バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part G

 美波は一生懸命教えてくれている。

 でも僕の頭はそれを覚えきるほどの処理能力は無く、もう限界を迎えていた。

 

 もう二時間くらいやってるんじゃないのかな……。

 

 と思って時計を見たら、まだ二十分くらいしか経っていなかった。

 おかしい。何故こんなに長く感じるんだろう……。

 

 僕が絶望しかけたその時、救世主が降臨した。

 

「バカなお兄ちゃん、お待たせですっ!」

 

 髪を降ろしたパジャマ姿の葉月ちゃんがリビングに戻ってきた。

 お風呂から上がったみたいだ。

 その姿は美波をそのまま小さくしたような感じで、とても可愛い。

 

 そして今の僕にとってこの可愛らしい女神はまさに救世主であった。

 

「あ、葉月出たのね。じゃウチ入ってくるわね」

 

 こうして僕は勉強という拷問から解放された。

 ありがとう! 葉月ちゃん!

 君の救世主伝説は後世に語り継ぐよ!

 

「それじゃ葉月と遊ぶですっ!」

 

 葉月ちゃんはぬいぐるみを自分の部屋から持ってきていた。

 僕はこの救世主のぬいぐるみ遊びに付き合うことにした。

 

 感謝の気持ちを込めて。

 

 

 当然だけど、僕はぬいぐるみ遊びというものに経験がほとんど無い。

 だから葉月ちゃんの言う通りにぬいぐるみを動かしてあげるくらいしかできない。

 それでも葉月ちゃんは楽しそうだった。

 

 僕には面白さがよくわからないけど……勉強よりはマシかな。

 

 ん……?

 

 なんだろう? 葉月ちゃんが時計を気にしているみたいだ。

 お母さんの帰りが遅いのを気にしてるのかな?

 

 そんなことを考えていると……。

 

(……そろそろですね……)

 

 よく聞き取れなかったけど、葉月ちゃんが何か呟いたような気がする。

 そして葉月ちゃんはぬいぐるみを脇に置くと、こんなことを言ってきた。

 

「バカなお兄ちゃん! 葉月、映画見たいですっ!」

 

 これはデートのお誘いなんだろうか?

 さすがに葉月ちゃんとデートなんかしたら殺されるだろう。美波に。

 これはまずい。なんとかして断らなくては……。

 

「えっと、映画ならお姉ちゃんと一緒に行った方がいいんじゃないかな?」

「ほぇ? 行く、ですか?」

「ん? 映画館に行きたいんだよね?」

「映画館ですか? 違うですっ! これを見るですっ!」

 

 葉月ちゃんはそう言って一枚のDVDを取り出した。

 

 あぁ今見たいのか。良かった……。

 って、これホラー物だ。

 

「葉月ちゃん、これ恐い映画だけどいいの?」

「はいですっ! 葉月はお姉ちゃんと違って恐い映画もへっちゃらですっ!」

 

 葉月ちゃんはお化けも平気なのか。

 姉妹で似ているようでもここら辺は違うんだな。

 

 『お姉ちゃんと違って』と言う辺りに意図的なものを感じなくもないけど……。

 まぁ特に断る理由も無い。

 僕は葉月ちゃんと映画鑑賞をはじめることにした。

 

 ……ゾンビ映画じゃないか。

 

 でも葉月ちゃんは恐がる様子は全く無かった。

 それどころか喜んでいるみたいだ。

 

 

 

「映画見てるの? ウチも見ようかな」

「はいですっ! お姉ちゃんも見るですっ!」

 

 見始めてすぐに美波がお風呂から戻ってきた。

 葉月ちゃんと同じように髪を降ろし、ピンクの花柄のパジャマを着ている。

 前に風邪で休んでいた時に見た姿と同じ。

 

 でもあの時の青白い顔と違って、今日は風呂上がりの赤く高揚した顔。

 うんうん。やっぱり美波はこんな風に健康的じゃないとね。

 

 

 ──────────え? 見るの?

 

 

「美波、これホラー映画なんだけど……」

「うっ……な、なんでそんなもの見てるのよ……」

「葉月が見たいってお願いしたんですっ! お姉ちゃんは恐くて見られないですか?」

 

 そう言う葉月ちゃんの顔がニヤけている。

 

 さては葉月ちゃん(はか)ったな?

 美波をホラー映画で恐がらせて、恐がらない葉月ちゃんの方が大人だと思わせる策略か。

 時計を気にしていたのも美波がお風呂から戻る時間を計算していたからだろう。

 なかなかの策士じゃないか。

 

 さて。美波はこの策略にどう対処する……?

 

「へ、平気よ! ウチだって日本のお化けに慣れたんだからね!」

 

 美波はそう言いながら僕の隣に座った。

 

 受けて立つのか。大丈夫なんだろうか……。

 でもね美波、これゾンビだから日本のお化けじゃないんだよ?

 うん。まぁ余計なことは言わないでおこう。

 

 結局、三人でホラー映画を見ることになってしまった。

 今、僕の左側には葉月ちゃんが、右側には美波が座っている。

 葉月ちゃんは喜びながら映画を見ている。

 それに対して美波はほとんど目を瞑っているように見える。

 そして5分も経たないうちに美波は僕の右腕に両腕を絡ませてきた。

 

 やっぱり恐いんじゃないか……。

 

 時間が経つにつれ、美波は次第に腕の締め付けを強くしてきた。

 これは非常にまずい状態だ。

 

 人体の脇の下には動脈があり、腕へ血液を送り出している。

 この動脈が塞がると腕への血流が止まってしまい、下手をすると腕が一生使い物にならなくなってしまう。

 今、僕のこの動脈は美波によって押さえつけられている。

 少しでも血流を確保しなければ大変なことになってしまうだろう。

 

 ……少し話しをして手を緩めてもらおう。

 

「えっと……美波、恐いなら無理しない方がいいんじゃない?」

「う……へ、平気って言ってるでしょ!」

 

 僕の腕が平気じゃないんだけどな……。

 さっき意地を張らなくなったと感じたのは気のせいだったか?

 あ、でも少し腕を緩めてくれたみたいだ。

 これでなんとか保つかな。

 

 物語は進み、三人での鑑賞が続く。

 外はまだ風が強いようで、窓がガタガタと音を立てて恐怖感を煽り立てる。

 映画の中で大きな音が出るとそれに合わせて美波の体がビクッと反応し、再び僕の右腕を締め上げる。

 

 僕の腕、最後まで保つかな……。

 

 結局、そのまま見続けて映画はエンディングを迎えた。

 僕は右腕の血流が気になってほとんど見ていなかった。

 

「面白かったですね! バカなお兄ちゃんっ」

「う、うん。そうだね」

 

 僕は冷たい汗をだらだら流しながら答えた。

 まだ美波は右腕を放してくれない。

 

「美波、もう終わったよ」

「うぅ……ほんと?」

 

 美波に声を掛けてようやく僕の右腕も解放された。

 ふぅ。やっと血が巡る。

 そんなに恐いなら無理しなければいいのに。

 

「お姉ちゃんやっぱり恐かったですか?」

「ぜ、ぜんぜん平気だったわ!」

「ほんとですか……?」

 

 僕の腕は紫色になっていてぜんぜん平気じゃないんだけど……。

 

 ふと時計を見ると、もう日が変わる直前だった。

 十時過ぎから映画を見ていたから当然か。

 

「お母さん遅いね」

「う、うん。さっきアキを泊めるって連絡したら遅くなるから先に寝なさいって」

「そうなんだ。忙しそうだね」

「ドイツにいた頃からね。今に始まったことじゃないわ」

「ふ~ん……そっか」

「うん。そういうことだから先に寝ましょ。アキはお父さんの部屋使って。案内するわ。葉月は戸締まりを確認してくれる? 玄関だけは開けておいてね。お母さん帰ってくるから」

 

 てきぱきと指示する美波がかっこいい。

 本当に映画恐くなかったのかな。

 

「アキ、こっちよ」

 

 美波に連れられてリビングを出ようとしたら葉月ちゃんが何か呟いた気がした。

 

(……お姉ちゃん一緒に寝ようって言わないですね……)

 

 うん。気のせいということにしておこう。

 


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