IS学園特命係   作:ミッツ

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予告通り今回は短編になっています。
本編にはあまり関係しませんので読まなくても問題ありません。
また、今回は今までに比べグロい表現がありますので苦手な方は気を付けてください。


Short story1
三番目のJ・T・R


五月の最初の週のとある日、IS学園の男性教官室で二人の男性が黙々とデスクワークに勤しんでいた。元警視庁特命係にしてIS学園に二人しかいない男性教師の杉下と亀山である。すでに午前の授業は終了し、廊下からは生徒たちの笑い声がするというのに、二人は目の前のパソコンから視線を外さず忙しなく手を動かしている。

 すると、教官室のドアが開き、一人の女生徒が部屋の中に入ってきた。

 

「こんにちは。今暇ですか?」

 

「暇じゃねえよ。さっさと教室に戻って勉強しろ。」

 

「ひどいっ!」

 

 亀山から冷たくあしらわれると少女、というか更識楯無は大げさに驚いて見せた。四月に起きた事件以来、楯無はちょくちょく二人の教官室を訪れるようになっていた。本人曰く、自分はまだまだ未熟なのでできる限り杉下たちの近くで二人を観察し本職のお刑事の技を盗みたいだとか。ただ、亀山にはそのようには思えない。部屋の戸棚に勝手に置いた楯無のマイカップと備え付けの冷蔵庫の中にいつの間にか入っていた牛乳がその証拠だ。楯無は部屋に来ると決まって自分でカフェオレを作っている。そのせいでコーヒーの消費量が急速に増えたのが亀山の密かな悩みなのだが、流石にそれを口に出すのはせこいというか女々しい気がしたので言わないでいる。

 そうしていると楯無はいつものように勝手にコーヒーを入れ始めた。

 

「おい楯無、俺は帰れと言ったよな?なんでコーヒーを入れ始めてるんだ?」

 

「別にいいじゃないですか。今は昼休みなんですから何をしようと私の自由です。先生たちも昼休み位休んだらどうですか。」

 

「残念ながら俺たちにはそんな余裕はねえんだよ。」

 

 そう言って亀山は再びパソコンの画面へと視線を戻した。教師というのは例外なくとても忙しい職業なのだ。各クラスの授業、そしてその報告、生徒や親からの相談、職員会議、場合によっては部活動の顧問など土日祝日関係ないレベルで働かなければいけないこともある。正直、ブラック企業とそう大差ないのではないかというのは作者の意見である。窓際部署で基本的な仕事は雑用くらいしかなかった特命係時代からすれば忙しさが比ではない。特に最近は学年別個人トーナメントを控えていることもあって、その忙しさに一層の磨きがかかっている。亀山は教師も悪くないなと思っていた過去の自分を殴ってやりたくなっていた。

 

「亀山君、そうはいってもあまり根を詰めすぎるのも作業効率を落とすことになります。切もいいですし少し休憩をとることにしましょう。」

 

「それもそうっすね。じゃあそうしましょう。」

 

「…なんか杉下先生に対して素直すぎない?」

 

 杉下の提案を受け入れると亀山は大きく伸びをし自分もコーヒーを飲むべく戸棚を開いた。やがて、部屋の中にコーヒーの香りが広がり、ようやく亀山達は一息つくことができた。

 

「ところで杉下先生、今都内で起きている連続殺人事件について知っていますか?」

 

「女性ばかりを狙った通り魔のことですね。はい、マスコミで報じられている位の事しか知りませんが。」

 

 杉下の言葉を聞いて楯無は神妙にうなずいた。現在世間ではある一つの事件注目を集めている。始まりはちょうど一か月前の四月某日、東京大田区の路上で会社帰りの女性が血まみれで死んでいるのが発見されてからだ。被害者の遺体には死亡後に執拗に切り刻まれた跡があり、現場には「三番目のJ・T・Rより」と書かれた名刺が残されていた。それから二週間後、今度は品川区で塾帰りの高校生が殺害された。前回と同じように死体はひどく損傷しており、傍らには名刺が落ちていた。ここに至り、メディアは大きく事件を報道するようになった。特に目を引いたのは事件現場に残された「三番目のJ・T・R」を名乗る人物の名刺だ。

 JTR、ジャック・ザ・リッパーの名はミステリーを愛好する者たちからは広く知られている。19世紀末のロンドンを震撼させた殺人鬼は、いまだ多くの創作媒体でその悪名をとどろかせている。そして、日本に住む人々の脳裏には数年前、「平成の切り裂きジャック」と呼ばれた男が起こした事件が浮かんでいた。ただ、その男はすでにこの世にはいないため、メディアは彼を模倣した者の犯行ではないかと推測している。実際に現場に残された名刺からもそれがうかがえた。しかしながら、この事件によって再びその男、朝倉禄朗の名が世間に広まることになったのだった。

 

「本当に何が三番目のJTRだ。人を殺しておきながらふざけやがって。」

 

 亀山が吐き捨てるようにそう言った。彼の胸中には罪なき女性をむごたらしく殺した犯人と、面白半分で朝倉の名を出す者たちへの怒りが渦巻いていた。彼にとって「平成の切り裂きジャック」こと朝倉禄郎は浅からぬ因縁にある。その男の名が再び世間を賑わし、好き勝手言われるのは亀山にとって我慢ならない事だった。

 

「ええ、確かにふざけています。そのふざけた犯人は二日前に三人目の被害者を生みました。」

 

 そういう楯無の眼はいつになく真剣なものだった。三人目の被害者はまた会社帰りの女性であった。例によって死体は激しく損傷しており、傍らにはJTRを名乗る人物の名刺があった。

 

「現場は人通りのない山中でした。おそらく被害者は別の場所で拉致され現場で殺されたものとみられています。一連の犯行の傾向から、犯人は女性に対し屈折した感情を抱いている者、あるいは現在の女性優位の社会に憤りを感じている者である可能性が高いです。そのため、IS学園の生徒が標的になる恐れがあるので更識家でも警戒する必要があると判断されています。」

 

「なるほど、女性に対し悪感情を抱いている者からすれば、ISは女性の力の象徴でありIS学園の生徒はその代表的な存在。狙われてもおかしくないという事ですね。」

 

「はい。前回の事件が終わった直後でもありますし、警戒していて当然だと。そこでお二人にお聞きしたいのですが、警視庁からは何か情報があったりはしませんか?」

 

「残念ながら僕たちは現行では曲がりなりにもIS学園の教師ですので…。そう言った情報を得るのは難しいかと…。」

 

 杉下は本当に残念そうにそう言った。基本的に杉下たちは学園の外で起きる事件には加わることができないのである。不謹慎ではあるがIS学園の生徒や教員が被害者だったなら何とか動けるのかもしれないが、現在の状況ではIS学園の生徒に危害があるとは断定できず杉下たちも動くことができないのだ。

 楯無もその返答をある程度予想してはいたが、優秀な警察官がこういった時にうまいこと立ち回れないことを悩ましく思っていた。

 

「右京さん、もういっそのこと俺たちだけで動いてみてもいいんじゃないですか?」

 

「…亀山君、僕の話を聞いていましたか?IS学園の教師である以上、今は僕たちに事件を操作することはできないんですよ。」

 

「いや、でも…。」

 

「それとも君は教師としての仕事をほっぽりだそうとでも言っているのですか?それらを全てほかの先生方に丸投げして。」

 

「…すいません。」

 

 亀山はしゅんとなって頭を下げるしかなかった。

 

「そういうことですの僕たちは今のところ、どうすることもできません。」

 

「そうみたいですね。まあ、一番いいのは警察がさっさと犯人を逮捕する事なんですけどね。」

 

 そう言って楯無が溜息を吐くと同時に昼休みの終了を知らせる予鈴が鳴った。

 

 

 

 

 

 男は今の世界が不満でならなかった。幼いころから勉強に費やし、一流の進学校に在籍しトップの成績を誇っていた彼にとって、一流の大学に進み、一流の企業に就職するのは彼の人生の既定路線であった。そんな彼を両親を始め、周りの人間は褒め称えた。常にだれよりも努力し結果を出し続けていた彼は妬みの対象となり、時として理不尽な仕打ちを受けることもあったが周りからの賞賛に比べれば些細なものだった。人付き合いが苦手で、勉強以外に誇れるもののなかった彼にとって周りから一流と認められることが人生の唯一の癒しと言ってよかったのである。それが狂いだしたのはISが世に出てからだ。世間は急速に『女尊男卑』に傾き、入社当初は即戦力候補とみられていた彼の立場は自分よりも能力の低い女性社員によって奪われていた。今では女性社員の雑用をする毎日を送っている。それでも会社を辞めなかったのは自分にはこんな威張るしか能のない女たちよりも優れているという自負があったからだ。自分に何か仕事を任せてもらえれば、必ず結果を残すことができるはずだ。今までの努力に裏打ちされた自信があったからこそ、不遇な日々を送りながもわずかな希望も持ち続けることができたのだ。だが、彼の望んだような機会は訪れることはなく、女性社員からこき続けられる日々が続くだけだった。その頃からだろう、彼の心の中に女性に対し黒く歪んだ感情が芽生えたのは。

 

 その日、休日だった彼は家で目的もなくインターネットサイトを巡っていた。そのとき偶々目についたサイトがあった。それは古今東西の殺人鬼をまとめたものであり、少し覗いてみようと興味を持った彼はそこで運命の出会いを果たすことになる。

 

 朝倉禄郎

 

 名前だけは彼も耳にしたことがあった。何年か前に世間をにぎわせた連続殺人鬼であり、最後は刑務所の刑務官の手で命を絶たれた。当時勉強に忙しく、あまりニュース番組などを見ていなかった彼でさえも聞き覚えがある名前なのでかなり高名な犯罪者なのだろう。そう思って朝倉禄郎の記事を読んだ彼は今までにない衝撃を受けることになる。娼婦の母親を持ったトラウマから母親をはじめ多くの女性を殺害した朝倉の経歴は、彼にとってまるで素晴らしい英雄譚のように見えた。そして、彼が被害者の一人にかけたとされる言葉、「すべての女は穢れている。女は皆生まれながらにして卑しい娼婦なのだ。」は彼の心にストンとはまり込んだ。結局、暗くなるまで朝倉の記事を漁っていた彼はそれらをすべて読み終わると一言つぶやいた。

 

 この人みたいになりたい。

 

 それがどれほどの大罪か彼は十分に分かっていた。しかし、一度口に出しと言葉は取り消すことができない。ボールが坂を下るように転がりだした彼の醜い殺意を止める者は誰もいなかった。

 

 そうして今までに三人の女を殺害した。犯行の際は絶対に警察にばれないように細心の注意を払い、綿密に計画を練るようにしている。獲物も数日前から品定めをし、あらかじめ狙いを絞っておいた。いずれの犯行も上手くき、警察が自分の周りを探っている気配はない。この調子ならまだまだ犯行を重ねられる。そう思うと彼は邪悪な笑みを止めることができなかった。いずれの犯行もやっている時はひどく冷静になれた。それが家に帰り、人を殺したことを実感すると、とてつもない興奮に襲われる。涙を流し命乞いをする女。やがてその顔は絶望に変わり、苦痛を経て瞳は光を失う。そして、力を失った彼女たちの体を切り刻んでいく感覚。それらを鮮明に脳内に甦らせ、彼は何度も自慰をした。次の日、マスコミが彼の犯行、それと彼が現場に残した「三番目のJ・T・R」と書かれた名刺のことを報じると彼は今までにない満足感を得ることが出来た。だが、しばらくたつと彼は飢餓感に襲われることになる。また女を殺したいと…。

 

 今日の獲物も前もって狙いをつけていたOLである。いつも通り口をふさぎ、ナイフを突きつけて脅したうえで手足を縛り動けないようにし車に乗せる。そして、人けのない山中へ連れていくと後はお楽しみである。男はこれから訪れる快楽を思うと下品に涎を垂らした。すると、向こうから女性が一人で歩いてくる。漸く来たか、彼は車を降りると静かに女に近づいた。

 

 男にとって不幸だったことは三つ。

 一つ目は彼らがいた場所が街灯のない暗い道であったこと。男が犯行を人から見られないように選んだ場所であったのだが、暗がりのため顔での判別が難しく、相手の女性を服装や体型で判断するほかなかった。そのため女性が自分が選んだ獲物とは違うことに最後まで気付かなかったのだ。

 二つ目は実は歩いてくる女性がある分野でとても名の知られる人物であったこと。男も彼女のことはよく知っており、もし顔が分かっていれば絶対に襲うような真似だけはしなかったであろう。そういう意味では一つ目の理由とも被るかもしれない。

 そして三つめは女性はとても機嫌が悪かったということ。彼女の職場は今とても忙しく彼女自身何日も家に帰っていなかった。遂には着ていく服もなくなり、今はいったん家に戻って衣服を取りに帰る途中だったのだ。このままではまた日曜日がなくなることを鑑みれば、彼女でなくても機嫌が悪くなるのは必定である。

 

 そうしているうちに男と女の距離がなくなる。男は懐からナイフを取り出すと一気に距離を詰め、女の口をふさぐべく右手を女の顔へと近づけた。

 

「ん?なんだ貴様は?」

 

 それが男が最後に聞いた声だった。

 

 

 

 

「いやー、やっと終わりましたね。これでようやく忙しさから解放されますよ。」

 

 亀山は実に晴れやかな表情で杉下に語り掛けた。杉下の顔も何となくほっとしているように見える。本日は一週間にわたって行われた学年別トーナメントの最終日であった。一年生では楯無が圧倒的な実力で優勝をかっさらい、ほかの学年でも国家代表などの実力者が順当に優勝した。そんなことよりも亀山にとってはトーナメントが無事に終わったことの方がうれしかった。この一週間は本当に大変だった。単純計算で学年ごとに119試合、計357試合の調整、生徒の呼び出しから来賓客の対応など今までこんなに働いたことはないといっていいレベルで忙しかったのだ。正直誰が優勝したってどうでもいい、というのが仕事を終えて人心地ついた亀山の率直な感想である。楯無が聞いたら頬を膨らませそうだが。

 

「そういえば、例の連続殺人犯が逮捕されたそうですよ。」

 

「えっ!本当ですか!」

 

 その知らせは亀山にとって寝耳に水だった。ここ最近は忙しさのあまり新聞やニュース番組を見る余裕もなかったのだ。

 

「ええ、何でも警察署の前に簀巻きにされて転がされていたらしいですよ。発見当初はとてもひどい有様だったそうです。」

 

「え、何ですかその状況?」

 

 亀山はさっきとは別の意味で驚いた。杉下の顔を伺うが冗談を言っているようには見えない。どうやら本当の事らしい。

 

「最初は何かの事件に巻き込まれた被害者かと思われていたそうですが、持ち物にナイフと例の名刺を所持していたので詳しく話を聞いたところ、自分が一連の犯行を行った犯人であると自供したため緊急逮捕したそうですよ。何でも女性警官にひどく怯えていたとか。」

 

「ふーん、という事はそこらへんが犯行の動機ってことすかね?」

 

「その可能性はありますねえ。いずれにしろ、今後の捜査で明らかになっていくことでしょう。」

 

「でも、犯人が簀巻きになって警察署の前に置かれてるなんて、まるでアメコミのヒーローがやったみたいすね。」

 

「そう考えると、案外そのヒーローというのは僕たちの近くにいるかもしれませんねえ。」

 

「はは、まさか。」

 

 そう亀山が笑っていた時、寮の自室で一人ビールを飲んでいた織斑千冬が急にくしゃみをしたことは、当の本人以外誰も知らない。

 




と、いうわけで初の短編でした。
もしISのような女性優位社会があったら、朝倉のような殺人鬼を崇拝する男達がいてもおかしくないなと妄想して書きました。
当初はこの事件を第一話に持ってくる予定でした。世間を騒がせる連続殺人事件。ついにIS学園の生徒もその餌食に。という風にしてISと特命係を関わらせるつもりでしたが、これだと特命係とIS学園の生徒が深く絡んでいかないなと感じ、思い切って特命係を教師にしてみました。
今後も短編ではこうした本編で使われなかった事件やネタを扱っていきたいと思います。

それでは次回 IS学園特命係 episode2モスクワの深い霧 でお会いしましょう。

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