IS学園特命係   作:ミッツ

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本来はひとつにまとめるはずだったものを分解しています。
ところどころ削ることも考えたんですが、どうしても登場させたかった人たちがいたので、削りませんでした。


取り調べ前

 東京都千代田区霞が関、古くは関東と東北を結ぶ奥州街道の関所とされ、明治時代以降には政府の官公庁施設の集積地として整備された『日本の中央官界』の代名詞的場所である。

 近年ではISをめぐる様々な事象によって各省庁の上層部の顔触れが急変し、一時的に行政が大いに混乱することもあったが、急速な革新の波が収まった今では従来の活気を取り戻した。そして今日も、晴れ空の下をスーツ姿の職員たちが慌ただしく行き来している。

 

 そんな中、濃いブロンドの髪を靡かせて、一人ビル街を歩く白人女性がいた。彼女は目的の場所までたどり着くとバックから端末を取り出して操作し始める。画面に表示されたのはドイツ語で書かれた文章。女性はそれを見てほくそ笑むと端末をバックに戻し、目の前の建物に入ろうとした。

 

 その時である。顔を上げた彼女の前に二人の男性が立っていた。一人はがっしりとした体形でフライトジャケットを羽織っているのが印象的な男。もう一人は、スーツをきっちりと着こなした、理知的な雰囲気を漂わせるメガネの男である。

 二人は周囲を行き来する人混みには目もくれず、目の前に立つ女性に鋭い視線を投げかけていた。

 

「ララ・フェリーニさんですね。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 眼鏡の男がそう問いかけると、ララは身を翻して駈け出そうとする。しかし、彼女が駈け出そうとしたその先には、水色の髪をした制服姿の少女が立っていた。少女は身を強張らせるララに対し、不敵な笑みを向けつつ扇子を広げる。そこには『逃亡不可』と書かれていた。

 

「残念だけど周りは固められてるわよ。逃げだそうとするだけ無駄ね。ああ、安心して、私たちは別にあなたのことを害そうとはしていないから。」

 

 水色の髪の少女、更識楯無の告げた言葉にララは背中に冷や汗が流れるのを感じた。この人たちは自分がここを訪れるのを前もって予想していた。しかし、彼らはいったいどこの組織に所属しているのだ。彼女の計画では、自分の存在はいまだドイツ軍や日本政府にはばれていないはずである。害をなさないと言っているが、所属不明の相手の言葉を全面的に信じるなど到底できない所業だ。それを察したのか眼鏡の男はララに向かって語り掛ける。

 

「楯無さんの言う通り、僕たちはあなたに危害を与える気はありません。僕たちはIS学園の人間です。」

 

「IS学園?なんでIS学園の人間がここに…。」

 

「まあまあ、そういったことも含めて、あなたとは話したいことがありますから。どうっすか?すぐ近くに安心して話のできる場所があるっすけど?」

 

 そう言ってフライトジャケットの男は近くの建物を指さした。その建物こそ数か月前まで二人が勤めていた場所、日本警察の最高峰、警視庁本庁舎であった。

 

「あそこであれば、あなた自身に危害が加えられることはほぼないと居るでしょう。人払いもできますので、安心してお話ししてもらうことが出来ると思うのですが。」

 

「………わかりました。あなた方にお話しします。」

 

 

 

 

 

 杉下一行が警視庁内に入り目的の取調室まで向かっていると、前方から大股で歩いてくる人相の悪い男と出くわした。それを見た亀山は露骨に顔をしかめ、一行をかばうかのように男の前に立ちふさがった。男は頭突きでもしようかという勢いで亀山の前に立つと、凶悪な視線で亀山にメンチを切る。亀山も負けずにメンチを切り返す。

 

「元特命係の亀山ァ!てめぇ何のこのこと天下の桜田門に顔見せてんだよぉ‼ここにはお前の居場所なんてとっくになくなってんだ!さっさと帰りやがれ!」

 

「うっせぇな伊丹!こちとらお前になんか用はないんだよ!てめぇの方こそさっさとドサ回りにでも行っちまえ!」

 

「なんだとこの野郎!」

 

 いよいよ二人の険悪さがMAXに至ろうかとしたその時、二人の間に楯無が割り込んだ。

 

「お久しぶりです伊丹巡査部長。その節はどうも。」

 

「あん?ってお前はあん時のクソガキ!なんでこいつがここに!?」

 

 楯無を発見した伊丹は体を仰け反らせて楯無から離れる。最後に会ったのは数か月も前のはずだが、その時16にも満たない少女から好い様に弄られたという嫌な記憶が伊丹の頭に思い起こされたのだ。どうやら伊丹にとって楯無は軽いトラウマになっているらしい。

 そんな伊丹に対し、楯無は腰に手を当て頬を膨らませてみせる。

 

「女の子に向かってクソガキってのは流石に酷過ぎるんじゃないかしら?そんなんじゃ女性からモテませんよ。」

 

「そうだぜ伊丹。お前はそんなんだからいつまでも結婚できないんだよ。」

 

「黙れ亀山!袖にされた女と縁りを戻した奴に言われたくねぇよ。」

 

 吐き捨てるように伊丹の口から出た言葉に亀山の顔が真っ赤になる。ある意味、亀山にとって最も触れられたくない傷口を抉られたことで完全に頭に血が上ってしまったのだ。亀山は伊丹に掴み掛ろうとするが、隣に立った杉下が肩を掴んでそれを押しとどめる。一方、伊丹の方もいつの間にやら現れた三浦が落ち着かせるように肩をたたいている。その後ろには後輩の芹沢の姿もあった。三浦は落ち着いた伊丹を芹沢に任せると、杉下の方へと視線を向ける。

 

「どうもお久しぶりです警部殿。すいませんねえ、お嬢さん方がいるのにお騒がせしちゃって。ところで、今日はいったいどのようなご用事で?」

 

 言葉は丁寧ではあるが三浦の眼は探るかのように杉下を観察している。それは紛れもなく嘘を炙り出そうとする刑事の眼であった。しかし、杉下はその視線に臆することなく自分たちの目的を言ってみせた。

 

「いえ、大したことではありません。ただ少しの間、取調室をお借りしたいと思っただけです。」

 

「はぁ!?そんなこと無理に決まってるじゃないですか!」

 

 大きな声を上げたのは三人の刑事の中で最も年の若い芹沢だ。ほかの二人も呆れたように杉下を見ている。

 

「警部殿、さすがにそれはいただけませんよ。あなた方は今は警察官じゃないんだ。外部の人間に警視庁の取り調べ室を利用させたとなっちゃあ、マスコミや上層部が黙ってないですよ。」

 

「そこはあなた方に黙っていただければ助かるんですがねえ。」

 

「ナチュラルに俺たちを共犯にしないで下さいよ。」

 

 三人は困ったとでもいうように顔を突き合わせる。杉下右京が何も考えなしに無茶を言ってくるはずがない、というのは今までの経験から言って間違いない。しかし、今回ばかりは勝手が違う。杉下と亀山は現在出向中の身。それも、通常の警察関連施設ではなく、IS学園という完全外部組織に身を置いているのだ。いくら旧知の仲とはいえ簡単にこれを通すわけにはいかない。だが、そんなことで諦める杉下ではない。何人にも屈しない断固たる意志、頑固さとも言っていいその強靭な精神的要素こそ、彼の刑事としての最大の特徴とも言えるだろう。

 

「どうか利用させてもらえないでしょうか?なにぶん急を要することですので。」

 

「とは言われても…。我々の一存では何ともし難いことですから。」

 

「そういうことですので、お引き取り願えませんか?」

 

「そうは言われましても、僕たちも簡単に引き下がるわけには…。」

 

「いったいこれは何の騒ぎだ、伊丹?」

 

 突然現れた声の主を探すと、そこには警視庁刑事部長 警視長の内村完爾がいた。内村は杉下と亀山がいるのを確認すると、これでもかというほど二人を睨み付け、ずかずかと近づいてきた。

 

「…なんで貴様らがここにいるんだ?女子校で子供のお守りをしているんじゃなかったのか?」

 

「なんでも、警視庁の取り調べ室を借りに来たそうですよ。」

 

 伊丹がそう内村に告げ口をすると、内村は瞬時に顔を真っ赤にし、怒鳴り声を上げた。

 

「バカなことを言うな!外部の者にそのような事をする義理は無い!ましてや、こいつらの好きなようにさせるなど…。」

 

「そこを何とかお願いできませんか。内村刑事部長。」

 

 突如内村の話に割り込んできたのは楯無であった。彼女は強面の内村に怯むことなく内村の正面に出ると、恭しく頭を下げて見せた。

 

「なんだこの子供は?こいつらの関係者か?」

 

「いや、まあ、なんといいますか…。」

 

 内村は伊丹に楯無のことを聞くが、伊丹とて楯無がIS学園の生徒という以外に詳しい事情を知らないために何と説明していいかわからない。はっきりとしない伊丹の言い方に内村のいら立ちが増す。すると、楯無はゆっくりと下げていた頭を上げた。

 

「申し訳ありません。挨拶がまだでしたね、内村刑事部長。更識楯無と申します。こうしてお会いするのは二度目ですよね。確か、前に会ったのは襲名の儀の時だったと記憶してますが。」

 

「?………あっ!お、お前は!」

 

 訝しげに楯無を睨んでいた内村であったが、何かに気が付くと声を上げ、震える手で楯無の顔を指さした。その顔には怯えの色が見える。

 

「な、なんで更識家の人間がここにっ!」

 

「はい、実は私たちが今扱っている案件で、どうしても警視庁の方の協力を要するものがあるんです。あっ、別に捜査員を貸してほしいってわけじゃないですよ。ただ、先ほど杉下さんが言っていたように取調室を少しの間使わせていただきたいのですけど、許可していただけないでしょうか?」

 

 楯無は内村に向かって朗らかな笑みを浮かべる、一気にそう捲し立てた。それに対し、内村は苦い顔を作ると、ぐぬぬ、と唸っている。

 

「し、しかし、外部の人間に取調室を使わせるのは…。」

 

「心配しなくとも、内村刑事部長個人に迷惑がかかるようなことは一切しませんから。上への報告も全て我々で済ませておきますよ。それに、更識家と仲良くしておくのは、内村刑事部長にとって後々利益になるんじゃないかしら。」

 

 最後の方の言葉は内村だけに聞こえるように小さな声で告げられたものだ。内村は楯無の言葉を聞くと身を固くした。その額には脂汗が浮かんでおり、彼の苦悩の深さを物語っている。

 

「んんんんんん!ええい、もう知らん!貴様らの勝手にしろ!その代り、私は何も知らんからな!責任の全ては貴様ら二人に被ってもらう!これだけは絶対だ!」

 

「それは勿論。もともと僕たちが無理を言ってお願いしたことですので。自分たちの始末は自分たちで付けます。」

 

「ふんっ!精々首元には気を付けることだな。気分が悪い。私はもう帰る!」

 

 捨て台詞を残すと内村はもと来た道を足早に戻っていった。捜査一課の三人も慌ててその後をついていく。その場には杉下、亀山、楯無、そしてララの4人が残された。

 

「……なあ楯無、お前実はとんでもないやつなんじゃないか?」

 

「あら、いまさら気づいたんですか?亀山先生。」

 

 そう言うと、楯無はウインクをしながら口元で扇子を開いて見せる。そこには『大蛇を見るとも女を見るな』と書かれていた。

 

 

 

 


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