バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part F

 僕は美波の部屋の扉をノックした。

 

 ……

 

 返事を待ってしばらく耳を澄ませてみたが、扉の中からは何も聞こえない。

 眠っているのだろうか。

 

 僕はそっと扉を開けてみた。

 ベッドから僅かに寝息が聞こえる。やはり眠っているようだ。

 

 僕はベッドの横へ行き、美波の顔色を見てみた。

 さっきの青白かった顔も今はだいぶ元に戻ってきている。

 息苦しそうな様子もなく、とても穏やかな寝顔だ。

 この様子なら明日には熱も下がっているだろう。

 

 よかった……。もう大丈夫だな。

 

 僕はほっと胸をなで下ろした。

 

 ただ……安心したら急に……。

 

 寝顔がその……すごく可愛く思えて……。

 

 だ、だめだっ! 見ていられないっ!

 

 僕は耐えられなくなって目を逸らした。

 すると、今度は微笑んだ僕の写真と目があった。

 

「あわ……わ……」

 

 僕は目の前が真っ白になってしまった。

 頭の中を色々な考えが一気にぐるぐると駆け巡る。

 許容量の少ない僕の頭はオーバーヒート寸前だ。

 

「アキ……?」

「ひっ!!」

 

 動揺している所へ急に後ろから声を掛けられ、僕の体は凍りついた。

 古典的表現だけど本当に心臓が飛び出すかと思った。

 

「あ……みっ、美波!? 起しちゃった!?」

「ううん、いいの。それより……その……それ……」

「あっ! ご、ごめん! 見るつもりは無かったんだけど……その、えっと……」

 

 こ、こんな時、なんて答えればいいんだ?

 誰か教えてくれ……僕はなんて言えばいいんだ……?

 

 美波は顔を隠すように毛布を鼻先まで上げ、僕の様子を伺っている。

 そんな美波を前に僕は立ち尽くし、これ以上何も言えなかった。

 

「「…………」」

 

 お互い発すべき言葉が見つからない。

 重苦しい沈黙が続いた。

 

「ご、ごめん! すぐ出るから!」

 

 僕は耐え切れなくなって部屋から逃げ出そうとした。

 扉に向かって走り、ドアノブに手を掛けた。

 

「まっ……待って!」

 

 その瞬間、美波は僕を呼び止めた。

 僕はその声で動けなくなってしまった。

 

「アキ、こっちに来て」

 

 美波がいつもと違う優しげな声で言う。

 僕はその言葉に逆らえなかった。

 錆びた機械のように重い足をなんとか動かし、僕は再びベッドの横に立った。

 

「……」

 

 美波の言葉に従い、ベッドの横に立ったもののどうしたらいいのか分からない。

 何も言えず、黙り込む僕。

 そんな僕を美波は潤んだ瞳で見つめる。

 

 目を合わせられない……。

 

 その視線に僕は耐えられず、自分の足元を見るように俯き、目を逸らした。

 

「手……握って」

「え……?」

 

 その言葉と共に美波の細い手が俯く僕の視界に入ってくる。

 

 手を……? どういうことなんだろう?

 

 僕は意図が分からず、問うようにベッドに目を向けてみた。

 そこには潤んだままの目を細め、微笑みかける美波がいた。

 

 その笑顔に僕は躊躇(ためら)った。

 

 もし美波が僕を好きなんだとしたら……。

 今まで僕はそれに気付かなかった。いや、気付こうとしなかった。

 バカで何の取り得もない僕なんかを好きになるわけがない。

 ずっとそう決め付けていた。

 

 まだ真意は分からない。

 でも十中八九、美波は僕のことを……。

 

「美波……ごめん……」

 

 僕はベッドの横に(ひざまず)き、差し出す美波の手を両手で握った。

 

「なんでアンタが謝るのよ……」

 

 美波はそう言うと笑みを深め、目を(つむ)った。

 

 僕は目頭が熱くなるのを感じた。

 

 ……

 

 美波の手を握りながら、必死に涙が溢れるのを(こら)えた。

 

 懺悔するように……両手で祈るように美波の手をぎゅっと握った。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 しばらく柔らかい美波の手を握っていると、すぅすぅという寝息が聞こえてきた。

 どうやら眠ったようだ。

 

 美波の顔にもう先程のような苦悶の表情は無い。

 顔色もほとんど元に戻りだった。

 そしてその寝顔には嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

 僕は美波の手を毛布に入れてやり、部屋を出た。

 

 涙を袖で拭いながら。

 


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