IS学園特命係   作:ミッツ

65 / 67
明けましておめでとうございます。
久々の更新です。暫くはこちらの方に集中しますので更新速度は上がると思います。


episode8 銀の福音は誰が為
鳥は飛び立ち、夏が始まる


青く輝く水面に灰色の鉄船が浮かんでいる。米国所属原子力空母『オズワルド』はこの日、ある機体の実働テストの為、ハワイ オアフ島沖約100キロの位置に停止していた。

 その甲板には10年前までは空の王として米軍の主力であった航空戦闘機たちの姿はなく、替わりに1体の銀色のISが離陸の時を今や遅しと待ち望んでいる。

 そのISを纏う女性、ナターシャ・ファイルスの耳元に司令部からの通信が流れてくる。

 

『テスト開始まで残り5分。今更だけど調子はどうナタル?』

 

「問題ないわ。この子も早く空を駆け回りたくて仕方がないみたい。」

 

『なら、もう少し我慢するように言っておいて。新生『銀の福音』の初フライトなんだから、こっちも万全を期しておきたいのよ。』

 

「わかってるわ。国の将来の為にもね。」

 

 やや皮肉交じりの声でナターシャが言うと、通信越しにオペレーターが苦笑するのが分かる。

 ISはアラスカ条約で軍事利用しない事が取り決められているが実際のところは抜け道はいくらでもあり、IS開発の多くは軍が深く関与している。

 ナターシャの愛機、シルバリオ・ゴスぺル≪銀の福音≫も例外ではない。このISの所属先は表向きにはアメリカの民間警備会社となっているが、その企業自体イスラエルの資産家とアメリカの軍事関連企業の出資により設立されたものであり、今回の作動テストには米軍がアドバイザーという立場で協力している。あくまでアドバイザーである為、アラスカ条約によるところの軍事利用には当たらないというのが彼らの言い分である。

 また、テスト終了後はアフリカの角を中心とした紅海、スエズ運河方面の海賊行為の監視、及び周辺を運行する船舶の警護を主任務にするとされているが、その裏で緊迫するイスラエル・パレスチナ問題においてパレスチナ側への軍事的圧力を強めようとしているのは、ISをめぐる国際情勢に精通する者には周知の事実である。

 いずれも、イスラエルとアメリカの両国の思惑が込められているのは言うまでもない。

 当然アラブ諸国などからは国際的緊張を高める軍事行為だと非難声明も出されているが、アメリカをはじめとしたアラスカ条約批准国は一切の声明を黙殺している。これは、ISバトル以外でのISの実用データと有用性を世界に知らしめたいIS委員会の意向が大きく作用しているのだが、女尊男卑が先進国の主流となる一方でいまだに男性優位の社会体制が続くイスラム社会に対するIS委員会の反発が影響しているという見方もある。

 

 

 

(だからと言って、えらい人の勝手な思想で現場が振り回されるのはやめてほしいんだけどね。)

 

 

 ナターシャは通信機に拾われないように心の中で小さくため息を吐く。

 ナターシャ自身、アメリカ国民として母国に対しての愛国心は持っており、国の為に危険な任務に赴くことは名誉だと思っている。

 それでも、他国からの抗議を半ば無視する形で行われる任務には多少なりとも思うところがある。また、女性優位主義者ではなく、むしろそう云った思想に嫌悪感を持つ彼女からすれば、家族に近い愛情を注ぐ愛機が不本意な政治の道具に使われるのは不服の極みであった。 

 だが、国から代表に選ばれ数の限られた貴重な機体を預かってる以上、上からの命令を不服とする選択肢は彼女には無い。

 

(それでもいつか…この子が何者にも縛られず自由に大空を飛べる日が来るなら…)

 

 ナターシャは左腕に纏われた銀色の走行を愛おしげに撫でる。

 すると彼女の耳元に再び通信音が流れてくる。

 

『ナタル、テスト開始1分前よ。用意はいいわね。』

 

「OK、いつでも大丈夫よ。」

 

「Good!いい結果を期待してるわよ。テスト開始50秒前…40…30…」

 

 オペレーターのカウントダウンが始まり、現場の緊張感は否応もなく高まっていく。ナターシャの心臓の鼓動も自然と早くなっていく。それを落ち着けるように彼女は胸に手を当て深く深呼吸をする。

 

「15秒前…10,9,8,7…」

 

 カウントが進んでいく。ナターシャが上を向くと雲一つないまっさらな青空から夏の日差しが燦々と降り注いでいる。自然と口元に笑みが浮かんだ。

 

「6,5,4,3,2,1、Take off!」

 

「行くわよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

                 『異常事態発生!外部との通信を切断!』

                          ・

                          ・

                          ・

              『未確認のプログラムを確認。搭乗者の安全を優先する』 

                          ・

                          ・

                          ・

                          ・

                          ・

        『…以後は上位のプログラムを優先。保護状態を維持しつつ自立行動モードに移行する』           

 

 

 

 その日、太平洋上から一羽の鳥が解き放たれた。かの鳥が目指すは西。ISの生誕地日本。

                   

 

 

 

 episode8 銀の福音は誰が為

 

 

 

 

 

 松林の中に作られた車道をシルバーのセダンが走り向けていく。やがて緑のカーテンを抜けると視界の左側には太平洋の大海原がお目見えする。

 セダンのハンドルを握る亀山は途端に嬉しそうな声を上げる。

 

「右京さん見てくださいよ!海っすよ、海!」

 

 助手席に座る杉下は軽く頷く。

 

「ええ、確かに海ですねぇ。」

 

 ハイテンションな亀山に対し、杉下の反応は非常に落ち着いたものである。

 

「どうしたんですか?なんか乗り気じゃないみたいですけど。」

 

「乗り気じゃないわけではありません。ただ君が乗りすぎているだけです。」

 

「いや、だって、臨海学校ですよ。しかも目的地は海!どうも昨日から落ち着かなくて。」

 

「なるほど。君が学生の頃、どのような生徒だったかよくわかりました。ですが今の僕たちの立場は学園職員。そして、臨海学校では無く夏期合宿であることをお忘れなく。」

 

「わかってますよ。」 

 

 亀山は返事をすると前を走る4台の大型バスに目を移す。その車中には体調不良者と辞退者を除く118名の生徒が乗っている。彼らの行く先は国が管理する太平洋に面した海岸。そこで2泊3日の夏期特別合宿が行われることになっている。

 

「でも合宿って言ってますけど初日は全日自由時間ですよ。今日くらい、あんまり肩ひじ張らなくてもいいんじゃないですか?」

 

「自由時間は生徒たちの物です。僕たち職員には生徒たちに事故が起こらないように注意しておく義務があります。まさかそれを疎かにし、遊び呆けるようなことはないでしょうねぇ?」

 

「さ、流石にそんな事は無いっすよ!安心してください。これでも俺、1年間教職員を務めたんですから。仕事を忘れて生徒と浜辺で遊ぶなんて…」

 

 

 

 

 

「おっしゃ!頼むぞ一夏!」

 

「はいっ!薫さん、トスッ!」

 

「おりゃっ!」

 

 一夏から上げられた絶妙なトスを亀山は思いっきりアタックする。相手レシーバーは撃ち込まれた剛速球に反応することさえ出来ず、ビーチボールは砂浜に突き刺さった。

 コートの周りからは女生徒たちの黄色歓声が上がり、コート上で亀山と一夏はハイタッチを交わす。その様子を真耶と杉下が少し離れたところから見ていた。

 

「うわぁ、凄いですね亀山さん。織斑君と息ぴったり。」

 

「ええ、流石亀山君です。予想通りと言いますか、期待を裏切ってくれません。」

 

「え?」

 

「いえ、こちらの話です。どうかお気になさらず。」

 

 杉下が再びビーチコートに目をやると、亀山と一夏のコンビが新たに千冬とラウラを挑戦者に迎え試合を始めようとしている。その所為かコートの周りには他クラスからも生徒が集まりだし、人垣が出来つつあった。

 今のところ大小含めて問題は起きていない。織斑一夏という注目を集める存在がいるためか、自然とその周りに生徒たちが集まり、教師たちが目を向ける範囲が少なくて済むというのが作用しているのだろう。

 千冬がビーチバレーに参戦しているのも余裕の表れだ。

 と、ここで杉下はある違和感に気が付いた。

 

「妙ですねぇ。」

 

「えっ?何かありましたか?」

 

「篠ノ之さんの姿が見えません。彼女の事ですので一夏君の近くにいると思っていたのですが。」

 

「あっ!そういえば…」

 

 杉下の言う通り、いつもであれば何かと一夏の近くにいる箒の姿が見られない。あたりを見渡してみると、人垣から少し離れたところから一夏達の様子を眺める箒が居た。その表情は何かを耐えるかのようであり、唇はきつく結ばれていた。

 

「何やら思い詰めているようですが、バスの中で何かあったんでしょうか?」

 

「いえ、バスの中では特に何もなかったと思います。体調が悪いって訳でもなかったみたいですし…あっ!でもそういえば、最近の篠ノ之さんは前にもまして人の輪に入っていかない様子でした。織斑君も何かと和の中に誘っているみたいでしたけど、それすらも断っているみたいでした。」

 

「つまり篠ノ之さんは自ら望んで孤立しているというわけですね。」

 

「はい、そうだと思います。」

 

 篠ノ之箒はどちらかというと人付き合いが苦手で、有名人の妹という事もあってクラスでは浮いた存在であった。だが幼馴染の一夏の存在や、その周りに集まる生徒などと云ったところとは少なくとも交友を結んでいた。

 今ではそれを自ら拒絶し進んで孤立しているそうだが、箒の表情から察するにそれは彼女の望むところではないことが窺い知れた。

 

「もしかすると、僕たちの知らぬところで篠ノ之さんに問題が起きているのかもしれませんねぇ。暫くの間、注意してあげた方がいいかもしれません。」

 

「そうですね。せっかく1学期も終盤でみんな仲良くなったんですし、夏休みには気持ちよく入ってもらいた『ドオオオオオオオン!!』キャーッ!?」

 

 真耶の言葉を遮るように轟音が鳴り響き、ビーチに砂が舞い上がる。そこかしこで悲鳴が上がり、パニックになった生徒たちが半狂乱となり逃げまどっている。特に轟音の発生源となったビーチコートの近くにいた生徒はあまりの出来事に腰を抜かし、逃げることさえ出来ない始末だ。

 そして試合の真っ最中だった亀山や一夏は舞い上がった砂ぼこりによってその姿を確認できない。

 

「い、いったいなにが!?」

 

「落ち着いてください山田先生!まずは生徒の安全の確認を!」

 

 そう言うや、杉下はビーチに向かって駆け出していく。途中、座り込んだ生徒一人一人にけがはないか声をかけて確認していると、砂ぼこりが晴れ轟音の原因が姿を現した。

 

「ニンジン?」

 

 誰かが呆けたようにそれを指して呟いた。その言葉が示すように、砂浜に突き刺さったのは絵本に出てくるようなデフォルメされたニンジンだった。

 流石の杉下も、あまりに非日常的な状況に付いて行けず言葉を失っている。周りの生徒たちもおおむね同じような反応だ。ただ一人、千冬だけは頭を抱え苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 そんな周りの反応を嘲笑うかのように、ピコーン!というやけにファンシーな効果音と共にニンジンの側面が開き、中から一人の女性が現れた。

 

「フハハハハハハ!!ハロハロ~みんな大好き束さんだよ~どうだったかな今回のド派手な登場は!楽しんでくれたかな?驚いてくれたかな?答えは聞いてないっ!」

 

 そんなぶっ飛んだセリフで現れた女性の服装は、これまたぶっ飛んだものだった。童話『不思議の国のアリス』の主人公、アリスをモチーフにしたかのような青と白のドレス。そして、兎の耳のように頭頂部から生えた2本のアンテナ。1度見たらまず忘れないであろうその姿は杉下、いや、この場にいるすべての人間が知るある人物の特徴と一致していた。

 

「篠ノ之…束…」

 

 世界を一日にして作り変えた世紀の大科学者がそこにいた。そしてこれは、決して交わる事のない天才と天災のファーストコンタクトであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。