IS学園特命係   作:ミッツ

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緊急会議

場所は再び杉下と亀山の教官室に移る。

 マリアによる衝撃の自白を受け、杉下は一旦事情聴取を中断した。そして、今後の対策を練るために教官室へと戻ってきたのだが、三人の顔には一様に緊張の色が見て取れる。そうした中、最初に口を開いたのは亀山だった

 

「右京さん、いったいどうするんですか?IS学園の生徒が殺人だなんて前代未聞ですよ。」

 

「もとより、その可能性はあったわけです。しかしながら、こうもあっさりと自信の犯行を自白するとは僕も予想外でした。」

 

「…やっぱり、警察に連絡しなくちゃいけないっすかね?」

 

 亀山菜不安げな声を漏らす。亀山としては学園の生徒が殺人の犯人だとは思いたくない。例え、普段面識のない生徒だったとしてもだ。しかし、あのようにあっさりと犯行を認められたら、マリアが犯人だという前提で捜査が進められるだろう。

 

「…杉下先生。私は今すぐ警察に介入を要請するべきだと思います。」

 

「ちょ、ちょっと織斑先生!」

 

 千冬の発言に亀山が慌てたように口をはさむ。しかし、千冬はそれを無視して言葉を続ける。

 

「このままいけば、先ほど杉下先生が仰ったようにマスコミはシミュノヴァの目撃証言を掴み、紙面に掲載するでしょう。そうなれば、間違いなくIS委員会が介入してきます。最悪、シミュノヴァの身柄はやつらに拘束され事件自体が闇に葬られる恐れがあります。」

 

「闇に葬るって…そんなこと…。」

 

「亀山先生、あなたも4月の事件で嫌というほど実感したはずです。ISの世界は華やかなものだけではない。底知れぬ闇を抱えています。」

 

 千冬のまっすぐな視線に亀山はたじろいだ。4月の事件で亀山達は事件の当事者であったが、その存在を闇に葬られた犯人の一人は織斑千冬の恩師である。千冬もまた、IS委員会の闇を間近で見た一人なのだ。

 

「今我々にできる最善はシミュノヴァの身柄を警察に預け、早急に事件の解決を計ることです。一度事件の詳細が世間に公表されれば、いくらIS委員会と言えど事件を闇に葬ることはできません。」

 

 千冬の考えは、事件の真相をIS委員会の手が回る前に世間に公表し、彼らが手を出せない状況を作ろうとするものだ。見ようによってはマリアの身の安全を守ろうとしているとも言える。

 だが、亀山は千冬の意見を全面的に賛成できないでいた。確かに、千冬の意見はマリアの身の安全を守り、真実を明らかにするうえでは最善かもしれない。だが、結果として亀山達はマリアを警察に引き渡すことになるのだ。果たしてそれが教師として正しいことなのか?

 

「亀山君と織斑先生はマリアさんがマトーリンさんを殺した犯人だと思っているのですか?」

 

 答えを出せない亀山を思考の世界から引きずり上げたのは、そんな杉下の言葉だった。亀山は驚いたように杉下の方を向いた。

 

「えっと…右京さん、それは一体どういうことですか?」

 

「実を言いますと、捜査資料を読んだ時から少し気になる部分がありました。」

 

「気になる部分ですか?」

 

「ええ。マリアさんを見たという目撃証言は君や第一発見者のスタッフ以外にも複数の人物のものがあります。それによると、彼女を目撃した時黒いキャップをかぶっていたという証言と、何もかぶっていなかったという証言がありました。また、それら二つの証言を細かく照らし合わせてみると服装などの細かい所に差異があるようです。」

 

 慌てて亀山が捜査資料を読み直すと、確かに目撃者の証言に僅かばかりに違いがある。が、しかし、

 

「けど、目撃者の多くは黒い服の人物はマリアだったと証言していますけど…。」

 

「証言者の名前をよく見てください。黒い服の人物がマリアさんであったと証言していっるのはほとんどが日本人です。対して、外国人の目撃者によると、確かに黒い服の人物はマリアさんに似ていたが確信は持てないと証言しています。」

 

「あ!本当だでもどうして…。」

 

 亀山が疑問の声を上げると、千冬が何かに気づいたように口を開いた。

 

「なるほど…。日常的に見慣れている顔かどうかという事ですね。」

 

「えーと…。すいません、織斑先生。どういうことか説明してもらってもいいっすか?」

 

 千冬の言葉の意味が分からず、亀山はそう言った。それに対し千冬は表情を変えずに説明を始める。

 

「日本人にとって外国人、特に西洋系の顔はなかなか見慣れないものです。そのため、外国人の顔を判別するのが苦手だという人は結構いるんです。逆に西洋系の人にとっては、日本人などのアジア系の顔はみな同じ顔に見えるそうです。」

 

「そういえば…。」

 

 亀山は先日のパーティーのことを思い出す。あの場にもロシア人の女性がたくさんいたのだが、髪形や服装に違いはあったが、どれも同じ顔のように思えた。どうやら亀山も、西洋人の顔の区別が苦手な一人のようだ。

 

「つまり、目撃証言にある黒い服の人物はマリアさんではなく、マリアさんによく似た人物であるという事ですよ。」

 

「ああ、なるほど…。あれ?でも俺、確かにあの日彼女をホテルで見ましたよ。」

 

 そう。亀山はあの日、マリアとぶつかっているのだ。その時、しっかりと相手の顔を確認したし、写真や実物と見比べても、間違いなくあの日ぶつかった女性だと断言できる。いくら西洋人の顔の区別が苦手だといっても、直前に印象に残っている人物を見間違うことはない。その点については、亀山も警察官として自信があった。

 

「はい。そこで一つの推論が浮かび上がってきます。事件当日、マリアさんは確かに現場となったホテルにいた。そして、彼女によく似た人物もまた事件当日現場にいた。第一発見者が直前に目撃した人物は、この二人のいずれかという事です。」

 

「…しかしそれでは、仮にそのもう一人の人物が真犯人だとすると、シミュノヴァは犯人を庇っているという事になります。」

 

「ええ、織斑先生の言うことは尤もです。しかし、マリアさんの話から得られた情報だけで判断を下すのは早計すぎます。というわけで、楯無さん、いますか?}

 

「はい、ここに。」

 

 杉下の呼びかけに答えるように、いつの間にやら杉下の傍らに楯無が立っている。亀山は全く気配を感じさせずに突如として現れた楯無に驚き、目を見開いた。一方千冬はというと、まるで最初から気づいていたかのごとく、楯無の登場に大きな反応を示さなかった。

 

「お、お前、いったい何時からそこにいたんだ。」

 

「ずっと前からいましたよ。取り調べの様子も見せていただいていました。」

 

「そんな!いったいどうやって!」

 

 狼狽する亀山の様子に、楯無は僅かにため息をつくと教え諭すように言った。

 

「亀山先生、忘れてるかもしれないけど私これでも暗部の人間なんですからね。気配を消すくらい朝飯前ですよ。」

 

 そう言って楯無は、ふふんと胸をさらせた。その姿に亀山は感心した様子で嘆息するしかない。それを確認すると、楯無は杉下の方に向き直った。

 

「それで杉下先生。私に何のご用ですか?」

 

「楯無さん、あなたにちょっとしたお願い事をしたいのですが宜しいでしょうか?」

 

「お願い事?」

 

「ええ。ロシアのIS関係者。できれば、マリアさんやマトーリンさんと近しい人物を一人紹介していただきたいのですが…。」

 

「なんだそんな事ですか。いいですよ。一人心当たりがあります。明日会えるように連絡しておきますね。」

 

「ありがとうございます。それともう一つ。僕たちはこれから、マリアさんの事件当日の動きについて聞き込みに行こうと思っています。その間、マリアさんのことを監視していただいてもらっても宜しいですか?」

 

「ええ~。それじゃあ私だけお留守番って事ですか?」

 

「お願いします。事件の秘匿性を考えると、できる限りマリアさんが自白したことを知る人物は少ない方がよいので。それに、万が一彼女が逃走を図った場合、それに対応できる人物となると、あなたを監視に付けることが得策だと判断します。」

 

「う~ん、まあそういう事なら構いませんけど…。」

 

「ありがとうございます。では、亀山君、織斑先生。行きましょう。」

 

 そう言って杉下は一人でさっさと部屋を出て行く。亀山達はその後を慌てて追っていき、部屋には楯無だけが残される。楯無はしばらくの間、顎に手を置き、何やら考えるような仕草をしていたが、やがて懐からスマートフォンを取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。

 

 

 

 

 杉下たちはマリアのクラスメイトや担任の教師を当たり、事件当日のマリアの行動を探ろうと調査を開始した。しかし、その結果は芳しいものではなかった。

 マリアはあまり社交的な性格ではなかったらしく、クラスメイトともめったにしゃべらなかったらしい。生徒会長を務めていることから人望はあったらしいが、そのことが生徒たちに高嶺の花の印象を付け、近寄りがたい空気を作っていたようだ。

 事件当日も、午前中は真面目に授業を受けていたことが分かったが、その日の授業が終わった昼過ぎ以降の行動は全く分からない。そんな中、事件当日の彼女の行動について知っていると証言する人物はアリーナの整備室にいた。

 

「知っているんですか!マリアがその日何をしていたか!」

 

「ええ。と言っても、話に聞いているだけですけど。」

 

 そう言って答えたのは、マリアの専用機の専属整備士である女性であった。普段はロシアのIS企業の日本支社に身を置いている彼女は、専用機持ちの要請を受け、こうしてIS学園まで足を運んで機体の調整などをやっているらしい。ちなみに彼女はタタールの出身らしく、髪の毛は黒髪である。この日はマリアの専用機の定期検査の日であるらしく、彼女は作業着姿でISを弄くりつつ、杉下たちの質問に答えていく。

 

「一週間前くらいかな?次の定期検査を土曜日にしようかって聞いたんだけど、その日は予定があるとかで今日にしたんです。何でも本国の親戚が訪ねてくるから、その相手をするとか言ってましたよ。」

 

「実際のその日にマリアさんを見たりはしなかったんですか。」

 

「いや、会ってないですね。私も普段は会社の方に籠っていますから。」

 

 それ以上に彼女から有益な情報は得られなかい。そう判断し、亀山と千冬が整備室を出ようとする中、杉下は整備中のISをじっと眺めていた。

 

「これはマリアさんの専用機ですか?」

 

「ええ、そうです。ロシアの第二世代型IS『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』(モスクワの深い霧)です。」

 

「なるほど。素人目から見ても、とても面白い機体ですねえ。」

 

「わかりますか!」

 

 杉下の言葉に整備士は嬉しそうに反応する。

 

「結局のところ、IS同士の戦闘力は機動力がものを言いますから、下手に装甲をつけるよりかは装甲を薄くして機動性を確保した方が効果的なんです。それに、第一回『モンド・グロッソ』の結果を見る通り、ISバトルなら近距離武器でも重火器に対応できますから、中近距離で活躍できる武器がこれからのトレンドです。あとそれと」

 

 さらに勢いづいてしゃべりだしそうになった整備士に対し、千冬は咳払いをもって牽制をした。流石にそこまでされれば、自分が少し喋りすぎたことに気づいたようで、女性整備士は恥ずかしそうに恐縮している。結局のところ、この整備士の話から分かったことは、マリアは外出許可を得るためにうその申告をしていたという事だけであった。 

 

 そうして、一通り聞き込みが終わったころには日が暮れていた。今日はここで解散しようという流れになったところで杉下の携帯が鳴った。どうやら相手は楯無らしい。

 

『あ、杉下先生。先方とアポが取れました。明日の放課後、ロシア大使館の近くにあるホテルで会うことになりました。』

 

「ご苦労様です楯無さん。こういった事を頼める方がいて助かります。」

 

『別にいいですよ。私としてもマリア先輩がこのまま殺人犯になるのは心苦しいですから、できる限りのことはしますよ。だから、どんどん私のことを頼りにしてくださいね。』

 

「ありがとうございます。では、また。」

 

 杉下が電話柄をきったところで、その日の調査は終了した。




なんかすごい中途半端なところで終了しましたが、今回のエピソードは次の次くらいで解決編には入れると思います。
前回の話が無駄に長くなってしまっただけに、できるだけコンパクトに話を纏めようとした結果です。どうか最後までお付き合いください。

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