台所へ来た僕は材料を探した。
えぇと……うん。これなら卵雑炊が作れそうだ。
九条ネギもあるじゃないか。ちょうどいい。
ご飯の量は……っと、僕の感覚じゃ多すぎるか。一応女の子だし。
これくらいの量かな。
10分くらいでできるだろう。
鍋に水を入れ、だしの素、塩、醤油、みりんを入れて沸騰させる。
温めて軽く流水で洗っておいたご飯を入れて中火でしばし煮立たせる。
切ったネギを入れ、溶いた卵を回すように入れてちょっと固まったら軽くかき混ぜる。
そして火を止めてしばらく待つ。
さぁできあがりだ。
ちょっと熱いかな?
少し冷ましながら食べてもらうか。
できた雑炊をお盆に乗せ、僕は美波の部屋へ運んだ。
「お待たせ。起きられる?」
「うん」
「熱いから気をつけてね」
僕は雑炊を掬ったスプーンに息を吹き掛けて冷ましてから美波の口元へ運んでやった。
すると美波は顔を逸らしてしまった。
「美波? もしかして雑炊嫌いだった?」
「ううん、そんなことないけど……」
「よかった。それじゃ、あーんして」
「……」
美波は恐る恐るという感じで口を開けてくれた。
「よく噛んでね」
口に雑炊を入れてやると美波はちょっと熱そうにした。
「おいしい……」
一口食べた美波はそう呟くと、顔を伏せてしまった。
「ん、熱かった? 大丈夫?」
「アキ……ウチ……嬉しくて……」
「ほぇ?」
僕はよく聞き取れなくて聞き返そうとした。
でも聞き返す前に、美波は大粒の涙をぽろぽろと溢しはじめてしまった。
「アキに……こんなに優しくしてもらって……ウチ……ウチ……」
えっ!? な、なんで!? どうして泣いてるんだ!?
あわわわわ! どどどうしよう! 美波がおかしいぞ!?
熱のせいで意識が混濁してるのか!?
こここんな時はどうすればいいんだ!?
い、いや、ちょっと待て、自分が慌ててどうするんだ。
まずは自分が落ち着け……。
そ、それから美波を落ち着かせるんだ。
「み、美波、大丈夫だよ。しっかり栄養取って寝てれば治るからさ」
「うん……」
この言葉で少し落ち着いたのか、美波は涙を拭って僕の運ぶ雑炊を食べてくれた。
僕は雑炊を掬って冷まし、美波の口元へ運んだ。
美波がそれを口に入れ、数回噛んで飲み込む。
これを何度か繰り返していると、雑炊はほとんど無くなった。
ふう。これだけ食欲があればもう大丈夫だろう。
……
そういえば、なんで食べさせてあげたりしたんだろう?
別に手が動かないわけじゃないのに。
ま、まぁ、いいか……。
僕は美波をベッドに寝かせた。
少し楽になったのだろうか。
横になった美波の顔は、さっきベッドに運んだ時よりは良くなっているように見えた。
でもなんか、いつもの美波とぜんぜんイメージ違うな。
こんなに弱気な美波なんて見たことがない。
きっと風邪のせいだよね……?
……
こうして見ていても仕方ない。食器を片付けるか。
僕は食器を持って立ち上がった。
と、その時、美波の横にある枕に気付いた。
あれは……抱き枕?
だが、毛布からはみ出ている部分にはどこかで見たような顔が。
僕の顔だ。
しかもセーラー服姿の。
ちょっと待ってほしい。今、僕はどういう反応を示したらいいのか分からない。
これはどういうバツゲームなのだろうか。
なんで僕の恥ずかしい姿がこんなものになっているんだ?
って、こんなものを作るのはムッツリーニしかいないか。
くそっ! あいつめ! あの時、全部没収したはずなのに!
また性懲りもなく作りやがったのか!
でもどうして美波がこんなものを持ってるんだ?
僕の顔なんてそんなに見たいものじゃ────?
あぁ……なるほど。サンドバックなわけか。納得した……。
そ、それにしたってセーラー服じゃなくたっていいじゃないか!
こんな恥ずかしい物は即刻没収だ!
僕は取り上げようとベッドに手を伸ばした。
すると美波の寝顔が目に入ってきて……。
なんか……今の美波から取り上げる気にはなれないな……。
……
うん、そうだ。
これは見なかった。僕は何も見ていない。
ははっ。そうさ。ここに抱き枕なんて無いのさ。
僕は目を逸らすようにベッドに背を向け、立ち上がった。
すると今度は写真立てを持った大きなキツネのぬいぐるみが目に入ってきた。
これは前に葉月ちゃんにプレゼントしたノインのぬいぐるみだ。
前に勉強会に来た時もこのぬいぐるみはここにあって、写真を抱えていた。
だが、今そこにある写真は以前のオランウータンではなかった。
そこにあったのは……?
「なっ!? な────っ」
い、いけない。大声を出したら美波を起こしてしまう。
で、でもどういうことなんだ!?
美波はチンパンジーやオランウータンが好きなんじゃなかったのか!?
なんで僕の写真がここにあるんだ!?
……と、とにかく部屋を出よう。
僕の頭の処理能力を超えている。ここにいると頭がパンクしそうだ……。