IS学園特命係   作:ミッツ

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前回のあらすじ
シリアスかと思ったらマーロウだった

感想欄がマーロウで埋め尽くされる。

マーロウの人気に嫉妬


探偵の証言

「では改めまして。初めましてお嬢さん。私立探偵の矢木明です。チャンドラー探偵事務所で所長を務めています。浮気調査、行方不明のペットの捜索、果ては引っ越しの手伝いまで、お困りの際はどうぞご気軽にご連絡ください。」

 

 妙に芝居がかった仕草で楯無に名刺を渡すと、矢木は人懐っこい笑みを浮かべた。楯無は笑顔を返しながらそれを受け取る。場所は病院からそれほど離れていない場所にある喫茶店である。矢木と出会った亀山達は彼を連れて話のできる場所へと移動したのだった。

 

「へー、探偵さんねえ。私、本物の私立探偵に会うのは初めてです。思ってたよりもずっと親しみやすそう。」

 

「いやー、オジサンも本物のIS競技者と遭うのは初めてだよ。しかも、次期ロシア国家代表と言われる楯無ちゃんに会えるなんて。オジサン感動しちゃうなあ…」

 

「あら、私の事ご存じなんですか?}

 

「そりゃあもちろん。テレビやネットでで何度も見たし、更識ちゃん美人さんだからすぐに顔を覚えちゃったよ。」

 

「ふふふ、ありがとうございます。」

 

「それで、良ければなんだけど…楯無ちゃんのサインをもらえないかな?知り合いに自慢したくて…」

 

「ええ、それくらいなら構いませんよ。」

 

「本当!ならついでに写真を一緒に…」

 

「そろそろ本題に入ってもいいですかね?矢木さん。」

 

「あ、はい…」

 

 亀山がイラついた口調で声をかけると矢木は恐縮したように頭を下げた。その様子を見て楯無はコロコロと笑っている。亀山は嘆息しつつ矢木に目をやった。

 矢木の見た目は以前と変わらず、パッと見ハードボイルドを気取った冴えない中年男性といったところである。しかし、見た目とは裏腹に、この男の探偵としての力量はなかなかのものだ。警察にはない独自の情報網を持ち、その着眼点と推理力は杉下も認めている。

 だからこそ、亀山は今日この場所でこの男と出会ったことがただの偶然ではないような気がしていたのだ。

 この探偵が何の意味もなく精神病院以外に目立った建造物のない場所に来るはずがない、という確信が亀山にはあった。

 

「なあ、矢木さん。率直に聞くけど、あんたは何でこんな場所に来てたんだい?」

 

「え、あ、いや、なんでって聞かれても仕事としか…」

 

「もしかして、芝浦真紀子のことを調べてたんじゃないっすか?」

 

「!?ッ、もしかして亀山さんたちも彼女のことを!」

 

 亀山の言葉が終わるなり矢木の眼が驚きで見開かれた。すると、それを待っていたのように楯無が身を乗り出す。

 

「世間一般には彼女は変死という事になっています。しかし、私たちはこの事件を殺人とみて捜査しています。」

 

「やっぱり、そうなんですか…。でも亀山さんはともかく、なんで楯無ちゃんがそれを…」

 

「実は私の実家は更識家と呼ばれる暗部組織で、今回はとある政府関係者から依頼を受けて亀山さんたちと一緒に捜査をしているんです。」

 

「お、おい、楯無。お前何を…」

 

「暗部組織!それってもしかして国家機密を扱ったり、テロリストから日本を守るために水面下で活動してたりするやつかな!うわっ、すごいなあ。まるでアルバイト探偵みたいだ!」

 

 途端に矢木は目を輝かし始める。それを見て亀山は『ああ、そういえばこの男はこういう人だったな』と思うのであった。

 矢木という男は私立探偵以外にも、探偵小説愛好家としての一面がある。彼の言動や風貌にはそうした小説の影響を受けたと思われる部分が節々に見えているのだ。そうした部分と喫茶店に着くまでの間亀山から受けた矢木についての説明から、楯無は“それっぽいこと”を言えば確実にこの男は食いついてくると踏んでいたのだが、どうやら当たりだったらしい。ある女性の謎めいた死と、それにかかわる暗部組織というシチュエーションは矢木の探偵心を大いに刺激していた。

 

「矢木さん、私たちは一刻も早い事件解決を望んでいます。しかし、一部ではこの事件を闇に葬ろうとする動きもあるんです。なんとしてもそれだけは阻止しなくてはいけません。矢木さん、探偵として守秘義務に関する制約はあるかもしれないですけど、どうかご協力を願えないでしょうか?」

 

 懇願する楯無を矢木はじっと見つめる。矢木は懐から煙草を取り出すとそれを咥え火をつけた。そうして静かに煙を吐き出すと真剣な面持ちで口を開く。

 

「楯無ちゃん。君は私のことをただの冴えない探偵マニアと思っているかもしれないけど、こんな私にも探偵としての矜持ってやつがあるんだよ。依頼を受けた以上、探偵は依頼人の利益を最優先に考えて行動しなくちゃあならない。依頼人の素性を他人に教えるなんて、探偵の風上にも置けないやつがする事なんだよ。」

 

「そんな…それじゃあ…」

 

「しかし、美人さんからのお願いなら話は別さ。美しい女性のお願いを断るのは探偵として以前に男としての沽券にかかわるからね。名探偵っていうのは良い探偵である前に良い男じゃなくちゃいけないんだ。」

 

 そういうと矢木は再び煙草の煙を吸い込む。そして煙を吐き出すと片手で帽子を押さえながらポーズを決める。

 

「この探偵、矢木明。あなたの依頼を受け、亀山さんたちの捜査に協りょ…」

 

「あの、すいませんお客様。当店は全席禁煙のとなっていますのでタバコを吸うのはやめていただけますか?」

 

「あ、すいません。すぐに消しますんで。」

 

 いつの間にかあらわれた店員の注意を受け、矢木は慌てて懐から携帯灰皿を取り出すとその中に煙草を入れた。さっきまでかっこつけていたのに、とことんシリアスの似合わない男だ。亀山としては突っ込みを入れることは既に諦めていたので、店員の登場はナイスタイミングだったと言うほかない。

 

「えーと、じゃあ早速ですけど矢木さんが受けたっていう依頼について教えてもらってもいいですか?」

 

「ああ、はい。ちょっと待ってください。」

 

 楯無から促され、矢木は手帳を取り出しページをめくっていく。やがて一つのページで指を止めるとそこに書かれている内容を声に出して読み始める。

 

「えー、初めに依頼を受けたのはちょうど1か月前です。今と同じくらいの時間に20代くらいの女性がうちの事務所を訪ねてきたんです。最近の若い女性らしく、気の強そうな目をした女性でしたね。かなり美人な人でしたよ。」

 

「そういうのはいいから、早く依頼の内容について教えていただけませんか?」

 

「ああ、申し訳ない。えーとですね、彼女は帝都新聞の記者を名乗りました。ほら、これがその時の名刺です。」

 

 矢木は財布の中から一枚の名刺を取り出した。そこには『帝都新聞社会部記者 前田由紀』と書かれている。

 

「依頼の内容はこうです。今年の4月、精神異常がないにもかかわらず精神病院に入院させられた患者がいる。そのことについて記事を書きたいのでその患者のいる病院を探してほしいと。」

 

「で、あんたはその患者のいる病院を探し当てたと?」

 

「ええ。都内の病院に食事を搬入している業者に知り合いがいるんですけど、そこに当たってもらってそれらしい患者のいる病院をピックアップしてもらいました。あとは仮病を使って自分で一つ一つ当たっていったんですよね。」

 

「仮病って…そんな簡単に…」

 

「精神系の病気って結構患者さん自身の自己申告に頼る部分もありますからね。最近眠れないとか、なんか常に不安だとか。適当な理由をつけて精神科に行くのは割と簡単でしたよ。あとはお医者さんに紹介状を書いてもらうだけです。」

 

 相変わらずこの男は警察にはできない捜査方法を取ってくれる。亀山は矢木の捜査能力に感心しつつも、絶対にいずれしょっぴかれるんじゃないかと本気で彼の身を案じていた。

 

「そうやって虱潰しに精神病院を巡っていって芝浦真紀子にたどり着いたのが2週間前です。その後は彼女の経歴などをまとめて依頼人に報告書を渡しました。ただ、何で芝浦が精神病院に入っていたのかはわかりませんでしたが…」

 

「…なるほど。そして芝浦が死んだって聞いて事実を確かめるためにあの病院の周辺を散策してたってわけですか。」

 

「ええ。もしかしたら、また自分が依頼を達成してしまったせいで人が死んでしまったんじゃないかと思ったら、いてもたってもいられなくなって…」

 

 矢木の表情にめずらしく影が入る。矢木はかつて、ある依頼で一人の青年も身元を捜索した結果、依頼人によってその青年を殺害されるという苦い経験をしている。彼からすれば今回の事件は、あの時と似た状況にあるのだ。

 

「ところで矢木さん。その依頼人とは連絡を取りましたか?」

 

「いや、それが。昨日から何度か電話をかけてるんですけど、一向に連絡がつかなくて。」

 

「んじゃ、ちょっと俺の方から帝都新聞には当たってみますね。うちのかみさんがそこで記者してるんで何か知ってるかもしれないですし。」

 

「あ、本当ですか。それじゃあお願いします。」

 

「はい、はい。」

 

 頭を下げる矢木に手を上げながら答えると、亀山は携帯を取り出すと美和子に電話をかけ始めた。しかし、いっこうにつながらない。いい加減諦めて電話を切ろうとした時、ようやく呼び出し音が止まり通話状態になった。

 

『…はい、どうしたの、薫ちゃん?』

 

 電話口に出た美和子の声は普段と比べずいぶんと暗い。いつもの元気な様子を知る亀山からすればそれは驚くほどの覇気のなさだった。

 

「ああ、聞きたいことがあるんだけど大丈夫か?なんか、すごく落ち込んでいるみたいだけど…」

 

『うん。大丈夫だよ。ちょっとね…』

 

 明らかに美和子の様子がおかしい。あの美和子がこれほどまでにしおらしくなるのだから余程の事があったと考えるべきだ。亀山としてはすぐにでもその理由を問いただしておきたい所であったが、状況が状況だけに先に聞いておくべきことを済ませようとした。

 

「えーと、帝都新聞の社会部に前田有紀って記者はいるか?いたら都合をつけて会わせてほ…」

 

『薫ちゃん!やっぱり由紀ちゃんの身の回りで何かあったのね!』

 

 突如として美和子が大声を上げる。その大きさに思わず亀山は耳元から電話を話す。いったいどうしたことだろう。亀山には妻が豹変した理由が思い至らなかった。

 

「ちょ、ちょっと待て。前田由紀って子に何かあったって、そりゃあこっちの方が聞きたい事なんだぞ。」

 

『…もしかして、薫ちゃんは由紀ちゃんが亡くなった事を知らないの?』

 

「ああそうだよ。こっちはその前田有紀のことを聞きたいからこうしてお前に電話を……おい、今由紀ちゃんが亡くなったって言ったか…」

 

『………うん。由紀ちゃん、今朝自宅で首を吊って亡くなっているのが見つかったんだって。』




マーロウが芝浦に行きつくまでの過程をもっと現実に即したものにしたかった。しかし、現状ではこれ以上の捜査手法を思いつけませんでした。どうかご容赦ください。

本日より相棒シーズン13が開始です。はてさて、いったいどのような事件が起きてくるのか、気になりますねえ。

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