世界は優しくない……世界とは常に残酷だ。
希望と絶望、幸福と不幸、それらが常に背中合わせにあるように…残酷な運命は逃れられない場所に用意されている。
だから、世界とは常に残酷だ。
「……また、あの夢か……」
心地よい朝の日差しを浴びながら、布団から体を起した少年、『
懐かしい様に感じる夢……赤、青、緑、桃、黄、金の六色の侍達と共に、自分と似た青年が『侍戦隊シンケンジャー』として、この世の物でない外道……アヤカシ、『外道衆』と戦う夢。
酷くリアルな夢であり、それはまるで自分ではない別人の記憶……前世の記憶とでも言うべきだろうか、そう感じてしまっているのだ。
そして、それは夢である事は間違いない。静馬の知る現実の中にも確かに“アヤカシ”も侍達の操る“モジカラ”も存在している。だが、彼の知る現実の記憶の中ではモジカラを操る事の出来る者は静馬だけであり、志葉家も含めた侍達の家系は今はもう存在していないし、外道衆の総大将“血祭りドウコク”を始めとするアヤカシ達も既に何代も前に倒されている。
故に夢の中の記憶の様に既に血筋が絶えた自分を含めた侍達が集う事は未来永劫無いだろうし、電子モジカラを使う金色の寿司侍も誕生する事も無いし、アヤカシも極稀に最下級のナナシが出現する程度なのだから、有る意味平和その物である。
そして、彼の見る夢は何時も自分に似た青年を含めた侍達が見事血祭りドウコクを倒し、それぞれの道に分かれていった所で終わっているのだ。
「……相変わらず変な夢だな……」
そう呟きながら静馬は服を着替え始める。
夢の影響か、その夢を見る度にモジカラを操る力量は上がってくるのだから、それは幸いなのだろうし、夢の中とは違い時折出て来るナナシを倒す程度の活動とは言え、自分の家系の持つこの世を守る使命には誇りを持っているし、この世を守る為に戦っている両親も尊敬している。
静馬も子供らしくも無く、自分も何れは闇崎家を継ぎ、今は無き主君や他の侍達の家系の分までこの世を守る為に戦うのだろうと漠然と思っていた。
「父さん、母さん、おはよう。」
こうして彼、聖祥大付属小学校三年、『闇崎 静馬』の一日は始まって行く。
だが、彼は未だ知らない、彼の見る夢が彼の持つ“前世”の記憶である事を。そして、そう遠く無い未来……今この世界に“侍戦隊シンケンジャー”が再び集う時が近いという事を……。
魔法少女リリカルなのは異聞~魔法侍シズマ~
ここに開幕
「……将来何になりたいか、か……」
その日の社会の授業の最後に先生から言われた言葉に思わず溜息を付いてしまう。
選択の余地も、考える事も無く、彼の将来は『闇崎家』の後継者。才能にも血筋にも恵まれ、周囲からも夢の影響か剣の腕もモジカラの扱いにも“天才”等と言われて静馬が将来的にその地位に付く事は望まれているのだ。(しかも、まだ動いていないとは言え、最近見た夢の中の記憶に有ったシンケンゴールドである源太の言葉の記憶を元に夢の中の“海老折神”の様に“新たな折神”を生み出してしまったのだから、余計にである。)
(……“天才”か…。本当に称えられるべきなのは、源太さんなのにな……)
夢の中の“シズマ”とは比較的仲が良かった寿司侍の事を思いだし、思わず溜息を付いてしまう。天才と言われているのは全て夢の中の侍達や夢の中の“シズマ”のお蔭なのだから、自分の才能でも努力でもない。
夢の中の“シズマ”は主君である志葉家の頭首や他の侍達と共に尊敬する父以上の戦いを潜り抜けてきたのだから、僅かなりその記憶の影響は静馬に経験を与える。故に静馬の剣の腕やモジカラの扱い方は夢を見る度に、夢の中の動きを再現するたびに、夢の中の“シズマ”へと近づいていく。
怖いのだ……自分が自分で無くなってしまうようなそんな感覚が。
虚しいのだ……そんな形で“才能”や“努力”を称えられているのが。
考えれば考えるほど意識は沈んでしまう。
(……気分を変えて偶には別の場所で食べようか……)
こんな沈んだ気分で食べては折角作ってくれた人に申し訳ない、そう考えて静馬は弁当を持って教室を後にして行く。
(屋上か……)
気分が良くなる場所で食べれる様にと足を進めている間に何時の間にか屋上まで付いていた。青空と白い雲、心地よい光景に満足して、適当なベンチに座って弁当を開く。
彼の家柄と言う訳ではないだろうが、焼き魚にお握り、卵焼きと言った和風の弁当が有った。
(……今夜は洋食かな?)
何気に食生活まで和食オンリーと言う訳ではなく洋風の物も良く食べているが、どちらかと言えば闇崎家の食事は和食が多い。日本の
「いただきまーす」
手を合わせて、作ってくれた人と食材を育てた人への感謝を込めてそう言い、お握りを手に取って口に近付けお握りを加えた時、人の気配を感じて手を止める。
「あのー……」
後を振り向くとそこには、特徴的なツインテールの女の子が居た。
「ほへ、はかまひはん?(あれ、高町さん?)」
行儀悪く静馬は食べ掛けのお握りを加えたまま少女の名前を呼んだ。
「あのね、もし良かったら、わたしたちも一緒にお弁当を食べても良いかなって?」
彼女……静馬のクラスメイトの『高町 なのは』にそう言われ静馬が周囲を見てみると、既に大抵の場所は他の生徒が取っていた。それとは別に少し離れた場所で静馬を見ている少女が二人。
屋上で弁当を食べようとして来て見たが場所が無く、偶然そこで一人でベンチに座っているクラスメイトを見つけたから、自分たちも一緒に食べようと思ったのだろう。
「んー……。どうぞ、オレと一緒で良ければ」
「うん!」
特に親しい相手と言うわけでもないが、静馬は僅かとは言え困っているクラスメイトを見て邪険に出来る人間ではない。快くなのはのお願いを聞き入れた。
この後、『アリサ・バニングス』と『月村 すずか』の二人も含めた三人と一緒に食事をとる事になったのだが。
(……月村……高町……ああ……)
時々父から話に聞く闇崎の家とそれなりに関係の有る(らしい)二つの家。詳しい事は知らないのだが、
(……『来るべき時には力を借りるかもしれない相手』とか言ってたな。)
父の言う『来るべき時』とはナナシよりも強力な力を持ったアヤカシ、外道衆が再びこの世に現われた時である。
昼食を楽しみながら取れた事に喜びながら、将来何になるかと言う話になった時は、流石に一族の使命とは言えず適当に話を誤魔化す事になってしまったのにだけは心苦しい静馬だった。
時間は進み放課後、私服に着替えた静馬の姿が街に有った。
「……遅くなったな……タカマル」
モジカラの修行の帰り道、静馬がそう声をかけると静かにサイドバックの中から顔を出したそれは『ピーッ』と鳴きながら彼の言葉に答えた。
『鷹折神』……静馬が夢の中の海老折神に付いての記憶を元に作り上げた折神である。最低限受け応えは出きるがまだ動く事は出来ない未完製品である。闇崎家に伝わるモジカラは防御に特化した『闇』のモジカラで、有る程度人影の無い所に行かないと目立つ力でも有るのだ。
そもそも、折神の力を借りる事もないのだから、のんびり完成させると気長に考えている静馬では有ったが、モジカラの修行の合間に少しずつ完成へと近付けて行っている訳である。
『……………………』
「ん?」
微かに何かが聞こえる。
(気のせいか?)
助けを求めるような声にも聞こえたが、周囲の人間だけでなく鷹折神にも聞こえた様子はない。それを見てそう結論付けると静馬は自宅へと向けて足を進めて行く。
同じ頃、一人の少女が一匹のフェレットと出会ったのだった。