バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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怪我と看護と本当の気持ち
part A


 ここはどこだろう?

 僕はなんで寝ているんだろう?

 確か美波の家から帰る途中で……。

 

 あぁ、そうか。僕は車に跳ねられたのか。

 だから足と頭がこんなに痛いのか。

 

 と言うことは……ここは天国。

 な、わけないね。どう見ても病院だ。

 それに僕が天国に行けるわけがない。

 

 僕は今どういう状態なんだろう?

 とりあえず確認しよう。

 

 こめかみを触ると布の手ざわり。これは包帯かな?

 着ているのは薄いピンク色のパジャマのような服。まるで入院着みたいだ。

 

 ……なんでピンクなの?

 

 まぁそれはそれとして、あとは……。

 

 左足にはギプスのようなものが巻かれている。と言うかギプスだ。

 漫画で見るような大げさなものじゃないけど、足首が動かないようにがっちり固められているみたいだ。

 

 えっと、他には……。

 うん。胸や腰、腕は特に変わり無い。

 

 ふむ。つまり僕は頭と左足を負傷したのか。

 そういえばあの時、信号見てなかったな……。

 完全に僕の不注意だ。

 

「あら、アキくん目が覚めましたか?」

 

 あ、姉さんだ。

 

「昨晩学校から連絡が入って本当に驚きましたよ? まさかアキくんが交通事故に遭うなんて」

 

 花瓶に花を挿しながら姉さんが僕に話しかける。

 うん。頭を打ったのだろうけど、姉さんのことは覚えてる。

 記憶は大丈夫みたいだ。

 これでバカが治っていれば申し分ないのだけど。

 

「車を運転していた方から聞きました。一体どうして赤信号を飛び出したりしたのですか?」

 

 う……それは言えない……。

 言えば何をされるか見当が付く。

 

 何か言い訳を……そうだっ!

 

「い、いやあ! ちょっとお金を落としちゃってね! それを拾おうとしたんだよ!」

 

 咄嗟(とっさ)に言い訳を考えて答えた。

 よし。これは会心の言い訳だ。

 

「ではなぜ学校と家と商店街のどこの間でもなく、自動販売機も無い所でお金を落としたのですか?」

 

 チッ……。鋭い。

 

「まぁいいでしょう。今日のところは深くは問いません。とにかく無事でなによりです」

 

 そう言って姉さんは横から僕を抱き締めた。

 

 姉さん……今日は優しいんだな。

 いつもこうだといいんだけど。

 

 あぁ……でも姉さんにこうしてもらうと落ち着くな……。

 

「母さんには先程連絡しておきました。これでアキくんの頭が良くなることを願っていると言っていました」

「えっと……どう受け止めればいいのかな」

「その言葉の通りです」

「……」

 

 母さんは息子が事故に遭っても微塵も心配していないようだ。

 確かに自分でも同じことを思ったけどさ……。

 

 それにしたって親なんだから少しは心配してくれたっていいじゃないか!

 文句の電話でも入れてやりたい気分だ。

 でも仕送り止められちゃうと困るからな。やめておこう。

 はぁ……心配してくれたのは姉さんだけか。

 

「それとアキくん、姉さんはこれから仕事に行かなくてはなりません。アキくんにずっと付いていられないのはとても辛いのですが、仕事を休むわけにいかないのです。一人で寂しいと思いますが、歩き回ったりせず大人しくしているのですよ」

 

 姉さんはそう言うと身支度をはじめた。

 

 そうか。仕事の前に寄ってくれたのか。

 忙しそうなのに迷惑かけちゃったな……。

 

「夜にまた来ますからね。それまでお医者様の指示に従うのですよ。午後に検査をするそうですから」

「うん」

「それから、着替えと勉強道具をベッドの横に置いておきました。入院中も遊んでいてはいけませんよ」

「分かったよ姉さん」

 

 へへ……。今なら『頭が痛くて勉強できなかった』って言い訳できるもんね。

 

「では行ってきますね」

「うん。行ってらっしゃい」

 

 僕はベッドの上で姉さんに手を振った。

 

 どれ、荷物の確認をしておくか。

 

 ベッドの横を見ると、紙袋が二つ置いてあった。

 

 これがそうか。一応中身を見ておこうかな。

 えぇと……こっちは勉強道具か。筆記用具と問題集、それに参考書。

 さすがに携帯ゲームは入ってないか。姉さん厳しいなぁ。

 まぁ入院中にこの袋を開けることは無いだろう。

 

 それでこっちが着替えで……。

 なんだ? この黒くてひらひらした服は?

 

 

 …………

 

 

 姉さん、病院でメイド服は無いよ……。

 ご丁寧にカチューシャまで入ってるし……。

 

 って! このピンクの入院着も姉さんの仕業かいっ!!

 

 少しでも姉さんに感謝した僕がバカだったよ!

 

 

 

      ☆

 

 

 

 荷物の確認をした後、僕は服をどうするか悩んだ。

 だってこのピンクの入院服、どう見ても女物だから。

 でも変わりの服はこのメイド服のみ。

 こっちはそもそも病室で着る服じゃない。

 と言うか、男の僕が着る服じゃない。

 

 そんなわけで仕方なくピンクの入院着で我慢することにした。

 諦めてベッドに転がると、看護師さんが昼食を運んできた。

 ちょうど昼ごはんの時間だったようだ。

 看護師さんは昼食のお盆を降ろしながら、横目に僕の方をチラチラと見ていた。

 僕はその看護師さんが帰り際に見せた堪え笑いがとても気になった。

 

 病院でまで笑いものにされるなんて……。

 姉さんのせいだぞ。くそっ……。

 

 昼食は食欲旺盛な高校生にとってはちょっと物足りない量だった。

 でも塩水生活を経験している僕にとっては多少足りなくても不満は無い。

 

 

 午後になって、色々と検査された。

 脳波の検査とかもやったけど、これってバカの原因は分からないのかな。

 

 先生が言うには、僕の怪我は奇跡的なほど軽いものだったらしい。

 具体的には頭部打撲と左足首のねんざらしい。

 でも頭を打っているので二、三日入院して検査するそうだ。

 

 僕は今まで入院なんてものに縁が無いと思っていた。

 何度でも死の淵から不死鳥の如く甦る自信はあった。

 だからさすがに今回の入院はショックだ。

 やっぱり僕も普通の人間だったみたいだ。

 

 検査が終わると松葉杖を使うか聞かれた。

 松葉杖ってなんだっけ……?

 

 聞き返したら先生は笑って物を見せてくれた。

 あぁこれか。テレビで見たことがある。

 これだと歩きづらそうだし、無くてもいいかな。

 

 午後の検査を終え、僕は病室に戻ってきた。

 窓の外を見ると夕焼けが見えた。

 もう日が暮れそうだ。

 

 しばらくして看護師さんが夕飯を持ってきてくれた。

 栄養バランスが考えられたヘルシーなメニューだ。

 意外と美味いが、昼食と同じようにあまり量は無い。

 夕飯を平らげた僕はしばらくベッドの上で(ほう)けていた。

 

 もうすぐ夜か。

 授業を受けなくていいのはいいんだけど、あんまり自由にはできないんだな。

 

 ……

 

 ちょっと疲れたし寝ようかな……。

 


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