IS学園特命係   作:ミッツ

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いつの間にやら、お気に入り登録が500を超えていました。
当初は、これほどまで多くの人から呼んでもらえるとは思っていなかったので、うれしい限りです!

読んでくださる読者の方々のためにも、完結まで今後も頑張っていきます!!


悪意なき被害者

 取調室に入ると、杉下はララを奥の席に促し自分は扉側の椅子に座った。ララも抵抗する様子もなく、おとなしく杉下の対面となる席に座る。杉下の後ろには亀山と楯無が控える。

 

「早速ですが、まずは確認から始めましょう。あなたは元ドイツ陸軍曹長 ララ・フェリーニさんで間違いないですか。」

 

 最初に口火を切ったのは杉下であった。彼は普段とは違った鋭い視線をララに向ける。

 

「ええ。それで間違いありません。」

 

 ララは杉下の質問に時を入れずに答える。元軍人なだけあってか、背筋をぴんと伸ばし座る姿はどこか威厳があった。杉下の質問の答えも非常にはっきりしたもので、嘘偽りなく答えるという意思が伺える。

 

「では、昨日、織斑一夏君にドイツの機密データが含まれたUSBメモリを渡したのはあなたですか?」

 

「はい。確かに私は昨日、織斑一夏と接触し、USBメモリを渡しています。」

 

「その目的を教えていただいてもよろしいですか?」

 

「……そんなこと、私の身元を把握した時点で分かっているんじゃないですか?」

 

 そう言ってララは杉下に向けた目線を細くする。彼女からすれば、自分の身元、それも過去のことを調べればおのずと表向きの動機にはたどり着くはずだと確信していた。それ故に、自分は国を捨てる覚悟までしてここにいるのだ。目の前にいる男がそれを分かっていないはずがない。

 

「………分かりました。では、すべてを一つ一つ確認していきましょう。まず、すべての発端は二年前の『モンド・グロッソ』決勝の日です。この日、決勝戦に出場するはずであった織斑千冬さんは突然、決勝戦を棄権しています。理由は弟である織斑一夏君を誘拐され、誘拐犯から決勝を棄権するように迫られたからです。千冬さんと日本政府は犯人の要求に屈し、一夏君はドイツ軍の協力のもと救助されました。しかし、これらは全てドイツ諜報局が仕組んだこと。つまり、ドイツによる自作自演だったわけです。」

 

「それだけではないですよね。日本政府の役人にも、警備資料の提供という形で協力した者がいるはずです。」

 

「はい。そちらの方も目下調査中です。」

 

 更識が作成した警護計画書、それを外部組織に渡した人物の特定は小野田の部下たちによって行われている。ただ、事件からすでに二年がたっているため、特定にはまだしばらく時間がかかるそうだ。

 

「話を続けます。流出した資料を基に犯人グループは一夏君を誘拐する計画を立て、それを実行しました。しかし、彼らは現場から逃走する際、急患を乗せ病院へと向かっていた救急車と衝突します。その時の事故による直接の犠牲者は存在せず、犯人グループもすぐにその場から逃走しました。ところが、被害に遭った救急車に乗せられていた患者さんはこの事故の影響で病院に着くのが遅れ、そのまま帰らぬ人になったそうです。その患者さんというのが、フェリーニさん、あなたのお母様です。」

 

「……………。」

 

「母親を亡くした後のあなたの動きを調べさせていただきました。随分と足しげく警察署を訪れていたそうですねえ。ここからは僕の想像になりますが、警察を何度も訪問するうちにあなたは警察が本気で事故を捜査していないと気が付いたはずです。そこで、あなたはなぜ警察が事故のことを本気で調べようとしないのか疑問に思い、独自に捜査を始めた。」

 

「そして、事件の背後にドイツ軍が関わっていることに気づいたってところですね。」

 

 ララは杉下の言葉を引き継ぎ、小さくつぶやいた。彼女は感心したように僅かに笑みを浮かべ、杉下の顔を眺めている。

 

「さすが、世界に名を轟かせるIS学園の先生ですね。恐れ入りました。何時かはばれる事とは思っていましたけど、まさかこんなに早く私のところまでたどり着くとは思いませんでしたよ。」

 

「いえいえ。ただ僕たちは最近まで警察官をしていた物ですから。その時のノウハウを生かしたにすぎません。」

 

「それはまた…。あなたの経歴もとても興味深いですね。けど、今は私の話です。確かに私は母を死に至らしめた事故に疑問を覚え、独自に調査を始めました。事件の裏に軍が存在していたのも間違いありません。」

 

「では、軍が所有していた機密データを持ち出したのは?」

 

「自国の罪を公の場で告発するためです。軍が母の死について何かを隠している。そう思った私は情報局に潜り込み、あの日、軍内部でどのような動きがあったのかを調べ始めました。約一年、監視の目を潜り抜けながら調査を続け、ようやく母の死の裏で何があっていたのかを知りました。だから私は決心したんです。この事件のすべてを白昼の下に晒そうと。」

 

 そう言って杉下を見つめるララの瞳には一切の迷いがない。力強く断言する彼女の振る舞いは、国のために殉じる兵士そのものである。

 

「祖国が犯罪に手を染め、私の母を死なせたと知って、その事をだまっているわけには行けません。祖国が間違った道に進もうとしているならば、その道を正すのは臣下の使命です。」

 

「そのために、母国で裏切り者の汚名を受け、二度と故郷の地を踏めなくなることも厭わないと?」

 

「覚悟はできています。」

 

 ララの返答を受け、杉下は静かに瞼を閉じる。静寂が部屋を包み、各人の息遣いのみが場を支配した。

 

「ところで、あなた方はどうして私のいる場所が分かったんですか?これでも、足取りが分からないように最大限努力してきたはずですけど。」

 

 静寂を破り、疑問の声を上げたララ。その疑問に答えたのは楯無であった。

 

「警察庁の偉い人にお願いして、秘密兵器を使わせてもらったのよ。詳しい内容については企業秘密だけど。」

 

 ちなみに、楯無の語る秘密兵器とは、警察庁のとある警察官が開発した顔認識システムのことである。更識家はドイツから事故被害者の家族であるララの写真を入手し、その写真と合致する人物を東京中の監視カメラで捜索し、霞が関方面へと向かうララを発見せしめることが出来たのだ。この顔認識システム自体はいまだ試験段階にすら到達しておらず、プライバシーの侵害などの諸問題も解決されていないため、文字通り表に出せない秘密兵器となっている。

 

「………そうですか。という事は、私の存在は既にあなた方以外も知っているのですね。さっきの警察官達の態度からあなたたち以外は知らないのかと思っていたんですけど。こうなった以上、私は日本に亡命し、全てを日本政府にゆだねます。どうか、取次の方をお願いしてもいいでしょうか?」

 

「もちろん、あなたの身の安全を守る権利は最大限尊重させていただきます。しかし…、どうしても腑に落ちない点があるのですがねえ…。」

 

「……何か私の説明に問題がありましたか?」

 

「あなたは先程、母国の過ちを正すために機密情報を持ち出し、そのことを世間に知らしめようとしたとおっしゃりました。しかし、その説明だと、どうしても不自然に思える行動をあなたはとっています。あなたはなぜ、織斑一夏君に大切な機密情報を渡すような真似をしたのでしょうか?そんな事をせずとも、あの情報を世間に知らしめる方法は他にもあったはずです。」

 

「それは…、マスコミだと政府の手で握りつぶされる恐れがあると思ったからです。他に信用できる筋もありませんでしたし…。日本政府に伝えようとも考えましたけど、警備の情報が日本の政府関係者から漏れた物だった以上、日本政府を全面的に信用することもできません。それなら、被害者家族であり、ISの世界に強い影響力を持つ織斑千冬に渡すのがよいと…。」

 

「それではなぜ、あなたは自らの手で千冬さんに渡そうとはせず、一夏君に託すような真似をしたのですか?例え千冬さんの居場所が分からなくとも、いつ帰って来るか解らない姉の帰りを待つ一夏君に託すよりも、自分の手で見つけ出して渡す方が迅速かつ確実だと、僕は思うのですが。それともう一つ、一夏君の証言によると、あなたは一夏君に話しかける際、最初から相手が一夏君だと認識したうえで話しかけたようですねえ。しかもその時、千冬さんが家にいないことを予め知っていたよう振る舞いを考えるに、あなたは初めから一夏君にUSBを渡すつもりではなかったのですか?」

 

「………気が動転していたんです。一刻も早くデータを織斑千冬に渡さなくてはと焦っていたせいで冷静な判断ができなくなっていたんです。今考えると、あなたの言ったように自分の手で織斑千冬に渡すべきでした。」

 

 ララは表情を少し口元を上げながら冷静な声色で杉下の疑問に答える。しかし、その自虐的な笑顔の上を、一筋の汗が伝って落ちていくのを杉下は見逃さなかった。

 

「ところでフェリーニさん。この映像をあなたはご覧になったことはありますか?」

 

 そう言って杉下は端末を取り出すと、画面をタッチして目当ての動画を映した。

 その映像が何なのかに気づいたのか、ララの眉毛がピクリと反応する。液晶に映し出されたのは、以前楯無が杉下と亀山に見せた事故現場の映像であった。

 

 

「この映像は一夏君を誘拐した車と、あなたの母親が乗せられていた救急車が衝突した事故を、偶然写した監視カメラのものです。この中に、あなたが一夏君にUSBを渡した理由があります。」

 

 そう言って杉下は端末を操作し、映像を事故直前まで進めた。

 

「この事故の直接の原因は一夏君を乗せていたバンが突然蛇行をし始め、対向車線へはみ出してしまったことです。ではなぜ、バンは蛇行したのか?一夏君を誘拐した手口から見るに、誘拐犯は間違いなくプロです。こう言っては何ですが、彼らが意味もなくこのような目立つ行動をするとは思えません。つまり、このバンの運転手は突然ハンドルを切らなければならない状況に陥ったか、結果的にハンドルを切ってしまったという事になります。そう、例えば、後部座席の人質が急に暴れ始めたなどして。」

 

 杉下のまっすぐな視線がララを射抜く。ララはそれを嫌うように顔逸らした。その行為が杉下たちにより確かな確信を抱かせる。

 

「あなたは事故の真相を探るうちに気づいてしまったのでしょう。事故の直接の原因は突然の蛇行。しかし、その大本にあったのは、悪意なき被害者が必死に助かろうとして起こした行動にあると。」

 

 取調室内に再び沈黙が流れる。ララは杉下たちから視線を外したまま口を閉ざす。ララが答える気がないことを悟ると、杉下は追及を再開した。

 

「あなたの一夏君への行いはドイツ政府の眼を彼に向けるためのものです。織斑一夏はドイツが保持している機密データを手に入れ、近くそれを世界に公表すると。」

 

「彼を誘拐しようと工作員はこちらで拘束されて、証言も取れているわ。一週間前、BNDに匿名のタレこみがあったそうよ。織斑一夏が二年前の事件の機密データを手にしているって。調べてみたら、確かにデータが盗まれた痕跡があったから慌てて日本に工作員を送ったそうよ。データを奪い返し、背後に誰がいるのか吐かせるために。」

 

「あいつら、一夏が素直に話さないなら拷問するつもりだったそうだぞ。全部あんたがそうなるように仕組んでいたのか!ララ・フェリーニ!」

 

 杉下に続き、楯無と亀山がララを問い詰める。ララは三人から目を逸らしたまま、諦めたように大きくため息をついた。

 

「…その様子からすると、織斑一夏は無事なんですね?」

 

「…はい。彼は自分が危害を加えられようとしていたことにも気づいていません。」

 

「そうなんですね…。何事も全て上手くいく訳では無いって事ですかね…。」

 

「!?ってことはやっぱり!」

 

 亀山がララに詰め寄る。するとララは、それまでそらしていた視線を三人の方へと向けた。その顔に表情は無く、明るいブラウンであるはずの瞳は、どこか黒く濁っているように見える。

 

「ええ確かに、私は織斑一夏を…母を死なせたあいつを、陥れるつもりでした。」




次回、episode3 最終回です。

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