バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part B

 僕はリビングに案内された。

 前に勉強会で使わせてもらった部屋だ。

 あの時から様子は変わっていない。

 

「座って待ってて。今お茶を入れてくるからね」

 

 美波のお母さんはそう言うとリビングを出ていった。

 

 ……美波のお母さんか。

 

 手足が長くてほっそりしてる所が美波によく似てるな。

 そうか。美波が風邪で寝てるから仕事を休んだのかな。

 そりゃ娘が寝込んでいたら仕事してる場合じゃないよね。

 

「お待たせ~」

 

 すぐに戻ってきたお母さんはお盆を手にしていた。

 お茶と煎餅を持ってきてくれたみたいだ。

 

「はい、どうぞ召し上がれ」

 

 お母さんはそれらをテーブルに置くと、そう言って向かい側の椅子に座った。

 お腹も空いていた事だし、いただくことにしよう。

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 お茶は醤油煎餅によく合う煎茶で、熱過ぎず温過ぎず、ちょうど良かった。

 

 うん。おいしい。

 お腹が空いてたから余計においしいな。

 

「ねぇ吉井君、学校での美波はどう?」

 

 お茶と煎餅を堪能してるとお母さんが聞いてきた。

 

 どう? と聞かれてどう答えるべきだろう?

 そうだなぁ……いつもの美波……。

 明るくて話しやすいし、試召戦争では頼りになるし、苦手な読み書きも最近すごく頑張ってる。

 

「明るくて、頼りになって、勉強もすごく頑張ってると思います」

 

 僕は素直に答えた。

 

 あと、追い回されたり関節技を掛けられたりしてるけど……。

 これは言わないでおくか。余計な心配掛けちゃうだろうし。

 

「まぁそうなの。よかったわ~。あの子、ちょっと攻撃的な所があるから学校でうまくやってるのか心配だったのよね」

「あははは……だ、大丈夫ですよ……」

 

 思わず乾いた笑いが出た。

 さすが母親だ。娘のことはよく分かっているようだ。

 でも、その攻撃的な部分は僕だけに降りかかっているのは気のせいだろうか。

 

 って、そうだ。プリントを渡さなきゃ。

 

「えっと、実は今日は学校の課題を届けに来たんです」

 

 そう言いながら僕は鞄からプリントを取り出して渡した。

 

「あらそうだったの。わざわざありがとうね」

「いえ。ところで僕の事を知ってるみたいですけど……」

 

 僕はさっき感じた疑問を投げかけてみた。

 

「えぇ知ってるわよ。だってあの子のお気に入りですもの」

 

 へ? お気に入りって……? サンドバックとしてか。

 

「あら? その様子だとあの子ったらまだ伝えてないみたいね」

 

 ほぇ? 何を?

 

 

  Prrrrr

 

 

 頭が疑問符で埋め尽くされていたら、電話の音がリビングに鳴り響いた。家の電話みたいだ。

 

「あ、ちょっとごめんなさいね」

 

 お母さんは小走りにリビングの隅に行き、受話器を取った。

 日本語じゃない言葉で話しているみたいだ。

 英語なのかな? 何を言っているのかさっぱり分からない。

 

 それにしても美波が僕に伝える……? 何をだろう?

 ま、まさか死刑宣告!?

 いや、でもそれはいつも受けてる気がするな。

 何か別のことだろうか。

 う~ん……?

 

 言葉の意味を考えていたら、電話で話しているお母さん語気が強まったように聞こえた。

 相変わらず何を言っているのかさっぱりだ。

 あれ? 今度はため息をついてる。どうしたんだろう?

 

 受話器を置いて、苦虫を噛み潰したような顔でこちらへ戻ってくるお母さん。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

 恐る恐る聞いてみると、どうも仕事でトラブルが発生して職場に行かなくてはならないらしい。

 

「困ったわ……葉月が帰ってくるのは一時間以上先だし……」

 

 お母さんが頬に手を当て、ため息混じりに言う。

 

 そうか。葉月ちゃんはまだ帰ってきていないのか。

 どうりで静かだと思った。

 いつもなら真っ先に飛びついてくるもんね。

 

「そうだ! 吉井君、あなた今時間あるかしら?」

「え? はい、ありますけど……」

 

 煎餅でお腹は膨れたから夕飯はもういい。

 だから時間はあるけど……。

 まさか僕に留守番をしろとでも言うのか?

 

「よかった~。ね、お願いがあるんだけど、葉月が帰ってくるまで美波を見ていてくれない?」

 

 ……そのまさかだった。

 

「で、でも寝込んでいる女の子一人の家に男の僕がいたらいろいろとまずいんじゃ……」

「あなたなら大丈夫よ。お礼はするわよ? じゃ、ちょっと仕事行ってくるからお願いね」

 

 断ろうとしたが強引に話を進められ、お母さんはパタパタとスリッパを鳴らしてリビングを出て行ってしまった。

 

 僕なら大丈夫ってどういう意味だろう?

 なんか美波のお母さんの言葉って僕に理解できない部分が多い。

 僕がバカだからなんだろうけど。

 

 でもなぜこんなに僕を信用しているんだろう?

 

 ……まぁ、信用されているのは悪い気がしない。

 

 仕方ない。葉月ちゃんが帰ってくるまでここで課題のプリントでもやっていよう。

 今日は携帯ゲームを持って来てないから他にやることも無いし、さっきの生活指導で課題をたんまり出されちゃったからね……。

 

 僕は課題のプリントを広げて問題を解きはじめた。

 

 ……うん。さっぱり分からない。

 

 諦めよう。

 

 五分と保たずに課題を諦めた僕はプリントを鞄にしまい込んだ。

 ちょうどその時、美波のお母さんがリビングに戻ってきた。

 完全にキャリアウーマンスタイルだ。

 なんという早着替え。秀吉には敵わないけどね。

 

「あっちが台所ね。棚にお菓子があるから好きなの食べていいわよ。それとそこに映画のDVDがあるから暇だったらそれでも見ていてね。それじゃよろしくね!」

 

 そう告げるとお母さんは慌ただしく玄関を出て行ってしまった。

 

 あ……。

 そういえば美波の容体を聞いてなかった。

 えっと、多分自分の部屋で寝てるよね。

 

 ……

 

 見に行く……か?

 で、でも寝ている女の子の部屋に入るのは……。

 でも見ていてって頼まれたしな……ちょ、ちょっとだけ覗いてみるか……。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 確かここが美波の部屋だ。前に勉強会に来た時に一度入っている。

 やっぱりちょっと悪い気がするな……。

 でも仕方ない。

 

 僕はそーっと扉を開けてみた。

 耳を澄ますと、ベッドの方から微かにすぅすぅと寝息が聞こえてくる。

 美波は寝ているみたいだ。

 起こしちゃ悪いし殴られそうだ。そっとしておこう。

 

 僕は扉を閉めてリビングに戻った。

 

 が、見たい映画も今は無いし、他にやることもない。

 ゲームでもあればいいんだけど、美波の家にそんなものは無いようだ。

 

 はぁ……仕方ない。諦めて課題の続きをやるか。

 

 僕はさっきやりかけた課題の続きをはじめた。

 


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