さて。朝食も終わったし、着替えようかな。
「あぁ待って、吉井君」
そう思って立ち上がろうとした僕を美波のお母さんが呼び止めた。
「これ受け取って。この前この子のお見舞いに来てくれたお礼よ」
そう言ってお母さんはポケットから二枚の紙切れを取り出して、僕に差し出す。
そういえばお礼をするって言ってたっけ。すっかり忘れていたよ。
って……これは……。
如月ハイランドのチケット?
あの時霧島さんに譲ったようなプレミアチケットではないみたいだけど……。
「美波を連れて行ってあげてね」
「「え?」」
お母さんの言葉に僕と美波が同時に驚きの声を上げた。
「本当はプレミアチケットを取りたかったのよね。残念だわ」
「お、お母さんっ!!」
美波は顔を赤くしてお母さんを睨みつけている。
「何を今更照れてるのよ。さっきも『おはようのキス』してたくせに」
「えっ!? お母さん見てたの!?」
へ? さっき? って……まさかあの感触は……。
「うふふ……それに寄り添って寝ている姿もとっても可愛かったわよ? ほら」
お母さんはそう言って睨みつける美波に微笑みながら、一枚の写真を取り出して見せた。
僕の位置からもその写真は見えたのだけど……。
その写真には僕と美波が顔を寄せ合って寝ている姿が映っていて……。
こっ……これは……! と、とんでもなく恥ずかしいっ……!!
「おっ──お母さんのバカーっ!!」
美波は顔を更に真っ赤にしてリビングを出て行ってしまった。
一方、僕は座ったまま動けなかった。
でもきっと僕の顔は美波と同じくらい真っ赤だ。
「あの子ったら照れちゃって。ふふ……吉井君、あの子のことよろしくね」
「え? あ、はい……」
気が動転して思わず返事をしたけど、はいって答えて良かったんだろうか。
ハッ! ちょ、ちょっと待て! まさかこの写真、アルバムに!?
僕はこの時、姉さんが保存していた僕の恥ずかしい入浴シーンアルバムを思い出した。
「あ、あの……その写真、やっぱり保存するんですか?」
「もちろん娘の成長記録として残すわよ? タイトルはそうね……『大好きな彼と仲良く添い寝』かしらね。うふふ……」
……しかも恥ずかしいタイトル付きだ。
「あの……勘弁してもらうわけにはいきませんか……?」
「あらどうして? こんなに可愛いのに」
「いやだって……恥ずかしい……から……」
「恥ずかしがらなくたっていいじゃない。仲がいいのはいいことよ?」
「いやでも……」
「男の子がぐずぐず言うもんじゃないわよ? 観念なさい」
ダメだ……。説得できる気がしない。
なんだか美波のお母さんが恐いよ……。僕をどんどん追い詰めている気がしてならない。
君の気持ちが少しだけ理解できたような気がするよ……雄二……。
「ところで吉井君、今日お暇かしら?」
「え? あ、はい……」
って、さっきと同じ受け答えじゃないか。
ダメだ。気が動転してしまって頭が回らない……。
「じゃあそのチケットで美波と遊んでいらっしゃい。あの子も今日は予定無いはずよ」
「え? あ、はい……って! はいじゃなくて! ……えっと……はい……」
何故か分からないけど、『はい』と答えなければならない気がした。
なんかお母さんに誘導尋問された気分だ。
完全に主導権を握られてしまっている……。
それにしても如月ハイランドか。これってデート……だよね。
美波と……デート?
うん。美波となら……。
でも美波は怒って行ってしまった。一緒に行ってくれるのかな。
ダメかもしれないけど……誘ってみる……か。
「じゃ、じゃあ……ちょっと誘ってみます」
「よろしくね。吉井君」