生まれたご先祖はみんなスゴ腕で、誰も彼も陰陽道において名前を残す人たちばっかだぞ?俺とは全然違くね?」

 

 過去と未来を見通す、と簡単に言うが、それは並大抵のことではない。自分の持つ情報――五感から得る情報・記憶などをアクセスキーにして、根源すら覗き見る――アカシックレコードから情報を引き出す技。

 鍛えて鍛えて鍛え上げれば、その力は根源にも至りうる道。あの安倍晴明すら極めつくすには至らなかった力。

 

「ふーん、スゴ腕なの。その人たち、その眼以外になにか得意にする術はあるのかしら」

「呪詛やら式神やらばらつきはあるけど、もちろんだ。むしろ眼は関係ない部分での功績の方がスゴイってお爺様も言ってた。眼がなくても名を遺したろう、とか」

「貴方の前はナンボクチョウ――元々は数代に一度の体質でも、現代に至り時が経ちすぎることにより顕現しにくくなることはあるわ。それでも千年を数える家でしょう、眼についての研究成果はあるはず「あ、それがあんまりねーみたいなんだ、それ」

「は?」

 

 真面目に考察をしていたキリエは、あっけらかんとした一成の声に妙な声を上げた。

 

「戦国時代に有脩(ひさなが)っていうご先祖様がいたんだけど、時の権力者の関白秀吉をキレさせて流罪になっちまった。元々関白秀吉が陰陽道を弾圧してたってのもあるけど――その事件で、今までの文献、研究成果の書が散り散りにっていうウチの暗黒時代だ」

 

 この事件を切っ掛けに、平安時代以来宮廷陰陽師としての安倍家――土御門家は終焉を告げる。豊臣が没落し、江戸時代に至り幕府の許可と勅許をえて全国の陰陽師を統括して持ち直すことになるのが、それでも古代の研究を失った痛手は計り知れなかったのである。

 逆に秀吉の一件により、宮廷のものであった陰陽道は民間に広まり魔術基盤としては強固になってはいる。

 ちなみにこの事件の為に、土御門家は代々アンチ豊臣・アンチ西軍である。

 

「そういうことは早くいいなさいバカズナリ・バカミカド!!」

「であだだだだだなんだお前!!」

 

 藪から棒に両頬を思いっきり左右ひっぱられて一成は悲鳴をあげた。当のキリエは当然といわんばかりに目を吊り上げて怒鳴った。

 

「ヨシアキラ・ツチミカドがわからなかったことも納得ね!五百年以上発現せず、かつ研究結果もなくなってしまっていた体質だもの!!」

 

 やっと気が済んだのか、キリエは再びロッキングチェアに腰かけ直した。頬杖をつき、じろりと値踏みをするごとくに一成を睨んだ。

 

「となると本当に五百年もの間、誰にも体質が宿らなかったっていうのも怪しくなるわ。今までのアナタみたいに、発現しないで終わった可能性もある。あなた、この戦争を始める前と後で何か変わったことはないかしら。何でもいいから言ってみなさい」

 

 そういわれたものの、一成に目に見えた変化は特にない。ただキリエの迫力で、バカ正直になにもないということも躊躇われた。

 

「……アーチャーの有無?」

「確かにアレは貴方の先祖の関係者だけれど、魔術には長けていないし関係ないわ――ん、眼がなくても、功績を遺しただろう……?ねえ、歴代の陰陽師にあなたみたいな、魔術の才能なしみたいに言われた人はいるかしら」

「……?ああ、いるな。なんとか起源寄りの魔術はできるけど、それ以外はからっきしみたいな……そういう時は大体妹とか弟が当主になってるみてーだけど」

 

 一成も起源「保護」寄りの魔術しかできない。それに起源が強く出ているとはいえ、覚醒者と呼べるほどのレベルに達しておらず、そこまで突出した魔術ができるわけでもない。

 

 キリエは何か思い当たることがあるらしく、紅い目でじっと一成を見つめた。

 

 

「その眼を持ったと記録されているご先祖は、その力に早く気づくものかしら」

「そうみたいだ。修行を始めるころにはもう自覚してたって聞いた」

「……春日の御三家には、聖杯から漏れる魔力が流れてくる」

 

 聖杯から漏れている魔力は、春日の御三家――核の性質上、キリエと一成に流れ込ている。

 一成にある回路は、次代には消失しているであろう程度のもの。勿論一般人よりは遥かに魔力は多いが、明やキリエからすればスズメの涙である。魔力を有り余らせているキリエはすっかり忘れていたが、与えられる魔力は一成には多大な恩恵である。

 

 キリエはおおよその事情を把握して口を開いた。

 

 

「晴明から伝えられる千里天眼通なる機能。――それを始めに起動させるには、かなりの魔力量が必要なんでしょう。機能は体質でも、使えるのは才能ある者だけ――そう言う風にしたのは『青眼』そのものがそういうものだったのか、晴明が何か処理を加えたのかはわからないけど」

 

 要するに、燃料が足りないから動かなかったという話だった。この機能を動かす為に、体は最優先にそれに魔力を割り振ろうとする。だから他の魔術を使おうとする時も、機能を起こすべくそちらに魔力が持っていかれてやりたい魔術はうまくいかない。

 

 千里天眼通を自力で起動できる魔力のある魔術師なら、千里天眼通がなくとも名前を遺す。

 

 おそらくこれまで土御門に生まれた者で、この機能自体を持って生まれた者はもっと多かった。しかしそのほとんどは機能を起動させることさえできず、自分は出来損ないの陰陽師と見定めて生涯を終えている。

 そして一成も何もなければ、そのうちの一人となるはずであった。しかし、一成は聖杯戦争に参加した。

 

 

「……聖杯戦争中なら、その力を使うことはできるわ。でもやめておきなさい」

「……」

 

 キリエの言うことは一成にもわかった。そう、千里天眼通を使ったとはいうが、どういう風に起動させて未来を見たのか、一成は最早はっきりと覚えていない。ただ必死で、どうにかしなければという一心で動いたと言う方が正しい。

 

「一時的に魔力が増えているから使えるけれど。問題は」

 

 キリエは椅子から降りて一成の前に仁王立ちをする。その眼を覗き込み、大真面目で告げる。

 

「貴方が大西山でそれをどんな使い方をしたのかは見ていないけれど、昨日の様子から想像はつくわ。晴明の術儀を根源から引きずり出して使っていたところかしら。完全に回路が焼けていたもの」

 

 完全に大西山の行いを当てられて、一成は黙った。魔術がらみの話をするときのキリエは、街中を歩くときとは全く違って年上であり、ずっと魔導に優れた者であることを再認識させられる。

 

「貴方程度の魔術師が稀代の大陰陽師の魔術を行使するのは、式神が出せる程度の者が泰山府君するって言うのと同じよ。根源を垣間見るほどの力を扱えるほど、あなたは魔導に長けていない。それに聖杯から魔力が流れ込んでいるとはいえ、それでも十分かどうかもわからないし。身の丈に合わないモノを無理に使いこなそうとするのはやめなさい。使いたいとしても、それは聖杯戦争を生き残ってから考えるべきことよ」

 

 根源に至らなくていい、立派な魔術師になれなくていいと思ったとたん、この力が浮かび上がってくるとは皮肉なものだ。

 しかし心を決めた一成は、やはり根源に興味はない。

 

 元々、生まれそだった家を終わらせたくないという願いで根源に至りたかった為、魔法使いになりたい、真理を極めたかったのではない。

 

 それに今や残るサーヴァントはセイバー・アサシン・ランサーだけだ。神父が何を考えているのかは未知だが、現実問題サーヴァントは三騎のみ。

 そして碓氷明は聖杯戦争の終結を望んでおり、聖杯を壊すことに反対しない。聖杯の破壊ができれば、一成は自分が最終勝者でなくとも構わない。

 

(でも、もしこの力をちゃんと使えたら、もっと碓氷を助けられるんだろうな)

 

 ずっと彼女には負んぶにだっこの状態で、少しはマシなところを見せたいのだがどうにもそれは無理な相談らしい。何より、こんなわけのわからない力で自分が死ぬことにでもなったら明や悟は嘆き責任を感じるだろうし、アサシンが激怒すること間違いなしだ。

 

 身の丈に合わぬモノを振り回して、さらに目も当てられないことになってはいけない。

 何より既にこの身は左腕を失っている。それだけでも、両親はきっと嘆く。

 

 

「……おう。それもそうだな」

「わかればいいのよ」

 

 キリエは満足げに胸を張った。とにかく、眼の方については話がついた。このままキリエの部屋を去るのが流れだが、一成はことのついでとばかりに口を開いた。

 

「そうだ、今からアサシンでもつれて買い出しに行くんだけど、お前も来るか?」

「は?」

 

 今までの毅然とした顔から一転して、外見年齢相応の顔を見せたキリエ。この部屋に来る前、一成はアサシンと食器を洗っていた時に冷蔵庫を確認したのだが、絶望的に食料がなかった。元々この家は明一人で暮らしていて、そこにいきなりサーヴァントも含めて五人もの人間が転がり込めばこうなる。

 

 悟はまだ疲れが抜けていない様子で、明はセイバーを捕まえに出かけた今、行ける人間は一成・アサシン・キリエだけだ。荷物持ち戦力としては四次元ポケット宝具のアサシンだけで十分だが、やることがないのならば一緒に行こうと思ったのだ。

 

「休みたいんだったらゆっくりしてていいぞ」

「行く!行くわ!これぞ語るに落ちるね!一人でいたってつまらないもの!」

「……?渡りに船?」

 

 全く意味不明の慣用句を使い、キリエはいつかのように手を差し出してきた。妙にテンションが高く変だとも思ったが、一成は軽くその手を取った。

 

 

 

 雨合羽アサシンと合流しともに外へ出て、ショッピングモールへの道を歩く。よく晴れて日光が暖かい日だ。セイバーやアーチャーは現代の服を着ていたのだが、アサシンは何故か雨合羽で異様に浮いている。

 何故普通に現代の服を着ないのかと聞けば、彼曰く「この恰好そのものが呪い、人々の思い描く石川五右衛門の姿の一部だから脱げない」らしい。

 

「――千里天眼通、魔術師としては実にもったいないわね」

「あ?」

「貴方の力の話よ。言ったけど、聖杯戦争が終われば逆戻りでまた使えなくなるわ」

「だろうなー……魔力、足りないもんな」

 

 それも仕方がない。元々は眠らせたままになるはずの力だったのだ。むしろ今の方がイレギュラーなのだから、終われば元通りは当たり前だ。

 

 それでもキリエはショッピングモールに到着するまで、何事かをぶつぶつとつぶやいていた。

 




★beyond内設定

泰山府君……陰陽道の主祭神。道教では冥界・泰山地獄の主。安倍晴明が使用した「泰山府君の祭」は端的に言えば死者蘇生の禁呪。公に知られている説話(死に際の名僧を泰山府君の祭で助けた)では人1人の蘇生につき、1人の犠牲が必要とされている。

晴明曰く「正確に言えば死者蘇生ではなく魂の改竄。消滅しかかっている魂の記録を、新しい魂にそのまま上書きして保存する呪術。肉体が若返るわけではないから、本気で永遠を生きるなら肉体も適当に乗り換えていかねばならない。ただ次々と新しい魂に乗り換えていくから、魂が腐ることはない。しかしこの術で永遠を得ようとする時点で魂腐ってると思うが」とのこと。結局上記の説話ではよくよく名僧の様子をみれば、泰山府君の祭は必要なかったため、ふつーに呪術で治癒させただけのオチ。
大魔術の領域ではあるが、第三魔法には及んでいない。晴明自身途上で中途半端な術だなと思っている。これまでの陰陽師が呪術で魔法に至ろうした試みのひとつであるらしい。

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