IS学園特命係   作:ミッツ

63 / 67
先に上げるはずだった短編を納得のいく内容に仕上げられなかったため、急きょ先に此方を上げます。
内容的には亀山と杉下、一夏と織斑ラヴァーズ不在となっています。
加えて、わりと重めの内容にしていますので、読む際はどうぞご注意ください。
千冬さんの性格に違和感を感じる方もいるかもしれませんが、この作品における千冬さんはこんな感じなのでご了承ください。


Short story3
織斑千冬の苦悩


「ねえ、織斑さん。織斑さんには夢ってある?」

 

「…なんだ唐突に?」

 

「ちょっと聞いてみたくなって。」

 

「夢か…特にこれと言ったのは無いが、今は弟を一人前にすることが当面の目標だな。」

 

「…なんか意外だね。思ってたよりも家庭的。」

 

「そうか?」

 

「うん。織斑さん、凄いからもっと大きな目標があるのだと思ってた。」

 

「……そういうお前に夢はあるのか?」

 

「私?私はそうだな…お父さんの工場をきちんと運営して、弟を大学まで行かせて、優しい旦那さんと結婚して幸せな家庭を作る事かな?」

 

「お前の方がずっと家庭的な夢じゃないか。」

 

「へへへ、そうだね。」

 

「…叶うといいな。」

 

「…うん。」

 

 私、織斑千冬にとって友人と呼べる人間は少ない。この会話をした中学の時のクラスメイト、日野瑞樹も昼休みにお互いに失敗した手作り弁当を持ってきたことで休み時間に話すようになっただけにすぎない。

 事実、高校に上がると学校は別々になり、それ以降彼女とは一切連絡も取り合っていなかった。

 ただ、彼女が語った夢だけは妙に印象に残っている。

 そんな彼女の顔を再び目にしたのは最後に会ってから約10年後。彼女が殺人犯として捕まった記事を新聞で見た時だった…

 

 

 

 

 

 

 

 初めての裁判所というのは思っていたよりも賑やかなものであった。傍聴人だと思われる人々はお互いに先程見た裁判の感想を話し合い、時折笑い声なども聞こえてくる。

 その横では被告人の家族、あるいは事件の関係者だろうか。真剣な表情で弁護士と思われる女性と熱心に話し合っていた。恐らく、最終の打ち合わせでもしているのだろう。

 

 私はそう云った人たちを脇目に見つつ、正面の受付に向かった。

 途中、ガラスに映った自分の姿を確認し、パッと見で自分とはわからないかを確認する。己惚れるわけではないが私は世間一般で有名人だ。人の多い場所では最低限の変装をするようにしている。

 

「すみません。本日の裁判の予定を見せてもらってもよろしいですか?」

 

「はい。こちらになります。」

 

 受付の女性は私の申し出に笑顔で答え、公判予定表を渡す。私はその中から目的の裁判を探すと、間もなく見つけられた。あらかじめ電話で確認していたが本日この裁判所で行われる殺人の裁判は1件だけ。予定表には事件番号と罪状、そして裁判が行われる部屋番号が書かれていた。

 予定表を受付に返し、足を進める。階段を上り、廊下を歩いていくと目的の部屋にはすぐにたどり着いた。

 目の前には何の変哲もないドアがある。私はその前で深呼吸をすると、ドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開けた。

 

 

 

 

 部屋の中ではすでに検察官と弁護士がそれぞれの場所で待機している。殺人事件という事もあってか、平日にもかかわらず傍聴席にも10人以上の傍聴人がいた。

 私も席に座り、改めて部屋を眺めていると一人の女性に目が留まる。見つけた。あのころと比べると大分痩せ、雰囲気も変わってしまったが面影は確かに残っている。10年ぶりに見る日野瑞樹は腰縄を付けられ、被告人席で裁判が始まるのを待っていた。彼女の虚ろな視線が傍聴席に向けられることはない。

 間もなく裁判長たちが部屋に入ってき、開廷が宣告された。

 

 

 

 

 

「被告人、秋村瑞樹は4月2日、実子である秋村健吾君3歳をタオルで首を絞め殺害、その後、自身の胸を包丁で刺し自殺しようとするも異変を感じた隣人によって発見され病院に搬送。一命をとりとめました。被告人は警察の取り調べに対し全面的に息子の殺害を認める供述をしています。」

 

 検察官はそこで言葉を切り、一息入れる。

 

「被告人が犯行に及んだ動機は生活苦にあります。被告人の家庭は数日前から電気、水道、ガスが止められ家賃の支払いも滞っていたことから部屋を出て行かざるを得ない状況にありました。被告人はそれを悲観し、無理心中を図ったものです。」

 

 検察官は手早く犯罪事実に関する立証を終えると、そのまま被告人質問に移った。

 

「秋村さん、あなたは事件当時無職であったそうですが、働き口に関して宛てはなかったんですか?」

 

「…ハローワークにも通い、様々な会社の面接を受けましたが、条件に合う会社はありませんでした。母子家庭で子供を家において働ける環境は少なくて…」

 

「…託児所や保育所、あるいは子供一時的に親元から離して預かってもらえる施設などもあったはずですが。」

 

「託児所や保育所は金銭的な問題で使えませんでした。施設に関しては、その頃はそんなものがあるなんて知らなくて…知っていれば利用したかもしれません…」

 

 日野、いや、秋村は俯いたまま検察官の質問に答えていく。あらかた質問をし終えると検察官は裁判官の方へ向き直った。

 

「被告人が犯行に至った動機は経済的に困窮したことです。しかし、無理心中という最悪の事態を引き起こす前に被告人には当時の状況を好転させられる手段はまだありました。その手段を講じず、短絡的に実の子を巻き込んで自殺するのは到底許されるべき行為ではなく、まだ3歳だった健吾君を自分の都合で殺害した責任は極めて重大です。以上の事から、検察側は被告人に対し懲役10年を求刑します。」

 

 懲役10年。それが果たして殺人の罪として重いのかどうかは法律の専門家ではない私にはよくわからない。だが、20代から30代にかけての、人として最も華やかな時代を塀の中で過ごさなければならないというのは、私からすると、かなり重い罰のように感じられた。

 

 検察官が席に着くと、次は弁護人の弁論へと移った。秋村の弁護を担当するのはスーツの似合う女性弁護士だ。

 

「秋村さん、先程検察は生活の困窮が事件の動機と語っていましたが、そもそもあなた方が生活に困窮した原因は何だったのでしょうか?」

 

「…始まりは父が経営していた工場が倒産した事だと思います。」

 

「工場が倒産した明確な理由はあったんでしょうか?」

 

「はい。白騎士事件です。」

 

 秋村がその言葉を口にした瞬間、私は心臓を強く握りしめらる感覚に陥った。

 

「ミサイルが日本に向かって発射されると報道されたせいで、その日行われるはずだった取引が全部ストップしてしまったんです。自転車操業だったうちの工場なんかは一発アウトです。父は倒産から暫くして借金を残したまま失踪しました。そのまま私たち家族は離散して、私は高校をやめて働きに出たんです。」

 

「働き先ではどうでしたか?」

 

「うまくやれてたと思います。高校中退だから働き先は限られていましたけど、借金を返しながら一人で生活する分には何とかなりました。そこで良い縁をいただき、夫と結婚し、健吾を得られました。けれど…」

 

「けれど?」

 

「1年前にに夫は務めていた会社をクビにされたんです!他の女子社員に因縁を付けられて、やってもないセクハラをでっち上げられてっ!クビになってから夫は精神を病んでしまいました。そして最後は公園のトイレで首を吊って…」

 

 秋村は言葉を詰まらせると口元を抑えた。その両目には溢れんばかりの涙がたまっている。対して私は秋村が語った話の衝撃から立ち直れず、拳を握りしめる事しか出来なかった。

 

「夫が死んでからも、健吾を育てながら必死に生きて行こうとしたんです。だから、短い時間でも高額な報酬が稼げる水商売を始めたんです。それでやっと親子二人で生活していけるようになったのに…今度は女性人権保護法で店を辞めなくてはいけなくなりました。」

 

 女性人権保護法。女性の社会的人権を守る目的で施行された方ではあるが、その内容にはキャバレーやソープなどの風俗店に重い制限を掛けるものが含まれた。女性を男の性欲のはけ口に使わせない事を目的として施行された物ではあったが、これによって水商売を生業としていた女性たちも働き口をなくすことになっている。

 

「新しい働き口を探そうにも、高校中退の子持ち。そう簡単に雇ってくれる所なんてありません。おまけに少し前まで風俗店に勤めてから、女性面接官がいる所だとすごく嫌な顔をされるんです。一度は男に媚を売るような人はうちに入らないって言われました。」

 

「…生活保護は受けられなかったんですか?」

 

「駄目でした…健康には何の問題もないからって……そうしているうちに僅かばかりの貯金がなくなって…電気とガスが止められて…水道求められて…食べ物もなくなって、アパートも出て行かなきゃいけなくなって…もうダメだと思ったんです…私たちが生きていける場所はどこにもないと…」

 

「…最後に今どのようなお気持ちですか?」

 

「自分の行いを深く後悔しています…私はこの手で健吾を殺してしまいました……あの子の首を絞めたときの感触がぬぐいきれません…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば裁判は閉廷し、私は休憩所のソファーに座っていた。どのようにしてここまで来たのかよく覚えていない。スーツの下に着たシャツなべっとりと汗がしみ込んでおり、私は急激な喉の渇きを覚えた。

 近くの自動販売機でペットボトルの水を飼い、一息で半分ほど飲み干す。呑み口から口を話し深く息をつくと、私は先程の裁判を思い起こした。

 秋村が崩れ落ちそうになりながらも必死に証言を吐き続けていた時、私は今すぐ法廷を立ち去りたいという気持ちと戦うのに必死であった。

 秋村を襲った数々の絶望は私と無関係ではいられない。歪んだ世界、白騎士事件。どちらも私が深くかかわった事だ。私がいたから、ISがあったから、秋村は不幸になったと言っても過言ではない。

 ISによって運命を狂わされた人間の話を聞いたことは何度もある。その度に心苦しい思いをしてきたが今日ほど精神を消耗した経験はなかった。

 秋村の口から直接語られたISが生んだ不幸は私の心に鋭く刺さり、今も耐え難き痛みを与え続けていた。

 

「秋村さんのお知り合い?」

 

「え?」

 

 物思いにふけっていると唐突に横から声を掛けられ、間の抜けた返事をしてしまう。声のした方を振り向くと、秋村の弁護をしていた弁護士がいた。

 

「裁判中ずっと秋村さんの方を辛そうに見られていたんでお知り合いかと思ったんだけど…もしかして違いましたか?」

 

「ああ、いえ。秋村とは中学の同級生だったんです。それで新聞を見て気になってしまって…」

 

「まあ、そうだったの。あの、できればお名前を教えてもらってもいい?知り合いが心配してきてくれたと知れば秋村さんも心強いでしょうし。」

 

「……申し訳ありません。名前は勘弁していただけないでしょうか?」

 

「…そう。こちらこそごめんね。急にこんなお願いをして。」

 

「いえ、こちらこそ。お力になれず…」

 

 本当にその通りだ。立場上とはいえ、自分の名前さえ告げられない事実が私自身をどうしようもない卑怯者のように思わせた。だからこそ、つい次のような言葉が口から出たのだろう。

 

「……ISは生まれない方がよかったんでしょうか?」

 

「え?」

 

「いえ、ISがなければ白騎士事件も起こらず、あいつの父親の工場もつぶれずに済んだ。そうであれば、あいつがあんな不幸な目にも…」

 

 ここまで口にして、しまったと思う。こんな事、初めて会った人間に聞く事ではない。どうも精神的に参っている状況が私に普段とは違う行動を起こさせたようだ。

 弁護士の女性は私の問いかけに対し、真剣な表情で考え込んでいる。

 

「…私が思うに、その人が不幸か幸福なのかは当人にしか判断できない者であり、外部の人間が横から口出しできることではないと思うわ。そうした上で私見を述べさせてもらうなら、ISで不幸になった人間は存在する。でも、逆に幸せになった人もいたはず。」

 

「…そうでしょうか。」

 

「ええ。確かに、ISの登場によってそれまでになかった問題が起きているのは事実です。その一方でISはあらゆる科学分野に影響を与え、人類の進歩に寄与していると思います。そうした部分を総合的に判断するならば、私たちがやるべきはより良い方向に進んでいくことだと思うわ。」

 

「より良い方向に進んでいく…」

 

「そう。ISが生まれてまだ10年も経っていないんだもの。まだまだ未完成なところがあって当然よ。そうした所を一つ一つ解決していけばISで不幸になった人を救えるし、これから不幸になる人もなくせる。私たちはそれをしなくちゃいけないんだわ。」

 

 そう言い切った彼女の目はどこまでも真っ直ぐで、いま言った言葉が本心であることが窺えた。ほんの少し、胸の重みが軽くなる。

 

「ありがとうございます。少し迷いが断ち切れました。」

 

「ううん。こちらこそ今日は来てくれてありがとう。あ、そうだ。もし何かあったら連絡してきて。私でよければ力になるわ。」

 

 そう言って彼女は名刺を取り出す。名刺には『弁護士 武藤かおり』と書かれていた。

 

「ありがとうございます、武藤先生。最後に一つだけ、お願いしてもいいですか?」

 

「うん。いいわよ。」

 

「秋村に、伝言をお願いします。負けるな、と…」

 

「負けるな、ね。うん、必ず伝える。」

 

「ありがとうございます。それでは、また…」

 

 武藤先生と別れると私はそのまま裁判所を後にした。

 

「…一つ一つ、解決していくか。」

 

 ISが生まれてよかったのかは今の私には判断できない。だが、秋村のように不幸になった人間がいるのは事実だ。私はそれを受け止め、不幸の原因を取り除いていかなければならない。それが私にとって贖罪になるとは思わない。

 これは私の使命だ。世界を歪ませる事件の片棒を担いだ私の…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ・・・・・・・・・・???????

 

「子供のころ、猫が主役のアニメをよく見てたんだけど、それに『まつりばやし』って回があったんだ。」

 

「まつりばやし?」

 

「うん。夏祭りがある夜、街の人たちはみんなお祭りで騒いでるんだ。賑やかに、華やかに、楽しそうに。でも、お祭りが行われているすぐ隣の雑木林では捨てられた病気の仔猫が苦しんでいる。主人公の猫たちは子猫を助けようとするんだけど、結局子猫はまつりばやしが響く中死んでしまうんだ。」

 

「悲しい話だね…」

 

「誰かが明るい場所で幸せを感じてるすぐ傍で、暗闇の中で苦しんでいる者がいる。今の私たちは暗い森の中で震えている猫。誰にも気づいてもらえず、声さえあげることが出来ない。そんな存在…」

 

 彼女の声は今にも泣きそうなほど震えていました。僕にはその時彼女が何をしようとしているのか、なんとなくわかったんです。彼女は声なき者の声を上げようとしていました。

 

「このまま終わるなんてイヤ。誰にも気づかれず死んでいくなんてイヤ。だからお願い。私に力を貸して。そして…」

 

 

 

 

 

 織斑千冬と篠ノ之束から全てを奪いましょ。

 

 

 

 

 




本当はもっと重い内容で最後も救いがない感じに仕上げてたんですが、あまりにも重すぎて引かれそうだったんで修正しました。
作中で語られているアニメは実際に作者が以前見たもので、非常に衝撃を受けたのを覚えています。興味のある方は調べてみてください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。