Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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第2幕 一人では戦えぬ
Interlude-2 戦争の終焉


 ――空が燃えている。

 

 否、それは夕日だった。丸い体を半分、地平線の彼方に沈めて、赤赤と大地と空を染め上げている。かつて緑の海原を見せたこの地は、茶の地肌を見せて煤けた燃え滓ばかりを残してなお赤い。

 

 ――血の湯気が立ち上っているようだ。

 

 

 そのただ只管に赤い風景の中に、一人の少女が立っていた。

 

 真夏の蜃気楼のように、彼女はそこに現界していた。胸には自分のものである短刀を突き刺してあり、霊核は壊れている。時を置かずして、彼女は消えるさだめにある。

 そして足元には首からおびただしい血を流してこと切れている、彼女のマスターである初老の男性があった。

 

 しかし、その二人の目の前には黄金の杯が、眩い光を放って輝いていた。魔力で満ちた小聖杯が、此度の聖杯戦争の勝者たる二人の前に現前していたのだ。

 

 聖杯戦争。七人の魔術師と七騎のサーヴァントが、何でも願いを叶えるという「万能の釜」聖杯を巡って争う戦争。少女――アサシンのサーヴァントと、そのマスターは聖杯の使用権を得た。

 

 しかし、この聖杯は「贋作」。いや、それだけではなく「聖杯の贋作」ということすら憚られるような「出来損ない」だった。七騎召喚されるはずのサーヴァントは六騎しか召喚されず、その上、おおよその願いは叶えられるが――アサシンのマスターの目的――「根源に至る」願いは叶えられないという代物だった。

 

 マスターは、アサシンを徹頭徹尾道具として扱った。アサシンは召喚されたときにマスターに名を尋ねたが、必要ないと言われたので今でも主の名を知らない。思えば、それは相互の交流などなくていい、戦いで協調さえしていれば――という意志だったのだと、ここに至りアサシンはやっと理解した。だからといって、彼女は主に不満を抱いたことはない。

 

 もとよりマスターとサーヴァントは聖杯を得るという目的の為だけに共にあるのだ。

 

 アサシンとそのマスターが行ったことは、アサシンの常道だった。マスターは影にひそみ表舞台に出ることはなく魔術師を探し、アサシンも同じく魔術師を探し、それを殺す。気配遮断を使うことで、アサシンは昼夜関係なく、休むことなく敵を探し続け、殺した。

 

 結果として、彼らは敵の五陣営中二陣営のマスターを殺して、消滅に追いやった。

 残り三陣営は、気づけば二陣営になり、その二陣営が戦って片方が勝った刹那に勝者のマスターをどさくさに紛れて殺した。

 

 

 ――そうして、今に至る。この荒れ果てた原野――古戦場は、アサシンが成したものではなく、己が武を誇って戦った二騎のサーヴァントによるものだった。

 

 アサシン達は聖杯を手に入れた。

 しかしその瞬間、マスターは残った令呪でアサシンに自害を命じた。

 

 アサシンは何が何だか全くわからなかったが、大きな動揺はなかった。元より彼女の目的は他のサーヴァントを皆殺しにして勝利することであり、聖杯自体に願いはない。そして今やその目的は果たされているのだから、今更アサシンが殺されても困ることはない。

 

 純粋に自害を命じた理由は何かと思い、消える前にそれだけ問おうと彼女が花唇を開いた、その時だった。目の前のマスターは蒼を通り越し白い顔で、静かにつぶやいた。

 

「……やはり、この聖杯ではサーヴァントを全て殺そうと、根源には至れない――」

 

 その言葉を最後に、彼のマスターは己が首を切って死んだ。

 

 アサシンのマスターは知っていた。否、戦争が進むにつれて理解した。例え七騎、否六騎のサーヴァントを殺したところでこの紛い物の聖杯では根源には至れないことを。最後の悪あがきにも等しく、アサシンに自害を命じたが――優秀な魔術師でもあった彼は自分の願いは成らないと、この聖杯ではできないと理解した。そう分かった瞬間、マスターは自分の首を切って死んだ。

 

 マスターは、全てを魔導に捧げてきた人間だった。幼いころから魔導をなすべく鍛えられてきた。妻は病気で早くに死に、息子は事故で亡くなった。再び妻を取ったが子をなせず、離婚した。

 そうして男には魔導以外何もなくなった――かと思えば、そうとも言えなかった。同じく魔導を志す者でありながら、知己、刎頸ともいえる友が一人いた。

 

 しかし何ということか、この戦争において、その友は敵陣営としてサーヴァントを使役していた。正々堂々戦うという手もあっただろう。魔術師同士、魔術の粋を競い合う道もあっただろう。だが、アサシンというサーヴァントを使う身であれば、もっとも効率のいい方法は一つだけ。

 

 そうしてマスターは魔導を選んだ。本当に魔導だけでよければ、彼はきっと何一つ思いを変えることはなかっただろうが――結果として、彼はそうではなかった。

 友を殺すことで、彼は己をも殺した。そうして、彼は引き際を失った。

 

 だから、絶対に聖杯を手に入れて根源へ至るしかなかった。

 

 そうしてその願いさえ敗れ果てた時、彼は自ら死を選んだ。

 

 勿論、アサシンを道具として扱った彼は過去の話をしたことはない。パスにより夢の形をとってその記憶がアサシンにも流れていただけだ。マスターはアサシンに意見を求めず、するべきことと絶対にしてはいけないことだけを厳命し、それ以外に言葉を交わすことはなかった。

 今、マスターがここにあることそのものが大事と思うアサシンは、深く夢見た主人の過去を考察しなかったし、するには情報も時間も足りなかった。

 

 赤く染まる大地。それはかつて見た、己が炎に包んだムラのよう。誰もが死に絶え、漂う終末の空気。東の空は既に藍に染まり、夜の到来を告げている。

 

 

「根源、とやらにたどり着くためには、全てのサーヴァントを殺さなければならない……」

 

 少女の声を聴く者は皆無。消滅間際に至り、理由を理解した彼女にやはり動揺はない。前述のように、この戦争における彼女の目的は果たされている。そして、

 

「どうせこの身は死んでいるも同じ。それが死ぬことで、マスターの願いが叶うのならば越したことはない。だが」

 

 アサシンのせいでもなく、マスターのせいでもなく、ただ儀式の不備故に願いは叶わない。原因を求めるのならこの聖杯を創り上げた者たちのせいだろうが、彼らとて不備の聖杯を望んだわけでもあるまい。それに、いまさら詮無きことだ。

 

 

 荒れ果てた地に、一陣の風が吹いた。アサシンの纏う白い裳が翻る。被っていた領巾(ひれ)が舞って、彼女の手を離れていった。

 輝く黒髪を持つ少女――否、少女の姿をした少年は、この世界から消滅した。

 

 

 アサシン――少年の意志は変わらない。彼はこの聖杯戦争の前にも幾度も幾度も、様々な時間に於いて、聖杯戦争とそれ以外の戦いにも使役されてきた。

 

 

「――」

 

 負ければすべてが終わる。勝つことだけが己に残されたモノであり、此度もそれを成し遂げた。それ以外の感慨はない。彼が勝利を納めたことに間違いはなく、異議を唱える者はいない。

 彼の目的からすれば、今回も事はうまく運びおわったのだ。

 

 

「なんで」

 

 

 だが、消滅の刹那に彼の口からこぼれた言葉は、全く逆のものだった。

 

 

「うまくいかないんだろうな――――」

 


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