Fate/beyond【日本史fate】   作:たたこ

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 自分の生を諦めていた。先などもう見えていた。
 生まれた瞬間に、自分の人生はもう決まっていた。
 ならば、生きる意味とは何だろう。

 積極的に死ぬ理由はない。積極的に生きる理由もない。
「死」なるこの天秤は、何かで容易く傾くだろう。
 自分が今生きているのは、その天秤が傾いていない、ただそれだけの理由だ。

 ―――決まっていたなら、もう仕方がない。そう思う。

 少女は嘆くでもなく、悲しむでもなく、ただただ偏に、諦めていた。


「盟約に従い参上した。 これより俺なる剣はお前と共にあり、お前の運命は(おれ)と共にある。―――ここに契約は完了した」

 用意した触媒を使用したのだから、彼が現れることを彼女は知っていた。
 それでも、そのことさえも定められていたのではないかと思える奇跡。


 彼女の前に、あまりにも似通た思いを抱いた従者が、その凛冽たる姿を現すまでは――。





11月21日 セイバー召喚

 己の人生に後悔はない。生前も、命を惜しんだことは一度もない。

 だから、己の命が尽きること自体はどうでもよいことだった。

 自分がいなくともこの国は末永く、細石に苔の生すまであり続けるだろう。

 もう、そう願うだけだ。

 ここで死ぬことは、戦いの生涯から解放されることを意味する。

 

 己に否はなく――むしろ、安息でさえあった。

 

 ――もう、戦わなくてよいのか。

 

 視覚、触覚、嗅覚――すべてが失われていく中、己はその安寧に身を委ねようとして――拒否した。

 

 己の生はどうでもよい。どうでもよいが―――只、今死ぬわけにはいかなかった。

 

 

 一つの誓いを果たすまで、死んではいけない。

 彼らの願いを、思いを遂げなければならない。

 その為に、己は戦いを続けなければならない。

 

 

 だから―――己は、舞い降りた白鳥さえも縊り殺そう。

 

「喜べ。お前たちの願いは叶う」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

『魔術』とは何か。端的に言えば、魔力を使用して「火を起す」「爆発を起こす」などの神秘を行使することである。万能のように見えても、『魔術』 は「魔力」を触媒にした等価交換が原則である。また、『魔法』と『魔術』は別物であり、その線引きは「現代の技術で実現できるかどうか」である。「火を起す」ことはライターでもできる「現代技術で実現可能」な事象であるため魔法ではなく魔術だが、「時間を巻き戻す」ことは魔法である。

 例えば現代なら「空を飛ぶ」ことは魔術でなくとも飛行機、気球などを使うことで同じことができるため魔法ではなく魔術だが、五百年前の技術では不可能故に、五百年前の時点では「空を飛ぶ」ことは魔法だったのである。

 

 つまり、時代が下るにつれ魔法は減っていき、魔術が増えていく。

 特にここ百数十年は現代技術を魔術が後追いしている形である。

 既に魔術など面倒な手続きを踏まずとも、現代技術でより容易に同じことが可能である。

 

 ならばなぜ、魔術師は魔術を使うのか。

 

 

 話は変わるが、『根源』というモノがある。世界のあらゆる事象の出発点となったモノ。ゼロ、始まりの大元、全ての原因。有り体に言えば、「究極の知識」である。

 全ての始まりであるがゆえに、その結果である世界の全てを導き出せるもの。

 最初にして最後を記したもの。この一端の機能を指してアカシックレコードと呼ぶこともある。

 魔術師とは、この『根源』に至るために『魔術』という手段を使用しているから『魔術師』と呼ばれているだけで、わかりやすく言えば実態は学者に近い。

『根源』を追い求める彼らにとって、魔術行使によって発生する『奇蹟』はオマケのようなもので、欲するものではないのである。

 

 現代において魔術師は研究のために魔術を行使するので、それ以外に一般世間で収入源を持っていることが殆どである。または古くからの家柄で、土地などを多く所有していて得る収入で生活している。

 つまり、一般人から見れば魔術師の家とは「古くからある由緒正しい家で、資産家」と見られていることが多い。

 

 

 ここ春日市の管理者である碓氷家も、二百年以上前より春日に暮らすそういった魔導の家柄の一つである。

 

 

 

 

(マジで憂鬱だわ……帰りたい……今家だけど……)

 

 朝、二階の自室のベッドから起き上がると、碓氷明(うすい あきら)は最初から憂鬱だった。

 ぶっちゃけて言えば、三週間前からずっと憂鬱だったが、今日はその憂鬱も極まっていた。

 

 魔導の家・碓氷といえばここ春日の地の管理者(セカンドオーナー)で、その筋では有名である。明は七代目当主(予定)であり、初代は北欧出身で二代目が日本に移り住んで定住するようになった。

 彼女の暮らす家は、古色蒼然たる西洋風の屋敷である。庭は広々として石畳が敷かれ、家の門と玄関の間には噴水なんてものまで備えられている。

 異人館の風貌を持った三百坪近い屋敷は、周囲の家からかなり浮いている。

 

 ちなみに『管理者(セカンドオーナー)』とは、魔術協会より霊地の管理を任された名門の魔導の家系・魔術師のことを言う。春日に魔術師が来て魔術工房を作る際には、この碓氷の管理者の許可を得る必要がある。

 現在この西洋風屋敷の碓氷家には明しか住んでおらず、母は他界しており父は訳合って時計塔にいずっぱりで、実際の管理者の仕事は明がこなしている。

 

 さて、何故このように明が憂鬱極まりないかといえば、それは三週間前のことに遡る。

 

 

 

 

 町はずれにある教会。教会に至るまでの道脇の花壇は常に手入れがなされていて、四季折々に訪れる人々の目を楽しませてくれる。シスターである神内美琴(じんない みこと)の几帳面さがでているなと、明は常々感じている。ただ、その花々もこのような雨降りしきる曇天の下では精彩を一つ欠く。

 春日教会はゴシック様式の教会で、レンガで作られたその建物は尖塔をもち、その上に十字架が立っている。教会らしく、どことなく荘厳な雰囲気を漂わせる建物だ。

 

 春日の地の管理者として、聖堂教会とは「神秘の秘匿」という共通項で何かと関わることが多いためここを訪れることもままある。今日は時計塔にいる父と神内美琴から話があると聞いた為ここまで出向いたわけだが、この時点で明のテンションは低い。聖堂教会絡みで呼ばれるのは、大体春日の地で外道に落ちようとする魔術師が出るなど、面倒事の場合だからである。

 

「どうもお邪魔しまーす」

 挨拶をしながら教会の扉を開く。教会の中は天井に空間を感じさせる蝙蝠天井という作りになっており、柱頭という柱が等間隔で両側に並ぶ。入口から通路が伸び、その左右に長椅子が配置されている。視線は自然と内陣の祭壇に引き寄せられる。

 ひんやりとした堂内にはすでにシスターの神内美琴と、その父親の神内御雄(じんない おゆう)が祭壇の十字架の前に立っていた。傍らには小さな蝙蝠がふわふわと飛んでいる。

 明が勝手に近くの長椅子に腰かけると、それを見計らって美琴が口を開いた。

 

「よく来てくれたわね、明」

 

 ウィンプル(修道女の頭巾)から少し髪をはみだし、修道服に身を包んだ妙齢の美女が出迎えた。いつも思うが、美琴はあまりシスターらしくなく、むしろ会社でバリバリ働いていそうなキャリアウーマンに近い。

 美琴とは十年くらいの付き合いになるが、いまひとつ彼女のテンションにはついていけないでいる。

 

「お久しぶりです。なんだかあんまり聞きたくないけど、早く話を始めてもらってもいい?」

「全くあなたって人は……。まぁいいわ、端的に言うと、この春日の地で聖杯戦争が始まるわ。およそあと一か月ってところ?」

「は?」

 

 わざとではなく、明は間の抜けた声を出してしまった。話には聞いたことがある。

 

 聖杯戦争。

 

 その形態は様々だが、ことに日本で有名なのは冬木の地で行われた聖杯戦争である。しかし冬木の聖杯は何十年も前に解体されたはずだが……。

 

「もう気づいていると思うけど、明、貴方にはこの聖杯戦争に参加してほしい。貴方のお父様からもそのようにとの指示よ」

 

 明は内心で苦虫を百匹くらい噛み潰していたが、表面上は黙って話の続きを促した。

 

「今回の聖杯……『第七百五十聖杯』は聖堂教会の調査の結果、すでに贋作との判定が下っているわ。だけど、『願いを叶える』機能を果たすには十分すぎる魔力がため込まれているから、それに引き寄せられる魔術師は多いでしょう」

「つまり『神秘を漏らすことなく』『とんでもないことを願う外様の魔術師を排除して』『聖杯戦争に勝て』ってこと?」

「聖杯が偽物と判断された以上、聖堂教会としては何事もなく終わればそれでいい。今回は魔術協会もその意向のようよ。私と父が今回の聖杯戦争の監督役を務めるわ」

 

 本来聖杯戦争の監督役は、第八秘蹟会――聖遺物管理や監督を行う部署から派遣されてくる。幸いにして神父――神内御雄は第八秘蹟会の所属であったが、仮にそうでなかったとしても監督役を担わされていただろうと美琴は告げた。

 冬木の聖杯も真の聖杯ではなく、さらにその模造品とくれば――推して知るべしで、わざわざ別の第八秘蹟会の者を派遣するまでもないということだろう。聖堂教会は、冬木の聖杯ほど春日の聖杯を重く見ていないのだ。

 明は渋い顔をしていたが、引き受けざるを得ないだろうことを分かっていた。春日の管理者として神秘の漏洩を防ぐことは責任であり責務である。魔術師として根源に至ることの両得が叶うことを明が拒否するとは美琴は考えていないだろう。

 明が戦争で勝つなら、その用途は「根源に至る」ことに使われ神秘の漏洩にはあたることをしないことがわかりきっている。

 だから美琴、いや教会としては明に勝ってもらえれば都合がいいのである。

 

 

「教会で真贋判定の際にわかったのだけど、今回の聖杯は何者かが冬木の聖杯戦争を模倣し、さらに陰陽道のアレンジを加えたもののようなの。そのせいか呼ばれる英霊が日本に縁のある英霊だけになっているそうよ」

「はぁ」

 

 あまり乗り気でなさそうな明に構わず、美琴はてきぱきと話を進めていく。美琴がぐいぐいと話を進めていくのも、最早いつもの光景である。

 

「あと、魔術協会から魔術師が一人派遣されるわ。貴方のお父上の推薦らしいの。より確実にこの聖杯戦争を「何事もなく」終えるためにね。聖杯を巡る最後の争いは貴方とその魔術師であればいいわね」

 もしかしての場合の保険というわけだ。美琴の表情は、正統派の魔術師が二人いれば外様の急造魔術師に負けるわけはないと語っていた。

 つまり、監督役の神内御雄・美琴とその派遣される魔術師と明でグルになって他の魔術師を倒し、最後は派遣の魔術師と私で雌雄を決する、というのが聖堂教会の青写真のようだ。

 

「だけど、確か令呪?ってのが聖杯から配られるんだろうけど、私に宿らなかったらどうすんの?」

「それは心配には及ばない、七代目」

 

 今まで黙っていた美琴の父親、御雄がゆっくりと口を開いた。今年五十五になるそうだが、身長と精悍な肉体からは十歳程度若く見える、年齢不詳の中年である。美琴もイメージからは修道服が似合わないが、御雄も胡散臭い為あまりカソックが似合わないと明は感じている。

 

「元の冬木の聖杯システムでは、システムを作り上げた『始まりの御三家』には優先的に令呪を割り振ることになっていた。それを模倣した今回のシステムでも、同じことが起こるだろう。つまり、御三家のひとつ『冬木の土地を提供した管理者遠坂』が今回では『春日の地を提供した管理者碓氷』と読み替えられる」

「じゃあ冬木の御三家の残り二つ、マトウとアインツベルン?だっけ?を読み替えた魔術師も令呪が優先的にもらえるの?」

「そういうことになる。霊器盤によると、既にキャスターのサーヴァントが呼び出されている」

 

 そう、と明は呟いた。美琴は話は以上と告げ、聖杯戦争が始まるまではもっと気軽に教会に来ても構わないとにこやかに笑って言った。彼女は蝙蝠が父からの伝言を預かっているから聞いておいてと言い残して、教会の奥に消えた。

 伝言を聞いたところ、召喚のための触媒は父と御雄が手配して二週間後には届けるといった内容だった。

 用は済んだため、明はもう自宅に戻ってもよかったのだが外の天気故に、なんとなく講堂内に座ってぼんやりしていることにした。

 ぼうっとしていても考えることは一つで、もちろん今の話にあった聖杯戦争である。

 

 美琴の口ぶりの中には「あなたみたいな魔術師にも悪い話じゃないでしょ?」というニュアンスが端々に漂っていたが、正直明には一ミリもいい話ではなかった。正直誰かやりたい人間がいるのなら代わってほしいくらいだ。

 

 

(めんどくさいな……)

 明が魔術師をしているのはそれ以外に生きる方策がないからであり、彼女には根源への興味が強くない。

 それに、時計塔から魔術師が派遣されてくるらしいのだがその人とうまくやっていく自信もない。聖杯戦争で勝ち抜くよりも、冬木の聖杯戦争を模倣した奴を見つけ出して潰した方がいいのではないかとも思う。

 

(だけど、他の変な魔術師がマスターとして参加したら一般人にも被害が出るだろうしなぁ)

 

 魔術師同士の戦いは神秘の秘匿もあり、一般人の目につかないように行うのが常道である。だが、それに頓着せず、一般人が死のうとどうも思わないマスターがいるとしたら被害は甚大なものになる。

 管理者として一人間として、それを見逃しておくわけにはいかない。

 憂鬱に考えていると、ふと頭上から照明が消えた。

 

「明よ、不安か?」

 

 神内御雄であった。いつの間にか近くに来ていたようだ。

 思案にふけっているのを、これから迎える戦争に不安を感じているように見られたのかもしれない。

 

「いや、ぼーっとしてただけ。まぁ、なんとか頑張ってみるから、よろしく」

 

 雨、少しましになったようだし、と言って明は立ち上がった。実は、この美琴の父親である神父の事はあまり好きではない。なぜかと言われれば返答に困るが、見透かされているような居心地の悪さがあるのだ。

 すたすたと歩いて入口を押し開き、教会から出て扉を閉めようとした時に、神父の低い声が届いた。

 

「そう悲観するでないぞ、碓氷の影使い。何しろ願いが叶うのだからな」

「……あの、それ本当に願いは叶うの?」

 

 美琴がいないこともあり、明は素直に疑問を口にした。かつて、冬木の聖杯戦争は五度にわたり開催されたが、そのどれもが一つの願いも叶えることもなく解体を迎えている。その聖杯の模造品――陰陽道式聖杯、ヒジリノサカズキにそれほどまでの力があるのだろうか。ましてほかの願いならいざ知らず、根源に至ることは別格の願いである。

 

「……万が一に「渦」を観測する可能性があるからこそ、教会は我らに監督を命じ、協会も人員を派遣した。それしか私には言えないが――」

 

 神父自身も、この春日の聖杯が真に願いを叶える――根源に至れるか――はわからないようだ。しかし、彼はそんなことはどうでもいいと言わんばかりに笑んだ。

 

 

「――願いが叶うまいと叶うまいと、始まってしまったのだ。その過程にこそ意味があるとは思わないか、碓氷の影使い」

「……はぁ……?」

 

 神父の言葉と笑の意味を解せぬまま、明は教会を後にした。

 この神父がよくわからないのは今に始まったことではない。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 聖杯戦争の参加を命じられてから二週間経ったが、教会から音沙汰がない。

 一応明から連絡を取ったが、神父からは「暫く待て」というだけだった。

 

 そしてさらに一週間経った今日のこの日、明は準備が整ったとの連絡を受けて再び教会に足を運んだ。聖杯戦争まで一カ月と言っておきながら、すでにあと一週間のところにまで迫っている。

 ようやく明は父と御雄神父が手配してくれたという触媒を受け取ることができる。ちなみに、令呪は美琴から話を聞いた次の日には無事に聖杯から付与されていた。まるで話を聞くまで待っていたかのような聖杯の空気の読みっぷりに、明は静かに歯ぎしりしていた。

 

 しかし、せっかく足を運んだにも拘らずその触媒は教会のどこにもなかったのである。

 

 肩透かしを食らって不愉快そうな顔をしていた明に御雄が渡したのは、新幹線のチケットだった。今日出発、今日終電で帰宅予定の名古屋までの往復切符。御雄神父はとある神宮の名を指定し、そこで召喚の儀を行うように言った。

 本当は触媒をここまで取り寄せたかったそうなのだが、極東の地は魔術協会の威光が及びにくいこともあり父のツテを以ってしても流石にその「ご神体」を外に運び出すことに許可が下りなかったそうだ。

 彼は「向こうで宮司に色々注意を受けると思うが、しっかり聞くように」とアドバイスをし、

 最強にも等しいサーヴァントが呼べると笑った。

 新幹線の時間的に、さっさと行ってさっさと召喚してさっさと帰ってきて教会に顔見せに来てほしいということだろう。

 

 

 

 明は自宅に帰り、手早く身支度を済ませ召喚に必要な道具をバッグにつめこんで家を出た。

 電車で新幹線の停車駅まで移動し、新幹線に乗り込んだ。駅弁を買って食べながら、おそらく自分が召喚することになるであろうサーヴァントのことを考えた。

 ただ、伝承によればかの剣は壇ノ浦に沈んだとかなんとかで複製がいくつもあるようだし、あの神社にある剣で本当に目的のサーヴァントが呼ばれるのか疑問である。

 万が一、その剣を複製した職人とかが呼ばれたらどうするのだろうか。

 明にはサーヴァントをえり好みする気持ちはないが、不安の種は尽きない。

 

「聖杯戦争ねぇ……」

 明は神父から聖杯戦争の仕組み(冬木準拠)をおおよそ聞いている。それはさておき、できるなら聖杯戦争に参加などしたくはない。戦いで命を落としかねないことよりも、歴史上の英雄とコンビを組んで戦うことの方が気が重い。

 聖杯戦争がはじまり終結するまで一か月、もしかして二週間にも満たない時間だが、歴史上の英雄とよろしくやれるかと聞かれたら答えは完全にNOである。英雄なんてものは、人々が驚嘆する華々しい活躍をすることと引き換えに、だれもが嘆くような悲劇的な終わりがセットになっていることがテンプレートだ。

 そんな波乱万丈活動的な生涯を送ったお方と良好な関係が築ける気は小指の爪垢ほどもしない。そして明が召喚しようとしている英霊は、まさにそのザ・テンプレ英雄である。

 しかし考えても仕方がない。一般人を巻き込むわけにもいかず、管理者としての責務を果たすためには闘うしかないのだ。せめて体力くらいは温存しようと思い、明は目を閉じた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 時間があるので、せっかく名古屋にやってきた明は神宮近くのひつまぶし屋でもりもりとうなぎを食べてから神宮に向かった。時刻はすでに夜十時を回っている。明としては召喚は午前一時に行いたいのだが、流石にあちらにその時間まで待たせるのも忍びない。

 渡された乗車券的に、終電で帰ってこいということだから、明のベストの時間に召喚をすることは元々無理である。

 

 

「何気にでかいよねぇ……」

 

 熱田神宮。三種の神器の一つ草薙剣(くさなぎのつるぎ)を御鎮座とし、熱田大神――天照大神を主祭神とする神宮だ。六万坪の敷地があり、都会の中において樹木が生い茂り自然に溢れている。

 夜の闇も相まって、鬱蒼とした印象を強める神社に明は足を踏み入れた。

 

 砂利を踏む音と風に草木が揺れる音、月光の降る静かな夜である。境内ガイドによると、正門からまっすぐ入ってそのまま進めば、御神体の祀られる本宮があるはずである。

 碓氷の魔術は北欧由来の魔術のため、明自身は神道や神社には詳しくない。熱田神宮に足を踏み入れるのもこれが初めてである。

 

 普通拝観する場合は、外玉垣御門(とのたまがきごもん)の前までである。そこに、神主姿の初老の男が建っており、明の姿を認めると軽く頭を下げた。

 

 

「話は伺っています。どうぞ中へ」

 

 流石に本殿――熱田大神の静まる本殿までは通されず、祭典の多くを行う中重(なかのえ)という広場で待つように言われた。

 

 すぐに宮司が長さ一メートルほど、高さ二十センチくらいの樟でできた箱を大事そうに抱えて持ってくる。

 それを明に差し出すが、厳しい声で伝える。

 

「この箱は、決して開けぬように」

 

 明は静かに頷いた。できれば静かに一人で行いたいのだが、触媒が触媒ゆえに目を離せないのか、宮司が側に佇んだままだ。召喚場所が場所だけに汚すわけにはいかないので、明は自前の白い布を広げ、その上に己の血液で魔法陣を描いていく。適当でいいわけではないが、英霊の召喚はほとんど聖杯が行ってくれるので術者はそのきっかけをつくるだけでよい。

 

 魔法陣の真ん中に、樟でできた箱を置く。

 

 己の中身まで静寂に満たされたような空白の後、明は詠唱を始める。

 

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 淡い光が徐々に魔法陣に沿ってあふれ出す。かすかに感じるのは大気に含まれる魔力の胎動。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 頭の片隅で、もし召喚に失敗したらどうなるのかという疑念がよぎる。参加しなくていいのかという甘い妄想もあったが、ただサーヴァントなしのマスターとして他のマスターに殺される図しか浮かばなかった。

 

 ――戦うしかない。

「―――――Anfang(セット)

 

 己の太股を己で突き刺す、自傷のイメージにより魔術回路が起動する。

 肉体と幽体を繋ぎ、生命力を魔力に変換する毎に発生する鈍痛。いつまでたっても慣れるものではない。本宮を護るように生い茂っている木々が、常ならぬ空気に気づき騒ぎ立てはじめる。

 

 明はゆっくりと瞼を閉じる。

 

 

 「――――――告げる」

 

 眼を開けていたら閃光で失明してしまいそうな、魔力の奔流。英霊を召喚する余波でこれだけの前兆があるとは、内心舌を巻く。吹き荒れる魔力風は洪水のようにあらゆる物品を吹き飛ばし、跡形も残さぬ災害のようだ。

 それでも明は集中を切らさず、言の葉を紡ぐ。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ―――」

 

 吹き荒れる魔力風と雷鳴の如き圧倒的な光量で、境内を照らし木々をざわめかせる。そのざわめきは人知を超えた存在を迎える歓声なのか叫びなのか――。明は目をつむったまま、己の内側に意識を集中させる。

 

 自分が魔力回路そのものになり、人としての意識が失われていくような感覚を超える。

 

 

 光と風が不意に収まり、今のざわめきが嘘のように境内が静まり返る。もう、眼を開かずとも、圧倒的魔力を秘めた存在があることを明は感じ取った。

 すでに目の前には人の理を超えた存在がましましているに違いない。明は恐る恐る目をひらく。

 

 

 しかし、予想を裏切って目の前には影も形もなかった。

 

 

「―――あれ?」

 

 辺りを一通り見回してみたが、宮司と明以外に誰の姿もない。明は思わず宮司の顔をまじまじと見つめてしまったが、彼に何がわかるはずもない。自らの熱気も収まり、寒気がじわじわと這いあがってきたその時、右手の本殿からものすごい音が轟いた。例えるなら高所から人が落下した感じだろうか。

 

 宮司と明はお互いに顔を見合わせて、本殿を凝視した。すると、閉じられた扉が内側から開かれようと、がたがたと動いている。鍵が外れるかと思いきや、扉は唐突に蝶番ごと砕かれて階段から転げ落ちた。

 

 

 厳かに閉じられていた本殿の扉は見るも無残に破壊・解放されてしまった。

 そして、本殿の中から姿を現したのは――白っぽいマントに身を包んだ小柄な少年。

 彼は明と宮司を一瞥し、何事もなかったかのように階段を下りて、魔法陣の中央に立った。

 

 

「盟約に従い参上した。 これより俺なる剣はお前と共にあり、お前の運命は(おれ)と共にある。―――ここに契約は完了した」

 

 明よりも五センチくらい低い背に、少年とも少女ともつかぬ中性的な美貌の少年。

 風に翻ったマントの下には、襟の立った簡素な衣袴を纏っている。首元は衣袴の上からリボンで結ばれている。腰には青銅のように青く輝く鞘に収まった――恐らくは剣――を佩いている。

 

 鬱蒼とした神宮で、清かな月光を背に受けて佇んでいる。身に纏っている衣袴は内側から光るように白く美しい。濡芭玉の黒、というべき錦糸のような髪が輝く。同じく漆黒の瞳はどこまでも凛冽であり、射抜くような鋭さを以って明を見つめている。男女の別を超えた、神がかった麗しさがそこにあった。

 明は、ぼんやりとその少年を見ることしかできなかった。

 

 

「問おう。お前が俺のマスターか」

「……あの、何であんなところから出て来たんですか」

 

 たっぷりと間をおいて出て来た言葉がそれであった。明は我に返ると、内心しまったと舌打ちした。

 ぼーっとしていたせいで完全に場違いな質問が口を継いで出た。

 

 しかし、少年は何も戸惑うことなく答えた。「知らない」

「あ、そ、そうですか」

 

 混乱しながらも、明は徐々に落ち着きを取り戻してきた。

 自分の得意とする時間でもなく、かつ自分に縁もゆかりもない場所での召喚である。何か間違えてしまっていても不思議ではない。少年は、再び同じ問いを繰り返した。

 

 

「問おう。お前が俺のマスターか」

「はい……えっと、セイバー?でいいんですか?」

「ああ。セイバーのクラスを得て現界した」

 

 これが彼の東征の皇子なのだろうか。服装からみてしっかり古代の人物であるように見える。

 しかし今起きたミスもあるため、明は真名を聞いてみることにした。

 

「えーっと、真名を確認させてもらってもいいですか?」

「?触媒もあるようだが、俺と知って呼んだのではないのか?」

「あ、いや知ってるけど確認のためです。もしかしたら赤の他人かもしれないですし」

 

 セイバーは納得したように頷き、冴える声で真名を述べる。

 

 

「我が真名は日本武尊(やまとたけるのみこと)。間違いはないか」

「あ、うん、間違いない」

 

 日本武尊―――十二代景行天皇の皇子。熊襲のクマソタケル兄弟、出雲のイズモタケルを討ち果たし大和に帰ったのちすぐさま東征を命じられ、荒ぶる神々や国造を従わせ帰途につく。しかし伊吹山の荒ぶる神々を討伐しようとしたとき、草薙剣を持っていなかったがために神に呪われて病を得て、ついに大和へ帰り着くことができなかった悲劇の皇子。

 

 日本がまだ今の形をとっていなかった時代。その一生を国の剣として捧げ、国土平定に尽くした真正の英霊―――――!

 

 

(予想はしていたけど、英雄の中の英雄みたいなのが来たな……)

 パラメータを見てみると運は低いが軒並みAかBで、最優のサーヴァントの名に恥じないセイバーである。

 ともかく、ハプニングはあったものの召喚は無事に済んだ。早く帰りの新幹線に乗って、教会の監督役たちに紹介しなければならない。明は聖杯戦争を行う地にいまから新幹線で行くことを伝えると、セイバーは静かに頷いた。

 サーヴァントは召喚された時に聖杯から現代の知識を与えられるため、セイバーは新幹線というモノの意味を分かっているようだ。

 

 宮司に御神体を返して礼を言ったが、宮司はずっとハトが豆鉄砲を食らったような顔で明とセイバーを見ていた。そして本宮を出て振り返ると、なんと宮司がこちらを拝んでいた。というかセイバーを。当の本人は一瞥もしていなかったし、本殿の扉は壊れたままだったが。

 

 それらを全て無視して、セイバーは森閑とした神社を見渡した。「ここは、尾張か」

「あ、はい」

 

 セイバーはそれ以上何も言わず、明の二歩後ろを黙って歩いている。

 それにしても一体サーヴァントに対してどういう風に接すればいいのかと明は頭を抱えた。普通の使い魔なら適当いい加減だが、相手は古代の英雄でしかも皇子ときている。

 現実で考えれば、初めて会った人間には丁寧語を使うのが普通なのだから、それで問題はないはずだ。

 明は木々のざわめきのみがある神社を歩きながら、明は腹をくくりなおした。

 

 神社の出口まで戻ると、大通りに面しているため行きかう車が多くある。振り返ればセイバーがいる。

 流石に旅装のマント、衣袴の格好でここから先を歩かせるわけにはいかない。

 

「あの、セイバー。霊体化してくれませんか?ここからは魔術とか知らない人も一杯いるんで…」

 何故かセイバーは黙りこくっている。何か気に障ることでも言ったかと明は不安に思ったが、顔を見る限り違うようだ。

 

 

「マスター」

「はい」

「……非常に言いにくいが、俺は霊体化ができない」

「え!?……あ……」

 

 明は素っ頓狂な声を出しかけたが、すぐに先ほどの召喚が脳裏によぎった。あれが召喚のミスによるものだとすれば、霊体化ができないのもその影響の可能性がある。明は腕を組んでしばし考え込む。

 霊体化できないということは、常に実体化するだけ余計に魔力を持って行かれ、魔力の回復を優先したい時にも魔力の消費を抑えることができないということだ。要するに、デメリットしかない。

 

 

「あー……なんか、ごめんなさい」

「何故マスターが謝る」

「多分、私が何か間違えたんだと思います……」

 

 恐る恐るセイバーの様子を窺うが、怒っている様子はない。というか、先ほどから表情は変化していない。

 彼は静かに首を横に振った。

 

 

「気にしなくていい。それより、ひとつ聞き忘れていたことがある。…マスター、名は何と言う」

「え……あ、碓氷明です」

 

 まさか名を問われるとは思っていなかった明は、妙に挙動不審になりながら名乗った。サーヴァントとマスターの間にあるのは、利害関係である。主、従といいながら主従関係は無きに等しい。

 サーヴァントは聖杯を必要とするからマスターに従うのである。名前を知らずとも、戦いをすることはできる。

 

 

「わかった。それと、俺に敬語は必要ない」

 

 名を問う、ということはマスターを単なる現界の為の依代以上のものと見なすことだ。

 明は、少しだけこのサーヴァントとやっていけそうな気がした。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 終電の新幹線に乗った時にはすでに午後十一時を超えていた。セイバーが霊体化できないという予想外の事態ゆえに、明は実費でセイバーの新幹線代を払わねばならなくなった。幸い混むような時ではなかったため、明の隣の席を買うことができた。

 ちなみに衣袴で歩かせるわけにはいかないので、セイバーは明のロングコートをすっぽり着ている。彼の足元は現代のロングブーツに近いため、違和感はない。変わりに明は晩秋の夜の寒気に身をさらすことになったが。

 

 新幹線が目的の駅に到着するまで二時間はかかるので、到着は深夜になる。新幹線に乗っている間も特に会話はない。明はなが餅を食べており、セイバーは席につくなり眠り始めた。

 

 目的の駅に着くと、ここから春日駅はほんの二駅ほどだがすでに終電はない。同じく降車した客がすっかり消え、ターミナル駅も人気はなくなりつつある。タクシーでも使うか、と明は駅を出てからセイバーを呼ぶ。

 コートをセイバーに貸しているため、明は相変わらず寒空の下震えている。

 

 

「目的の駅がここから二つ先なので、今からタクシーに乗ります」

「……距離と方角はどっちだ、マスター」

「えーっと、東西南北だと南東?に十キロくらい……」

「承知した」

 

 そう言うなり、セイバーは明の手を取って駆け出す。あっ、と声を上げる間もなく明は引きずられるようにして走り出す。セイバーの足についていけなくなろうとしたその時、ふわりと明の足が地面から離れた。

 まるで宙に見えない階段でもあるかのように、セイバーは空を上る。見下ろせば、街灯の明かりと未だ眠りにつかぬ家家の明かり。空には、月と星。

 一定高度まで上がると、セイバーはそれこそ鳥の様に滑空を始めた。

 

「言いそびれていたが、俺に騎乗スキルはない。その代わりがこの飛行スキルだ。下にその駅が見えたら教えてくれ、マスター」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 午前二時。セイバーと明は教会の扉を叩いた。非常識な時間なことは百も承知だが、あちらも召喚は真夜中に行うと承知のはずである。それですぐにサーヴァントを連れてきてほしいというならば当然このくらいの時間になるわけだ。

 

 案の定、御雄と美琴は嫌な顔一つせずに教会に迎え入れてくれた。明は足音荒く、教会の中に入り長椅子に座る。

 

「……どうしたの明、なんか珍しく怒っているように見えるのだけど。そしてサーヴァントがなんか不服っぽい気するんだけど」

 

 基本恬淡としている明の珍しい姿に、美琴が驚いて声をかける。

 明は思い出したくないと言わんばかりにそっけなく言い放つ。

 

「怒っているんじゃなくて理不尽な恐怖体験に打ち震えているだけ……と、それはともかく、召喚したから連れてきたよ」

 

 ほら、と明は掌でセイバーを指し示す。御雄はセイバーに問う。

 

 

「セイバー、あなたは日本武尊で相違ないか?」

「それに答える前に一つ聞く。マスターの言うままについてきたが、お前たちは何者だ」

「明、説明していないの?」

 

 美琴は呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。明はばつの悪い顔をするが、説明を怠っていたのは事実であり釈明の余地はない。仕方がないわね、と前置きしてから美琴は簡単に自分と御雄の身分を明かした。

 聖杯戦争を見届ける監督役であり、暗に味方であることを強調して説明をした。

 

 セイバーは探る様に礼拝堂を一瞥し、最後に明を見てから目を閉じた。

 

「……お前たちの言うとおり、俺は日本武尊だ」

 

 その返答を以て美琴と御雄は了承の証と見た。

 一歩セイバーに近づいた御雄神父は、厳かに口を開いた。

 

「もう一つ聞いておきたいことがある。セイバー、貴方が聖杯にかける望みは何か」

 

 そういえば召喚後の衝撃ですっかり聞くのを忘れていたと、明は思い返した。明としては世界の破滅を願うようなことでなければ何でも構わないのだが、このセイバーに限ってそれはないだろうと思っていたから聞き忘れたのかもしれない。何しろ、彼は護国の英雄である。

 

 

 セイバーは腕を組んで、鋭いまなざしのまま静かに口を開く。「ない」

「ない?」

 

 思わず明が聞き返す。だが、彼の眼が冗談ではないと語っている。

 

「聖杯にかける望みはない。俺の願いは、他の六騎のサーヴァントを皆殺しにし、俺が勝ち残ること。聖杯はマスターの好きにすればいい」

 深夜の教会に、さらなる沈黙が下りる。セイバー以外の誰もが、セイバーの言葉が嘘ではないとわかった。

 

 

「この大和で最強なのは俺一人。それ以外は認めない」

 

 短い間の後、セイバーは明に振り向く。

 

「俺もマスターに問いたいことがある。聖杯はマスターの好きにしてもらって構わないが、それを「この国を滅ぼす」などの類に使ってほしくはない――俺はこれでも護国の英霊でもあるからな」

 

 もしその類の願いだったならばどうなるか、セイバーの目の冷たさが全てを物語っている。

 明は背筋に冷や汗を流しながらも、平静を装って答える。

 

「私の願いは根源に至ること。別にセイバーの危ぶむようなことは考えてないから安心して」

「私たち聖堂教会は聖杯戦争が『何事もなく』終わることを希望しているわ。セイバーと明の願いなら、私たちのその目標も達成できる」

 

 明に続き、美琴が監督役も味方だとセイバーに伝える。

 セイバーは何か思うところがあるように目を細めたが、ようやくその顔に笑みを浮かべた。

 

 

「……ならば今しがたの生、俺はお前の剣となろう」

 

 

 

 

 

「それはともかく、明はなんでここに来たとき怒ってたの?」

 

 セイバーと意思の確認したところで、改めて美琴が訪ねた。

 セイバーは途端にきまり悪げにわかりやすく目線を逸らしたが、明はもう恬淡としたものである。

 

「ああ、セイバーはスキルで空を飛べるんだけど、いきなり私と空を飛んだの」

 

 途端に弛緩した空気が場に流れる。御雄と美琴は全てを察して生ぬるい笑みを浮かべている。空気に耐えかねたセイバーは言い訳じみた弁解を始めた。「いや、俺は知らなかったのだ、マスターが高所恐怖症だとは………」

「いやさ、さっきも言ったけど知らなかったことが問題なんじゃなくて、なんで飛ぶ前に『俺飛べるけど飛びますよ?』とか確認をとらなかったの?そっちが問題なの!」

 

 セイバーが飛行していると、握られた手が異常に汗ばんでいることに気づいた。どうやらそれは自分ではなくマスターの脂汗のようで、何かと思ったらマスターが顔面蒼白になって震えているではないか。

 体調を悪くしたのかと思い、セイバーはあわてて着陸すると、あまりの恐怖で理性が半分飛んでいた明に猛烈に怒られたのであった。

 まずは丁寧に対応しようと決めていた明の心がけは一瞬にして飛んで行った。

 セイバーも「敬語はいらない」と言っており、彼女は完全に開き直ってしまっていた。

 

 御雄は後ろを向いて笑いを堪えているが、美琴はわかりやすく噴出した。

 

「まだ治らないの、明」

「美琴と知り合う前から……十年以上高所恐怖症やってるんだよ、そう簡単に治ったら苦労はしないって」

 

 ぼそぼそとうらみがましく呟く明を、美琴は面白そうに見ている。明と美琴の付き合いは十年程度だが、初めて美琴と出会った時にはすでに高所恐怖症だったのだ。

 

「小さい時高いところから落ちたと聞いたけど」

「そう。っていうか思い出して怖くなってきたからもうやめようこの話。セイバーも召喚したし、今日は帰るよ」

「ああ。ご苦労だった」

 

 

 まだ笑いを含んだ御雄と美琴の声を背に、明はセイバーをひきつれて教会を後にした。

 

 




セイバー
【真名】日本武尊(やまとたけるのみこと)
【性別】男性
【身長/体重】160CM/体重:52kg
【属性】秩序/悪
【クラス別スキル】
 対魔力:A(C)A以下の魔術はすべてキャンセル。
         事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。
 騎乗 :―    飛行スキルの代償として、騎乗スキルは失われている。
【固有スキル】(ほかにもある)
飛行:C    空を自由に飛ぶことができる(ある程度の助走距離が必要)。
        ただし、宝具や武器を十全に使用する場合は地に足をつける必要がある。

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