バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part I

 サーカスの演舞を堪能した僕たちはテントを出た。

 長時間テントの中で過ごしていたせいか、太陽が眩しい。

 僕はその眩しさに目を細めていた。

 

「ねぇアキ」

「うん?」

「ウチ、クレープ食べたいな」

「クレープ?」

 

 そういえば汽車の上から見た時にクレープの店があったような……?

 

 目を凝らすと、ちょっと先の方にクレープ屋の看板が見えた。

 

 なるほど。あれを見て言っているのか。

 美波も甘い物好きだなぁ。

 さっき払うつもりだった1500円があるし、まぁいいかな。

 

「じゃあそこで食べて行こうか」

「やった! 早く行こ!」

 

 美波は僕の手を取ると走りだした。

 

「あっ、ちょ、そ、そんなに急がなくてもクレープは逃げないって……」

 

 

 

          ☆

 

 

 

「やっぱりチョコバナナかしら。でもストロベリーも捨て難いわね……。マロンもおいしそう」

「どれもおいしいですよ~」

 

 店員のお姉さんが美波にそんな声を掛けている。

 メニューを見て美波は悩んでいるみたいだ。

 

 そんなに悩まなくてもいいのに……。

 僕なら直感で決めるんだけどな。

 

「アキはどれにする?」

「ん。いや僕はいいよ」

 

 お金は持ってきているけど、そんなに余裕があるわけじゃないからね。

 できるところは節約しておかないと。

 

「え? あっ、ウチおごってもらうつもりなんてないわよ?」

「ほぇ? そうなの? いつものパターンだと僕のおごりなんだけど……」

「あ、あれは罰だからよ! でも今日は違うでしょ?」

「そういうものなのか」

「そういうものよ」

 

 今までのはずっと罰だったのか。知らなかった。

 クレープは女の子におごるのが普通だと思っていたよ……。

 

「それでね、アキとウチで一個ずつ買って半分こしない? そうしたら二種類食べられるじゃない?」

「なるほど。そういうことか」

「そういうことっ! ね、いいでしょ?」

「うん。いいよ。じゃあ美波はどれとどれが食べたい?」

「ありがとアキ! それじゃあ――」

 

 美波の希望で僕はチョコバナナを。美波はマロンクリームを注文した。

 クレープは注文を受けてから作るらしい。

 できあがるまで僕たちは店の前で待つことにした。

 

 ん……?

 

 待っている間、横で一緒に待つ美波が視線を落として哀しげな顔をしているような気がした。

 どうしたんだろう……?

 

「なぁに?」

 

 美波は僕の視線に気付くと、すぐに明るい笑顔を見せた。

 

「あ、いや……」

 

 気のせい……かな?

 

 

 

          ☆

 

 

 

 できあがったクレープを受け取った僕たちはテーブルに着いた。

 

「ん~……。おいしいっ!」

「うん。おいしい。でもラ・ペディスよりちょっと甘いかな」

「そう? ウチはそんなに違わないように思うけど? チョコバナナの方が甘いのかしら。ちょっとちょうだい」

「うん。いいよ」

「あーん」

 

 ……まぁいいか。

 

 僕は持っているクレープを美波の口元に運んだ。

 美波はかぶりつくと、おいしそうに食べていた。

 

「う~ん……そうね……。よく分からないわね。でもおいしいのは確かよ」

 

 あまりこだわりは無いようだ。

 

「じゃアキもこっちの食べてみて。はい、あーん」

 

 …………まぁ……いいか……。

 

 僕は美波の差し出すクレープにかぶりついた。

 甘い。これは甘い。でもおいしい。

 ラ・ペディスでマロンクリームを食べたことが無いから比較はできないけど……。

 

「なんかよく分からなくなってきたよ……」

「いいじゃない。おいしいんだし」

「そ、そうだね……まぁいいか」

「アキ、顔にクリーム付いてるわよ。ちょっと待って」

 

 美波はそう言いながらハンカチを取り出すと、僕の口の周りを拭いてくれた。

 まるで葉月ちゃんの世話をするように。

 

「あ、ありがとぅ……」

「ふふ……アキったら子供みたいよ?」

「こっ! 子供扱いしないでよっ!」

「きゃっ! ちょっと! 暴れたらクレープ落っことすわよ!」

「あっと……。ご、ごめん……」

 

 これじゃ本当に子供だ。落ち着こう。

 

 ん……?

 

 なんだ。美波も人のこと言えないじゃないか。

 よし、お返ししてやろう。

 

 僕は美波が頬に白いクリームを付けているのを見つけ、ハンカチを取り出そうとした。

 もちろん今、僕がされたことと同じことを美波にするためだ。

 

 でも美波は僕がハンカチを出す前に口元を自分で拭ってしまった。

 

「あ、くそっ」

「なによ」

「いや。ちょっと仕返しを……」

「そんなことだろうと思ったわ。でも残念でしたっ」

 

 美波がペロっと舌を出していたずらな表情を見せる。

 

 くっ……。悔しいけど今回は僕の負けだ……。

 

「アキ、バカなことやってないでクレープ交換しましょ」

「うぐ……わかったよ。でもちょっと待って。その前に飲み物買ってくるよ」

 

 甘くて味がよく分からなくなってきたからね。

 それにしてもクレープなんて久しぶりに食べたな。

 

 自販機には主にお茶と紅茶、それにコーヒーの類いがあった。

 こういう場合はやっぱり紅茶がいいかな。

 

 僕はストレートタイプの紅茶を二つ購入し、席に戻った。

 

「お待たせ。はいこれ美波の分」

「え? ウチの分も買ってきてくれたの?」

「ん。いらなかった? 飲み物無くて平気なの? こんなに甘いのに……」

「うん。ウチは平気よ? あ、でもせっかくだから貰うわ」

 

 女の子の味覚ってどうなっているんだ……。

 それとも美波が特別なのかな。

 あぁ、でもご飯の味は普通だったから甘いものに対する味覚が僕と違うってことか。

 

 僕は美波の意外な味覚に驚きながら残りのクレープを口に入れた。

 

 うん。でもおいしいのは確かだね。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 食べ終わった後、僕たちはしばらくテーブルでおしゃべりをしていた。

 ふと空を見上げると、青かった空は橙色に染まりつつあった。

 それに気付いて周囲を見渡すと、辺りはうっすらと暗くなりはじめていた。

 

「暗くなってきたわね。そろそろ行きましょ」

 

 日が暮れそうなことに美波も気付いたようだ。

 

「うん」

 

 甘いクレープで腹を満たした僕たちは鞄を手に取り、歩き出した。

 

 あれ……?

 

 『暗くなってきたから行こう』って……どこか行きたい所でもあるんだろうか?

 


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