IS学園特命係   作:ミッツ

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意外な証言者

マリアの自供から一夜明け、IS学園は異様な雰囲気に包まれていた。マリアが現在学園側によって身柄を拘束されていることは伏せられ、欠席の理由も体調不良と生徒たちには知らされていたが、生徒たちの間では実はマリアが何か問題を起こしたのではないか、という噂が実しやかに囁かれている。どうやら、前日にマリアが杉下たちに連れられて生徒指導室に連れてかれるところを見た生徒がいたらしい。それに加え、勘の鋭いネットの住民がマリアとロシアIS委員会会長の関係に気づき、マリアが事件に関与を示唆する内容の呟きがネット上に上がっているも学園の生徒を不安にさせている。今のところ、マスコミがマリアのことを報じる気配は無いが、だからと言ってあまり猶予はないだろう。当のマリアと言えば、自身の犯行を自供したものの、凶器や犯行の動機に関しては多くを語らず、犯行の様子もはっきりとしない。

 

 

 

その日の放課後、杉下と亀山、そして千冬の三人は楯無がアポイントを取ったロシアIS委員会の関係者と会うべく、ロシア大使館のある神谷町のホテルを訪れていた。ホテルに入ると三人は待ち合わせ場所である、ロビー横のカフェへと向かった。

 

「えーと、ここですよね、待ち合わせ場所は。」

 

「楯無さんの話によると、入り口近くの席で待っているとのことでしたが…おや、どうやらあちらの方のようですよ。」

 

 杉下の指した方向には、緊張したように居住まいを正した白人女性が、六人掛けの席に一人で座っている。杉下たちが近づいていくと、女性も気づいたらしく席を立って三人を出迎えた。するとどうだろう。ロシアIS委員会の関係者らしき女性は立ち上がると180㎝をゆうに超える身長の持ち主であった、

 

「って、あ!あなたは!」

 

 そう、その女性は事件のあった日に、亀山に強烈なビンタをかました女性であった。相手も亀山に気づいたらしく、両手を口に当て言葉を失っている。

 

「…亀山君、この方をご存じなんですか?」

 

「いや、まあ、事件のあった日にちょっと…。」

 

 流石にビンタをされたと言うわけにもいかず、亀山がどう紹介したものかと悩んでいると、女性は勢いよく亀山に向かって頭を下げた。

 

「あの時は本当にすいません!まさかIS学園の先生とは思わなかったものですから、てっきり痴漢かと思っちゃって!」

 

 そういうと、女性は再び大きく頭を下げた。

 

「あの後更識さんに教えてもらったんですけど…。本当ならすぐに謝りに行かなきゃいけないのに、あの騒ぎでこちらも忙しくて…。本当に申し訳ありませんでした。」

 

「いや、もう過ぎたことですか…。」

 

 確かに引っ叩かれはしたが、こうも申し訳なさそうに謝罪されると亀山の方が逆に恐縮してしまう。なおも頭を下げようとする女性を何とか宥めると、三人は女性の対面の席に並んで座った。

 

「では改めまして。IS学園で教師を務めています、杉下右京と言います。」

 

「同じく、亀山薫です。」

 

「織斑千冬です。」

 

「先ほどは申し訳ありませんでした。ロシアISチームの広報を担当してます、カリーサ・アレンスキーです。」

 

 そう言って、カリーサは大きな体を曲げ再び頭を下げた。そして、顔を上げると亀山の方へ申し訳なさそうに視線を向ける。

 

「あなたが亀山先生だったんですね。更識さんから話に聞いてます。」

 

「えっ!あいつがですか。何か変なことを言ってませんでしたか?」

 

 亀山は不安げな様子でそう聞いた。普段の楯無を知っているだけに、何かよからぬことを吹聴していないか気になる。だが、カリーサは楽しげに笑うとそれを否定した。

 

「いいえ。むしろ、とってもいい先生だと言ってましたよ。生徒たちのことを考えてくれる優しい人だと。」

 

「本当ですか!そんなことをあいつが…。」

 

「ええ。パーティーの時もスピーチで亀山先生のことに触れるはずだったんですよ。自分が学園で一番お世話になっている先生で、この人がいたからここまで来れたという風に。」

 

 そう言われ、亀山は照れたように笑みを浮かべると同時に、あの日楯無が何か企んでいるようだった理由が分かった。あの時、楯無は自分のことを会場の人たちに紹介するつもりだったのだ。IS学園の恩師として。だから、必死に亀山を会場に連れ戻そうとしていたのだ。そう思うと、亀山は顔が緩むのを止められなかった。

 と、程よく場の空気が和らいだところで杉下が切り出す。

 

「アレンスキーさん、すでに更識さんから連絡が言っていると思いますが、我々はタチヤーナ・マトーリンロシアIS委員会長の捜査を行っています。今回はその聞き取り調査にご協力いただけるという事でよろしいですね。」

 

「はい。そのように聞いてます。だけど、なぜIS学園の先生たちが警察のような真似を?」

 

 どうやら、カリーサはマリアが事件の重要参考人になっていることを知らないらしい。それを確認すると、杉下は警察の捜査線上にマリアが浮かんでいる事と、マリアが現在IS学園で身柄を押さえられていることを告げた。

 

「ちょっと待ってください!なんでシミュノヴァさんが疑われなければならないのですか!」

 

 カリーサは杉下の話を聞くと血相を変えて三人を問い詰めた。

 

「確かに、シミュノヴァさんとマトーリン会長の間には遺恨があったかもしれません…。でもだからって、彼女が人殺しをするなんてありえません!彼女は我が国の国家代表なんですよ!」

 

「お、落ち着いてください。何も俺たちはマリアが犯人だとは…。」

 

「じゃあなんで彼女を拘束しているんですか!」

 

 亀山の発言に対しカリーサが食って掛かる。よほどマリアが殺人犯扱いされているのが頭にきているらしく、先ほどまでの恐縮した様子はきれいさっぱりなくなっている。

 どうもこの人は自国の選手が不利益を受けることにかなり神経質になっているようだ。亀山は自分がカリーサにビンタされた時の状況を思い出していた。

 

「アレンスキーさん、今あなたはマリアさんとマトーリン会長の間に遺恨はあった。しかし、マリアさんが会長を殺害するはずはないと仰りましたね?」

 

 興奮するカリーサに対し、杉下がそう質問する。カリーサも流石に自分が熱くなってしまっていたことに気付いたのか、ばつの悪そうに首を縦に振って肯定を示した。

 

「では、マトーリン会長はどうでしたか?」

 

「会長がですか?」

 

「ええ、そうです。実を言いますと、僕は前々から楯無さんがロシアの代表候補生になった経緯が疑問だったんです。」

 

 杉下はそう言うと、真っ直ぐにカリーサの目を見つめた。カリーサはその眼差しに居心地の悪さを感じ、キョロキョロと周囲に視線を彷徨わせる。まるで、隠し事をしている生徒とそれを詰問する教師のような光景がそこに出来上がっていた。

 

「一般的に、IS競技者の全盛期は10代後半から20代前半までと言われています。各国の国家代表を見ても大体はその年代に固まっています。マリアさんも現在18歳。IS競技者としてはまさに伸び盛り。次の『モンド・グロッソ』は選手として最盛期の年齢で迎えることになります。ところが、ロシアIS委員会は新たにマリアさんと同年代の少女を代表候補生にした。それもわざわざ日本から受け入れる形をとって。これが同年代のライバルを作ることで、お互いに切磋琢磨させ競技者としてのレベルを伸ばす意図があれば問題ありません。ただ、今回の代表候補生受け入れには、そう言った意図や外交的事情以外にも、マトーリン会長の極個人的な意図があったのではないか?僕にはそういう風に思えてなりません。」

 

「…それはいったいどういう事でしょうか?」

 

 カリーサは警戒するように杉下に聞き返した。目に見えてそわそわしだし、視線も先ほどよりもより忙しなく動いている。杉下はまるでその様子に気づかないかのように続ける。

 

「では、はっきりと申しあげましょう。マリアさんはマトーリン会長を恨む事情があった。しかし、マトーリン会長にもマリアさんを警戒する理由があったのではないですか?彼女からしてみれば、自分が成り上がるために利用した男性の娘がすぐ近くにいる。出来る事なら、速やかに排除したいと考えてもおかしくありません。ただ、ロシアにはマリアさん以外に目ぼしい操縦者がいない。そこで、IS学園の生徒で有望な生徒である楯無さんに目を付け、彼女を代表候補生として受け入れるように日本政府に打診した。日本政府が政治的事情でロシアとの繋がりを強くしたいと思っていることを見越した上でです。あとは、楯無さんをマリアさんより優秀な操縦者とすることで、マリアさんを国家代表から降ろすだけ。そのようなことが企まれていたのではないかと考えてしまうのですが、実際の所どうだったのでしょう?」

 

 杉下はそう言い終えると、カリーサの様子を伺った。カリーサは杉下の話の途中から頭を抱え、テーブルの下に視線を向け、何やら「国の威信が…」「でもこのままじゃシミュノヴァさんが…」等と、ぶつぶつと呟いている。やがて、大きく深呼吸をすると今度はまっすぐに杉下の眼を見つめ返した。

 

「まさか、そこまで我が国の政治事情に詳しいとは思いませんでした。流石IS学園の先生といったところですかね…。」

 

「いえいえ。細かいところが気になるのは僕の悪い癖でして。」

 

 全然細かいところじゃないですよ、とカリーサは自嘲気味に笑ってみせる。どうやら彼女も腹をくくったらしい。

 

「杉下さん、これはあくまで私が委員会にいて感じた事です。確かに会長の周囲ではシミュノヴァさんを排斥しようという動きがあったようです。更識さんを受け入れたのもその一環だと言われています。」

 

「じゃあやっぱり…。」

 

「だからと言ってすぐにシミュノヴァさんが代表を下ろされるかと言えばそうではありません。更識さんはまだこれといった実績がない上に外国人。対してシミュノヴァさんは両親とも生粋のロシア人で、すでに国民的な人気を獲得しています。会長が更識さんを代表に据えようとしても、世論がそれを許さないでしょう。ただ…。」

 

 そこでカリーサは言いにくそうに顔を歪めた。その様子からかなり込み入った事情があるのが窺える。

 

「何か、あったんですか?」

 

「…実を言いますと、マトーリン会長がシミュノヴァさんの周辺を探っているとの噂を聞いたことがあります。何でも彼女のスキャンダルを探しているとか…。」

 

「スキャンダルですか…。」

 

「はい。むろん、表沙汰になっていない以上噂の範囲を出ませんけど、会長ならやりかねないかと…。勿論、そういったスキャンダルがあったという話も聞きませんから見つからなかったと考えて問題ないと思いますけど…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カリーサとの会談を終え、三人は夕食を兼ね近くのオーガニックレストランで捜査会議をすることにした。関東近辺を中心に出店しているチェーン店一つで、リーズナブルな値段で老若男女問わずにさまざま料理を提供するという庶民の味方の鏡ともいうべき店である。各々で注文を済ませ一心地つくと、早速亀山が口を開いた。

 

「それにしても、ロシアIS委員会の会長がマリアを代表候補生から降ろそうとしていたなんて…。なんか、マリアの動機が増えたみたいになりましたね…。」

 

 亀山にとって気がかりなのはそこで合った。もし仮にマトーリンがマリアのスキャンダルを掴んでいたとして、それを理由にアリアがマトーリンを殺害したとも考えられる。両者に近い関係者からの証言だけに、より現実味が増す。

 

「それ以外に有益な情報を得られなかったことも残念です。と言っても、大抵のことは既に警察が聞いていることでしょうが…」

 

 そう言って千冬は腕を組んだ。カリーサの証言によると、ロシア本国にいるときはともかく、IS学園にいる間は滅多にマリアと連絡を取り合うことはないらしい。事件当日にマリアがホテルへと来ていることも知らなかったそうだ。

 

 現段階でハッキリと分かっているのは、マリアが事件当日に現場となったホテルにいたこと。マリアに被害者を殺害する動機があったこと。そして、マリア自身が犯行を自供していることだ。これでもかといった具合に状況証拠が積み上がっているが、逆を言えば決定的な証拠は何一つ出ていないに等しい。

 だからと言って、状況が好転するわけでもなく、むしろ着々と悪くなってきているといってよい。もはや、いつIS委員会の手が回ってもおかしくないのだ。こういう時に妙案を出す杉下も、先ほどから黙したままで考え事に没頭している。

 そうしているうちに料理が運ばれてきたので、三人はとりあえず食事を済ませることにした。三人が料理に口をつけようとしたその時、三人の席の後方から言い争うような声が聞こえてきた。

 

「ん?なんだ、喧嘩か?」

 

 亀山が首を伸ばし覗いてみると、何やら一組のカップルが口喧嘩をしている。そのうち女の方がヒートアップしていき、ついには手に盛ったコップの中身を男へとぶっ掛けた。男は一瞬呆気にとられたような表情をしたが、すぐに顔を真っ赤にすると女性に向かって手を振り上げる。

 まずい、そう思って亀山が男を止めようと席を立とうとしたその瞬間、一迅の風が亀山の横をすり抜けていった。

 

「そこまでにしておけ。公衆の面前で恥をかかされたのは分かるが、その拳を使えば今度はお前の方が加害者になるぞ。」

 

 いつの間にやら千冬が男の後ろに立ち、その腕を掴んでいる。男は驚いたように振り向き千冬に掴まれた腕を振りほどこうとするが、男の腕はびくとも動かない。

 

「もう一度言う。これ以上騒ぎを起こすな。周りが見ているぞ。」

 

 男は言われて初めて自分たちが周りの注目を集めていることに気づいたらしく、怯んだように身を竦めるとスゴスゴと店を後にした。千冬は男の後ろ姿を睨み付けている。そうしている間に杉下と亀山が茫然としている女性の方へと近寄って行った。

 

「お怪我はありませんか?」

 

「あ、はい大丈夫です。」

 

「それはよかった。ただ、人目がある所でいきなり水を掛けるというのは、些か思慮に欠けると言わざる終えませんよ。榊原先生。」

 

「え?あ!杉下先生に亀山先生!それに織斑先生まで!いったいどうしたんですか!」

 

相手の男に水を掛け、殴られそうになっていた女性。それはIS学園の教師である榊原菜月であった。榊原は声を掛けられて漸く三人がIS学園の同僚だと気づいたらしく、しきりに三人の顔を見比べている。

 

「榊原先生、とりあえず俺たちのテーブルに来ませんか?なんか事情があったのなら聞きますよ。」

 

 亀山がそう言うと、榊原は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

「えっ!じゃあ、あの男は結婚してたのを隠して榊原先生と付き合っていたんですか!」

 

「そうなんですよ!しかも子供までいたんですよ!」

 

 今の会話でおそらく殆どの人が榊原の事情というのを察したことだろう。要するに、榊原は妻子のある男に遊ばれていたらしい。そのことに気付いた榊原が男を呼び出し問い詰めたところ、男は悪びれることなく、むしろ付き合ってやったんだから感謝しろというようなことを言ったものだから、榊原も頭に血が昇ってやってしまったのが真相のようだ。

 

「でもそれは仕方がないですよ。俺も男としてそんなやつ許せませんよ。」

 

「全く持ってその通りです。そんなことなら、一発くらい殴っておけばよかった。」

 

 流石に世界最強の女性の拳を受けたらただでは済まないのではないか?という疑問はあえて挟まない。そんな二人の様子に榊原は苦笑いを浮かべる。

 

「でも私にも落ち度が無かったわけではないんですよね。よくよく考えれば話がおかしかったですもん。あの若さで大学で教授をやってるとか、冷静になれば嘘だと分かるんですけどねえ。独り身だからって焦ってたんですよ。」

 

「何もそんな焦らなくても大丈夫でしょう。榊原先生は俺なんかよりも全然若いんだから。」

 

「いえ、そういう事じゃないんですよ。なんといいますか、IS学園は出会いが全くないんです。」

 

 榊原はそう言ってため息を一つ吐いた。榊原の言う通り、IS学園は基本的にISについて教える場所であるため、職員のほとんどが女性である。例外は杉下と亀山、そして用務員の轡木といったところか。これはIS学園に限った話ではなく、IS業界全体に言えることである。そのため、仕事場での異性との出会いは皆無と言っていいのだ。これにより、ISに関する職業は他と比べ平均結婚年齢がかなり高くなっているのだ。

 

「そのせいで同性愛に走る女性も結構いるみたいですよ。私の親もどこで聞いてきたのかそれを心配しているみたいで、頻繁に見合い写真を送ってくるんです。ただ、今時お見合いってのもなかなか踏ん切りがつかなくて…。」

 

「はあ、なんかいろいろと大変そうっすね…。」

 

 思いのほか深刻な悩みに亀山はそう言うしかなかった。千冬も現実を目の当たりにしてか若干顔色が優れない。

 

「なるほど。そういう事でしたか…。」

 

 それまで沈黙を続けていた杉下がそう呟いた。亀山はこの暗い空気を打破する方法を杉下が思いついたと思い、期待を込めて杉下に振る。

 

「右京さんも何か言ってくださいよ。そんな結婚に固執する必要はないって。」

 

「違います亀山君。漸く事件の全容が見えてきました。」

 

 その言葉に亀山と千冬が目を見開く。ただ一人、榊原のみが事情を飲み込めずキョトンとしている。

 

「右京さん、それってまさか…。」

 

「ええ、真犯人に当たりが付きました。」

 

「それじゃあ!」

 

「しかし、真犯人を決定図ける証拠はまだ手元にありません。このまま行っても、マリアさんの容疑を覆すのは難しいでしょう。そこで…」

 

 

 

 

「今度は真犯人に自供してもらいましょう。」

 

 

 

 

 




はい、というわけで次回から解決編です。

この話は眠気MAxの中で書いたこともあって、かなりの数の誤字脱字があるようです。
本当にすいませんでした。
そう言ったものにつきましては気づき次第、随時訂正していきますのでなにとぞお許しください。


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