IS学園特命係   作:ミッツ

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この作品はフィクションであり、実在の国家、組織、事件とは関係ありません。

今回はまた、国際的な事象を含みますので事前に注意を書かせてもらいます。




 虚の報告に対し、それを聞いた三人は三者三様の反応を示した。

 亀山は今にも立ち上がりそうなほど驚き目を見開いている。一方、その隣にいる杉下は特に目立った反応を示さず、自分の分の紅茶に口をつけていた。

 楯無はというと、初めからある程度予想していたのか虚の報告を冷静に受け止め、やっぱり、と一言呟くとため息をついた。

 

「その様子からすると、楯無さんはドイツのことを…。」

 

「ええ。まあなんとなく怪しいとは思っていました。けど、こうしてはっきり言われると簡単には信じられない、というより、信じたくない心境ですね…。」

 

 そう言って楯無は再び大きなため息をつく。相手が犯罪組織であるならばまだしも、ドイツの諜報局の中枢が敵にまわるとなると楯無も難しいかじ取りを迫られることとなる。少なくとも力押しでどうにかなる相手ではない。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!もしかして右京さん達は始めからドイツが怪しいと思ってたんっすか?」

 

「流石に最初から分かっていたわけではありませんよ。ただ、一夏君が渡されたデータの内容がドイツ語で書かれていたことから、あのデータはドイツ語圏の人間に向けて書き直されたものだと分かりました。あれが一夏君を誘拐するために利用されたと考えると、犯人達はドイツ語を母国語としている国の人間だというのは予想できます。」

 

「杉下先生、一夏君が渡されたデータって何ですか?」

 

 USBの存在を知らない楯無が杉下に聞く。杉下は昨日一夏が謎の女性から二年前の警護データを渡されたことを話し、内容を印刷した用紙を楯無を渡した。

 

「……間違いなく、更識家が外務省へ提出したものを訳したものです。杉下先生、これを一夏君に渡した女性に心当たりは?」

 

「残念ながら、今のところその女性に関する情報は二十代ほどの白人女性という事しか…。容姿に関しても一夏君の証言に頼る他ありません。」

 

 その言葉を聞き、楯無は再び頭を悩ませる。状況から言って一夏にUSBを織斑千冬に渡すように頼んだ女性は、二年前の誘拐事件について知っていると考えて間違いないだろう。

 ただ、彼女がなぜあのデータを織斑千冬に渡そうとしていたのかが分からない。ありそうなのは女性が善意からの内部告発者で、誘拐事件の真相を当事者である千冬へ知らせようとした線である。

 だが、そんなことをせずともマスコミに事実を公表するという方法もとれたはずだ。わざわざ日本に来て千冬に真実を知らせる必要性が見つからない。もしかすると、マスコミに訴えかけたが、まともに取り合ってもらえなかったのかもしれない。あるいは、圧力を受け事実を握りつぶされるのを恐れたと考えることもできる。

 しかし、楯無の勘は事態はそれほど単純じゃないと警鐘を鳴らしていた。この二年間、織斑一夏の誘拐に関してはまるっきり動きがなかった。犯人が逮捕されたという事もなければ、犯人グループの詳細さえ明らかにされていないのだ。それが、ここ数日のうちに大きな変化を遂げようとしている。すべては織斑一夏がUSBを渡されてから。いや、織斑家の家に入った空き巣も今では無関係と思えない。

 そもそも、楯無が織斑家の周囲の異変に不審を覚えたきっかけが空き巣であった。部屋を荒らしながら何も取らずに去っていった盗人。普通であれば見逃していてもおかしくない出来事であったが、織斑千冬というある意味世界に影響を与えかねない人間、そして更識家の過去の因縁から楯無は織斑一夏の周辺を警戒することにしたのだ。その結果は大当たり。しかし、楯無はそれを素直に喜べずにいる。まるで、誰かが作った台本の上を踊らされているような感覚。はっきり言えばいいようのない不快感を含んだ悪意がこの一連の事件に潜んでいるような気がしてならなかった。

 とにかくまずは情報を集めることが先決だ。楯無は一旦思考をストップさせると、傍に控える虚に指示を出そうとする。すると、杉下が楯無へ声をかけた。

 

「ところで楯無さん、あなた方はいつごろからドイツが自作自演していると気づいたのですか?」

 

「私たちですか?そうですね…。最初に気が付いたのは、結果的にこの事件でドイツが多大な利益を得ていたからかしら…。」

 

「と、言いますと?」

 

「事件解決の対価として織斑先生がドイツで軍の教官を務めることになったのは話しましたよね。これには指導者として人材を貸し出す一方で、織斑先生の操縦者としてのデータを提供する意味合いもあったんです。」

 

「なるほど。織斑先生の単一仕様能力、零落白夜ですね。」

 

「ええ、そうです。」

 

 単一仕様能力、通称ワンオフ・アビリティーはISと操縦者の相性が最高値になった際に発現するものとされている。最低でも二次移行しなければ発現しないとされ、現在でもこれを使用することが出来る者は世界的に見ても片手で数えられるほどしかいない。その能力も使用者によって十人十色である。

 千冬の単一仕様能力、零落白夜はエネルギー性質のものであればそれが何であれ無効化・消滅させる、というものであり、その威力は第一回『モンド・グロッソ』で証明済みだ。

 

「単一仕様能力は使用者によって異なるもので、同じものは二つとしてないとされています。つまり、零落白夜の研究は本来なら織斑先生が所属する日本の企業のみのはずでした。」

 

「しかし、織斑先生がドイツで教官を務める事となってその前提が覆る。ISの指導となれば、指導する側も当然ISを装着します。その際織斑先生の稼働データを取ることで、日本が独占してきた零落白夜の研究を進めることができるという事ですね。」

 

「そのとおりです。零落白夜はその特性上、対ISに関しては絶対的な力を誇ります。もしこれを他の機体でも扱えるようになれば、その国は軍事的にとびぬけた存在へとなることが出来ます。」

 

 ISにおける絶対的な操縦者保護システム、シールド・バリア。零落白夜はこれを無効化し、ISそのものを無力化することが出来る。ISが軍の主力となって世界において、各国の軍事関係者からすれば喉から手が出るほど望んでやまない能力と言っても過言ではない。ドイツはその研究をするための素材をほぼ無傷で手に入れることが出来たのだ。最大の利益者が最大の容疑者とは言わないが、急であったにも拘らずすぐさま特殊部隊を派遣することの出来たドイツ軍の動きの速さを合わせると、確かにきな臭いものが感じられる。

 

「それに日本とドイツは主要産業や主要輸出品目がダダ被りしています。いわゆる経済ライバル国っていうやつですね。ISの出現以降、ISを開発した日本の技術力に注目が集まるようになりました。第一回『モンド・グロッソ』で日本が優勝してからは更にそれが加速します。ドイツとしては自国で開催する第二回大会では、なんとしてもドイツの技術力を世界に見せつけないといけない事情もあったみたいですよ。実際、織斑先生が決勝で対戦する選手はドイツ人でしたしね。」

 

「じゃあ一夏は国のメンツの為に誘拐されたってことかよ!」

 

 ここまで黙って話を聞いていた亀山が憤慨し立ち上がる。千冬や一夏のことを道具か駒のように扱うドイツの行いに、亀山の我慢は限界を迎えていた。異国の地で誘拐された一夏の苦痛。大舞台を前に、唯一の家族の安否がわからなくなった千冬の不安。そして、彼の地で命を奪われた名も知らぬ更識家の護衛。彼らののことを思うと亀山は胸が張り裂けそうになっていた。その全てが国のメンツ、政治の都合が起因するものだと説明されても到底納得できない。

 

「……国を動かす者は、時に人が政治の駒に見えてくるようになると聞きます。しかし、本来国というのは人によって支えられるものです。二年前の事件の首魁はそのことを忘れてしまったのでしょう…。」

 

 杉下が宥めるように亀山に話しかけると、亀山は渋々といったように席に着いた。杉下としても誘拐犯やそれを裏で主導した者を許せはしない。しかし、楯無の話はまだ終わっていない。まずは彼女の茎から情報をすべて聞かなければならないのだ。

 

「最後にもう一つ、更識家がドイツの加担を疑った出来事があります。一夏君が誘拐された直後、誘拐現場からほど近い道路で車の接触事故が起きていたんです。」

 

「その事故を起こしたのが一夏君を乗せた車だと?」

 

「はい。ちょっと待ってくださいね。今動画を出しますから。」

 

 そう言って楯無は端末を取り出すと、杉下たちにも見えるように画面を操作した。画面にはヨーロッパ独特の街並みが映されている。どうやらドイツ市内に設置された監視カメラの映像のようだ。音声は入っていない。動画が進んでいくと右の方から黒いバンが走ってきた。すると突然、バンは蛇行し始め、対向車線へとはみ出したではないか。対向車線を走っていた白に赤いラインの入った少し派手なSUVは、とっさにバンを避けようとしたが避けきれずに接触し、近くの街灯に衝突してしまう。バンの方はというと、接触後少しの間止まっていたが、やがて猛スピードでその場を後にしてしまった。動画はそこで終わった。

 

「ずいぶんと派手に衝突していたようですが、このSUVに乗っていた方は無事だったんですか?」

 

「幸いにも死者はいなかったみたいですよ。でもこの事故、警察の方に圧力がかかって捜査はうやむやになったみたいなんです。恐らくドイツの政府関係者が誘拐事件が表に出ないように手配したからなんでしょうけど、本来ならドイツ政府はそこまでして事件を隠す必要はなかったんですよね。寧ろ隠したがっていたのは日本の方でしたし。それで、もしかしたらドイツは誘拐の実行犯を知っていて、それを隠そうとしているんじゃないかと思ったんです。」

 

「はぁ、なるほどなあ。でも、乗せられてる人がショック死とかしないで本当に良かったな。急いで病院に行かなきゃいけなかっただろうし、もし事故の影響で何かあったら大変なことになってたぞ。」

 

 

「はい?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

「……………ん?」

 

 亀山が何気なくつぶやいた独り言。その言葉に杉下、楯無、そして虚の三人は驚いたような反応を示した。ただ一人、亀山の身が事情が呑み込めず呆けている。

 

「亀山君、君はなぜこの車が急いで病院まで行かなければならないと思ったのですか?」

 

「いや、だってこの車、救急車っすよね?日本じゃあんま見ないやつだけど。」

 

「救急車!このSUVが!?」

 

 楯無は今度こそ驚きの声を上げる。端末の画面に映っている事故車は彼女の良く知る救急車と大きく異なる。色こそ白を基調とした中に赤のラインが入っているが、大きさからいえば随分と小さく、形からすればかなりスポーティーな印象を受ける。

 しかし、亀山はこれを救急車だと断言する。

 

「間違いないっすよ。前に『世界のはたらく車展』ってやつに行ったことがあるんすけど、そこにあったドイツの救急車にそっくりっすから。」

 

 珍しく亀山が知識面で自信満々に答える。幼少期にスーパーカーブームを経験していることもあって、外車は亀山の得意分野であったりする。そして、ドイツで採用されている救急車の一部は、ポルシェのカイエンを採用したものなのだ。

 

「誘拐犯にぶつけられた車が救急車だとすると……。虚ちゃん!この事故の死者は本当にいなかったの?」

 

「事故の直接の死者はゼロだったはずです。しかし、事故の影響で亡くなった方となると…。」

 

「すぐに調べて!それと、この事故で被害に遭った人の関係者もよ!」

 

「はい!」

 

 楯無の指示に答えると、虚は風のような速さで店を出ていった。

 

「亀山君、僕たちも行きましょう。」

 

「えっ、ちょ、ちょっと待ってください右京さん。いったいどうしたっていうんですか?」

 

 いまだ亀山は事情が呑み込めずにいる。おそらく自分の言った言葉がこの状況を生み出しているのであろうが、その理由が見えてこない。事故に遭ったのが救急車であったのが重要だというのであるか?

 

「救急車が事故にあったことは重要ではありません。問題はその車体に誰が載せられていて、その人がどうなったかという事です。」

 

 そう言われても亀山はピンと来ない。しかし、杉下は確信を持った表情で告げる。

 

「お手柄ですよ亀山君。君のおかげで一連の事件の真相に近づけるかもしれません。」




亀山が車好きという設定はこの小説独自のものです。
ただ、年代から言ってスーパーカーブームを経験しているはずだと思い、この設定を盛りました。

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