舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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狂宴場の狂演者共

抑えられないパッション

弾けるリビドー

配点(愛故に)

 

 

 

 六護式仏蘭西との国境近く。密生した針葉樹から黒き森と形容されるM.H.R.R.の森林地帯を数十名の戦士団が進む。

 彼等はこの地で観測された地脈異常の調査及び解決の為に派遣された部隊だった。内訳は旧派と改派の混合。

 旧派と改派の決定的な決別であるマクデブルクの掠奪をまだ行っていなかったM.H.R.R.は他国への示威行為の一環として混成の戦士団を結成したのだ。

 

 政治的な事情を多分に含んだ任務であったが、同郷の人間と武器ではなく談笑を交える事は喜ばしく、戦士団の士気は高かった。

 けれど事態は急変する。この時、和気藹々としていた彼等があんな事になろうとは誰一人として知る由はなかった……

 

 突然森が開け、石造りの街が一団を迎えた。自然とは真逆の人工の象徴を目の当たりにして誰もが言葉を失い、背後に広がる深緑と見比べて呆然とする。

 森を切り開いて街を作ったという単純な話ではない。本来なら徐々に変化していく筈の人の領域と自然の領域に明確な境界線が敷かれていた。

 あたかも森の風景画を描いていた画家が乱心して上から街の絵を描いたようだった。

 

 起伏のある地面から一歩踏み出すだけで整然と並べられた石畳に至るなど性質の悪い白昼夢だ。

 出陣前に教導院から此度の異変は王族クラスの流体系種族が自身の"型"を外部に展開して周辺を上書きしている可能性が高いと示唆されていたが、それが事実であったと確信する。

 

 と、いつの間にか彼等の視線の先に人影が現れ、それを知覚した瞬間、誰もが息を呑んだ。

 しなやかさとたくましさが同居した堅靭で健康的な薄桃色の肌を惜しげもなく晒す全裸の美丈夫。

 風に揺れる黒曜石の如き光沢を持った艶やかな頭髪。彫刻や名画から抜け出してきたような精悍な顔立ちに、今は穏やかな微笑を湛えながらこちらに視線を寄越す。

 本来なら湖面のように透き通った双眸に射抜かれると気恥ずかしさから顔を逸らしてしまうだろうが、美の極致とも言える存在に呼吸も忘れてうっとり見入ってしまう。

 そして側頭部から生える黒い蝙蝠翼が正体を雄弁に語っていた。

 

    ●

 

「インキュバス……!」

 

 戦士団に所属する一人の男が畏怖や警戒、納得の入り混じった叫びを上げる。

 インキュバス。快楽や色欲の代名詞。異族の中でも人との繋がりが深い夢魔なら"型"が街の形を取ったとしても不思議ではない。

 

『待っていたよ。人の仔等よ』

 

 先端がハート型の尻尾が男達を指す。

 言葉に合わせてひょこひょこと揺れる様は凛々しい表情とは打って変わって愛らしさを抱かせた。

 

『戦いは終わりだ。体を休め、まどろみに身を委ねよ』

 

 柔らかさを感じさせるぷっくりとした唇から紡がれる流麗な旋律は、砂漠に落ちた水滴のように抵抗なく体に染み入り心を温める。まるで母親の胸の中で子守唄を聞いているようで、体に巣食っていた疲れやストレスが溶かされていく。気負ってここまで来たのが大層馬鹿らしい。

 

 先頭にいた数人が武装を捨てふらふらとインキュバスの元に歩み寄っていく。

 武装には対異族用の術式を奏塡していたが、どれだけ強力な装備を用意しても戦う意思を削がれては意味がない。

 

「……っ。ちょっと待てお前達! Tsirhc教譜で同性愛は御法度だぞ! いたい審問をされるぞ!?」

 

 咄嗟に制止の言葉を放つが、男の色香に惑って任務を放棄する事に否を唱える事が出来なかった。

 祖国への敬愛を説いても無意味だと心のどこかで分かっていた。だから国以上の歴史と影響力を持った教譜を理由に使ったのだが……

 

「愛してくれない女より愛してくれる男! 当然の帰結だろうが!」

 

 仲間達の足を止める障害にはならなかった。

 信念の籠った宣言に物の見事に断ち切られ、その潔さに清々するくらいだった。

 

「ここはどこだ? 本格的な宗教改革が始まり、アウグスブルクの宗教和議で改派を認めたM.H.R.R.だろうが! その国で生まれ育った俺達が変革を恐れて戒律に縛られてどうする!」

「……!」

「おい待て。なに熱弁に心打たれたような顔してんだ。おい、行くな!」

 

 無言で親指を立て、きらりと光る歯と輝く笑顔で駆けて行く隣の同僚。

 正しい事をしている筈なのに疎外感が胸に渦巻く。

 ……くそ。コスプレ動画の脱衣を非難したのに理解を得られなかった時の気分だぜ。

 

「あひん……」

 

 誘蛾灯に群がる虫のようだった一団はインキュバスの体に触れるか触れないかの所で重なるように倒れていく。恐らく精気を吸われたのだろう。

 ……淫吸berthといった所か。

 ノーマルを自負する男には何とも受け入れ難い光景だった。

 ただでさえ極東側ではあっち系のそれがばっちこい! なご時世である。このままでは集団心理に流されて未知の扉をオープンしてしまうかもしれない……一抹の不安がよぎる。

 ……GayNo活動はしっかりと続けないと。

 

「まったく。男同士で盛ってるんじゃないぞ」

 

 不意に耳に届くのは軽蔑を露わにして吐き捨てられた声。それは天啓のように男の心に響いた。

 異常な状況下で心細い時、自分と意見を同じにする者がいる事実はこの上なく心強い。比喩抜きで救いの声だと思った。

 喜び勇んで振り向くとそこには……!

 

「見習えよ。あそこで崇高な愛を育んでいる"ルイーゼ・百合穴"のルイーゼとエミリアをな!」

 

 何もない空間を指差しながら誇らしげな顔をしている仲間の顔が飛び込んできた。

 ……こいつ、数日ぶっ通しで積みゲーを消化したせいでリアルとの区別がつかない譫妄状態になった奴と同じ目をしてやがる。

 

「何を言ってるのよ!」

 

 女子学生が割って入って来た。

 

「耽美にくんずほぐれつしてるのは"パンチラチオン"のプラトンとディオンじゃないの!」

 

 またしても虚空に向けられた指先。

 

「あん?」

「何よ?」

 

 語気を荒げ、ガンを飛ばし合う両者。

 裸眼派と眼鏡派の対立に巻き込まれた、時々眼鏡派の気分だった。

 ……なんだよ。ここぞという時に普段と違う属性を見せるのが良いんじゃん。

 

「まさかこれは……」

 

 周囲の様子を窺うと、うっすらと霧が立ち込め始めている。

 なんとなくだが男にも事情が呑み込めてきた。

 

『人の仔よ。私が司るのは免罪だよ。君達の罪を全て引き受けよう。故に、後顧の憂いなくあらゆる責務を捨てて夢に生きるといい』

 

 インキュバスの肢体から流体の霧や風、光がまろび出る。

 それでなくとも自然と人工物の境界が曖昧だった森は今や魔性が支配する混沌空間に成り果てていた。

 

『我等が王には遠く及ばぬ王族の端くれにすぎないが、救済を与えると約束しよう』

「あれは"シス婚! プトレマイオス"のアルシノエちゃん!」

「ばっか、何言ってんだ、"スルたん"のロクセラーナたんだろ!」

「武闘派尼御前"尼ゾーン"の皆ぁぁ!」

「珍子内親王! 珍子! 珍子!」

「フェラ派のガロファロの"性母快感"!」

「略すなよ」

 

 インキュバスが放つ流体は心を映す鏡。個々の人間が欲した形を取る。

 ある者は全裸になり、ある者は正座して瞬きせず目を見開き、ある者は四つん這いになりながら顔を上に向けて猛然と鼻を鳴らし、ある者は自分で自分を緊縛して寝転び、ある者はブリッジする。

 戦士団は恥も外聞もなく己の衝動に傾注していた。

 

 ……孤立無援、か。

 正気だったのは男ただ一人。ゾンビゲーの主人公のような境遇だった。

 無事でいられたのはたまたま防御担当でたまたま自費で防御系の加護を多く備えていただけの話。

 けれどそれも時間の問題。程なく混沌の坩堝に飲み込まれるだろう。

 

 なんかもう、本人達が幸せならそれでいいやという境地だが、よそはよそ、うちはうち。

 たとえ最後の一人になっても任務は成し遂げると覚悟を決める。

 

    ●

 

 吹きつける流体の風は優しく温かい。

 精気を吸い取られると分かっているのに身を委ねたい欲求が際限なく湧き上がる。

 この本能は間違いではないのだろう。

 倒れている仲間の顔にあるのは苦悶とは対極の恍惚。楽園とは今この場所、この時を指すのだと無言で語っていた。

 

 けれど男は誘いを振り払った。

 胸の奥、意思に訴え体を押す何かがあった。それが男にぶら下げられた安寧を選ばせない。

 

「妲己たん……」

「白娘子たん……」

 

 男の視線の先では同級生が二人、体を密着させ相手の顔や首筋を優しく撫でながら愛を囁き合う。

 告げる名前は神肖戯画やエロゲのキャラのものだが、彼等には互いがそう見えているのだろう。

 その傍らでは女子学生が鼻息を荒くしつつ、水蒸気を生む程の速度で己の激情を鍵盤に叩きつけていた。

 

 ……確か"男Shock"という同人誌シリーズを書いていたな。

 実物を見せられるなら可能な限りそうする。それはインキュバスの心憎い気遣い……

 

「……な訳あるか!」

 

 確たる意志で否定する。

 夢に堕とされた仲間に代わり、本当の愛なき行為はおぞましいものだと叫び続けなければいけない。

 

「愛と真実の求道者としてお前は認められない!」

『強き人の仔よ。その気高さに敬意を表そう。そして、だからこそ君の輝きが末世に絶望して陰るのは見たくはない。何の恐怖もない夢に抱かれてほしい』

 

 末世。世界各地で起きている地脈の乱れと怪異の頻発。

 なるほど、と男は心中で納得を得る。

 流体系種族は地脈の影響をダイレクトに受ける。あれはもうただの怪異だ。

 

「ごちゃごちゃうるせえよ。俺は甘い仮初の夢(二次元)より辛くてもそこにある現実(三次元)で生きていくんだ!」

『夢と気付かない夢は現実だよ』

 

 無視する。もう話す事はない。

 主を失い地面に打ち捨てられていた槍を手に取る。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 四肢に力を込めて大地を強く蹴る。自身を鼓舞する為に気炎を上げながら突撃。

 ……この一撃で己の正しさを証明する!

 

    ●

 

 後日、救助された戦士団は施療院に搬送されたが教導院に復帰出来た者は皆無。

 M.H.R.R.は前途有望な若者達を失ったが一方で朗報もあった。

 元戦士団のメンバーによって結成されたサークルが販売した等身大の御神体や抱き枕、走徒、エロゲが好事家達の間で高い評価を得ていくのだ。

 

 


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