Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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12月3日② 束の間の安息?

 セイバーは碓氷邸から北に向かって歩き、春日駅に到着した。

 平日の昼ということで、ごった返すというわけではないが、常に人は多い。集合場所は駅前の巨大電光掲示板の下だと聞いていたセイバーは、その下で待つことにした。

 

 整った容姿を持つセイバーだが、ナンパ等の類に絡まれることは少ない。もちろん彼を(女と勘違いして)目にとめる人間は数多いのだが、その立ち姿と雰囲気に隙がなさ過ぎて声をかけることを躊躇わせるのである。

 もちろん無謀にもかかっていく人間――選りすぐりの勇者か愚者もいるのだが、待ち合わせ現在、特にそのような人間はいなかった。

 

 既に時刻は十時を回っている。携帯電話という文明の利器を所持しないセイバーは、念話で明に確認を取ったが、彼女にも友人たちが遅れるという連絡は入っていないそうだ。

 そこで明から「もしかして電光掲示板間違いじゃない?」と言われた。どうやらこの駅前に大きな電光掲示板は二つあるらしい。今セイバーが居るのは東口の掲示板で、掲示板は南口にもあるという。

 明を通じて日向と麻貴の二人には遅れると伝えてもらうことにした。

 

 

 

 青森日向と相楽麻貴は、明の予想した通りに南口の掲示板の下ですでにセイバーを待っていた。少し早めについてしまった二人は、約束の十五分前にはすでにここにいたのである。

 十二月の寒空の下、二人は可笑しそうに笑っていた。彼女らがセイバーを案内しようと申し出たのは、厚意もあれど興味の方が強い。日向と麻貴は明の家にこそ行ったことはないが、彼女が春日市でも有名な古い洋館に住み、一人で暮らしていることを知っていた。

 その上、進んで人と関わろうとせず自分の事もあまり話さない彼女が、遠い親戚とはいえ一緒に暮らしているという人間がいると聞いたら興味も津々である。

 

「セイバーくんおそいねぇ」

 

 厚手のワンピースの上にニットポンチョを羽織った麻貴は、のんびりした口調で言った。

 

「あ、明からメール来た。なんか掲示板間違えてたんだって。もう少しで来るってよ」

 

 麻貴と違いジャケットにGパンという活動的な服装の日向は、スマホの表示を消して言った。明の友人二人は大学生の幸運と特権で、火曜日のこの日は授業をいれず休みにしていた。

 雑談をしながら、のんびりセイバーの到着を待つ二人に、三人の男が近づいてきた。見た目は麻貴たちと同じような大学生のようだが、妙に態度が馴れ馴れしい。

 

「ねぇそこの君たち、いまヒマ?」

「え、私たち、友達を待ってるんです」

 

 びっくりした麻貴が、急ぎ気味の口調で言った。だが、男たちはその内容を気にしてはいない。

 

「とか言って、さっきからずっと待ってるじゃん?ひょっとしてすっぽかされちゃったんじゃないの?」

「……いい加減にしてよ、ナンパなら他に行ってくれない?」

 

 三人の中の一人が、日向の腕を掴んできた。不愉快そうに眉をひそめる日向を、男は面白そうに見下ろしている。

 

「気の強い女って割と好きだぜ、俺は」

 

 男三人に囲まれ、困っている麻貴と日向を助けようとする人はこの人ごみの中にはいない。よくある風景程度だと思われているのか、関心がないのか。

 そんな時に、凛とした中性的な声が五人の耳に届いた。黒のライダースジャケットと半ズボンを身に着けた、黒髪の少年である。

 

「取り込み中すまないが、日向、麻貴、この三人はお前たちの知り合いか?」

「セイバーくん!あっ、この人と待ち合わせしてたんです、すいません」

 

 麻貴が助かったと言わんばかりに男から離れようとする。だが、男はその手を離さない。麻貴の腰にまで手を回し、にやにやとセイバーを見る。

 麻貴と日向の様子を見て、セイバーはふんと鼻を鳴らした。男は目を見開き、セイバーを凝視した。

 

「くん?こいつ男か?」

 セイバーにしてみれば慣れた反応で、あっさりと言い返した。「期待に副えていないようだが、男だ。それとそこの二人は俺の……」

 

 そこまでよどみなく流れたセイバーの声は、そこでぴたりと止まってしまった。「……何だ?日向、麻貴、お前たちは俺の何だ?」

 

 そんなことを聞かれても、日向も麻貴も戸惑うばかりだ。というかそこはウソでもなんでも彼女とか友達というところではなかろうか。

 あっけにとられてしまったのは彼女たちだけではなく、男たちも同様だった。しかしどうあれ邪魔をしようとしていることには変わらないことを思い出し、二人を強く引きよせた。

 

「は、関係ないなら引っ込んでろ!」

 

 麻貴や日向を捉えていない、三人のリーダーと思しき男が腰を曲げてセイバーを睨む。至近距離で凄まれながらも、セイバーは特に動じない。顔色一つ変えないまま、セイバーはその男の足の甲を強く踏んづけた。

 

「ぐっ……!」

 

 足の甲は鍛えにくく筋肉も薄い。男が怯んだ一瞬、彼の頭を強烈な揺れが襲い、男は意識をもうろうとさせながら倒れた。

 実際はセイバーの回し蹴りが、御叮嚀に屈んでくれた男の頭に当たっただけである。ただ、足の甲を踏むところからの一連の動きが早すぎて、セイバー以外に何が起こったかわかっている者がいなかっただけだ。

 

「今思い出した。その二人は俺の大事な者の友人だ。これ以上邪魔をするなら、こ」

 

 さりげなく発言を修正したセイバーの威圧する声が不意に止まる。

 謎の空白を開けてから、セイバーははっきりと告げた。

 

「……こてんぱんにするぞ」

 

 

 

 

 ひとまず騒動になるところだったので、三人はそそくさと駅前を後にした。警察を呼ばれても、セイバーが思い切り手、もとい足を出してしまった故に面倒である。駅前から離れつつ、どうしようかと話しや結果、時間は早めだったが、日向と麻貴が朝食を食べていなかったためブランチを取ることにした。

 セイバーは大食いというわけでもないが、食えと言われればかなりの量は入るために否むことはない。

 

 おいしい店探しが趣味の麻貴が「ここのオムライスすごくおいしいの!」と力説していたため、特に意見の無かったセイバーと日向はその麻貴の意見に従った。駅から歩いて五分の近さだが、道が狭く路地に入り込んでいるため穴場である店に入る。

 

 内装がログハウス風になっている店内で、時間も相まってまだ客も少ない。エプロンをつけた店員に案内され、ジャズをBGMに三人はメニューを決める。発起人の麻貴があれこれとこれがオススメだ、シェフの気まぐれサラダは本気で気まぐれだから覚悟した方がいいと注釈をつける。結局オススメだというオムライスを注文した。

 その注文を待っている間に、先ほどの待ち合わせの時の事件に話が戻った。

 

「そういやセイバーって喧嘩強いんだな!荒っぽかったけど助かったよ!」

 

 自分より身体的に優れる相手に対して、全くひるまないセイバーを見ればそう思うのも普通だろう。日向は素直に感心していた。セイバーは手持無沙汰に他のメニューを眺めながら答えた。

 

「俺が時間通りついていればなかったことだろう」

「でも助かったよ、ありがとう。いつもはああいう人たちは明ちゃんがあしらっちゃうから、私たちだけで困っちゃった」

「……明が?」

 

 日向が話を継ぐ。驚いているセイバーを面白そうに見ながら、噂話をするように声を潜める。

 特に誰が聞いているわけでもないが。

 

「そうそう。なんていうのかな、ああ見えて友情には篤い?から友達が乱暴されそうになると結構えげつないんだな」

「明ちゃん護身術とかできるから、さっきの人たちくらいならなんとかしちゃってたと思う。前に『このド変態が……』とか真顔で言いながら金的してたことあったよ。結構喧嘩っ早いんだよね」

 

 本人がいないことをいいことに、日向と麻貴はこれまでの出来事を思い出しながら笑う。見た目は大人しそうで護ってやらないと、と思わせるタイプであるのに、中身が外見を裏切ってアグレッシブなのが二人の友達には面白くてならないようだ。

 

 

「……確かに、明はいつもはどこか抜けているが、戦うときは戦う」

 

 言われてみれば、明は案外言うことは言いよく手も出る。聖杯戦争の闘い方については散々注文をつけてくるし、セイバーにモノを投げたこともあるし、今朝も頬にグーパンチを頂いたばかりである。セイバーは自分以外からのマスターの人物評を聞くことは新鮮だった。

 

「ホラ、明って見た目アレじゃん?実態を知ったら学部の男どもがガッカリするだろうなっていつも思ってるんだ」

「見た目がアレとは?」

 

 明は特に人間として異常な見た目をしているわけではない。セイバーが疑問を素直に口に出すと、逆に日向と麻貴の方が戸惑った。

 

「や、明結構美人じゃん?大人しく控えめ~とか、ちょっと影がある~とかいう感じの。学校でもファンがいる程度には整った部類だから」

「……言われてみればそうかもしれない」

 

 あまり考えたことのなかった事項のため、セイバーは中途半端な答えしか返せない。

 微妙な雰囲気が流れたのを見計らったように、店員がオムライスを三皿運んできた。チキンライスの上に程よく半熟の卵がとろけ、特製のデミグラスソースが惜しげもなくかけられたこの店特製である。白い湯気をスプーンでかき分け、それぞれが口に運んでいく。卵がよい半熟具合でたまらない、と日向は絶賛している。セイバーも発案者の麻貴も同意見である。

 

 美味い物を食べると人は無言になると言うが、三人はまさにそれであった。いの一番に食べ終わったセイバーが口を開くまで、それぞれにオムライスを咀嚼していたのである。

 

「春日の食事は何をとってもうまいな」

「そんな大げさな」

「明の食事も不味くはないが、時々塩と砂糖を間違えるのはよしてもらいたい」

「ブッ!」

 

 水を飲みながら日向が噴出した。ついでにまだオムライスを咀嚼していた麻貴も動きが止まった。

 

「明そんなマンガみたいなことすんの!?」

「する」

「マジか~。そんなドジっ子属性まで兼ね備えているとは、レベル高いな」

 

 何やら訳知り顔で頷く日向を尻目に、麻貴はスプーンを置いた。「ドジっ子属性……?」と神妙な顔で悩むセイバーを見る目は、日向のそれとは違う。

 セイバーがその視線に気づいたが、そこへ日向がニコニコしながら割り込んだ。

 

「それどうしてるの?」

「どうしているとは?」

「食べてるのかってこと」

「食べる。明は残せと言うが、もったいないだろう」

 

 何故か笑顔のままの日向は、テーブルの下で麻貴をつついた。

 

「そうなんだ。麻貴、ちょっとトイレいこ?」

 

 

 

 

 

 日向は麻貴をトイレに連行していった。暢気に水を飲んでいるセイバーを尻目にしつつ、麻貴には日向が何の話をするつもりか想像がついていた。二人は「明に彼氏を作ろう同盟」という果てしなくどうでもいいうえにおせっかいな同盟を組んでいる。

 つまりはそういうことだが、生憎麻貴は今回はそれには乗れそうもない。

 

 木製のドアを開き、鏡のある洗面台の前で雁首を揃えた。

 

「……日向ちゃん、残念だけどやっぱりセイバーくんは違うと思う。親戚だし」

「親戚つっても遠い親戚じゃん?セイバーは全然好みじゃないって言ってたけど、どう考えてもあの二人目で会話してるし、明だって手料理つくってあげてるんだけど!」

 

 日向の言うことももっともだ。遠い親戚とはいえあの一人暮らしの女性の所に平然と泊まり、生活を共にしているなら勘ぐりたくなる。いつもなら麻貴も日向とともにニヨニヨしているところである。

 

「なんだろうなぁ、あんまりそんな感じしない」

 

 そうではない、と言う根拠が麻貴にはあるにはあるのだが、日向に信じてもらえそうではないため黙っていることにした。

 

「麻貴のそういう勘って当たるからなぁ」

 

 日向はため息をついて、ストレッチのように肩を回した。そして気分を切り替えるように顔を叩いた。

 

「そういや私、博物館行きたいんだよ。ホラ今特別展示でさ、藤原道長の自筆日記が展示されてるじゃん?まだ見てないし」

「あれ?日向ちゃんって平安時代好きだっけ」

「一番好きなのは室町だけど、あれ国宝になったし見ておきたいなって」

 

 日向は麻貴や明と同じく経済学部だが、本当に行きたかった学部は文学部・史学科だった。しかし「文学をやってても食べていけるわけではない」という両親の強い意向があり、やむなく経済に進んだのである。だから彼女は史跡巡りや博物館めぐりが趣味であり、ここ春日にある博物館の常連でもある。

 

「私はいいけど、セイバーくんがいいって言ったらねー」

「大丈夫!あそこも立派な春日の名所だって!最近新しくなったばっかだし!」

 

 二人はそそくさとトイレを出て、博物館に足を運ぶべくセイバーに話を持ちかけた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 セイバーが無事に友人たちと合流できたことを念話で確認できたあと、明は携帯を閉じた。

 薄暗くて埃っぽい地下室に適当に積まれている魔導書を整理して、魔法陣を書くくらいのスペースを確保する。父がいたことはもう少し綺麗に整理整頓されていたのだが、明のみになるとこのありさまである。

 

「すげー埃っぽいんだけど……」

「おかしいな。最近掃除したばっかなんだけど、埃ってどこからわいてくるんだろうね」

 

 完全に他人事の口調で言いながら、明はどこからともなく二脚椅子を引っ張り出してきて腰かけ、残ったほうを一成によこした。

 

「私の魔術は西洋のものだから、日本生まれの陰陽道には疎いんだ。確か魔力、って言わないんだっけ」

「ん?ああ、最近じゃ、つか明治以降は魔力っていう様にもなったみてーだけど、陰陽道だと「気」って言うな。でもやってることはかわんねーと思うけど」

 

 中国の陰陽五行説に端を発し、日本に輸入されて神道・道教・仏教・密教と相互に影響しながら変化して今に至る陰陽道。西洋魔術と成り立ちは異なるが、求めるところは一致している。

「陰陽五行」を理解する――すなわち、世界の成り立ちである「根源」に至る事である。

 

 魔術を行使する際には丹田を中心に生命力をめぐらせ、気を生じさせて気によって行う。西洋魔術のように魔術回路を起動、とは言わずに魔術回路を巡らせるという方が感覚的には近い(やっていることは同じ)。

 

 

「それにしてもなんで藤原道長とか呼んだの?土御門は安倍晴明の子孫なんでしょ?家には『占事略決』とか晴明のゆかりの品とかあるんじゃない?最強のキャスターが呼べるのに」

 

 土御門の祖にして最高到達点である安倍晴明。母は妖狐と言われ、その目は闇を見通し式神を自在に操り、人の生死さえ操ったという大陰陽師。正直なところ、その始祖から変化はすれど晴明の境地にさえ達せられていないのが現在の土御門である。

 もちろん、一族を上げて一成が参戦することになったならば、彼の血さえも触媒としてその稀代の魔術師を召喚しただろう。

 

「それは、ま、色々あってな」

 

 既にその件についてはキリエに散々言われているために、一成は濁した。

 明も大した興味はなかったようで、それ以上に深く聞くことはなかった。

 

「ふうん。じゃ、何で聖杯戦争やろうと思ったの?魔術やってるくせにあんまり魔術師っぽくないし」

「う、わ、悪かったな。うちんちがもう成長の限界を迎えてて俺で魔術回路がなくなっちまうってところだったから、存続させたかったんだよ。もう叶える気はねぇけど」

 

 既にその夢は夢ではなくなっているが、参加を決めた当初は確かにそう思っていた。今はアーチャーと再び会い、この戦争を終わらせることが目的だ。

 明は自分で聞いた割にそこまで反応を示さなかった。一成は拍子抜けの気分である。

 

「そういうお前は何のために参加してるんだよ」

「私?そりゃ魔術師だし、根源に至るためだよ。それにここの管理者でもあるから、無事に聖杯戦争を終わらせなくちゃいけないしね。神秘が漏れたら困るし」

 

 一成の命を救い、しかもここまで世話を焼いてくれるとはかなり甘いとは思うのだが、それでも明はこの土地の管理者の一族だ。そして魔術師の目指すところは一つだけ。

 かつてはそう思っていた一成にも、明は根源を目指すと言うだろうことは予想できた。

 

「ま、そんなとこだろうなお前は」

「まあね。で、とりあえず、これから聖杯戦争で色々手伝ってもらうためにどんな魔術を使うのか知りたいんだけどその前に」

 

 明はいきなり立ち上がると身をかがめ、唐突に一成の顔に自分の顔を近づけた。

 

「…お、おう!?碓氷!?」

「ちょっと黙って」

 

 動揺する一成をよそに、明は彼の顔を掴んでその眼をじっと見つめている。眼科医のように目の下を引っ張り、あらゆる角度から一成の目を観察する。

 つぶさに観察をしようとしているのだから、自然顔と顔も近くなる。

 

「……うーん、みたところ変なところないな…」

「お、おい碓氷」

 

 一成の声などまるで聞こえていないようで、明は呑気に顔をぺたぺたと触ってくる。

 

「……後天的、人工のモノでもあるかと思ったんだけどな……そもそも何回も眼合わせてるし、私が何も感じてないんだし」

 

 至近距離にある瞳を飾るまつ毛が長い。知ってはいたがかなり顔立ちが整っており、柔らかそうな唇から洩れる吐息さえ吹きかかる。

 そういえば、セイバーがいなくなったと言うことはいまこの屋敷には一成と明しかいないと言うわけで―――「ごめんね、もういいよ」

 

 上げて落とすのが得意技かといわれれば納得しそうな鮮やかさで、明はあっさりと一成から離れた。妙にささくれた気分になって、一成はややつっけんどんに聞いた。

 

 

「……で、今のなんだったんだよ」

「ああ、ほら昨日のバーサーカーの霧で、あなたやたらと見えてたみたいだからさ。もしかして魔眼とかそれに類するモノ持ってるのかな~なんて」

「……俺の眼にそんなすげーもんはねーよ」

 

 魔眼とは、外界から情報を得るための眼を外界に働きかけるようにつくりかえたモノである。魔術師の魔術一工程で、視界に収まったモノに問答無用で魔術をかける代物。人工的にも作ることができるが、その場合の力は「暗示」や「魅了」がせいぜいで、強力な魔眼は先天的に備わっているものだ。それにそのようなものが一成にあれば、そもそも祖父から見限られたりはしていない。

 

「うん。見て分かった。多分、昨日あんだけ見えたのは魔術特性なのかな。というわけで魔術を見せてもらってもいいかな」

「おう。……この壊れたランプ使っていいか」

 

 一成は魔導書だらけの机の上にある、割れたランプを指差した。

 明が首肯すると、一成は破片を丁寧に集めて床に置いた。すうと息を整え、空気が変わる。魔術回路を励起させ、魔力を発生させる時の独特の空気だ。

 一成は右手の人差し指と中指を伸ばし、ランプを指す。

 

「急急如律令!!」

 

 見る間にランプの破片と破片がくっついて、何事もなかったかのように形をとる。陰陽道の呪文は元来もっと長いが、詠唱を省略して「急急如律令」のみで行使できるようにしている。

 どうだ、といわんばかりの表情で一成は明を見るが、彼女は表情を変えず、全く同じランプを背後の机から取り出してこう言った。

 

「直してもらったとこ悪いけど、今度は壊して。できる限り跡形もなくなるくらいがべスト」

「……」

 

 沈黙。一成は防壁・結界の類を展開する事、治癒の魔術にかけての出来は祖父にも褒められたことがある。だが、其れ以外はからっきしが実体である。

 陰陽道は呪詛・使役の分野も古い歴史を持つが、一成の場合は事情が異なる。彼の起源――「保護」が魔術に強く作用しているらしく、陰陽道の呪殺の類が全くできないのだ。

 式神を使役することはできるが、その式神で人を害することができない。

 

 それでも一成は懐から呪符を取り出し――彼の魔術礼装の助けを借りて、魔術を行使した。

 

 急急如律令、と威勢だけはいい声が地下室に響いたが、しかし何も起こらなかった。

 

 

「……ごめんすごすぎて目に見えなかったのかも。目にも映らぬなんとやらってやつ?」

「はい失敗しました!!すいません!!」

「まぁそんなことだろうと思ってたけど」

 

 一成の魔術の腕前を見るとは言ったが、明は戦いの中でいくらかそれを見ているためにおおよその腕前は把握できている。

 明は戦っている時に、彼が攻撃の魔術を使うところを見たことがない。

 一成はずっとサーヴァントに治癒をかけるくらいの魔術しか使っていなかったのだ。

 

「!?わかってたんならやらせんな!なんか恥ずかしいだろーが!」

「あくまで見立ては見立てだし、できたらできたで悪いことはないし」

 

 間の抜けたところがある割にその実飄々としている雰囲気の明に対しては、何を言っても自分が一人で空廻っているような気になってしまう。

 一成はそう思いながらため息をついた。それを落ち込んでいると勘違いした明は、一成の肩に片手を置き、もう片方の手で親指を立てた。

 

「元気を出せ少年」

「……おう」

「そいで話のついでなんだけど、土御門って起源とか属性って何?」

「俺は五行――属性が火で起源が「保護」みたいだ」

 

 それを聞いて、明はなるほどと分け知った顔で頷いた。

 

「専門外だから詳しいことはわかんないけど、今の陰陽道は占いや結界を張る方面に強いみたいだし。その陰陽道の魔導の家で、焔属性ときたらそりゃ浄化の焔になるし、起源が保護ときたらそりゃあ破壊なんてできない。性格的にもあなたは起源が濃く出てる気もするし。あれ?焔が浄化なのは仏教だっけ?」

「もうあんまり変わんねーよ。日本において神道と陰陽道は相互に干渉しまくってるから」

 

 確かに浄化の焔の概念は仏教由来だが、こと日本においては神道・仏教・陰陽道・道教等様々な教義が混交されて混ざり合っている。

 特に神道は陰陽道抜きで話をできないし、それは陰陽道も同様である。

 

「うーん、でもなぁ……なんかそれだけじゃ腑に落ちないような」

「何がだよ」

「治癒魔術が得意なのはわかったけど、バーサーカーの霧の中で私よりもはっきり視界が確保できた理由としては弱い気がするんだよね」

 

 そういわれると、確かに一成にもそんな気がしてくる。体になんの異変もないため特に気にしてはいなかったのだが、今まで生きてきて視覚情報に関する魔術は特に得意でもなんでもなかった。

 

「まああなたも元気そうだし、平将門だし、男だからってことなのかな」

 

 明は一人でぶつぶつつぶやいて納得したらしく、その顔を上げた。

 

「とりあえずそれは置いといても、治癒魔術が得意ってのは悪くないね。魔力を帯びたモノに干渉する魔術は基本難しいんだよ。私は逆に治癒魔術は得意じゃないから、戦うときにはそっち方面はあなたに任せればいい感じかも。セイバーに治癒をかけたり、結界張るとかさ」

「?あれ、でもお前、俺の腕……」

 

 一成は自分の左肩を見た。腕を切断されたことによる初動の手当は教会のスタッフによるものだが、その後の処置は全て明の魔術と秘伝の薬によるものである(ちなみに一成は教会に連れて行かれたことを知らない)。

 それを尋ねると、苦手なだけでできないわけじゃないしと普通に返されて、一成は少しへこんだ。

 

「とりあえずあなたは戦闘時、セイバーへの治癒魔術をかけて。まあセイバーは剣の力で勝手に治しちゃうんだけど。あと、私たちに防壁をはることね。私には治癒魔術はかけなくていいから。どうせ効かないし」

「そういやお前、前にもそんなこと言ってたな。どうせ効かないって」

 

 バーサーカーと戦っていた時、一成は負傷した明に治癒をかけようとしたが、同じセリフで断られたのである。今思えば、一成が明の魔術について知っていることは「碓氷の影使い」ということだけだ。

 

「俺も自分の魔術教えたんだし、お前のことを教えてもらってもいいだろ。一緒に戦うんだし」

「うーん……まぁ、それもそうか」

 

 顎に指を当ててから、明は頷いた。明は簡略に碓氷家の魔術師の体質――同じ血の流れる魔術師による魔術でないと、魔術が通りにくいことを話した。幻覚のような害を与える魔術が効かないと同時に、治癒のようなプラスの効果の魔術も効かないことも付け加えた。

 あくまで少し碓氷について調べればわかる程度のことだったが。

 

「元々他人の身体に干渉する魔術は、ただでさえ効きが悪いし難しい。それに輪をかけて、って感じかな」

「それ、お前って酷い怪我したら本当にヤバイんじゃね?」

「やばいよ。だから土御門はキリキリ私のために防壁を張ってね」

 

 明はいつもとかわらぬ口調で言うが、一成は強く心に留めておくことにした。バーサーカー戦の時に思ったことだが、やはり女が傷つくものは見ていて気持ちが良くない。特に明は、自分の体に傷がつくことを全く厭うていないようにすら見えるのだから。

 

 

「あと私の魔術だけど、属性は架空元素・虚数で起源は分解。虚数属性って知ってる?」

「すごいレアで、影を使うってことくらいしか知らねぇ……俺も魔術使って見せたし、見せてくれよ」

 

 極めて稀有な属性であり、人よりも幽世の存在に有効な影を生み出す影使いの属性と聞いている。その珍しさゆえに実際はどのような魔術かよくわからず、先行の研究(あっても普通は他の魔導の家に公開されない)も無きが如しであるのが現状である。

 興味もあって、一成は期待して頼んだが明の返答はつれなかった。

 

「いやです」

「なんでだよ」

「というか戦ってるときにガンガン使ったから見たでしょ」

「あんなときにまじまじと見てられるか!つーかガンガン使ってたなら別に隠すようなものでもないだろ!」

 

 明は面倒くさそうに頭を掻きながら、少し言いにくそうに言った。

 

「あれはすごく精神削るからやりたくないんだよ」

「?」

「……そもそも、影魔術の影ってなんだと思う?あの影っていうのは、すごく中二っぽく言うと術者の心の闇なのね」

 

 元々影魔術は術者の深層意識をむき出しにして、負の側面を刃とする禁呪である。端的に言えば、心の奥底にある他者を傷つけたい、己を破滅させたいという類の暗い欲望をエネルギー源にして影を生み出し、対象を拘束・攻撃するのである。

 影魔術を行使する際には、その暗い欲望が強ければ強いほどその魔術も強力なものになる。明に言わせれば「世界滅亡しろとか自殺したいとか、その手のことを考えていればいるほど強くなる。逆に生きてればいいことがあるとか、頑張ろうとか前向きなことを考えるほど弱くなる」ということだ。

 

 理不尽な魔術だよと、彼女は嫌そうに言った。

 

「私が良く使うのはこの影と起源の「分解」を掛け合わせて相手の攻撃にぶつけて、攻撃を無効化するってやつだけど。身を護るっていうよりは、攻撃は最大の防御って考え方」

「なんか、結構面倒な魔術だな、それ」

「ああわかってくれる?そうなんだよね。もっと土御門の治癒魔法を見てあげてもよかったんだけど、私は今言った通り変な魔術ばっかやってきたから教えてあげられることがそんなにないし……!ちょっとここで待ってて!」

 

 いきなり明は立ち上がり、あわてて地下室から一階へ出て行った。一成があっけにとられていたが、仕方がないと彼女は思った。

 教会からの使い魔の気配を感じたのだ。一成にはまだ教会と結託していることは隠しているので、彼の目の前でおおっぴらに話すのはよくない。

 

 今となっては実は教会とグルでしたと言っても問題はないと思うが、明はとっさに飛び出してしまった。

 

 昨日の報告では一成の治療も終わり、明日にでも教会に連れて行くと言ってしまったばかりだ。

 てっきり一成は戦争をやめると思っていたのだが、事態は変わった。どう説明したらいいものか、全くのノープランだった明は冷や汗しきりだ。

 

 リビングには一羽の蝙蝠が飛んでいる。明が口を開く前に、その使い魔が人語を発した。

 

『明、アーチャーのマスターは棄権するのではなかったか?』

 




陰陽道については好き勝手してるので、もう今後型月にて陰陽師が出てきても生ぬるい目でヨロシクってことで
鯖がグランドオーダーにて被っても以下同文

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