Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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11月23日② バーサーカー召喚

 そうだ。これは嘘なのだ。全て幻で、幻が解ければ私はいつものように父と母に魔術を教えられて、お前はよくできた子と褒められるはずなのだ。

 

 そうだ。これは偽物の世界なのだ。本当の世界に戻れば、私はいつものように父と母に魔術を教えられて、お前はよくできた子と褒められるはずなのだ。

 

 そうだ。これは悪い夢なのだ。朝になれば私はいつものように父と母に魔術を教えられて、お前はよくできた子と褒められるはずなのだ。

 

 そうだ、これは、これは、全て、虚構――――。

 

 

 

「―――――!!」

 かはっ、と乾いた咳と共に少女は眼をさます。胸に熱いような痒いような刺激があり、また発作か、とうんざりする。しかし、目を覚ましたことで己の望んだ筈の「悪い夢から抜け出す」ことができた、はずだった。

 しかしそれこそ少女の欲した虚構だった。

 

 今の夢も、現実もすべて地続きになって、起きても寝ても少女の精神を苛んだ。たとえこの体に残された時間がわずかでも、小さなこの誇りさえあれば恐怖も乗り越えられると信じていた。

 

 だが、そもそも、そのような「誇り」など最初からどこにもなかったとしたら。

 

 少女は脂汗で張り付いた寝間着を厭いながら、白い布団の上でもがいてようやく正気を取り戻した。夢だと気付いてわずかにほんの一瞬安堵するが、その安堵こそ夢の様に儚いものだと自覚する。

 

 

 自分に残された時間はごくわずか――。そのことを医師、両親から知らされた――正確に言えば、三者の話を偶然聞いてしまったのは――一週間前のことだった。

 

 現代の医療では直すことが難しい難病で、持ってあと半年。知った直後は自分の事とは思えず、人の悲劇を眺めるような心持だったが、それでも体がそれはお前のことであると教えた。咳に血が混じり、常に体がだるい。前兆が目立つ病気ではないこともあった。そして生来我慢強い質の少女が、時たま感じる体の違和感を無視し続けた結果であった。

 

 

 しかし明らかな体の変調、悲鳴にも拘らず、彼女の意思はある一点に向けて明確にあった。

 

 聖杯戦争――――何でも望みをかなえると言う万能の釜を巡り、七騎のサーヴァントと七人のマスターによって行われるバトルロワイヤル。およそ一か月前、まだ少女が己の命の短さを知る前にこの春日の地の聖堂教会から、春日で聖杯戦争が行われると言う知らせが舞い込んだ。聞いたときは魔術師として興味をそそられたが、殺し合い、と聞いて怯み、また参加するなら自慢の両親の方が実力もあり向いていると思っていた。

 

 だがそれはすべて過去の話。どうせ息絶えてしまうならば、いや、生きながらえたいのならば、戦わなくても死ぬのならば――少女が何を熱烈に欲しているかは明白である。

 

 

「……?」

 少女は自分の右腕に軽い違和感覚えた。胸が苦しかったのは発作が起きたからだが、腕が痛んだことはない。むずむずと熱い、しかし不快ではない疼き。少女は壁と接した方のベッドの端により、白いカーテンを引いた。差し込む月明りの下、違和感のある右腕の袖を捲りあげた。すると、怪我をしたわけでもないにかかわらず、赤い文様のような痣が浮かび上がっていた。少女は一つの可能性に思い至る。

 

 

 ――――令呪。

 

 聖杯が自身でマスターにふさわしいと選定した者に、三画の「令呪」という聖杯戦争の参加者たる印を付与する。令呪を付与されたものは英霊をサーヴァントとして召喚し、戦いに臨む。

 

 少女は祈る。そして歓喜した。余命半年と言うこの窮状に付与された、聖杯戦争への参加権。

 最後の一人になれば、願いは何でも叶う。この命も、何もかも。

 

 少女は人知れずにっこりと笑いながら、右手を宙につきだし短く呪文を唱える。これで朝になるまでは何が起きてもこの部屋に人は来ないだろう。

 

 腕を切るのにちょうどよい刃物がなかったため、少女は己が歯で手の皮膚を食い破る。月明かりを頼りに、魔法陣を描いていく。血が止まろうとするたびに掌を噛み、一心不乱に召喚の陣を描き続ける。

 

 

 何を呼ぼう、誰を呼ぼうなど、少女は考えていない。誰に相談する気もない。すでに頼れる人もいないと知ってしまった。

 

 ならば己にまつわる縁だけで、己の力だけで、己の願いをもぎ取ってやろう。

 圧倒的な、嵐の如き全てを奪い去る無尽の力で――――。

 

 

 少女は寝間着の袖をまくりあげ、魔法陣の上に手をかざす。「――告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に」

 

 ガチン、と背後から殴られるようなイメージと共に、全身の魔術回路が励起する。体をじくじくと苛む鈍痛。さらに、今は足元から崩れてしまいそうな脱力感。魔力の精製は生命力をエネルギーとして行われるため、病床にある少女にとっては過酷に過ぎる。だが、少女は詠唱を辞めない。それは蜘蛛の糸にすがる罪人の姿にも似ている。

 

 

「聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ――」

 

 血で描かれた魔法陣に沿って、禍々しい紫色の光が漏れだす。魔力風は少女の寝間着をはためかせ髪を翻させ、表情をあらわにさせる。血を吐くような声で、詠唱が紡がれる。

 

「――されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 

 馬の嘶きか、狼の遠吠えか、勇ましくも、そしておぞましい叫びが少女の耳を聾する。

 

 

「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!!」


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