バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part N

「アキは何も買わなかったの?」

「っ!? ……そ、それは……その……」

 

 店を出たところで美波が僕に問い掛けた。

 予想外の質問に僕は戸惑った。

 正直言ってアクセサリを買ったことを隠し通す自信は無い。

 

 後で渡そうと思ってたけど……どうする……? 今渡すか……?

 もし後にするならば、この問いに嘘で返さなければならない。

 

 ──僕は美波に嘘をつきたくない。

 

 うん。選択の余地は無い。

 よし……。予定とは違うけど……。

 

「実は一個だけ、買ったものがあるんだ」

「そうなの? 何か買ってるように見えなかったけど……」

 

 やばい。どんどんドキドキしてくる……。

 そういえば女の子へのプレゼントの渡し方なんて知らないぞ?

 どうやって渡せばいいんだ?

 

 貰ったケースに入れて渡すか?

 でもこのケースじゃ指輪を渡してるように見えてしまうんじゃないか?

 そんな勘違いされたら大変だ……。

 とは言え、そのまま手渡しするのも素っ気ないし……。

 どうしよう……どうしよう……。

 

 そ、そうだ! ネックレスなんだから首に掛けてあげればいいんだ!

 オリンピックのメダル授与みたいな感じで!

 

 あれ? ネックレスって首の後ろで留めるんだっけ?

 それって正面から首の後ろに手を回さないといけないから……。

 すごく恥ずかしいじゃないか……。

 

 そっ、そうか! 目を瞑っててもらえばいいんだ!

 よしっ! この作戦で行こう!

 

「えっと……美波、ちょっとの間、目を瞑っててくれないかな」

「えっ!? そ、それって!?」

 

 って! しまったああ!!

 これじゃキスしようとしてるとしか思えないじゃないかぁっ!!

 

「い、いや! そそ、そういうんじゃなくて!」

「え…………違うの……?」

 

 僕が否定すると美波の表情はみるみる沈んでいき、すっかり落ち込んでしまった。

 

「ご、ごめん! そうじゃなくて、えっと……えぇと……」

 

 あぁぁもう……勘違いさせてしまった……僕のバカ……。

 

 と、とにかく他の方法を考えなくちゃ。

 えぇと……えぇと……どうしよう……。

 他に何かいい方法は……。

 こんな時はホント頭の悪い自分が嫌になるな。

 何も思い浮かばないじゃないか……。

 

 僕は頭を抱えて考え込んでいた。

 すると美波が再び予想外なことを言ってきた。

 

「分かった。やっぱり葉月に何か買ったんでしょ」

「へ? ……い、いやあの……その……」

「やっぱりアキは嘘が下手ね。すぐ顔に出るんだもの」

 

 気丈に振る舞う美波の笑顔が辛い……。

 で、でもここで正直に言ったらせっかく立てた作戦が台無しだし……。

 あーもうっ! どうしたらいいんだ!

 いっそいつものように『白状しなさい!』って技でも掛けてくれないかな……。

 そうしたら勢いで渡せそうなのに……。

 

 美波は僕が隠し事をしているのが分かると、いつも力ずくで吐かせようとする。

 きっと今も僕が隠し事をしていることが分かっているだろう。

 だからある意味、美波の反応に期待していた。

 

 ところが美波は僕の考えていたこととは逆の反応を示した。

 

「まぁいいわ。目を瞑れってことは何かびっくりするような物を見せたいってことなんでしょ?」

「う……まぁ……そんなところ……かな」

「じゃあその作戦に乗ってあげるわ。見せてもらおうじゃない。そのウチもびっくりするようなそのお土産をね」

 

 そう言って微笑むと美波は目を瞑ってくれた。

 

「これでいい?」

「う、うん」

 

 まだ葉月ちゃんへのお土産だと思ってるみたいだけど──この際、気にしていられない!

 

 今のうちにネックレスを――!

 

 僕はネックレスをケースから取り出し、チェーンの両端を摘んで美波に向き直った。

 美波は目を瞑って待っている。

 

 うわわわ……。

 す、すごいドキドキする……。

 

 お、落ち着け……このネックレスの留め金は小さい。

 留めるのに手間取っていると余計に恥ずかしいぞ……。

 

 僕は一度、大きく深呼吸した。

 

 少しだけ落ち着いた僕は、思い切って美波の首の後ろに両手を回した。

 その瞬間、美波が声を発した。

 

「ねぇアキ、まだ――っ!?」

 

 美波は顔の周囲に何かを感じてか、ピクッと体を震わせて目を開けた。

 

 僕はポニーテールの先端を手に感じながら、チェーンの両端を繋げた。

 こんな緊張した状態の中、一度で繋げられたのは奇跡だと思う。

 

「「…………」」

 

 目の前には驚きで目を丸くした美波の大きな目があった。

 

 超至近距離で見つめ合ってしまった……。

 うわあぁぁ……は、恥ずかしい……!

 

 深呼吸で落ち着いたはずなのに再び鼓動が早くなる。

 

 とっ! とにかくこれの説明をしなくちゃ!

 

 僕は一歩下がり、ちょっと俯いて説明した。

 目を見て言えなかったから。

 

「え、えっと……こ、これはね、ぼっ……ぼ、僕からのプレじぇント……だよ……」

 

 ……

 

 本当はもっと他にも言おうとしていた。

 このアクセサリを買う前に考えた言葉。

 

 昨日のパーティーのこと。

 ずっと気持ちに気付かなかったこと。

 こんな僕を好きと言ってくれたこと。

 そして……返事をまだ言えていないこと。

 

 『ごめん』 と 『ありがとう』

 

 でも僕は言えなかった。

 

 肝心の台詞を噛んでしまった僕は完全に狼狽(うろた)えてしまった。

 そんな僕の頭からは先程考えた言葉はすっかり消えてしまっていた。

 

 美波の胸元にはリボンを象った銀色のアクセサリがイルミネーションに照らされ、静かに輝いている。

 

「これ……ウチに……?」

 

 美波は胸元のアクセサリを手に取り、目を丸くして呆然と眺めている。

 

「う、うん……受け取ってくれる……かな」

 

「……アキ……」

 

 美波は俯いてしまった。

 やっぱりダメなんだろうか……。

 

「……なんで……」

「え?」

 

「なんでアンタ……今日は……こんなに……優しいのよ……」

「へ? な、なんでって……そっ、そうかな?」

「……おかしいなぁ……ウチ……こんなに……泣き虫……だったかなぁ……」

「み、美波? っご、ごめん! やっぱりさっき見てたやつの方がよかったよね! ……でも僕もお金が足りなくて……その……ごめん……」

 

「……ホントに……バカね……アキは……これはね…………これは嬉しくて……嬉しくて堪らなくて……出てるのよ……」

 

 涙声の美波はそう言って顔を上げ、慌てふためく僕に見せた。

 その目にはうっすらと涙が浮かべていた。

 でもその顔はとても幸せそうだった。

 

 美波はその涙を指で拭うと、勢いよく僕に飛び付いてきた。

 そして────

 

「アキ……大好き」

 

 僕はこの言葉を耳元で聞き、限りなく口に近い頬に柔らかくて温かいものを感じた。

 

 一度告白を受けているから美波の好意は分かっているはずだった。

 でも改めて言われると……。こんなにも恥ずかしいとは思わなかった……。

 

 美波はそのまま僕の胸に顔を押し付けた。

 そして僕の背中に腕を回してぎゅっと抱き締めてきた。

 

 その行為に僕の息は止まった。

 

「大好き……一生……大切にする……」

 

 美波は僕の胸の中でくぐもった声で言う。

 この言葉を聞いた直後、僕の心拍数は一気に限界にまで達した。

 頭も一気に沸騰状態だ。

 

 は、恥ずかしい! とんでもなく恥ずかしい!!

 こんな人が沢山通るところで……!

 

 全身が燃えるように熱い。

 緊張で体が固まり、頭がクラクラする。

 顔がヒリヒリするくらい赤くなっているのを感じる。

 頭どころか全身の血が沸騰するようだ……!

 

 こっ……これは……観覧車の時を……遥かに……越えるっ……!

 

 僕は緊張で何も反応できずに立ち尽していた。

 そんな僕に対して美波は次第に抱き締める力を強くしてきた。

 

 ぐ……。

 このままでは……まずい……。

 緊張と……締め付けで……意識が……。

 な、なんとか……放してもらわないと……。

 

 僕は美波を剥がそうと腕に力を入れた。

 だが体が言うことを聞かず、まったく動かない。

 美波が強烈に抱き締めているのに加え、緊張が体を硬直させているのだろう。

 

 僕は成す術もなく、意識が薄れていった。

 

 あぁ……もうダメだ……。

 僕はこのまま倒れてかっこ悪く医務室に担ぎ込まれちゃうんだな……。

 

 

 その薄れゆく意識の中、僕は胸に慣れ親しんだ圧力を感じた気がした。

 

 ……あれ……? この感じは……葉月……ちゃん……?

 

 ……いや……そんなはずは……。

 

 ……僕は美波に抱き締められていて……身動きが取れなくて……。

 

 ……じゃあ頭を押し当てられる感じは……?

 

 僕は硬直した体を僅かに動かし、なんとか目線を下ろした。

 そこでは馬の尻尾のようなポニーテールが左右に揺れていた。

 僕の鎖骨付近に美波が顔をぐりぐり押し付けている。

 

 美波が……葉月ちゃんと……同じことを……?

 

 いつの間にか僕は美波の頭を撫でていた。

 自分の意思では体を動かせていない。

 でも僕の手は葉月ちゃんを撫でるのと同じように美波を撫でている。

 これも条件反射のひとつなんだろうか。

 

 だが、無意識にも手は動いたが僕のピンチは変わっていない。

 このままでは卒倒するのも時間の問題だ。

 とにかく放してもらわないと……。

 

 僕は渾身の力を込めて声を絞り出した。

 

「……みな……み……く、くるし……は、放……し……」

 

 その間も僕の手は美波の頭を撫でていた。

 

「あっ! ごっ、ごめんなさい! こ、こんな人前で──!」

 

 美波は僕を放すと飛び退き、顔を真っ赤にした。

 どうやら絞り出した僕の声に気付いてくれたようだ。

 加えて、周囲の目にも気付いたようだ。

 

「あ……いや……」

 

 何か答えなければと思ったが、僕は頭が真っ白で何も言えなかった。

 ようやく美波の抱擁から解放されたものの、体はまだ硬直している。

 

「いっ、行きましょ!」

 

 美波は僕の腕を掴むと走りだした。

 余程恥ずかしかったのか、美波は僕の腕を強く引っ張る。

 でも僕の体は硬直していて走れなかった。

 

 僕は美波に引きずられるようにその場を離れた。

 


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