バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part H

 スポットライトが消え、次はピエロのジャグリングショーのようだ。

 

 大玉に乗ったピエロが舞台に登場した。

 

「ねぇ見てアキ。あのピエロ、土屋に似てると思わない?」

「ホントだ。髪型がそっくりだ」

 

 出てきたピエロの髪型はムッツリーニにそっくりだった。

 ピエロは大玉を相手にコミカルに演技を披露している。

 

 あの大玉、きっと中に誰か入ってるんだろうな。

 そうでなきゃあんな動きをするハズがない。

 

「「あはははっ」」

 

 僕たちはピエロの演技を楽し────

 

「「……………………」」

 

  バッ!! ←僕と美波が座席に伏せる音

 

(ちょっとアキ! まさかあれって土屋本人!?)

(他人のそら似だと思いたいけど……でも髪型はムッツリーニそのものだ!)

(ウチらがここに来てるって感付かれたの?)

(いやそんなハズは……だって僕たちが今日ここにいることは美波のお母さんしか知らないはずだよ)

(じゃあ偶然? それにしたってどうして土屋がピエロに? バイトかしら……)

(僕だって分からないよ……前にスタッフとして潜り込んだことがあるから顔は効くけどさ……)

(どうしようアキ……)

(と、とにかく見つかる前に出るしかないよ!)

 

 くそっ!

 もしムッツリーニにこんな所を見つかったら間違いなく写真を撮られてしまう!

 そんな写真が異端審問会に渡れば、明日から学校は僕にとって地獄と化す!

 なんとか見つからないようにここを脱出しなければ!

 よし、まずは退路の確保だ!

 

 僕はムッツリーニの視線を確認するため、そっと座席から顔を出して舞台を覗いてみた。

 

 あれ……?

 

 ピエロの髪が変わっている。

 

 なんだ、あれカツラじゃないか……。

 

 見るとピエロは髪型を次々に変えながらジャグリングを披露していた。

 それによく見るとムッツリーニにしては身長が高いみたいだ。

 

(美波、あれムッツリーニじゃないみたいだ。舞台見て)

(え? ……あ、ほんと……かぶり物だったのね……)

 

 僕と美波は座席に戻って大きく息を吐いた。

 

「「はぁ……」」

 

「いやあ焦ったね……」

「ほんと。ウチ寿命が縮まったわ……」

 

 あ……。

 

 僕たちは周りから怪しいものを見るような視線を浴びていた。

 

「ウチら、ちょっと目立ちすぎたみたいね……」

「そ、そうだね。ちょっと静かしていようか……」

 

 僕たちはコミカルなピエロのショーをちょっと肩身の狭い思いをしながら楽しんだ。

 でもコントとマジックを合せたようなジャグリングショーはとても面白かった。

 

 そしてこのショーも終わり、ピエロは大玉に追いかけられて舞台から姿を消していった。

 

 

 

 次は乗馬アクロバットショーだ。

 

 突然勇ましい曲が場内に響き渡り、それと共に大きな馬が舞台に走り出してきた。

 舞台を大きく周りながら走るその馬の背中には男性の団員が乗っていた。

 意表を付く騎士の登場に場内から感嘆の声が漏れる。

 

 あの団員の服装……前の美波の召喚獣によく似ているな。

 

 団員の服装は青い軍服。

 腰にサーベルを下げれば美波の召喚獣スタイルそのものだ。

 

 この団員は馬上で立ち上がり、軽く跳んでみせた。

 これから馬上でアクロバットを披露するつもりらしい。

 

 そういえば前に召喚獣が実体化した時に美波の召喚獣があんな風に僕を踏んでたな。

 

「あの服ってウチの召喚獣にそっくりね。なんだか不思議な感じ」

 

 美波も同じことを思ったみたいだ。

 あれだけ似た衣装なら当然の反応だろう。

 

「僕もそう思ったよ。あれを見てると美波の召喚獣が僕の上で飛び跳ねてるように見えるね」

「ウチの召喚獣じゃアキに触れないからできないわよ?」

「じゃあ僕の観察処分者の称号を譲ってあげるよ」

「い、いらないわよそんなもの!」

「僕だっていらないよ」

「そんなの早く返しちゃいなさいよ」

「僕もそうしたいんだけど……なぜか怒られてばっかりなんだよね」

「アンタが問題ばっかり起こすからでしょう? 校舎壊したり覗き騒動起こしたり……」

「う……そ、そうだけど……」

「もう問題起こさないでよね。ウチや瑞希まで変な目で見られちゃうんだから」

「はい……反省してます……」

 

 なんで僕はサーカス会場で叱られているんだろう……。

 

 そんな話しをしている間にも馬は走り続けていた。

 その背中では団員が立ち上がり、サーフボードに乗るような仕草を見せている。

 続けて団員は馬の背中で逆立ちしたり、仰向けになったり、体操のあん馬のようなアクションを見せている。

 

 すごいな。あんなに揺れる馬の上でよくあんなことできるな……。

 

 最後に団員はバック転で馬から降り、フィニッシュを決めた。

 場内からは拍手と歓声が湧き上がる。

 

 僕はいつの間にか心の中であの団員を美波に置き換えて見ていた。

 男装の麗人の華麗な演舞に。

 

 ……美波は将来どんな仕事をするのかな。

 こんな風に体を使った職業なら何でも似合いそうだ。

 そういえば僕は何も考えてないな……。

 

 僕は演技を見ながらそんなことを考えていた。

 

 

 

 次はトランポリンを使ったエアリアルショー。

 

 舞台にトランポリンが設置され、ポップなリズムの音楽が流れはじめる。

 その音楽と色とりどりの照明に合わせて数人の団員が登場し、トランポリンを利用して華麗に舞う。

 その動きはとても軽快で、見ているだけでわくわくしてくる。

 

 場内の観客は皆舞台に注目していて、大きなアクションが決まると拍手と歓声が上がった。

 気付いたら僕も自然と拍手をしていた。

 

「すごい……」

 

 一緒に舞台を見ていた美波が感嘆の声を漏らした。

 それに相槌を打とうと目を向けた時、僕は息を呑んだ。

 

 照明のせいだろうか。

 この時の美波の横顔は今まで見た事がないくらいに輝いて見えた。

 僕は言葉を失い、この横顔に見入ってしまった。

 

 ……

 

 僕にとって男友達のような近い関係。

 その近さのせいか気付けなかった想い。

 あの日以来、僕は美波を女の子として強く意識するようになった。

 可愛いと思うことが多くなった。

 

 そして昨日の夜……玄関で引き止められた時。

 僕の胸には今まで感じたことのない感覚が込み上げてきた。

 

 今もこんなに輝いて見えるのは、やっぱり僕が意識してるからなのかな……。

 

「どうしたの?」

 

 美波が僕の視線に気付いたみたいだ。

 

「ん、いや……。なんでもないよ」

「? ……変なアキ」

 

 美波はそう言って微笑むと視線を舞台に戻した。

 

 この笑顔を守りたい。

 

 僕はこの時、心の底からそう思った。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 幻想的なショーも終わり、サーカスショーは全プログラムを終了した。

 

 最後に団長と団員、それにプードルが全員出てきて舞台でお辞儀をする。

 場内からは割れんばかりの拍手が送られている。

 

 僕と美波も拍手で素晴らしいショーへの感謝を伝えた。

 

 

「面白かったね。アキ」

「うん。とっても面白かったね」

 

 美波はまだ興奮覚めやらぬようだ。

 僕もまだ少し酔ったような、ふわふわした感覚が残っている。

 

 でもここでサーカスを見られるとは思っていなかったな。

 ちょうど開演日だったなんてラッキーだ。

 美波のお母さんに感謝しなきゃね。

 

 それにしてもムッツリーニそっくりのピエロが出てきた時は焦ったなぁ。

 って、そういえば……。

 

「美波、あのピエロの時さ、別に美波は隠れなくてもよかったんじゃない? 異端審問会が狙うのは僕なんだし」

「何言ってるのよ。ウチがこんなところにいたら当然誰かと来てると思うでしょ? 一番疑われるのはアキじゃない」

「え? なんで僕が?」

「だって……一番親しいし……」

「そ、そうなのかな……」

 

 一番親しい……か。

 そういえば美波が姫路さん以外の人と親しく話してるのって見たことが無い気がするな。

 

 ……

 

 なんだろう……。

 誰かと親しく話す美波を想像したらすごく嫌な気分だった……。

 

 僕は隣を歩く美波に目を向けた。

 美波は僕と一緒に出口に向かって歩いている。

 大丈夫。美波はここにいる……。

 

「美波」

「ん? なぁに? アキ」

「…………いや。やっぱりなんでもない」

「?」

 

 僕はなんて言ったらいいか分からなかった。

 ただ、今一緒にいてくれることに感謝の言葉を掛けたかった。

 

 ありがとう……なのかな。この場合。

 


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