バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part P

 綺麗なショーも終わってしまった。

 もうだいぶ時間も遅くなっている。

 さすがにもう帰らなくちゃ。

 

「だいぶ遅くなっちゃったね。そろそろ帰ろうか」

「……うん」

 

 美波はちょっと寂しそうな顔をしたが、すぐに笑みを僕に見せた。

 そして自然に僕の左肘に手を添えてきた。

 

 僕はさっきの美波の抱擁を思い出して、また顔が熱くなってしまった。

 でもさっきのような緊張感は無い。

 体も自由に動く。

 これもノイン達のおかげかな。

 

 僕たちは如月ハイランドを後にし、帰路に就いた。

 

「家まで送るよ」

「うん。ありがと」

 

 僕たちは美波の家に向かって歩き出した。

 美波はゲートを出ても僕の肘に掛けた手を放そうとしなかった。

 

「とっても楽しかったわ。ありがとねアキ」

「うん。僕も楽しかったよ」

「うんっ……それからこれも……。ありがと……」

「あ、うん。安物だけどね……」

「ううん。値段なんかいいの。アキがくれたのが嬉しいから」

「う、うん……」

 

 やばい。すごく照れくさい……。

 

 美波は胸元のネックレスを手に取って嬉しそうに眺めている。

 

 あ……。

 

 今頃気付いたけど……これって……。

 後ろから掛けてあげればそんなに恥ずかしくなかったんじゃないか?

 相変わらずバカだな僕は……。

 

 そんなことを考えている僕の横では、美波がとても幸せそうな笑顔を見せている。

 

 ……

 

 まぁ……いいか。

 僕が恥ずかしかっただけだし。

 それに美波がこんなに喜んでくれたし……。

 

 

 僕は一日の出来事を思い起こしながら歩いた。

 

 今日一日、美波と一緒にいて分かったこと。

 美波が絶叫系アトラクションが好きなことや、甘い物に目がないこと。

 確かに意外だったけど……それよりもっと大事なこと。

 

 夢でも勘違いでもなく、美波は僕のことを好きだということ。

 そして僕の中には美波のことが誰よりも大切だという気持ちがあること。

 

 でもまだ分からないことがある。

 何故、美波は何の取り柄もない僕なんかを好きと言ってくれるのか。

 どう考えても今の僕じゃ美波に何もしてあげられない。

 僕はどうすればいいのか……。

 

 でも……。

 

 でも、なんとなく分かってきた気もする。

 ……もうちょっとで答えを出せそうなんだ。

 

 よし……。

 

「美波」

「なぁに?」

 

「返事のことなんだけど……。僕、もう少しで答えが出せそうなんだ」

「…………」

 

 美波は急に顔を曇らせ、何も言わなかった。

 病院での告白の時、美波は返事を聞くのが恐いと言っていた。

 きっと今も同じ気持ちなのだろう。

 

 僕は思い切って言葉を続けた。

 

「きっと近いうちに答えを出すから……。もう少しだけ、時間をくれる?」

「……うん」

 

 美波はそう返事をすると、僕の肘をぎゅっと強く握った。

 そして再び押し黙ってしまった。

 僕もこれ以上言葉が見つからなかった。

 

 

 僕たちは無言で歩いた。

 

 

 しばらくして美波が沈黙を破った。

 

「瑞希とも……デートしたの?」

「いや……姫路さんとはしてないよ」

「じゃあウチだけ?」

「うん」

 

「……答え……期待していいの?」

「……美波を悲しませるようなことはしないと誓うよ」

 

 そうだ。

 僕はもう二度と美波を悲しませるようなことはしない。

 

「……うん。分かった。しょうがないからもう少しだけ待ってあげるわ」

 

 僕の言葉から何かを感じ取ったのだろうか。

 美波はそう言って顔を上げた。

 その上げた顔は晴れやかな笑顔に変わっていた。

 

 やっぱり美波には笑顔が似合う。

 僕はこの笑顔が好きだ。

 

 でもこの話し、家に着いてからにすればよかったな。

 すっかり雰囲気が暗くなってしまった。

 このままじゃ家まで間がもたないかもしれない。

 そうだな……冗談でも言って少し雰囲気を和ませてみるか。

 

「あれ? 僕の答えが出るまで待ち続けてくれるって言ってなかったっけ?」

「えっ? あ、あれは言葉の綾よ。それにアキだって『もう少しだけ』って言ったじゃない」

「あ、いや……僕のも言葉の綾ってやつでさ」

「ダメよ。待つのはもう少しだけよ」

「えぇ~……そんなぁ……」

 

「なんてね。冗談よ」

「な、なんだ冗談か……」

「ふふっ……」

 

 昨日からこんなやりとりを何回しただろう。

 僕はやっぱりからかわれているみたいだ。

 今回はこういう反応を示すのが分かっていて話しを振ったんだけどね。

 でもよかった。雰囲気もすっかり元通りだ。

 

 ……

 

 大丈夫。美波を待たせるのはもう少しだけさ。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 僕たちは美波の家の前まで来た。

 

 美波と一緒の一日が終わる。

 

 美波は僕の左肘に掛けていた手を放した。

 左肘から美波の手の温もりが消える。

 僕は名残惜しかった。言い知れぬ寂しさを覚えた。

 

 美波はそんな僕の前にぴょんと飛び跳ねて出ると、周囲を確認するように見渡した。

 

(……大丈夫……今のウチなら……)

 

 そして何かを呟いた。

 

 ……なんだろう?

 

「ね、ねぇアキ、あのね、昨日ウチに勇気が足りなくてできなかったことしたいんだけど……いい?」

「ん? 昨日? 何? ……まさか新しい技の実験台になれなんて言うんじゃ……」

「そ、そんなんじゃないわよっ!」

「本当に? 痛いことだったりしない?」

「大丈夫よ。痛くなんてしないわ」

「う、うん。分かった。じゃあいいよ」

 

 昨日? なんだろう……。

 

 僕が昨日の出来事を思い出そうとしていると、美波は背伸びをして僕の耳元で囁いた。

 

「おやすみ。アキ」

 

 その言葉の直後、僕の頬は今日三回目の柔らかくて温かいものを感じた。

 

「送ってくれてありがと! また明日!」

 

 美波は元気にそう言うと玄関に入っていった。

 

 こ、これって……おやすみのキスってやつ……?

 昨日って、もしかしてあのお父さんの部屋で寝ようとした時のこと?

 あの時これをしようとしてたっていうの?

 

 ……

 

 はぁ……。

 

 なんか……今日は美波に一方的にされっぱなしだったな……。

 

 ……帰ろう。今日眠れるかな……。

 

 僕はフラつきながら自宅への帰路に就いた。

 


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