IS学園特命係   作:ミッツ

14 / 67
望まれるべき結末

「急に押しかけてきていったい何の用かしら?僕もあまり暇じゃあないんだけど。」

 

 爆弾騒動から一週間後、警察庁の一室に三人の男がいた。一人はこの部屋の主である小野田官房室長、残りの二人は今は無き警視庁特命係の杉下と亀山である。三人がこうして顔を合わせるのは特命係が解散を命じられて以来だ。小野田はその時と同じように感情の読めない表情をしているが特命係の二人は少し違っていた。二人の表情は非常に硬いもので、亀山に至ってはわずかに怒りを含んだ視線を小野田に向けている。そんな亀山を視線で制しつつ杉下が口を開いた。

 

「官房長、どうしてもあなたに聞かなければならないことがあったため今日こちらに来させていただきました。」

 

「いったい何のことかな?ま、大体予想はつくけど。」

 

「そうですか。では単刀直入に聞かせていただきます。なぜ、柳原和美だけでなく芝浦真紀子まで精神鑑定を受け、あまつさえ責任能力がないと判断されたのでしょうか?」

 

 二人がこのことを知らせたのは今朝の朝刊であった。それによると高原詩織殺害の容疑で逮捕された女には心神喪失の兆候が見られたため精神鑑定が行ったところ、事件当時から現在に至るまでに精神的に不安定な状況であったと結論付けられ、刑事責任を問える状況ではないという。このままいけば容疑者は不起訴となり、精神病院に入院させられるのが濃厚だとその記事は締めくくっていた。

 

「精神鑑定の結果そういう結論が出たから、と言ってもお前たちは納得しないだろうね。」

 

「ええ、僕も事件後、実際に彼女と顔を合わせたわけではありませんので詳しい事は分かりませんが、あの時現場にいた亀山君やIS学園の生徒の話によると、芝浦真紀子は確かに事件当時精神的に消耗していましたが心身を喪失していたというほどには至らず、自分の犯した罪の重大さについても理解していた節があったようです。おまけに犯人逮捕から僅か一週間で鑑定が行われ、その結果まで出たとなると何かしらの力が働いたと勘ぐってもおかしくないでしょう。」

 

「なんだか僕が芝浦を不起訴にするように仕向けたみたいな言い方するねお前は。」

 

「実際のところどうなんですか?警察には柳原純一の死について隠したいことがあるんじゃないですか?」

 

 亀山がそう問い詰める。それは暗に純一の死を警察がわざと見逃したのではないかという事を含ませていた。それに対し小野田を亀山の方を一瞥すると答えた。

 

「それがないとは言わないよ。ただ、問題は既に警察組織やIS学園だけには留まらなくなっているからね。迂闊なことはできないんだよ。」

 

「…なるほど、IS学園の教師が殺人を起こし、なおかつIS学園と其処にいる生徒に危害を加えようとした。その事実が明るみに出れば日本政府は各国から批判され、学園の運営能力に疑問を持たれる。最悪の場合、IS学園が閉鎖される可能性がある。それを避けるため、警察に対し圧力がかかったと。」

 

 日本に取ってIS学園は開校以来、日本の最重要施設にあげられる。それは世界唯一のISパイロット育成専門機関や、世界最大のIS実験場として以外にも、日本の学生が各国の留学生と交友を深める場としても重要な位置を担っている事も含まれる。留学生たちは三年間の間、日本の学校で日本人に交じって教育を受けることになる。彼らが将来、母国に帰国しIS関連で活躍しだした際、彼らが学園にいたときに日本の学生と築いたコネクションが大きく生きてくる。これは従来外交下手と言われてきた日本にとっては代えがたい武器になるのだ。日本政府がそれを失うのを恐れ、事件の全容が明るみに出ないようにしたと考えても不思議ではないのだ。

 

「まあ、それもあるんだけどね…。IS委員会的にはそんなことよりもISが殺人に利用されたことが知られる事の方が痛いみたいだよ。」

 

「…いったいどういう事っすか?」

 

「連中はISが人殺しに使われたことが世に知られ、世間がISを見る目を変えることを恐れているんだよ。自分たちの利権や特権が損なわれるんじゃないかって。」

 

「そんなことのために真実を闇に葬るっていうんですか!」

 

 亀山は思わず声を荒げる。しかし、小野田はそれを全く意に介さず言葉を続ける。

 

「実を言うとね、僕も今回のことを明るみに出すのは反対なんだよ。今、日本はIS学園を失うわけにはいかないし、ISのイメージ悪化は今の世間の現状では悪影響しか与えないからね。」

 

「でもそれじゃあ…。」、

 

「そういえば、更識家のお嬢ちゃんは犯人達の人質になったそうだね。彼女もまだ頭首になりたてみたいだし、あまりよくない風評が立つのは彼女にとって結構まずいんじゃないかしら?」

 

 そう言われ、亀山は言葉に詰まってしまった。まさか、楯無のことを持ち出されるとは思っていなかった。だが、小野田の言うことは最もである。まだ十六にもなっていない少女が暗部の頭首になるにあたり全く反対がなかったとは考えにくい。むしろ、反対の意見があって当然なのだ。そして、楯無の失態が広まれば彼女の今の立場が危うくなることも想像し難くない。小野田がどこからこの情報を拾ってきたのかは定かではないが、特命係に対し更識楯無という少女が鎖になりえると小野田は思っているのだ。

 

「それに不起訴になるといったって別に芝浦たちを野放しにするわけじゃないからね。少なくとも十年くらいは彼らは社会には戻れないよ。それで十分彼らに対する罰になるんじゃないかしら?今のところ、これが一番望まれるべき結末だよ。」

 

 歯噛みする亀山に対し小野田がそう付け加える。すると、ここまで二人のやり取りを無言で眺めていた杉下が口を開いた。その眼は以前楯無にも向けた全てを見通すような鋭くまっすぐなものであった。

 

「それが本当に罰となるんでしょうか…。」

 

「…いったいどういう事?」

 

「更生する余地のある人間に対し真実を明らかにせず、当事者たちに不都合なことを伏せ、ただ形ばかりの罰だけを与えたところで果たして意味があるのか?僕には甚だ疑問です。そもそも、この事件の発端は歪んだ『女尊男卑』の考え方によるものです。柳原が言っていたように今後このような事件が再び起こらないとも限りません。そうならないためにも、今回の事件の顛末を世間に公表する必要があるのではないでしょうか?」

 

 話終えると杉下はじっと小野田を見据えた。小野田はしばらくの間、杉下の視線をだまって受けていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「…一応言っとくけど、僕にだって出来る事と出来ない事があるんだからね。それくらい解ってよ。」

 

 それはつまり、今回の決定は小野田であろうと変えることができないという事。その事実に杉下は内心かなり驚いていた。警察組織でもかなりの権力を持ち、その烈椀を振るう小野田をもってしてもその力が及ばない。それが本当だとしたらよほど大きな力が動いていることになる。果たして、自分たちだけでどうにかなる相手だろうか…。杉下の胸中に大きな不安が渦巻いていた。

 

「話はもう終わりでいいかしら?そろそろ仕事に戻らないとまずいのだけど。」

 

「…了解しました。では最後に一つだけ質問をよろしいでしょうか?」

 

「…本当に最後なんでしょうね?」

 

「ええ、正真正銘最後の質問です。」

 

「…解ったよ。じゃあ本当に最後の質問だからね。」

 

「ありがとうございます。では、我々をIS学園に向かわせた理由とはいったい何だったんでしょうか?最初は高原詩織の死の真相を確かめる事だとばかり思っていたのですが、事件の真相や官房長の先ほどからの口ぶりからするとどうもそうではないみたいですので。そろそろ理由を教えていただいてもいいのではないでしょうか?」

 

「…別に深い理由はないよ。ただ、IS学園で働いている僕の古い知り合いにお前たちのことを話したら、ぜひ一度会ってみたいっていうからさ。何でもIS学園が武道を教える教官をほしがっているっていう話を聞いたから推薦したんだよ。これでいいでしょ。さっ、質問に答えたんだから早く部屋を出て行って。」

 

 そう言って小野田は二人を部屋から追い出した。

 

 

 

 

 小野田から部屋を追い出された後、杉下と亀山は警察庁を後にしIS学園へと向かっていた。事件についてはいろいろと釈然としないことがあるが一応は解決したことになった以上、安易に動くことはできない。それに、今週から二人の授業も始まるのだ。これから授業内容の最終確認をしなければならい。

 

「結局、これで終わりってことなんすかねえ。すごくモヤモヤしますけど…。」

 

「確かに事件は一応は解決をしたかもしれません。しかし、当事者たちが生きている以上、真実を明らかにするチャンスはいずれ訪れるでしょう。その時までに決してこの事件のことを忘れない、それが僕たちに今出来る事ではないでしょうか。」

 

 杉下の言葉に亀山は上司がまだ諦めていないことを確信した。亀山はあの日、息子を奪われ狂気の世界に堕ちるしかなかった男の叫びを思い出し、その姿を心に刻んだ。いずれ必ず事件の真実を明らかにするという誓いと共に。

 

「ああそれと今朝、学園から芝浦さんが抜けた代わりに織斑先生がクラスの担任になるので、僕たちに副担任となって織斑先生の補佐をしてほしいという連絡が来ました。僕は構わないと思うのですが亀山君はどうします?」

 

「その連絡なら俺のところにも来てますよ。俺は別に大丈夫っすけど、右京さんに聞かないと分からないって言っておきました。」

 

「でしたら何も問題ありませんね。では学園には了解する旨を伝えておきましょう。」

 

 杉下は電話を取り出すと学園に掛けだした。亀山はその様子を見ながら考える。IS学園では今日も夢を持った学生たちが夢に向かって前に進もうとしている。教師は時に彼らを守り、彼らが間違った道へ進まないように導いていく。そう思うと教師というのも案外自分の性分と遭っているのかもしれない。亀山は春のそよ風が頬を撫でる中、そう思いをはせた。

 

 

 

 

 特命係の二人が去った後、小野田はとある人物に電話をかけていた。その相手とは小野田にとって古い馴染みであり、今はIS学園にその身を置く人物である。

 

『やあ、珍しいじゃないか。君から連絡を取ってくるなんて。』

 

 電話から聞こえてくるのは壮年の男性の声。小野田の良く知る人物のそれだった。

 

「実は君のところに送った二人が今さっき僕のところに来てね、ずいぶんと噛み付かれたよ。」

 

『それはまた災難だったね。すまないねえ。うちの身内が引き起こした事件のせいで君のところにもだいぶ苦労を掛けたみたいだし。』

 

「別にいいよ。もともとあいつらはこちら側の人間だし。それに後始末やってやった代わりに委員会の奴らには貸しを作ることができたしね。」

 

 そういうと、電話の向こうから小さく笑う声が聞こえる。

 

『ふふ、そうかい。それはよかったよ。ところで、君は本当にいい手駒を持ってるね。正直、彼らがいてくれて本当に良かった。危うく、上の首がいくつか飛ぶところだったよ。』

 

「それはどうも。だけど、あんまりあいつらのことを利用しようとは思わない方がいいよ。特に杉下の方わね。あいつの正義は暴走するから。」

 

『…忠告痛み入るよ。でも、そういう君だって彼のことを利用する気満々じゃないか。』

 

 男はそこで一旦言葉を切った。

 

『本当に出来ると思っているのかい?世界を変えた『天災』を日本の司法で裁くなんて…。』

 

「…出来る出来ないの問題じゃないだろ。日本どころか世界を騒がせたテロリストが野放しになっている。それを捕まえ、裁きに掛けるという警察官として当たり前のことをしようと思っているだけだよ。」

 

『…小野田君、君は世界を変えるつもりかい?』

 

「別に僕は自分に世界を変えるほどの力があると思うほど己惚れてはいないよ。ただ、世界の歪みを直さなければならない。そう思っているだけだよ。」

 

『…まあ、君がそういうんならせいぜい頑張ってくれ。それはそうと、それを言うためだけにわざわざ電話を掛けてきた訳じゃないだろ?いったい何の用があって電話をかけてきたんだい?』

 

「なに、僕のところから人を送ったというのにまだ連絡の一つもよこしてなかったのを思い出してね。勿論、君と久しぶりに話してみたかったというのもあるけど。」

 

『そういう事なら今度食事がてら会って話そうじゃないか。どうせ私はしがない用務員でしかないわけだし、暇は持て余しているからね。』

 

「それはいいね。それなら杉下とよく行く店があるんだけど、そこに行ってみないかい。回転寿司とかいうんだけど寿司が乗った皿が回ってくるんだよ。」

 

『面白そうだね。楽しみにしているよ。じゃあ日にちが決まったら連絡してきてくれ。それじゃあ。』

 

「はい、じゃあまた。」

 

 そう言って小野田は電話を終えると机の上に書類を広げた。

 そこには「『白騎士事件』報告書」という文字にかぶせるように「特秘」と書かれた印鑑がしてあった。

 

 この日、ISによって変わった世界が、また再び変わり始めた。

 

                               episode1 end




というわけでIS学園特命係 episode1終了です。何とか終わりにまでこぎつけることができ、今は唯ほっとしています。

この後は幕間として短い話を挟んだ後、できるだけ早く episode2を開始する予定ですので、今後ともい学園特命係をよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。