part A
僕、吉井明久は故あって全力疾走している。
あの交通事故から三週間。
僕の怪我も既に完治していた。
だからこそ全力疾走が可能なのだ。
ちなみに全力疾走の理由はアレだ。
「こらーっ! アキーっ! 待ちなさーい!」
追われる度に思うけど、美波の身体能力は極めて高いと思う。
僕だって逃げ足は早い方だけど、追ってくる美波を全然引き離せない。
「明久ぁ、今日は何をやらかしたんだ?」
「明久よ。相変わらず仲がいいのう」
「雄二! 秀吉! 見てないで助けてよ!」
「あぁ? 何を助けるってんだ? お前ら遊んでいるだけだろう?」
「んむ。邪魔をするわけにもいかんしの」
楽しそうに笑っている秀吉は今日も可愛い。
って、そんなこと言ってる場合じゃない。
とにかく引き離さないと。
☆
「待ちなさいってば!」
校庭まで逃げてきたのに外履きにも履き替えず追ってくる。すごい執念だ。
こうなったらどこかに隠れるしかない!
あそこを曲がって……よし、ここなら────
「見つけたわよ。アキ」
────即バレだった。
「なんで分かったんだ!」
「扉の開いてる体育倉庫なんて分かりやすい隠れ場所ね」
やはり女子更衣室に隠れるべきだったか。
「それはそうと。なんで逃げるのよ」
「それは……美波が追ってくるから……」
「ウチはアンタが逃げるから追いかけたのよ」
卵が先か鶏が先か。そんな議論みたいだ。
「どうしたのよアキ。このところ様子が変よ?」
そう言いながら美波は僕の横へ座り、心配そうに顔を覗き込んできた。
あの日以来、美波は僕に優しい顔を見せることが多くなった。
けど、その優しさが僕にとって辛い。
あの日、僕は美波から告白を受けた。
でも僕はその時、答えを出せなかった。
そして今もまだ答えを出せずにいる。
僕は返事を待たせ過ぎている……。
このことを考えながら廊下を歩いていたら美波に出くわした。
僕は目を合わせられなくて逃げた。
これがこの件の発端だ。
「坂本たちもアキの元気が無いって心配してるわよ?」
雄二たちに告白の件は話していない。
話せばたちまちクラス中に知れ渡り、僕の命は無いだろう。
それは美波も分かっているようだった。
美波は皆と一緒の時は以前と変わらない接し方をしてくれている。
でも僕は隠し事が下手だ。
雄二が何か感付いていても不思議は無いだろう。
でも……美波は僕のどこが良かったんだろう……?
くどいようだけど僕はバカだし何の取り得も無い。
僕は美波に何をしてあげられるんだろう……。
「ねぇ! アキってば!」
「あ……」
美波に大声で呼ばれて我に返った。
僕はすっかり考え込んでしまっていたようだ。
こんな時、いつもならここで関節技が入っていることだろう。
でも今日は肩を揺らされただけだった。
「ご、ごめん。何?」
「もうっ! どうしたっていうのよ! 最近そんな風に上の空ばっかりじゃない!」
「……ごめん……」
「本当にどうしたのよ……ぜんぜんアキらしくないわ……」
僕だってこんなに悩むとは思わなかったよ。
どうしたらいいんだろう……。
「もしかして……瑞希を選んだの……?」
美波がそう言って泣きそうな顔を見せる。
僕は一瞬、心を針で刺されたような感覚に襲われた。
「ち、違うよ! まだ……決められなくて……」
「そう……アキ、焦らないでいいからね」
「う、うん」
そうは言っても焦るよ……そんな顔されたら余計にさ……。
美波は優しく微笑みかける。
でもその作ったような笑顔からは、美波の不安が手に取るように分かる。
しかもその原因が僕にあるということが堪らなく辛い。
けど、これ以上僕が悩んでいたら余計不安にさせてしまうか……。
「ごめん美波」
「謝らないでよ。ウチは待つって決めたんだから……決心が揺らぐじゃない……」
「わ、分かったよ」
考えるのは家に帰ってからにしよう。
「そ、それでねアキ、今度の土曜ってあいてる?」
「土曜……? うん、あいてるけど……」
週末は特に予定が無く、雄二たちと遊ぶ約束もしてない。
それに実は数日前から姉さんも仕事で海外に行っている。
だから今は束の間の一人暮らしを満喫しているのだ。
「良かった。実はウチのお母さんがね、この前のお礼と怪我の完治祝いを兼ねてうちでパーティーやりたいって言ってるのよ。だから今度の土曜の夜うちに来ない? 葉月もきっと喜ぶし」
お礼? なんだっけ……?
何かお礼を言われるようなことしたっけ……?
美波のお母さんに最後に会ったのは……美波の看病した時だよな。
……あ。
そういえばあの時、美波のお母さん『お礼はする』なんて言ってたっけ。
あの後色々あったからすっかり忘れてたよ。
でもパーティーか……。
正直言って今はパーティーって気分じゃ無いけど……。
せっかくの厚意に応えないわけにもいかないか。
「うん。分かったよ。それじゃ招待受けさせてもらうよ」
「ホント? 良かった! じゃあウチ、腕によりをかけて作るからね」
「ん? 美波が料理するの?」
「お父さんもお母さんも仕事で夜にならないと帰ってこないのよ。だから料理はウチの仕事よ。もちろん葉月にも手伝ってもらうわ」
「そうなんだ。なんか悪いな……」
「悪いことなんてないわ。アキのためのパーティーなんだから気にしなくていいのよ」
「う、うん」
「それでね、準備とかあるから七時くらいに来てくれる? あ、ウチ迎えに行こうか?」
「い、いいよ! 一人で行けるよ」
「うん、じゃ土曜にね。準備して待ってるわ」
そう言うと美波は立ち上がり、軽やかな足取りで体育倉庫から去って行った。
ひとまずこの場は釈放されたようだ。
でもパーティー……か。
姉さんがいないからこのところ朝晩は一人だったし、賑やかな夕食も久しぶりかな。